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小説家版 アートマンコミュのラスト・フューチャー・メモリー 2

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 翌日、クリスは簡素な葬式を教会で開いた。新婚間もなくで行方不明になってしまったナオミにはあまり多くの知り合いはいなかった。その上、人生の殆どをアメリカの国以外で過ごしているのだから、知合いが少なくてあたりまえだ。クリスも研究者という仕事柄、社交的ではなかった。おのずとナオミの葬儀への参列者も少なくなった。
 ナオミの遺体は火葬にする事にした。日本にいるナオミの両親が彼女の骨を分けて欲しいと言われたからだ。日本人は死者の骨に対して思い入れが強い。半世紀前の戦争で亡くなった兵士の骨を探しに東南アジアへ遺族が毎年訪れる程だ。ナオミの両親も異国の地で死んだ娘を日本の土に戻してあげたいのだろう。日本特有の宗教感が骨信仰かもしれない。
 火葬場までプロジェクトメンバー全員が付き合ってくれた。全員と言ってもクリスの他には三名だけだ。ダンとリンの兄妹、そしてトム。ナオミを焼却炉のような炉に入れる時は心が痛んだ。ナオミの身体がゴミ扱いされているように思えた。クリスより悲しんでいたのは同僚のリンだ。兄のダンの胸の中で涙をする姿は兄妹ではなく、夫婦のようだった。
 
