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妄想中ですけど、それが何か?コミュのモカに捧ぐ妄想小説

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モカ×職場恋愛×年下の男の子。
職場が想像のみなので、現実とかけ離れてたらソーリー><

<距離>

窓の外では、満開の桜が咲いていた。
洗い物をする手を一瞬止め、モカは春の風景に口元をほころばせた。
・・・春やなぁ。
と、しみじみ思う。何だかほかほか温かい気持ちになった。
しかしそれと同時に、これから行われる<お花見会>や5月の<若葉会>等の行事用意に追われる去年の自分を思い出し、肩をすくませる。楽しい季節は、仕事に追われる季節でもあるのだ。

モカは老人ホーム兼保育所の施設で食物栄養士として働いている。今年で5年目だ。厨房担当の中では中堅的存在になりつつある。
元々料理をするのは好きだし、お年寄りや赤ちゃんと触れ合う事も好きだ。
『天職だね』と、友人にも言われるし、他に自分に合う職業も特に思いつかない・・・のだから天職なのだろう、と思う。
しかし数十人分の食事の用意を、立ちながら、中腰の姿勢でする為無理がきたのか、この所ひどい腰痛に悩まされているのも事実であった。
<なかなか、うまい事いかないなぁ>
と、思う。
いつの間にか胸の中の温かさは消え、何だかひどく疲れた気持ちになってモカはため息をついた。

すると、桜の木の向こう側。施設の裏で二人の人間が言い争っている様子が見えた。・・・いや、正しくは片方が一方的に怒鳴りつけ、片方が怒鳴りつけられている関係。
よくよく見てみると、施設長と今年新人の介護士<コタローくん>だった。
さすがに話の内容まではわからないが、また新人が何かをしでかしたのだろう。

<コタローくん>は中々話題の新人だった。
新人は男、・・・という事で力仕事も多い職場では有効戦力になると、介護士たちは期待していたらしい。
しかし、蓋を開けてみると<コタローくん>は細身の男の子だった。みんなが期待していた、筋骨たくましい青年ではなかったのだ。
そう。彼はあくまで、男の子だった。青年という段階まで達していないひょろっとした風貌。
すぐ、古参従業員のマスコット、というよりペット的存在になった。
・・・ちなみに<コタローくん>は彼のあだ名である。本名は全く違うらしい。(聞いた事はあるだろうが、モカも本名は忘れてしまった)

「何か、<コタロー>って名前っぽいよね。昔うちにあんな感じの柴犬いてん。・・・あの子見てると何か思い出すわ〜」
確か、こんな誰かの一言がきっかけだった。
それ以来<コタローくん>である。老人ホームにいるお年寄りも、中々会いにこない孫の姿を彼に重ねるのか
「コタローくん」「コタローくん」と嬉しそうに呼びかけてはお菓子を渡している。
断り切れないコタローくん。だからいつも彼の仕事着のポケットは、おせんべいや飴玉で膨れていた。

コメント(16)

桜の向こう側ではコタローくんが何度も頭を下げて謝っているが、粘着質タイプの施設長は未だ彼を怒鳴り続けている様だ。
<・・・おいおい、何しでかしてん、新人くん。>
どちらにも呆れながら、そんな時間も無いのでモカは手元の洗い物に視線を落とす。
水の中で汚れのこびりついたプラスチック食器や鍋がかすかにぶつかり合い、カチャkチャという音を立てた。

それから数分後、洗い物をすっかり終わらせたモカは一息つこうとビニール手袋を外していた。また腰の筋肉が強張っている。
急激な負荷を腰に与えない様、徐々に背伸びをしながら何気なく視線を窓の外にやると、桜の木の下に立つコタローくんの姿が目に入った。

<・・・落ち込んでるんかな?>
思わず後姿を見つめていると、突然コタローくんがモカの方を振り向いた。
視線がぶつかり合う。
落ち込んでいるかの様だったコタローくんは、ポケットから取り出したのであろう巨大な飴玉を右頬袋に入れていた。
それに対してモカはというと、徐々に背伸びをしていたせいで妙なマトリックス状態であった。
『何してんの?』
『何してんすか?』
同時に言葉が交わされた。
・・・それから数分後。
休憩室の片隅でモカとコタローくんはカフェオレを飲んでいた。
お互い自分の状況説明に困り、沈黙になっていたところ空気に耐え切れなくなったモカの方から「お茶でもする?」と誘ったのだ。

・・・何叱られてたんやろ?

何となく聞きづらくてモカは視線をマグカップの中に落とす。
しかし、上司に相当注意された後ですぐに巨大な飴玉を口に入れるとは、どういう神経なのだろうか?
“気弱な柴犬”、というイメージが定着しつつあるコタローくんだが、意外に神経がず太いのかもしれない、とモカは思った。
「・・・腰、痛むんすか?」
先に会話の糸口を見つけたのはコタローくんの方だった。
「あ〜うん、ずっと中腰やし重たい鍋とか持ち上がるからね。ここ何年か病院に通ってるんやけど・・・」
「コルセットとかした方がいいっすよ。やっぱ、負荷は抑える様にしないと。ひどくなった時が怖いですからね、腰は。」
「コルセットか〜そうやね。そういうのせなあかんなぁ。」
中々しっかりした事を言ってくれる。
今のは+方向へのイメージ転換。

