ミケランジェロがこの作品において心がけたのは、史実にもとづいた場面を描くことよりも「Non vi si pensa quanto sangue costa(いかほどの血が流れたのか、知るよしもなし)」(『神曲』「天国篇」第29歌)という自分自身に対する個人的な訓戒を形にすることだったようである。この一節は、彼が思慕を寄せる未亡人ヴィットリア・コロンナのために書いた「ピエタ」の素描において十字架の柱に書かれていたものであり、この素描の構図こそ、晩年に制作された一連のピエタの出発点となったものだからである。ただ、4人の人物の配置こそ引き継がれているものの、素描においては中央のイエスを囲んで上には十字架を背にして天を仰ぐ聖母マリアが、左右にはイエスの腕を取る2人の天使がいたのに対し、フィレンツェのピエタにおいてはマリアがいた位置にニコデモが、天使のいた位置に聖母とマグダラのマリアが置かれることになった点が注目に値する(フィリッポ・リッピによる先行作品を参考にした可能性が指摘されている)。サン・ピエトロのピエタではマリア1人がイエスの全身をしっかりと支えていたが、ここでは力なくずり落ちる遺体を3人が取り囲み、かろうじて支えているという痛ましい情景を描くことで、イエスの死が効果的に表現されている。