 焼却が完了するまでの間、全員ロビーのベンチに腰をかけて時が過ぎるのを待った。
「ところで、ナオミの死因は特定できたのか?」
 トムがクリスに尋ねた。
「いいや、分らない。後頭部に傷があったが、事故でできた傷か故意に作られた傷かは特定が出来なかったそうだ。死蝋化という特殊な状態で発見されたから死亡時期さえも特定できなかったよ。死蝋化するのに一年以上はかかるそうだから、最近ではないみたいだけど」
「結局、不自然だが事故死って扱いになるんだろうな」
「遺体を返してくれたって事はそうなるんだろう」
 そう言うとクリスは小さくため息をついた。
「そうか、でもクヨクヨするなよな」
 トムの客観的な励ましに、怒りを表したのはリンだった。
「何よ。その言い方は。死んじゃったんだから、さっさと忘れろみたいな言い方は。トムにとっては研究の方が大切なのかもしれないわよね。昨日だってナオミにお別れを告げに来ないと思ったら、ロバートのデブを接待していたんでしょ。仲間が死んだってのにあんたって男は最低ね」
「俺は何もそんな意味で言ったんじゃない。ただ……」
「ただ、何よ。プロジェクトリーダーの座をクリスから奪おうってロバートと目論んでいるんでしょ」
「二人ともいい加減にしろよ」
 ダンが二人の間に入った。「だけど」とまだ文句を言い足りないリンが甘えたような声を出した。ダンは優しくリンの髪を撫でた。
「悪かったな」
 トムはクリスに向かって素直に謝罪した。
「別に気にしていないからさ」
 クリスは冷静な口調で答えた。その後、しばらく沈黙が続いた。その沈黙を破ったのはクリスだった。
「実は皆に手伝って欲しい事があるんだ」
 一同がクリスの方を見ている事を確認してゆっくりと口をひらいた。
「俺を縮小化するアシスタントをやってくれないか?」
「何を言っているんだ」
 トムは立ち上がり、クリスを睨み付けた。ダンとリンはクリスが言った事が飲み込めずにいた。
「自分を縮小化すれば、きっとナオミが四年前に現れた場所に行けるはずだ。ナオミと再会するにはそれしか方法がないんだ」
「本気で言っているのか?」
 トムは今にもクリスを殴り掛りそうな目で見ていた。
「本気だ。俺はもう一度会いたいんだ。研究が忙しくて、ハネムーンにも連れて行ってあげられなかった。気のつかない俺はナオミにプレゼントらしいものもあげられなかった。俺にのこっているのは過去への後悔の念だけだよ。ナオミと会える望みがあるのに、指をくわえているだけなんて俺には出来ない」
「研究はどうなるんだよ。会社のプロジェクトを台なしにしてしまうのか? やっと単一素材の縮小に成功したんだぞ。次ぎの段階、複合素材である物質の縮小を成功させなきゃ」
「とっくに成功している」
 トムはクリスの言葉に「何故」としか答えられなかった。
「研究を続けたかったんだよ。自分を縮小化させる研究をね。トムも皆も冷静になって聞いてくれ。俺は死にたいんじゃない。ナオミに会って帰ってきたいんだよ。縮小されて転送される場所がどこだかは興味はない。ナオミの生まれ故郷の日本へ行って帰って来るようなものだ。ただナオミと会って帰って来るだけだよ。ナオミに会えば失踪した理由だったわかるだろうし」
「だけど危険じゃないの?」
 リンが心配そうな顔で聞いてきた。
「実はラットの実験では成功している。ラットはちゃんと帰還してきた。だから大丈夫だ。絶対、戻って来る」
「ナオミに会うだと。クリス、お前は気が狂ったのかよ。俺は反対だ。安全だとか、危険だとかは関係ない。そんなオカルト的な実験をやる事に反対なんだ。最先端の研究施設が危険なカルト集団だと世間にレッテルを張られたら研究施設は閉鎖される可能性だってある。だいたい、ロバートが賛成するはずがない」
「もちろん、上に許可をとるつもりもない。俺個人の意志で行なう。誰も俺をとめる権利はない」
 二人は睨み合った。
「俺達は手伝うよ。いいよな」
 ダンの隣でリンは頷いていた。
「もちろんよ。結ばれない不運なカップルの為なんだからね。どこまでも応援しちゃうわ」
「お前達本気か? そんな事がバレたら会社には居られなくなるぞ」
「トムがロバートに話さなければ、バレないわよ」
 リンの皮肉にトムは更に声を荒げた。
「俺達は学生のゼミに参加しているんじゃないぞ。社会人なんだ。クライアントの利益になる事を実験、成功させる事で報酬を得ているんだ。自由な研究なんて出来ないんだよ。クリスは天才だ。俺はお前の才能を認めている。だから勿体無いんだ。こんな馬鹿げた研究なんかに自分の一生をかけてしまう事は勿体無いだろう。物質の縮小化は俺達の研究所に多大な利益を与えるはずだ。俺達の報酬も多大になるはずだ。ナオミは死んでしまった。その事実は変える事はできない。だから、ナオミにこだわらずに縮小化の研究だけに没頭すべきだ」
 クリスはトムに寂しそうな目をむけた。
「人間って時には間違った行いをするから人間なんだと思う。トムが言っている事は正論だ。俺だって頭では理解している。もしかしたら、人間の倫理からはずれる実験なのかもしれない。だけど、冒険するのも科学者の使命なんじゃないかな」
 クリスの言葉にダンとリンは頷いた。トムは返す言葉を探しているようだった。トムが口を開きかけた時、火葬場の係員が焼却完了の旨を伝えにやってきた。実験の会話は中断せざるおえなくなった。係員に促されてクリスは立ち上がった。
 死蝋化していたせいで火力が通常よりも強くなってしまったようだ。ナオミの骨は原形をとどめている物が少なかった。多くは灰になってしまった。ナオミに両親に渡す用の骨入れにはできるだけ綺麗な状態の物を選んで入れた。残りの骨と灰に変化してしまったナオミの身体をすべてクリスは持ち帰える事にした。係員にゴミとして廃棄されてしまうのだけはしたくなかった。しかし、まだナオミに墓を容易してあげていない。
 クリスはトム、ダンとリンにナオミの葬儀参列のお礼を言って車に向かった。トムは立ち去る間際「俺は実験には賛同出来ない」と口にした。トムが車で立ち去るとダンとリンがクリスの所にやってきた。
「絶対、トムはロバートに告げ口をして妨害するに決まっているわ。邪魔されずに実験をやるんだったら、今晩しかないわよ」
 リンの隣でダンが微笑んでいた。
「いいのかい?」
 二人は頷いていた。
「それじゃあ、0時ジャストに実験を開始しよう」
「今日中に黒い服から白い服に着替えなきゃね」
 リンの顔はすでに研究者らしくなっていた。クリスは冒険へ旅立つ勇者のように胸が高鳴るような気がしていた。