・・・皆が思ってるより、コタローくんは<コタローくん>じゃないのかもしれない。

モカは少しコタローくんに興味が湧いて来た。気弱な男の子は嫌いだけど、どうもこの子はそうじゃない様だ。
思わず、先ほどの疑問が口をついて出る。
「・・・さっき、施設長に何で叱られてたん?」
多分小さな失敗だったのだろう。施設長は気分屋で有名だ。
その時の気分で激しく叱責をしたりする。
「302号室の糸田さん。ちょっと風邪気味みたいで・・・。通常メニューのリハビリきつそうだったから、今日は軽めにしましょうねって事でマッサージだけしてたんですよ。そしたら施設長に呼び出されて、<年寄りを甘やかすな!そんなに人気取りたいのか>って叱られて・・・」
モカはあくまで調理担当なので、介護にあたって何が正しいのかはわからない。
でも最後の<そんなに人気が〜>の下りが余計だと言うのは、わかる。
「確かに、一日リハビリを休んだら取り戻すのは大変なんですよね。でも微熱もあるみたいだから、いつものメニューをさせて汗かかせるのはどうかと思って・・・マッサージでも、ちゃんとやれば筋肉を使ったと同じくらいの効果が得られるからいいと思ったんですけどね。事前に了解取ってなかったのが悪かったみたいっす。」
自分の許可が必要だ、というわけだ。
他人事ながらモカは憤慨した。見栄やプライドより、お年寄りにとって何が一番いいかを考えるのがベストなのではないのか?
「・・・甘い物が足りないんだと思うんす。」
「・・・え?」
心の中で施設長の今までの行いを思い返し、毒づいていたモカは、コタローくんが呟いた一言を聞き間違えた。いや、聞き間違えたと思った。
甘い物、なんて言ってないよね?
「甘い物っす。」
コタローくんは真面目な顔でうんうんと頷きながら続ける。
「脳が疲れてる時って甘い物を食べるのが一番なんすよ。でも甘い物を取らずにそのままにしておくとイライラして、人に怒鳴り散らしたくなる。施設長って、確かお酒好きじゃないすか?そういう人って逆に甘い物苦手で、そんで疲れてるのに放置してるからあんな風になる。そういうサイクルなんすよ。」
・・・どういうサイクル?
呆然としながら、ふとモカは思いついた。
「じゃあ、飴玉舐めてたのって・・・」
「はい、怒鳴られ疲れたんで、元気出そうと思って舐めてました!」
明快な回答だった。
一瞬モカは目をまん丸にしてコタローくんを凝視した。
・・・そして、数秒後には笑いが止まらなくなってしまった。
「何か俺、おかしい事言いました?」
「・・・言うっていうか、したっていうか・・・」
声を出して笑うので中々言葉にならない。
きょとんとした顔でモカを見つめるコタローくんだったが、少ししてから彼自身の顔にも笑みが広がってきた。
カフェオレを片手に笑い合う二人。
モカは、ふと自分の胸の内に先ほどまであった何となくけだるい気持ちが、笑いと共に消えてなくなっていくのを感じた。
それ以降、二人は会えば立ち話をする仲になった。

<弟がいたら、こんな感じなんかなぁ。>
と、妹しかいないモカは思う。しかし同時に弟、という表現も似つかわしくない様に感じるのだった。
先日話した時の意外な逞しさ・したたかさ。
皆が勝手に定着させたコタローくんというイメージに符合しない雰囲気。
しかし、何となくモカは周囲にそれを言わないでいた。
自分だけが知っているコタローくんの一面を、独占しているのも少し愉快だ。そう考えると、モカはにんまり笑ってしまう。
だって、あの話以降施設長がガミガミ言っている所を目撃する度、<あぁ・・・糖分が足りていないんだ>と思ってしまうのだから。

それから再び忙しい毎日は過ぎて。
コタローくんも次第に職場の空気に完全に馴染んできて。
モカは毎月の行事の献立や調理に追われて。

---そして、6月。

「あ、モカさん。お疲れ様っす。」
「あーお疲れー!」
シフトが同じだったのだろう。モカとコタローくんは偶然職場の駐輪場で会った。
最近お互いバタバタしていたので、ちゃんと顔を見たのは数週間ぶりだった。
「原チャ通勤なんすか?」
「そうそう。ここ入ってからずっと愛用してる、いわば戦友よ!」
ぽんぽんと原チャリのシートを叩く。
「コタローくんは?」
「俺、健康の為にチャリ通勤してんすよね〜」
ジジむさい事を言う。思わずモカは笑って「何歳よ!」とつっこんだ。コタローくんはへへっと笑って、赤いママチャリにまたがる。
「あはは!しかもママチャリ?」
「最強っすよ、ママチャリ。」
何が最強なのかは説明しない様だ。お互いにやり、と笑いながら
『それじゃ』と言う感じに手を上げる。
モカはエンジンをかけると、駐輪場を出て行った。

それから40分後。
モカは家路途中にあるレンタルビデオ屋の駐輪場で、呆然としていた。

げ。
原チャが。
「・・・パクられた」
最悪の事態だった。
ちょっと借りてたCDを返そうと思い、ちょっと新作CDを見ていただけなのに。
「最悪や〜・・・」
へたへたと脱力しそうになるが、何とか踏ん張った。すると、
「モカさん?」
コタローくんが驚いた表情で背後に立っていた。
「・・・どうしたんすか?」
「ちょっとぉぉぉ〜!聞いてや!!原チャ、さっき乗ってた原チャ!!パクられてんて!!ほんの十数分の間やで!?ありえへん!!」
と、コタローくんに現状を説明している内、先ほどまで呆然としていた脳が急激に怒りに燃えてくるのを感じた。
「うっわ〜・・・(一瞬絶句)最悪ですね!とにかく盗難届出さないとダメっすね。」
盗難届?あ、なるほど。
モカは大切な戦友を盗まれたショック⇒怒りで、とるべき対応を自分が思いつけなかった事に気付いた。

それからコタローくん(一度チャリで帰宅した後、車でCDを返しに来ていたらしい。・・・健康は?)の車に乗せてもらい、モカは最寄の警察署に行って盗難届を出した。
調書作成に意外と手間取り、解放されたのは仕事終了から既に3時間が経過していた。
・・・つ、疲れた。
とぼとぼと警察署から出ると、駐車場の向こう側で手を振る姿が見える。コタローくんだった。

