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優駿―この馬が好き!―コミュのマルゼンスキー

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本年もみなさん、よろしくお願いいたします!

JRAから、マイホース限定のDVDが送られてきました。
その収録6頭のなかで、インパクトのあった一頭。

マルゼンスキー。
DVDは朝日杯のブッチギリが!
2着のヒシスピードがクラシックで活躍していたことを思うと、無事で彼が走っていたらどうなったか??

リンドシェーバーが破るまで、朝日杯のレコードホルダーだったんですよ。

「大外でいいから、邪魔をしないから、賞金も要らないからダービーに出走させてくれ!」という中野渡騎手(現調教師)の言葉はとくに印象的。

種馬としての成功が、彼の性能の高さを裏付けていますね。

彼の登場が、「マル外」「持ち込み」という扱いを変えたと言っても過言ではないのでは??

コメント(29)

はじめまして、えみこです☆
マルゼンスキーって名前しか知らなかったんですけど、
あのDVD観て衝撃受けました!!
でも日本短波杯の時はもっとスゴいと聞いたんですが、
観たことあります??

ちなみに好きな馬は、
・ステイゴールド
・スペシャルウィーク
・クロフネ
などなどです。よろしくお願いします!
えみこさん、初めまして。
つばめさん、明けましておめでとうございます。

リンドシェーバーがレコード勝ちした朝日杯ならよく覚えてます。
(ブリザードの単勝を五千円買ってたので…涙)
“競馬の神様”故・大川慶次郎氏がテレビ解説で、
「レコードが破られてもマルゼンスキーは別格」と連発していたのが思い出されます。
“マル外”リンドシェーバーが“持ち込み”マルゼンスキーのレコードを破ったことが、
よっぽど気に入らなかったんでしょうね(笑)。

リンドシェーバーもクラシックに出走できないことを理由に、弥生賞で引退しました。
当時のマル外は全般的に繁殖目的で輸入したみたいなところがあって、
G1を勝てそうな馬があまりいなかったような気がします。
セサロニアンとかケンタッキーパイクなんていう弱いマル外のことなんか、
今となってはほとんど誰も覚えてないんだろうな(笑)。
日本短波賞のマルゼンスキーは本当に圧巻です。

スタートするなりびゅんびゅんカッ飛ばして
軽快に逃げてた(というより能力が違い過ぎて他馬が
追いつけてなかった)と思ったら、
残り600Mのハロン棒を通過したとたん突然ペースダウン。
あれ?息切れ?
もう終わり?
負けちゃうの?
中野渡騎手が必死で追ってるのに、
フワーっと流して“歩いて”いるんです。

ところが残り400M、後続に追い付つかれ並びかけられるやいなや、
「あ、うっかり!さっきのハロン棒はゴール板じゃなかったのね」
とばかり、また行き脚をつけて再びよーいドン!
スローで見ると本当に口から泡を吹いて焦ってるので笑えます。
そしてそこから短い直線だけで7馬身差も突き放す圧勝劇!
ちなみにこのレース2着のプレストウコウは、
後に菊花賞を当時の世界レコードで勝った馬・・・。

井崎脩五郎曰く、
「今まで強い勝ち方をした馬はいっぱい見てきたけど、
 重賞を“遊んで”勝った馬はマルゼンスキーしかいなかった」
だそうです。

引退までの8勝で後続につけた着差は確か62馬身だったかな?
脚が弱かったため早期の引退でしたが、
順調であれば9戦目はおそらくTTGのラストマッチとなった
あの有馬記念だったはず(うろだけど)。もし実現していたら、
日本競馬の歴史は変わっていたかも!?
余談ですが、
海外のニジンスキーの関係者(オーナーだか生産者だか)が
マルゼンスキーのVTRを見て、
「マルゼンスキーはニジンスキーの初年度産駒の中でも
 5本の指に入る。もしかしたらナンバー1かもしれない」
と言っていたそうです。
あるるさん!アカさん! そしてえみこさん!
金杯で乾杯しました?完敗しました?(私は惨敗です…)

あるるさんの「ブリザード単」は熱いですね(お見舞)。あんまり実況の三宅さんが「リンドシェーバーは凄いすごい!」って絶叫していたら、大川さんが「そりゃ、いつかは破られますよ」って反論して喧嘩していたんだ。

あのころはバブリーだったし、外国産馬だったらなんでも良いみたいなところがあったんですよね。日本人バイヤーもすごい馬鹿にされていた。だからヒンソなマル外も多かった。ニジンスキーというだけで注目されていた馬もいたもんね。(セサロニアンか?人気あったよね彼は)ケンタッキーパイクは好きな馬でしたよ。今考えると普通のOP馬だったのかな。

そうそうマルゼンスキー。
スケートの橋本聖子の父親が経営する牧場の馬だったことは雑学として覚えておこうね。(橋本善吉=マルゼン)
こんちには!!
私はまだ競馬歴が浅くて、マルゼンスキーとか
名前しか知らないんですけど、
みなさん本当に詳しいんですね〜(^-^)

アカさんの説明、おもしろかったです。
その場面が浮かんでくるというか。。
ますます観たくなっちゃいました。

つばめさん!そうゆう雑学好きです☆
また教えてください!!

