芸術の日本　美術・評論を中心にコミュのべらぼう第30回　人まね歌麿

べらぼう第30回は、ついに歌麿を

メインにしたストーリー

『あらすじ

黄表紙の『江戸生艶気樺焼（えどうまれうわきのかばやき）』が売れ、日本橋の耕書堂は開店以来の大盛況となった。蔦重（横浜流星）は狂歌師と絵師が協業した狂歌絵本を手がけるため、“人まね歌麿”と噂（うわさ）になり始めた歌磨（染谷将太）を、今が売り時と判断し起用する。その後、蔦重は“歌麿ならではの絵”を描いてほしいと新たに依頼するも歌麿は描き方に苦しむ…。一方、松平定信（井上祐貴）は、治済（生田斗真）から、公儀の政に参画しないかと誘いを受ける…。』引用元∶Web［大河べらぼう］NHK公式より

ここで重要なのは、蔦重が依頼した絵は、「枕絵」(春画)だったことです

写真①上
歌麿に鳥居清長の「袖の巻」を見せる蔦重

写真①下
袖の巻(部分)　鳥居清長　1785

ドラマでは、春画を描こうとする歌麿に、凄絶な過去(母親と愛人に対する深い闇)がよみがえり、二人の亡霊が歌麿の精神を破壊する

写真②上　歌麿と石燕
写真②下　石燕　画図百鬼夜行
妖怪画集「画図百鬼夜行」(1776)で人気を博していた、狩野派の絵師、鳥山石燕が現れ、歌麿の絵に深い闇を見る

歌麿は石燕に弟子入りを願い、蔦重も了解する

写真③上
石燕のアトリエで、牡丹を写生する歌麿

写真③中左
「画本虫撰」(えほんむしえらみ)　蜻蛉と蝶　1788

(ちなみに、虫撰の蝶の花は葉と枝の形状から芥子と思われるが…)

写真③中右
「画本虫撰」と同年に制作されたのが、歌麿畢生の傑作「歌満くら」です。春画の名作として認知されていますが、私は北斎の「富嶽三十六景」に並ぶ浮世絵の傑作であり、浮世絵を超える、現代アートでいう『ニュー・ペインティング』ではないかと思います。

ドラマで描かれているように(ドラマの闇はフィクションですが)、歌麿には深い闇があるようです。その闇が表出した「歌満くら」を、企画し、出版する蔦重もまた天才的プロデューサーです。

写真③中右
「歌満くら」第1図　喜多川歌麿
1788　「画本虫撰」と同年

これは、いわゆる春画でしょうか？

フランスの哲学者、モーリス・ブランショ(1907―2003)は、「第一の夜」と「他なる夜」(夜は隠蔽のこと)を語る。生の営みの延長である「第一の夜」＝エロスと、破壊や死に繋がる「第二の夜(他なる夜)」。芸術の核心は「他なる夜」＝タナトスであるという。

フランスの小説家パスカル・キニャール(1948―)は、画文集『性の夜』(2007)を発表し、古今東西の194作のエロティックな図像を集め評論している。その中で、最も美しく優れた作品として、喜多川歌麿の『歌満くら』第一図をあげている。

『水中の海女が陸の海女とよく似ているため、陸の海女が自分の幻影を水中に見ているという解釈がある。キニャールはこの解釈に立っているのだが、いずれにせよ、陸の海女の眼差しが意味するものは深い。あってほしくないこと、起きるべきではないことという禁止への願いが暴力的に破られて、今その不幸な事態が生じてしまっている。それは死をも含意する不幸だ。だが陸の海女の目は、不安にかられながらも、好奇の眼差しを向けている。ブランショの言う人間的な「第一の夜」の段階の感情を感じつつ、人間の外部、人間の他者たる「第二の夜(他なる夜)」に魅惑されているのだ。見ることのできないもの、そして見てはならないものが、今現れでて、陸の海女を見るように誘っている。』引用元　「夜の歌麿」　酒井健　ユリイカ2015.12.25 　総特集春画より

さて、『べらぼう』で歌麿の「歌満くら」がどのように描かれるのか…

楽しみです。いずれにせよ、従来の『美人大首絵』の歌麿から、闇の歌麿＝蔦重をベースにしている「べらぼう」は意欲作ですね。

蔦重が松平定信の「寛政の改革」に抵抗し、財産没収の身上半減の処分を受けた1791年、以降体調を壊し、1797年に死去する。

歌麿は、肉筆の大作『吉原の花』1791-92 で、倹約令のなか吉原で豪遊する武家の奥方を描くなど、「寛政の改革」に異議を唱える。

写真③下
「吉原の花」喜多川歌麿　1791-92

2階で武家の奥方の一行が宴会を行っている、着物の紋は三つ葉葵

1804年、歌麿は「太閤五妻洛東遊観之図」(当時豊臣家を対象にすることは禁止されていた)で、手鎖の刑を受け、体調を崩し1806年に死去している。

豊臣を描くことは、ご法度で、処罰される事を知りながらなぜ描いたのか？

『歌満くら』第1図で「それは死をも含意する不幸だ。だが陸の海女の目は、不安にかられながらも、好奇の眼差しを向けている。」『第2の夜』に引き込まれる海女は歌麿自身であった…