「お疲れさんです!大変でしたね。これ呑んでちょっと元気出して下さい!」
と言って、缶のアイスミルクティーを渡してくれる。ちゃんと、糖分が入っている奴だ。
「え?ごめん、待っててくれたん?ありがとう!」
「どうせ暇ですから。それに明日休みやし」
にっこりとコタローくんは笑って、そのまま助手席のドアを開けてくれる。
モカは流れのままに助手席に座り、それから貰ったアイスミルクティーに口をつけた。そして、その甘さが異様に美味しく感じる自分に気付いた。
<・・・めっちゃ疲れてるんや。うち。>
「腹減りません?何か食べに行きましょっか。・・・あ、でも疲れてはるんなら家帰った方がいいっすよね?」
「いやー待ってもらってたし、お礼に何かご馳走するよ!」
「え?マジっすか?でもいいですよ。勝手に待ってただけやし。」
「いやいや、お姉さんが奢るって!何でも言うて!!」
モカが笑いながらそう言うと、何故かコタローくんはまじまじとモカの顔を見つめてきた。
<・・・え?なになに?>
何となく動揺するモカ。そんなモカの目を真顔で数秒見つめた後、コタローくんはいつもの様ににっこり笑い、車のエンジンをかけた。
「じゃ、王将で!」
・・・若い男の子って安上がりだ。
コタローくんの運転する車に乗って十数分、餃子の王将 亀の甲店に着いた。
車のデジタル時計の数字は21:05を表示しており、混雑もとうに過ぎている時間だった為、すぐに二人は窓際の席に通される。

席に着くとすぐ、コタローくんはさっとメニュー表をモカの方に向けて開いた。
「え?コタローくん先に決めや。好きなもん食べぇさ」
「あ、俺決まってますから。餃子一人前と焼き飯ともやし炒めで!」
さっとメニュー表に目を通すと、トータル1000円を超えていない。
「いやいや、遠慮せずにもっと肉とか食べや!酢豚とか、チンジャオロースとか!」
「いや〜もやし最強っすから」

---うん。確かに栄養バランス的にいいんだけどね。

「・・・そうなんや。じゃ、うち肉団子と冷麺頼むから、それも食べてな」
「あ、ありがとうございます」
深々と改めてお辞儀をするコタローくんに苦笑しながら、モカは呼び鈴を鳴らし、店員に注文を告げた。
店員が席を去ると、コタローくんは一度座り直し、モカに問いかける。
「明日から通勤どうするんすか?」
「あぁ〜・・・どうしよ。警察の人には“まず見つからない”って言われたからなぁ。痛いけど、新しい原チャ買うつもり。とりあえず明日は遅出やし、新しいの見に行くわ〜。」

盗難の件を思い出し、再び気持ちが折れかける自分に気付いたモカは、慌てて話題を別に振った。
「・・・コタローくん、少食?」
「え?そうでもないっすけど。何でですか?」
「いやぁ〜、さっきので足りるんかな?と思って。」
先ほどの三品ではお腹に未だ十分な余裕が残るはず、若い男の子なら尚更だ。自分に遠慮しているのであれば、王将レベルなのだから逆に気を使わずに食べて欲しい、とモカは思う。
しかしコタローくんの回答は意外なものだった。
「7時くらいに家で晩飯食べたんすよ。これ、夜食ですね」
「えー?二時間くらいしかたってないやん!?もうお腹減るん?」
「いや〜・・・」
頬をぽりぽりと掻きながらコタローくんは続ける。
「モカさんと御飯食べたいな、と思って。んでさっきの注文くらいなら全然食べれますからね!余裕っすよ」
「あー、そうなんやぁ。。。」

・・・。

ん?ちょっと待って。
とモカは表情に出さずに心の中で呟く。
何となく、サラっと。
今、気になる事を言われた様な気がするんやけど。
しかし目の前のコタローくんもにこにこと笑っているし。モカは取り合えず気にしない事にした。
『モカさんと御飯食べたい』なんて、ねぇ?
料理がテーブルに運ばれてくるまでの間、コタローくんは色々な話をし、モカを笑わせた。
今日あった不幸な事件を頭から消し去ろうとしてくれるその気遣いに、モカは素直に感謝し、爆笑した。
笑いが憂鬱を吹き飛ばしてくれる、っていうのは本当なんだ。
目尻に涙を浮かべながらモカは大笑いした。

そして料理が運ばれてくると、打って変わってコタローくんは無言になり、気持ちのいい食べっぷりを見せてくれた。
パクパク。
擬音をつけるなら正しくこれだな、とモカは思う。
「気持ちよく食べるよね」
食後に褒めると、コタローくんは少し恥ずかしそうに笑った。
「子供みたいに食うっしょ?」
「いや〜見てて気持ちいいし、何か料理作る側としては作った料理をそんな風にぱくぱく食べてもらえるのっていいなぁ。」
「そうすか?」
笑いながらコタローくんはぐびっと水を飲んだ。

それからコタローくんの車でモカは自宅まで送ってもらった。
何となく、車内で話を続ける。
「明日、原チャ見に行くんすよね?」
「うん、310沿いにあるとこ見に行くつもり。」
「休みだから車で送りましょうか?足ないっすよね?」
確かに、タイミング悪く愛車カプチーノを修理点検に出している所だった。親の車も明日母親が使う予定だった筈だ。願ってもない話ではある。しかし・・・
「・・・でも折角の休みやし、それに出勤前の午前中に行く予定やから悪いわ」
「俺ちょうど午後から車で出かける予定なんで、問題ないから気にしないで下さい」
にっこり、柴犬が懐いた様な笑顔でコタローくんは助手席に座るモカの顔をのぞきこみ、笑いかける。
まずいな。
また少し、ドキッとしてしまった。
しかも感じるドキドキは回数を増す毎に激しくなってきている気がする。
「ほんまにいいん?」
「問題ないっすよ。あ、じゃぁケー番教えてもらっていいっすか?それとメルアド。」
「あ、うん」
親しくなってから数ヶ月。初めての番号・メルアド交換をした。
「じゃ、明日10時に家の前に迎えにきますんで。また着いたら電話しますね」
「・・・うん、ありがとう。」
「じゃ、おやすみなさい。それとご馳走様でした。」
家の前から車が走り去っていく。モカは手を振りながら見送った。
「・・・それで!?」
「いや、それだけやから。」
3時のお茶を飲みながらモカは淡々と答える。
昼下がりの事務所は一時の喧騒を忘れ、静かだ。
施設長やチーフはちょうど席を外しており、広い事務所内には厨房担当の後輩maruと事務パートのオクナカさん、そして最近は栄養計算の事務仕事が増えているモカの3人しかいなかった。
maruが差し入れとばかりに持ってきてくれたみたらし団子の淡い甘さが唇に残っていた為、モカは澄ました顔のまま舌先でそれを拭う。
そんなモカを見て、つまらなさそうに唇を尖らせるmaruと、ニヤニヤ笑っているオクナカさんが好対照だった。
「でもさ、わざわざモカちゃんを待っててくれたんでしょ?」
「そうですよ!それに休日なのにバイク屋までアッシーくんになってくれるなんて、絶対、コタローくんってば、モカさんの事・・・♥うっわーぁ!」
オクナカさんの言葉に再度勢いをつけたmaruがモカに詰め寄る。
モカとしてはただ、昨日の不幸な事件の説明をしたかっただけなのだが。
二人はそこにはほぼ食いつかず、コタローくんとのデート?【夜の部:餃子の王将編】【午前の部:バイク屋送迎編】に全力で噛み付いてきたのだ。
「人がいいんよ、コタローくんは。」
妙な疑いを掛けられるのはコタローくんにとって迷惑であろうと、maruの言葉に動揺する内心を隠しながら、表向きは平然と答える。