いつか、あるるさんのように単勝5000円買えるように
なりたい・・・
ウインズ等にあるビデオボックス(名前は違うかも)
にはおそらくあるんじゃないかな・・・

マルゼンスキーのレース

どのレース見ても・・・あ・・・ひとつだけハナ差
ぐらいつめられたレースがあったはずですが、
あとは楽勝です。

よく考えれば・・・本当の意味で最強馬なのかも。

昔のヨーロッパやアメリカの名馬の中にある聞いたことない
ような着差をつけた馬にかぶる圧倒的速さをビデオですが見
せ付けられたので
この世代のニジンスキー産駒の中では
世界最強だったと思う!
これも強い馬でしたよねぇ……
そういえばこの年アメリカでは、あのシアトルスルーが三冠を達成したんですが、向こうの関係者が
「マルゼンスキーがこちらに残っていれば、シアトルスルーの三冠は無かっただろう」
というコメントを残したという逸話がありますね。

そしてこの馬の1世代上にはあのTTGが……
故障による引退が無ければ、きっと有馬ではあのトウショウボーイとテンポイントのマッチレースをあざ笑うかのように、はるか前方を走るマルゼンスキーの姿が見られたかもしれませんね。対決が見たかった。
はじめまして。
突然ですがどうか仲良くさせて下さい。
よろしくお願いします。

海外競馬が好きですが競馬全般好きです。

以下は完全に個人的思いですが
"マルゼンスキー"・・・
自分の中では日本競馬史上最強馬としてランクされています。

日本には数多くの優駿がいますが
私は、世界競馬史上でも名馬にランクインさせられる
日本の唯一の馬だと考えています

また間違いなくニジンスキーの最高傑作だったと
確信しています。

脚さえ丈夫ならば、どれほどの伝説を残していたか
想像がつかないです。

スタートからゴールまで常にぶっちぎりで・・・
あんな馬は日本競馬史上には
古過ぎるけどクリフジぐらいでしょうか。

77年の有馬記念はTボーイとTポイントの
マッチレースでしたが、あの時は
TTGとカブラヤオー、そしてマルゼンスキーが
出走を予定していた大ドリームレースでしたね。
どれほどのレースになっていたか・・・
自分の中では、マルゼンが5馬身彼らを突き放して
いただろうと思いますね。

種牡馬時代のマルゼンにはぜひとも会いたかったけど
見学中止なので本当に辛い思いをしました。
その後、橋本牧場で墓訪問をしましたが。
母親シルは見せてもらえました。

ほんとに凄い馬だった。
彼が日本に来てくれたのを感謝します。
私が一口馬主で4頭目に持った馬が「ラスティンドリーム」というマルゼンスキー産駒でした。彼の最後の産駒世代の1頭です。
“最後の夢”という、あまりにかっこよすぎる名前に、牧場まで行って見てきました。
 集団で放牧されている中、呼びもしないのに、群れから離れ、私の前までトコトコ歩いてきて「ほう、(馬主なのが)わかるのかねぇ」と牧場の人が驚くほど人なつこい馬でした。
 結局、初戦は大敗、叩き2走目、新聞の馬柱には名前が載っており、結構重い印も打たれていたのですが、前日の調教で骨折・予後不良という悲しい最後でした。

マルゼンスキーを考えるとき、どうしても彼の牧場での姿が目に焼き付いて離れません。
はじめまして。
「マルゼンスキー」が走っている所は見た事がありません!
まだ競馬人生が未熟な私です。
でも、スポーツカーみたいな馬だった...と聞いた事があります。

また、母父が「マルゼンスキー」と書いてあるとツイ馬券を買ってしまう私です。

見た事がなく本などで読んだ事しかないので色々な意味でとても
興味があって夢のある大好きな馬になりました。
こんな素人ですがヨロシクお願いします♪
ちび山さん


はじめまして。

>「マルゼンスキー」が走っている所は見た事がありません!

現役時代は知らなくても
ビデオで見たことはありますか?


TUTAYAなどの大きなビデオ屋では置いていますので
よければ一度見てみてください。
きっと鳥肌立ちまくると思いますよ。
>孟徳さん
はじめまして。

ありがとうございます♪

近くに大きなTUTAYAが出来たばかりです。
これは早速探してきます。

鳥肌立ちまくりたいです(^^)
はじめまして。
マルゼンスキーというとぶっちぎりが印象深いのですが、
唯一の辛勝、ハナ差でヒシスピードに勝った
いちょう特別を薦めます。

最後の直線はブライアンVSトップガンを思わせるような壮絶な叩き合い。
3着の馬を遥か後方においてのマッチレース。
まさに鳥肌もののレースです。
確かJRAのページで見れたはず…。
そのヒシスピードを次走の朝日杯では大差でちぎり捨てたのも含めて、
つくづくとんでもない馬だなぁと思いますね。

