『今までバリの市民は、この島が直接・間接を問わず、貪欲な資本家によって被害を受け続けてきたのにもかかわらず、ぐっすりと眠ったように大人しかった。強欲な支配者と資本家は、バリ人がいまだに実力主義・競争力・生産力というものを持たずに生きていることをいいことに、バリを利用し尽くしている。ゆったり・のんびりと、生活のすべてを地域の習わしに則って生きているバリ人は、いつの日か自分自身が住むこの島で、次第に隅っこに追いやられていく。バリの伝統に寄り添った開発も失われていく。』マレーシア人記者「Seni sebagai senjata(武器としてのアート)」より抜粋。