それは勿論。
モカだってちょっと考えたりした。
・・・いや、実際は結構考えた。

メルアド交換をしたのは昨日の夜。それから既に朝の件を含めて計4件のメールがコタローくんから着ている。
内容は他愛もない物だ。

『さっきはご馳走様でした!パクパク食うんで、また奢って下さい(^O^)もしくは何か作って与えて下さい(笑)』
これは昨日家に帰ってから数十分後に着た。

『オハヨーゴザイマス!コタロータクシーです(笑)また用意出来たら教えて下さい。』
『今から家出ます。多分20分後に着くんで、そしたらまた電話しますね』
これら2件は今朝のバイク屋への送迎に関するメールだ。

『安い値段でいいバイク見つかって良かったっすね♪俺はこれから遊びに行ってきまーす!モカさんは頑張って勤労して下さい(。≖ฺ‿ฺ≖ฺ)ニヤニヤ。・・・あ、すいません。調子乗りました(切腹)』
これはさっき着たメールだ。思わずぷっと吹き出してしまった。

でも、着たメールとしては多い、という訳では。多分、無い。
<気ぃ遣いなんかな?>
と思う程度の件数ではある。だからこそ。
妙に浮き足立つのをモカは禁止する。
何より相手は職場の気の良い後輩だ。それだけだから。

「じゃ、コタローくんとは何にもないの?」
「・・・え?」
一瞬物思いに沈んでいたモカだったが、オクナカさんの突然の質問に顔を上げる。
話を聞いていなかった為、質問に答えるのが一時遅れたが慌ててモカは「何もないよ!」と答えた。
するとmaruは半眼になってモカの顔を睨み、
「あ〜や〜し〜いぃ〜」と言ってくる。
「今の、タイムラグありましたよね?オクナカさん!?」
「あったね。いや、あった。」
再びニヤニヤ顔の二人組に襲われる事になったモカはこめかみを思わず押さえた。
「いや、ホンマに無いから。ほんま、最近うち男っ気無いから。てか相手コタローくんやから。」
最後の一言は二人を納得させる為に何気なく言った一言ではあった。しかし、口に出した瞬間、
<・・・何となくコタローくんに、今の一言は聞かれたくないなぁ>
とモカは思ったのであった。
そして、その日の仕事帰り。
行きはバイク屋経由でコタローくんに職場まで送ってもらったモカだったが、帰りの足が無かった。
帰る30分程前に家に電話して誰かに車で迎えに来てもらおうと思っていたのだが、思いがけないバタバタがあって連絡し忘れていたのだ。
運悪く、雨も降っていた。
「うっわぁ・・・」
呆然と暗い雨空を見上げる。
30分程玄関先で待つ事になるが、仕方無い。これからの空疎な時間にため息をつきながら、モカは鞄から携帯電話を取り出し家に電話をかけようとした。
履歴から自宅の番号を出し、かけようとした瞬間。
ちょうどのタイミングでかかってきた電話が繋がった。
コタローくんからだった。

『もしもしっ?!早いっすね、出るの』
「いや、ちょうど家に電話かけようとしてて・・・」
『もしかして、ちょうどいい所に電話したんじゃないっすか?俺。今近くなんですよ、良かったら車で送りましょーか?帰りの足無いっしょ、モカさん。』

ただの後輩なんだから、ここでドキドキする必要なんて無い。
しかし、思わず声がうわずった。
「えぇ!?いいよ!!」
声も大きくなったらしい。コタローくんが電話の向こうで一瞬無言になるが、次の瞬間爆笑し始める。
『今、メチャクチャ否定しましたねー!!』
「あ、ご、ごめん!否定とかじゃなくてさー、朝も送ってもらったし、又夜までってなったらメチャコタローくんに・・・」
『いいんすよ。』
「・・・え?」
モカの言葉を突然真面目なコタローくんの声が遮った。
思わず無言になる二人。夜の雨音だけがモカの耳朶を打っていた。
実際は数秒程度だろう。
しかし、モカは何となくその無言が長い時間継続された様な、そんな錯覚を覚えた。胸の鼓動が時間と比例して大きくなっていく。

『・・・迷惑とかじゃ、ほんとに無いっすから。いいんすよ。』
「・・・うん」
何となくいつものコタローくんと声の雰囲気が違う気がして、思わずモカは頷いた。
『今から行きますから、玄関口のイスにでも座っててくださいね』
「・・・わかった。」
電話を切ると、外界から遮断するかの様な大雨が降り始めていた。
まるで雨のカーテンを見ているみたいだ。
そして、これからそのカーテンの向こうからモカの知らないコタローくんが来る予感がして、モカは震える息を吐き出した。
待つ事、5分。
少し小降りになってきた雨の向こうから、車のライトがモカを差す。
バン、と扉が閉まる音。
ばちゃばちゃ、と雨の道を走る音。
傘をさして現れたコタローくんは、職場の玄関扉を開いてモカの姿を見つけると、
「・・・お待たせ。」
と柔らかく微笑んだ。
その笑顔にはいつもの温かさがあったが、いつもの無邪気さは欠けていた。何だか、大人の男がする様な笑い方だ、とモカは思った。
「・・・うん。」
迎えに来てもらっておいて何が『うん』なのかも分からないが、咄嗟にその言葉しか出なかったのだから仕方が無い。
「帰りましょっか」
その言葉にモカはぎくしゃくと頷いた。そして折りたたみ傘を開こうとすると、コタローくんに止められる。
「直すの面倒でしょ?車までやし、これに一緒に入っていきましょうよ。ちょうど雨も小降りなってきたし。」
コタローくんの傘は大判のものなので、それなら入っても迷惑にならないだろうとモカは素直にその申し出を受け入れ、折りたたみ傘をそのまま鞄の中にしまった。