朝日杯のレース後、中野渡騎手のコメント
「最後の直線で、後続馬の蹄音が聞こえなくなった」

・・・・すごすぎる。
ミホノブルボンにしろアイネスフウジンにしろ
向こう上面以降は息を入れ、四角で後続を一旦
ひきつけて最後の直線でまたスパートして
逃げ切る形でしたが

マルゼンの凄いところは
最初から最後まで常にぶっちぎってたとこ。
息を入れたり、ひきつけているところがない。
(実際には息を入れているのだろうが
 それでも後続は追いついてこれない)

あれに少し似た馬としてスズカやトキノミノルが居るが
それでもマルゼンの圧倒的な逃げの力には敵いそうにない。


本気で走ったらどれぐらいのことになっていただろう・・・
その当時のニジンスキー産駒では
世界で一番強かったでしょうね。
類まれなるスピードと引き換えに脚に不安を抱えていた。
そのため、調教はおろかレースでさえ本気で追うことは無かった。
8戦し2着に付けた着差が
大差、9、ハナ、大差、2馬身1/2、7、7、10
合計で61馬身にもなる。
そしてマルゼンスキーを語る上で欠かせないのが

「ダービーに出走させて欲しい。枠順は大外でいい。他の馬の邪魔は一切しない。
賞金もいらない。この馬の能力を確かめるだけでいい。」

と中野Jが言ったそうです。
マル外と同様の不遇の時代の持ち込み馬として戦い、8戦8勝!確かにクラシック候補生達とのレースは中野Jのみならずファンも見たかったに違いない。

たらればはいけませんが”あの”有馬記念に出走していたら・・・と思いますね。
なんとか血を残して欲しいものです。
ホリスキー・レオダーバン・サクラチヨノオーetcがんばれ!
BMSとしては成功しているんですけどね。
中野騎手ではなく、中野渡(ナカノワタリ)清一騎手です。
なお、マルゼンスキーは私の印象ではマイラー
ないしミドルディスタンス・ホースだったと思います。
つまりトウショウボーイ型ですね。

確かに父ニジンスキーは英国三冠馬で
セントレジャー(日本の菊花賞に当たる)も勝ってますが、
マルゼンスキーの走りはステイヤーには見えませんでした。
テンポイントが勝った有馬記念で
大差をつけて勝てたかどうかは…。

あと同世代が弱かったというのもありますね。
秋は本格化したプレストウコウも
春(日本短波賞のころ)は未完成でしたし、
ダービー馬のラッキールーラは
その後延々と勝てず最弱ダービー馬と呼ばれました。
オークス馬リニアクインのタイムより
日本ダービーの勝ちタイムが悪かったし。

とはいえ、マルゼンスキーがTTGに負けない強さを
持っていたことは私も認めるところです。
リアルタイムで見てた世代です。
大好きな馬の一頭です。
大きいレースに出られなくてほんとに可哀相だった。中野渡騎手の嘆きに、言葉に、涙しました。お気持ちが痛いほど分かりましたから…。

しかしあのぶっちぎりの走りは今見ても興奮するほどそれはそれは凄いものでした。
私の中では最強グループに入る一頭ですよこの馬はウインク

私が思うには、マルゼンスキーかエルコンドルパサーかな?
と勝手に思っていますがね...喫煙
反論は受け付けませんよ(笑)

いずれにしても有馬記念でTTGとの対決を見たかったな
勝ち負けを度外視しても、
ゴールするまでドキドキしたんだろうなぴかぴか(新しい)
短距離ステークスでトウショウボーイと戦っおいて欲しかった。
本人は1800までしか走ってないけれど子孫は天皇賞や菊を制覇。すごい素質を持っていた馬なんだと思います。
マルゼンスキーはいつも脚部に不安があり産駒にもその影響がありましたね!
もしマルゼンスキーが丈夫だったらもっと大変な事に…


でも、母父としても大きな影響を与えたよね
はっきりいって強すぎ。

まちがいなく日本競馬史上屈指の最強馬だと思います。
>孟徳さん

カブラヤオーは76年の秋に深屈腱炎を発症して引退しています。

マルゼンスキーの脚ですが、丈夫ではないあの脚であれだけの成績を上げたからこそ、我々は感動したのだと思います。

77年の有馬記念、テンポイントとトウショウボーイの死闘。もしもマルゼンスキーが出走していたら、私も彼らの前をマルゼンスキーが先頭でゴールしていたと思います。
はじめまして

マルゼンスキーに関してはかなり思い出深い馬です。
といっても現役時代を直接見たわけではありませんが・・・

思い起こせば平成9年の8月
現役を引退して繁殖のためアメリカに渡るヒシアマゾンを一目見ようと北海道の地に降り立った日「マルゼンスキー死亡」の訃報
その当時はマルゼンスキーといっても名前を知っている程度でしたが、何か運命的なものを感じて、思わず通夜・告別式に参加するために橋本牧場へ・・・

告別式の日でしたか・・・
マルゼンスキーの全8戦のVTRが放映されましたが、一頭だけ次元の違う走りをしているマルゼンスキーの姿に衝撃を受けた覚えがあります

あれからもう11年になりますが、あの時の衝撃は今でも忘れられません

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