 ミッシェルは霊能者の元へ車を走らせていた。ふと誰も乗っていない助手席に目がいった。シートにはジェイソンがアイスクリームをこぼした時にできたシミがあった。そんなシミですらミッシェルの心を苦しめた。彼女は霊能者にすがる事が唯一の逃げ道だった。心のよりどころに出来るのも今日が最期だった。ミッシェルの全財産を占師に渡さなければならない。全財産を渡せさえすればジェイソンを救ってくれると霊能者は約束してくれた。しかし、その後自分はいったい何を頼って生きて行けばいいのだろう。頼るべき家族は失った。友人もいない。ミッシェルは急に不安になってきた。気が着くと彼女の家があるインディアン居住区を走っていた。
 インディアン居住区に住むのは全てがインディアンではない。いろいろな事情で土地を手放す人は決して少なくない。霊能者も土地を買って入居した一人だが、そんな事をミッシェルは知らない。ミッシェルは本物のネイティブアメリカンだと信じていた。彼女にとって不幸だったのは、就業する事なく結婚し、専業主婦として暮らし続けた事だった。人間が駆け引きをする事を知らなかった。言葉を疑う事を知らずに成長してしまったのだ。
 海の見える小高い場所に霊能者の家はある。平家建ての細長い家だ。玄関に横付けできる駐車場に車を止めて白塗りの玄関ドアをノックした。玄関口に出てきた霊能者はミッシェルが手にしていた封筒に一瞬目を移し、ニヤリと笑うと彼女を家へ招き入れた。
 家の中で一番陽の当たらない部屋が降霊所になっていた。その上、カーテンをひき、明かりは数本の蝋燭の炎のみ、部屋の雰囲気だけでミッシェルにはジェイソンの姿が見えてきそうだった。二人は部屋の中央にあるテーブルに向き合って座った。霊能者は神妙な顔つきでミッシェルを見つめるだけで、何も語ろうとしない。暫くの沈黙の後、ミッシェルが急いで封筒を霊能者に差し出した。霊能者は頷きながらそれを受け中身を確認した。
「全財産を持ってきました。これでどうかジェイソンを助けてください」
 ミッシェルの訴えを聞きながら、霊能者はお金の算段をしていた。また、ミッシェルからお金を吸い取れるだけ吸い取ろうか、それともこのお金で解放してやろうかも考えていた。とりあえず、今日の支払い分のサービスくらいはしてやろうとジェイソンを呼び寄せる事にした。実際にはそんな能力は持っていないのだが……。霊能者は火鉢を埋め込んであるテーブルの中にゴルフボールくらいの大きさの玉を投げ入れた。すると、白い煙が黙々と立ち上がってきた。彼女が投げ込んだのは着火すると煙がでる花火なのだが、ミッシェルにはジェイソンの魂が霊界からやってきたとしか思えなかった。
「苦しいよ。痛いよぉ。ママ助けて」
 霊能者は子供のような口調で泣き真似をした。そんな子供騙しの芸で涙しているミッシェルが彼女には滑稽に思えてきた。強い者が弱い者を喰う。それが自然の摂理だ。ミッシェルの姿を見ている間に霊能者はそう思えてきた。ミッシェルの扱いが決まったのだ。

「今、天使と交渉してみました。天使が言うにはまだあなたの本気が伝わらないそうです」
「どういう事ですか?」
 これでジェイソンが救われると思っていたミッシェルの顔が青くなった。
「要するに、全財産を捧げると言っても、あなたはまだ車に乗れている。服だって着ているではありませんか。全てを捧げてはいないですよね」
「でも」
「息子さんを救いたかったんじゃないのですか? 息子さんが救われれば、自分はどうなっても良かったのでしょう。その言葉は偽りだったのですか? あなたの誓いに神は感動して協力してくれようとなさったのですよ」
 ミッシェルは霊能者の勢いに口をはさむ事はできなくなっていた。
「いったい、私はどうしたら良いのでしょうか?」
「毎月、本日と同じ金額を神にささげない」
「もう私にはお金は全くありません」
「息子さんが救われる為だったら何でもできるのでしょう?」
「はい」
「それだったら、大丈夫です。私はあなたの力を信じています」
 そう言うと霊能者は立ち上がり、ミッシェルを玄関口に案内した。ミッシェルは働いた経験がない。自分が金を稼ぐという事自体想像ができなかった。今日、手渡した金額がいったいどれくらいの労働で手に入れる事ができるのかも分らなかった。そんな気持ちも知らない霊能者はミッシェルの背中を押しながら「神はあなたについていますよ」と語りかけた。まるで追い出されるようにして家から出たミッシェルは車の前でたたずむしかなかった。自分はこれからどうしたら良いのだろう。今、彼女には相談出来る相手がいない事に気がついた。自分が孤独だと気がついてしまったのだ。一文無しの自分、ジェイソンの為に毎月大金が必要な自分、そして頼る相手が一人もいない自分。自分には未来がない事、たいした過去を過ごしてこなかった事に気がついてしまった。ミッシェルの頬を一筋の涙が流れた。一度流れた涙を止める術を彼女は知らなかった。