雨の道を車までの数m、並んで歩いた。
身長が160に満たないモカだったが、雨に濡れる事はなかった。コタローくんがモカの身長に合わせて低めに傘をさしてくれたからだ。
車の中に入るとモカはまず御礼を言い、それから
「・・・コタローくんって、身長いくつ?」と聞いた。
「そんなおっきくないっすよ。ん〜高3で175くらいかな?でも毎日牛乳飲んでるんで、伸びてると踏んでるんですけどねー」
・・・牛乳は骨が強くなるだけなんやけどなー。
と内心苦笑しつつ、モカは敢えて指摘しなかった。牛乳を飲む事は良いことなのだから。

それにしても、モカにとっては何だか久々のコタロー節だった。
少しいつものコタローくんが戻ってきたみたいで、ホッとした。

そして、それをきっかけに車内は話の花が咲いた。
疲れる仕事を終えた後、誰かと話して笑って・・・それはとても効率的な解消法だな、とモカは実感する。
気のせいか、体の筋の痛みもほぐれてくる様だ。

だから、アッという間に自宅前に着いてしまった。
雨は家へ向かう道すがら完全に上がっていた。
「ちぇー。またモカさんと相合傘出来ると思ったのになー」
と唇を尖らせるコタローくんに、あはは。とモカは笑う。
「いやいや、マージーで!」
「相合傘って、今時そんなん言わんやろー!!」
突っ込みながら再び笑う。
自宅には着いたが、何となく車から出がたく。この楽しい一時を壊しがたく、モカは助手席に留まっていた。
それから二人は又、くだらない話を続けた。
不思議と今日は仕事場の話が出なかった。
今まで、そして現状のお互いの事や最近あった面白かった事、腹が立った事、嬉しかった事・・・色々な話をした。

ふざけたり。
同調したり。
茶化したり。
意見を言ったり。

話をたくさんする、という事は裸になる事と似ている。
少しずつ外面という鎧を脱いでいく、という感じ。
そして身が軽くなればなるだけ、身につけた鎧が無くなれば無くなる分だけ。お互いの<距離>は縮まっていくのだ。

気付けば、車の外は再び小雨が降り始めていた。
だから余計、車の中が外界と断絶された密な空間に感じ、外の雨に気付いた時モカは不思議な居心地の悪さを覚えた。
(何か・・・ちょっと)
そのせいか、それまで絶えなかった会話が一瞬途絶える。
車内がシン、として外の雨音とコタローくんの呼吸する音だけが聞こえていた。
妙に胸がざわつき、自分の呼吸が早くなった様な気がしてモカは焦った。何か喋らなくては・・・

「・・・モカさん」
「えっ?」

ビクッとなりかける体を無理矢理抑え、モカは運転席に座るコタローくんの横顔を見る。
しかし彼は正面に顔を向けたまま、言葉を続けた。
外灯にほのかに照らされた横顔は、陰影により骨格があらわになったせいで、いつもより男らしく見えた。

「次の休みっていつですか?」
「・・・?ん〜、今週の・・・金曜やったかな?」
「暇ですか?」
特に予定は入れてなかったので正直に答える。
「・・・うん、今んとこ特に予定は無いけど・・・」
「じゃ、予約入れます!」
少し驚いてコタローくんの方を振り向くと、意外と至近距離にモカを見つめるコタローくんの顔があった。

---ドキッと胸が一瞬音をたてて軋んだ。

「デート、しましょう。」

意外な展開に目を白黒させるモカを尻目に、コタローくんはにこっといつもの様に笑った。
何となく呆けた状態で数日が過ぎた。
気付けば携帯電話を気にしている自分に気付く。
コタローくんからのメールが無いと何となく物足りない気持ちになり、次携帯を開いた時メールが届いていると、パッと気持ちが華やぐのだ。

<・・・やばいなぁ。>
少し、というよりさすがに自覚はしてきた。
男の子だったコタローくんが、いまや独立した気になる“男”に変わりつつあるのだ。
施設で汗をかきながら仕事に励むコタローくんを見かけると嬉しくなる。
そしてモカの視線に気付いてコタローくんが振り向き、笑いかける事に特別な何かを感じてしまうのだ。

<でもデートって言うかぁ・・・?今どき>
デート、と思っていないからこそ、そう言えるのかもしれない。
それを意識して、十代の頃の様に妙にドキドキしているのは自分だけなのかも。
何着ていこうかな、とか。どこ連れてってくれるのかな?とか。
でもそれはそれで、こそばゆくて何となく心地よいものだ。

--- 気付けば金曜は翌日に迫っていた。

『明日の10時に向かえに行くんで。動物園行きましょー(^O^)』
メールが来たのは木曜のお昼休憩の時だった。
思わず社員食堂を見回すと、少し離れたテーブルに座っているコタローくんが、イタズラを見つかった子どもの様に首をすくめて笑っている。
思わずモカも笑ってしまい、後輩のmaruに不審な目で見られてしまった。
「モカさん・・・あたしに何か隠してるでしょー!」
「ええぇ!?特に何も隠してへんよ。」
「---コタローくん。」
ズバリ、とmaruが本質をついてくる。意外に周りの事を見ている所がある。モカはドキッとする。
しかし、maruが続けた言葉は予想外のものだった。

「意外に人気あるの知ってました?」
「・・・え?」
「ほら、あれ。」

maruがスプーンを向けて指したコタローくんの周囲には確かに、女性看護士や女性介護士の姿がある。
彼女らは何がそんなに面白いのか、コタローくんの体を馴れ馴れしく触りながら笑い合っている。そんな中、コタローくんもいつも通り“皆の飼い犬コタローくん”を演じて無邪気そうに笑っている。
・・・そこに演技を感じてしまう辺り、周囲とは違う、自分とコタローくんの<距離>を少し誇らしく感じてしまうのだが。
しかし、何となくいい気はしない。
<のは、何でだ?>
モカはむーっと思いながらその何となく面白くない光景を見つめた。背後でmaruが言葉を続ける。

「ほら、コタローくんって可愛いっぽいでしょ?素直やし。すれてない感じっていうんかなー?」
「あー、分かる分かる。それが“守ってあげたい!”みたいな母性本能をくすぐるんよねー!!」
maruの横に座っていたオクナカさんもうんうんと頷きながら同調する。
「“もー!あたしが付いてないとダメなんやから!”みたいなね!」
「そうそう!!」

それから年下ジゴロトークにのめり込んで行く二人を尻目に、モカは周囲と自分の中にあるコタローくん像の相違について考えていた。

どっちが本当のコタローくん?

頼りなくて、でもそれが可愛くて、皆のペット的存在で、人の言う事を素直に聞く良い子。・・・確かにモカも最初はそうだった。ちゃんと知り合うまでは、の話だ。
ちゃんとコタローくんを知ってから、モカの中では

意外と頼りがいがあって、
意外と背が高くて、がしっとしてて、
意外と人の意見はスルーしてて(施設長の事といい)要領良くって。
・・・何となく目で追ってしまう男の子だ。

そして今も目で追ってしまっている。
コタローくんの方も、人の隙間からモカの事を時折見つめている。
明日は、金曜日だ。
お弁当を作ろう、とモカは思った。
金曜の朝は、いつもの休日より早めに起きた。
二人分のお弁当を作って身支度をし、約束の十時より30分早い九時半には用意が出来てしまっていた。

なるべく、いつも通りに。
・・・でもそれより、ちょっと気合を入れて。
部屋に置いてある全身鏡の前に立ち、モカは再度自分の身なりを確認する。今日の目的地は動物園だから、なるべく活動的な方がいい。
踵無しのサンダルに合わせて、服装もカジュアルにきめた。
(・・・ま、こんなもんやろ)
そして何気なしに家の外に目をやると、見覚えのある車体が門前より少し離れた場所に停まっているのに気付いた。
時計を見るが、まだ9:40だ。
もしかして、と思いモカはコタローくんのケータイに電話を掛けた。

「もしもーし!コタローくん?」
『あ、おはよーございます。どしたんすか?』
「いやいや・・・どしたん、っていうか。もしかして着いてない?」
『えぇ!?あーすいません!見つかりましたか?・・・ちょっと早く出過ぎちゃって。でも気にせずゆっくり用意して下さいよ!俺、一人遊び得意ですから!!』
焦るコタローくんの声に、モカはクスクス笑いが止まらない。
第一、一人遊びって・・・何?
(まぁ、それは道中問い詰めてやろう)
「うちも用意終わってるから、家出るわ。」
何とか笑いの発作を抑えて言った。

助手席のドアを開けると、何となくイタズラを見つかった子どもの様な顔のコタローくんがいた。
「何か、俺・・・めちゃめちゃ張り切ってる子どもみたいでカッコ悪いっすねー。」
その言葉にドキリとした。
張り切っている子どもみたいなのは、自分も同じだ。
だからモカはあえて笑った。
「さ、張り切って動物たちに会いに行こうや!」
「了解っ!」
コタローくんの運転する車体が滑らかな動きで進み始めた。
思わず笑ってしまいそうな青天。雲一つ、無い。
車窓の外は明らかな夏空だった。

コタローくんと知り合ったのは桜の季節。
あの頃、二人の間には十何mもの隔たりがあった。
---その二人が今、運転席と助手席に座っている。
触れようと思えば、いくらでも触れられる距離。
冷房の効いた車内ではMINMIの曲が流れていた。

「・・・はい」
「あ、あざーす」
途中のコンビニで買ったペットボトルの蓋を開け、コタローくんに差し出すと喉を大きく動かしながらものすごい勢いで呑んでいく。
唇から漏れた雫が喉を伝い、黒のTシャツに吸い込まれていった。
今日のコタローくんの服装は黒Tにカーキ色のワークパンツ。それに普段はしている所を見かけない太い黒縁の眼鏡をかけ、キャップを軽く斜めに被っていた。胸にはシルバーのアクセサリーが揺れている。
何となく普段と違う雰囲気、そして呑みっぷりの良さにじっと視線を注いでいると、ペットボトルの中身三分の二を一気に飲み干したコタローくんが気付いて恥ずかしそうに笑った。
「俺、めちゃめちゃ水分取るんすよー。だからもう汗の量もハンパなくて!!・・・何なら替えのTシャツ車に常備してますからね!」
「それに黒ならあんま染みわからんもんねー♪」
「そうなんすよー!・・・ってバレてるし!!ちなみに替えは白ですから。これも汗染みわかんねー色」
二人であはは、と声を出して笑った。

高速を使って1時間半ほど。思っていたよりあっという間。
隣の県の動物園に着いた。
パンダが見たい、とコタローくんは言うのだった。

車を下りる際、斜めにならない様モカの膝に抱いてあったお弁当の包みを、コタローくんが無言で取り上げる。
何となく気恥ずかしくて、車内で「お弁当作ってきたから」と言い出せずにいたモカだったが、コタローくんの方は最初から察していた様だ。
包みに鼻を近づけて、犬の如く匂いを嗅ぐと
「卵焼き・・・から揚げ・・・アスパラベーコン・・・」と次々に中身を当てていく。
驚かされたのはモカの方だった。
「何でわかんの?当たってるで!?」
「え?マジで?当たってんの?やっべー、俺!今超能力目覚めた!」
目をまん丸にさせながら、コタローくんが更に驚く。
何と、ただの偶然の一致だったのだ。
「なんや〜勘やん」と言いながらも、コタローくんとどこか繋がっている感がして。
モカはクスクスと笑った。
---だから、その攻撃はあまりに突然で、もろに衝撃を受けてしまったのだ。