 霊能者は冷蔵庫からビールを取り出して、リビングのソファーに腰掛けた。プルトップをあけて、窓から見える海を眺めた。彼女は喉に詰まった後味の悪さをビールと一緒に飲み込もうとするかのように一缶を一気に飲み干した。ミッシェルは車の前で泣いていた。三十分後もう一度様子を見に行くとミッシェルの姿は赤いワゴン車と共に消えていた。ミッシェルの悲壮な姿に小さな罪の意識を感じるとは霊能者として未熟だと自分を戒めた。自分のやっている事はビジネスなのだ。扱う分野がビジネスだったら経営コンサルタント、法律だったら弁護士。自分が扱うのが霊だから霊能者って肩書きだ。やっている事にさほど大差はないはずだ。クライアントが喜んでお金を払ってくれれば良い。商品を買ってもらっているのではなく、話を買ってもらっている。払う側が料金にクレームを言わないのだから妥当な値段なのだ。自分を納得させた。二本目のビールを冷蔵庫から出してソファーに座って海を眺めていると、小さな衝突音の後、崖から何かが海に落ちて行った。落ちた物体に気がついた彼女の顔は青ざめていた。数十分程前まで家の前にとまっていた赤いワゴン車だった。手にしていたビールが床に転がり泡をふいていた。そんな事に気付かず、彼女は車が吸い込まれた水面を青い顔で眺めていた。



 リンはダンが運転する車の助手席でライトアップされたスペースニードルを眺めていた。車から流れるラジオは十一時の時報の後、ニュースになった。シアトル・スーパーソニックスの試合結果にダンは舌打ちをした。今年もプレーオフには進出できそうにもなかった。
 リンとダンは子供の頃から仲の良い兄妹だった。ダンは男友達と遊ぶ時にもリンを連れていた。ダンは妹を大切にする良き兄、リンは兄を尊敬する可愛い妹だった。それは幼少期だけではなく、現在も続いている。まるで双子のようにかけがえのないパートナーだった。
 二人の出身は隣の州、オレゴン。ダンは研究施設に勤める為に親元を離れる事になった。その時、リンは兄が自分の側から離れる事が極端に恐い事に思えた。兄という存在が自分にどれ程影響を与えるのか初めて知った時だった。高校生だったリンは懸命に勉強して、一年後、ワシントン州立大学へ進んだ。それ以来8年間、リンはダンと二人で暮らしている。そして常に二人でいる事を心から嬉しく思っている。
 研究所の入口には夜間警備員が常駐している。ここに向かう前に事情を説明しておいたので、不審に思われる事もなかった。警備員は二人に「御苦労様です」とねぎらいの声までかけてくれた。順調かと思えて歩みを進めると、入口から研究室へ向かう途中にある喫煙ルームに予期せぬ人物の後ろ姿があった。最高責任者のロバートだった。タバコをふかせて、見知らぬ背の高い男と談笑していた。
「一番、まずい男が研究所に残っているぞ」
「本当ね。トムがロバートに告げ口しちゃったのかしら?」
「それはないだろうな。ロバートが知っていれば、きっと警備員が僕らを通さないだろうし」
「それもそうね。暫く様子を見てみましょう」
 そう言うと二人はとりあえず柱の影に身を隠す事にした。
「変な物持っているわね」
 リンが背の高い男を眺めて呟いた。
「クーラーボックスの事か? 僕も今同じ事を考えていた。研究用の材料でも持ってきた業者と話しているのか?」
「そんな感じね」
 二人の疑問に答えるかのように背の高い男がクーラーボックスに手をかけた。中からプラスチック容器を取り出して、ロバートに手渡した。満面の笑みで受け取るとポケットから封筒を手渡した。相手の男が中身を確認すると二人は握手をした。
「プライベートな物を買ったみたいだな」
 ダンの言葉にリンは頷いた。会社の規程で全ての支払いは例外なく振り込みになっていた。接待する相手がいる場合は、研究所が指定する場所で行ない、後日振り込むという形をとっていた。だから、研究所で使う物の支払いは個人ではやれないのだ。個人で支払っても自分の懐が痛むだけ、そんなバカな事をやる人間はクリスくらいだろう。
 ロバートにとって手渡された物はとても大切な物のようで、両手で胸に抱えるようにしていた。そして背の高い男はロバートに頭もさげず、振り返る事もなく喫煙室を出て行った。彼が向かうのはダン達がいる入口側ではなかった。研究室の奥にある裏口だった。その男の後を追うようにロバートも喫煙室を出て行った。追掛けて行くロバートの姿は、ダン達が知っている彼の姿ではなかった。

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