「さ、行きましょっか」
さっとコタローくんの右手がモカに差し出された。
「・・・え?」
きょとん、とするモカにニッコリと笑いかけ、コタローくんはモカの左手を握った。強引じゃない、いかにも自然の動きで。
「今日はデート、ですからね。それに人多いから迷子にならないよーに!俺も、モカさんも。」

自分の顔が今、真っ赤になっていない事を祈るしかない。
モカは小さく喉を鳴らして唾を飲み込み、その手を軽く握り返した。
正面ゲートをくぐると、鳥や象の前を通り過ぎ一直線にパンダ館へと二人は向かった。
連休前の平日という事もあって園内はそこまで混雑していないのだが、さすが三都の内パンダの見れる唯一の動物園として名を馳せているだけの事はある。
柵の前には他の動物では見られない人の数がたむろしていた。
「多いなぁ〜、後で見にこよっか」
「・・・そうっすね。あ〜、ここのパンダ、モカさんに似てて真っ先に見せたかったのになぁ」
「・・・それは、うちの顔が丸いと?」
「いや、可愛いって事っすよ。最上級の褒め言葉」
パンダに似てると言われて喜んでいいのか悪いのか。
取り合えず“可愛い”という単語が出てきたので悪気は無いとしよう、とモカは心中思った。
仕方なく経路通りに動物を見ていく事にした二人はパンダ館の前を通り過ぎ、先へ進む事にする。

「羊!ラム肉!ジンギスカーン!!」
動物とのふれあい広場で叫ぶには不適切としか言い様の無い発言をするコタローくん。
いつもなら同様にはしゃぐモカだったが、今日はいまいち調子が出ずに、その発言に苦笑を漏らすだけである。
(いかんせん、この手がなぁ〜)
今更手を繋ぐくらいで自分がこうもドキドキするとは夢にも思わなかった。
緊張が表れて手が強張っていはいないだろうか?
手汗をかいていないだろうか?
そもそもこの手を繋いでいる事、コタローくんは全く平気なんだろうか?

・・・全く平気だとすると、年上の自分がコタローくんに比べ恋愛経験が少ないみたいだ。
(・・・絶対バレへんようにせな)
この胸の動悸も。火照った頬も。

「コタローくん、羊に餌やろう!」
「お!いいっすね。太らせて食う作戦ですか?」
気を取り直し、テンションを動物に向かってのみ上げる事にしたモカだった。
100円で羊やヤギの餌を飼い、柵に近づくと羊たちが匂いに誘われてか寄ってくる。
その中でもまだ幼い羊にあげようと、モカは手を伸ばすがどうしても大人の羊に食べられてしまう。

「あんたさっき食べたやん!」
と怒っていると、横顔にコタローくんの優しい視線が当たっているのに気付いた。
意識してしまって左側を見れず、その視線に気付かないふりをしながら、再度モカは子羊に餌をあげようと試みる。
すると今度は大人の羊は別の場所へ行き、子羊に直接餌をやる事が出来た。
嬉しくなって、視線の事を忘れ左を向くと大人の羊に餌皿を直接与えているコタローくんの姿があった。
「成功しました?囮作戦」
「・・・うん、大成功」
モカがそういうと、コタローくんは笑顔でVサインをした。

その後ウサギやアヒルと戯れてふれ合い広場を後にし、レッサーパンダやコアラの愛らしい姿に嬌声や叫び声(コタローくん)をあげていると

ぎゅうぅぅぅくるる・・・

コタローくんのお腹から唸りが聞こえた。
慌てて時計を見ると、針は12時半過ぎを差していた。

「お弁当食べよっか」
そう言ってモカが園内のパンフレットを広げると、
「あー!俺カッコ悪ぅー!!」
コタローくんが頭を抱えてしゃがみこむ。
その姿に笑いながら、モカは背中をポンポンと叩いて慰めた。
「ちょうどお昼時やから気にする事ないって!」
すると、頭を抱えたままコタローくんがボソッと呟いた。
「緊張、してたんすよね・・・」
「え?」
意味が分からず聞き返すと、今度はちゃんと顔を上げ、しかしモカの顔は見ずに唇を尖らせて言葉を続ける。とても言いにくそうに。
「・・・手、ぜってぇ繋ごうと思って。最初に繋がないとタイミング無くなると思って。昨日からめちゃくちゃ頭ん中でシュミレーションしてたんすよ!
・・・で、緊張し過ぎて朝飯一杯しか食えなかった・・・」

一杯食べればある意味十分ではないのか?
一瞬関係無い疑問がモカの頭に浮かんだが、すぐにそれを打ち払った。

・・・何や。
向こうもドキドキしてたんやん。

思わずにんまりと笑うとコタローくんがそれに気付き、再び頭を抱える。
馬鹿にされた、と思ったのだろうか。そんな事ないのに。

「ほら、行こ!」
頭を抱えているコタローくんの左手を、モカは握った。
モカが作った、少し大目のお弁当をコタローくんは見事なまでの食べっぷりで完食した。
隣りでおにぎりを食べていた幼児が固まってしまうくらいの勢いだった。
食べきった後、150mlのペットボトルのお茶を一気飲みする。
その姿をモカは少し呆然と、しかし感動して見つめた。

「あー!美味かった!!!」
ぷはーっと息を吐き出してコタローくんが言う。
「お粗末様でした。大丈夫?無理して食べたんちゃう?」
お弁当はコタローくんの食欲を見越して3人前は用意していた。
しかし、食べっぷりを見守ってしまったモカは実質0.5人前ぐらいしか食べていない。彼の大きくない体のどこに、それらが入ってしまうのだろうか?
「粗末なんかじゃ全然無いっすよ!本当に、今まで食べた弁当の中で一番美味かった。」
「またまた〜。空腹は最大の調味料て奴やろ」
妙にムキになるコタローくんを軽くいなしながら、モカは空の弁当箱を包みなおす。
しかし、その手をコタローくんがギュッと押さえた。
「マジですってば!だって・・・。
と、とにかくそんなの関係無く美味かったんです」
「・・・う、うん。」
だって、の後は何やったんかな?
そう思ったが、言いよどんだコタローくんの眼差しに軽く問いかける機会を逸してしまった。

それから園内を順番に回った。
途中で休憩したせいもあるが、丁寧に見て回ったせいで当初の目的であるパンダ館に着いたのは夕方頃だった。

深い溝を挟んだ柵の向こう側では、パンダの親子が一緒にまどろんでいる。
「・・・寝てるなぁ」
「その姿も可愛いから、いいんすよ」
「確かに」
他愛も無い会話を続けながら、パンダを眺めていた。
閑散とした園内をまもなく閉園というアナウンスが流れる。

もうすぐ閉園。
もうすぐデートも終わり、この手も離れる。

そう思った瞬間、コタローくんがぎゅっとモカの手を握る指に力を込めたのが分かった。

「・・・もうすぐ閉園ですね」
「・・・うん」
『・・・』

繋いだ手が熱を帯びて、熱い。
より熱いのはどっちだ?コタローくん?それとも?
動悸が耳元で響いている。
何か言わねば、と思うが形にならない。
チラリとコタローくんの顔を覗こうとするが、キャップの日よけで陰となり、表情は読み取れない。

「楽しかったなぁ」
「・・・」
「子羊にも餌やれたし、パンダも見れたし。」
「・・・」
「すごい良い天気やったけど、風もあってそこまで過ごし難くなかったしな」
「・・・」
「・・・楽しかった。うちはすごい楽しかった。コタローくんは?」
「また行きたいですね」

何故か数分ほど無言だったコタローくんが久々に口を開いた。
どうにも気詰まりな今の空気がこれでどうにか動きそうだ。
ほっとしてモカもそれに答える。

「せやね。また行きたいな、動物園」
「---動物園だけじゃなく」

さっとモカの半身に陰がさした。
横を向くと、コタローくんがモカの方に向き直っている。
眉間に皺を寄せて、いつになく硬い表情が彼の今感じている緊張の高さを表していた。

「俺、色んなとこモカさんと行きたい。・・・てか、どこでもいい。モカさんがいたら」

あーうまく言えねーけど。
そう言ってキャップを脱ぎ、髪をくしゃくしゃかき混ぜる。
そんなコタローくんをモカは黙って見つめていた。
続きが聞きたい。
下手でもいい。コタローくんの言葉が聞きたい。

「弁当もマジ美味かったんす!料理自体も勿論美味いんだろーけど。
モカさんが俺の為に作ってくれて、俺がバクバク食うの嬉しそうに見てて。何かそういう便乗効果?って言うんすかね?
めちゃめちゃ美味かった。
めちゃめちゃ美味かったし、今日も一日中めちゃめちゃ楽しくてドキドキした!!だから---」
「・・・相乗効果」
「え?」
「便乗、じゃなく相乗効果」
きょとんとするコタローくんに対し、自分でも何故こんな時に言葉の訂正をしてしまうんだろう、とモカは思いながらも言葉の流出を止められない。

「うちも相乗効果」
「・・・え?」
「コタローくんが手繋いできたり、優しい目でこっち見てたり。うちが作ったお弁当を全部食べてくれたり。すごい、相乗効果」
「・・・お互い様、って事ですか?」
コクン、と頷くとコタローくんが心底嬉しそうに笑った。
その表情にやっとモカの言葉の羅列が止まる。
気付けばそっと繋いでいるだけだった手が、ギュッと結ばれていた。
手を繋いで、車まで帰った。
車の運転をする為、手を離さなければならない事に腐るコタローくんに対し、
「いつでも繋げるやん」
とモカは言った。とても自然に・・・とても自然な風に。
一瞬驚き顔のコタローくんがモカを見つめたが、モカは素知らぬふりを続けた。内心ドキドキしていたけれど。
---すると、ぷっと噴き出す声が聞こえてきた。
何事かと運転席のコタローくんを見やると、何と笑い転げているではないか。意表をつく行動である。

「え?ど、どうしたんさー!?」
「・・・だ、だって・・・モカさん、平気そうなふりしてるけど顔真っ赤やしっ!」

そう言われ、慌てて頬を両手で覆うと、確かに少し火照っている感がした。そしてその慌て姿を見たコタローくんはますますの大笑いである。
笑われて少し腹立ちもしたが、怒った表情を作ろうにもこっちの顔も緩んでしまい、気付けばつられたモカも笑いを堪えられなくなっていた。
ぷっと息を吐き出すともう発作は止まらなかった。

「あははは!もーはずかしぃー!だってちょっとドキドキしててんもん!」
---そして、モカは笑いながら考えた。
今まで一緒にいた男の子の中で、一番モカと一緒に笑っているのはコタローくんではないか、と。
モカを笑わせる訳ではない。モカと、笑う。
同時に楽しくて、幸せで笑うのだ。
(こういうのって、何か・・・一番いいかも)
笑い泣きをしながら、コタローくんの方に顔を向けると未だに腹を抱えて笑っている姿があった。
そして、目が合った。

「あーやばい!俺何かもー・・・」

そう言うや否や、コタローくんは突然モカをぎゅっと抱き締めた。
モカが目尻に滲んだ涙を拭おうとした瞬間であった。

車は夕闇の陰に包まれている。
そして車内の陰影は更に深い。

耳元で聞こえる、意外と穏やかなコタローくんの呼吸音。
「・・・何か幸せ過ぎてイッパイで・・・」
「・・・うん」
「ぎゅーって、したくなった」
「・・・うん」
囁く声がモカの心をどんどん温かくしていった。
心地よい温度のお風呂に入っているみたいな幸せだった。
モカはそっとコタローくんの肩に頬を寄せた。

こんなにも近い。
いつのまにか、こんなにも近い存在になっていた。
抱き締められている事が自然にすら思える。
<距離>なんて、いつの間にかそんなもの完全になくなっていたのだ。
モカはぎゅっと、コタローくんの背中に抱きついた。
今まで離れていた分を埋める様に。

                         (終わり)

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