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半蔵門かきもの倶楽部コミュの 第八十二回 JONY作 「雨の夜のタロット」  (三題噺『桜』『チョコレートドーナツ』『タバスコ』)

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『桜』の散る季節の雨の降る夜だった。俺は客のいない自分の店で椅子に座り、楽器を抱えて、ブリッジミュートをかませた面倒なコードのシンコペーションのリフの練習を、阿呆のように何度も繰り返していた。
 文学は努力と無関係だ。知識も要らない。
 内心から、溢れて来るものを抱えている者は、書こうと思わなくても書かざるをえないだけだ。
 そういう者は、衝動につき動かされ、気が付けば吐き出すように書いている。
 それが駄作のこともあるかもしれぬが、少なくとも「小説の手本をマネて作った作品」なんかよりは、読む者の心をつかむ力がある。 
 そういう書かざるを得ない騒動に突き動かされて書いた作品を、手練れの編集の指導で、大事に修正したりすれば、傑作が生まれる可能性はある。
 だが、楽器と語学は文学などの芸術と違う。努力だけで上達する。才能のある者はすぐに上達し、天才は最初からできるが、凡人でも、しつこく練習し手本を真似さえすれば、楽器も語学も手本に似たものができるようになる。そして、その練習の過程を見ていない者が、偶然、楽器や語学の上達の成果だけを見れば、できる人という印象を持つだろう。だがそれは芸術ができることと、まるで違うのだが。しかしそんな凡庸のプレイヤーでも旅行先で金が底を尽きたら缶カラ置いて客の喜びそうな曲でライブして小銭くらい稼げるかも知れぬ。いや、それも若くイケメンでなければ無理か。
 そんなことを考えながら弾いていると、客がガラスの扉を開けて入ってきた。見たことのないはじめての一人の女の客だった。
 「あら。練習中?」
 「すみません。お客がいなくて暇だったので」
 俺は楽器を壁に掛けて、客をカウンターに座らせ、無音になった店内にマイルス・デイビスを流した。
 カウンターの外と内で対峙して、初めて、正面から、この女性客を見た。そして、この人はモテるだろうな。と思った。
 年齢はよく分からないが40代だろう。特に美人ではない。もちろん醜いわけではない。アクセサリーは一切身につけておらず、着ている服も平凡なおとなしいものだ。身体つきは中肉中背。一言でいえば地味な女になるのだろう。だが、彼女が人と話すときの目が素敵だった。天真爛漫な疑いを知らないような目。相手に自分をすっかり預けるような目。
 あまり見ていても失礼なので、彼女が注文したウォッカリッキーをロンググラスで作り、自分には、それに使ったライムジュースをソーダで割って、ノンアルコールのライムソーダを作りながら訊いてみた。
「前にこの店、来たことあります?」
 彼女はグラスから一口ウォッカリッキーをすすると、小首をかしげて、またあの無防備な目で俺を見て、そして、表情を崩して、いたずらっぽく笑った。
「Jさんでしょ」
 Jというのは、皆が使う俺のミクシィネームだ。
「えっ、俺のこと知っているの?前に会ったのいつごろ?」
 彼女は、ふふふと笑いを漏らした。
「さあ、いつ頃でしょう?」
「えっ?君と前に会っていたら絶対に覚えている筈だけどな」
 これは本当のことだった。この目を忘れる筈は無かった。
「ふふふ。本当は、初対面よ」
「じゃ、なんで俺の名前を?」
「Bっているでしょ」
 彼女は読書会のメンバーの男の名前(ミクシィネーム)を言った。この男は昔『チョコレートドーナツ』という変な名前だったのだが、呼びにくいので『B』(実際のミクシィネームをあげるのは支障があるので『B』と呼んでおく)に変えたのだった。
「うん。わりと来てくれているよ」
「彼、私の夫なの」
 読書会のメンバーの家族が俺の店に来ることは珍しいことだった。ここの存在はどちらかと言えば家族との生活とは切り離した別の世界としたがる者がむしろ多い。
「Bが、家で俺のことを話すなんて意外だな」
「Jさんのことは別に話してないけど、半蔵門にある読書会のことを夫から聞いたことがあって、今日、国立劇場行ったので、どんなところか見てみようとネットで調べて来たの」
「なんだ。そうだったんだ」
 俺はライムソーダを一口飲み、さっと塩胡椒で炒めたオニオンとポテトとウインナーソーセージを小皿に移し、辛子と『タバスコ』を添えて出した。
「ねえ、表の看板に『タロット』ってあったけど、本当に占ってもらえるの?」
「うん。占うよ」
 カードを切りながら、
「何か占って欲しいことがあるの?」
と訊いてみた。
 彼女は、
「ううん。別に。ただ自分の運勢を知りたいって感じかな」
 俺はカウンターの上にカードを並べ始めた。
「これは君の周囲の環境」
 そう言いながら、伏せて置いてある一枚のカードをめくり、表にする。玉座にヒゲの生えた王の描かれた『皇帝』のカードが現れる。
「君の周りに信頼できる男の人がいるね。君が頼って良い人だよ。力をもっている男だ。夫のBさんだね。」
 彼女は黙ってカードを見ている。
「次に、これが君の未来の姿」
 『ホイールオブフォーチュン(運命の環)』のカードが逆さまに出たのだった。
「運命が一変するって出たね。逆位置ででたので、君が予定していなかった変化を表している。まさか離婚ということは無いだろうから、例えば引越しをするとかかな。人間万事塞翁が馬と言って、その変化が君の予定してないものとしても、その変化が良いものなのか、悪いものなのかは後になってみないと分からないけどね」
 このカードが逆位置で出た意味は、「挫折」「急激な悪化」「別れ」を表している。それに対する注意を促すならまだしも、ハッキリ凶兆を伝えなかった俺は占い師失格かもしれない。しかし、知り合ったばかりの彼女の心を重くするようなことは口にできなかった。
「次に、このカードが君の心の中。君の本当の姿だ」
 カードを表にすると逆さ五芒星を頭に乗せた醜悪な『悪魔』が正位置で現われた。彼女が息を飲むのが判った。俺も一瞬言葉を失ったがわざとにこやかな表情を作り、むしろ明るい声で説明を始めた。
「悪魔のカードだね。でもこれは君の心が悪魔って意味じゃなくて、欲望の勝利みたいな意味なんだ。欲望っていうと悪い印象があるけど、俺は人間の活動のエネルギーの根源だと思っている。だから・・・・・・」
 突然、彼女は俺の言葉を遮った。
「ごめんなさい。Jさん。私、嘘をついていた。Bさんの妻って嘘。Bさんには奥さんも子供もいるけど、私はBさんと付き合っているだけなの。占いって、ちゃんと本当のことを言ってないと駄目なのね」
 最近あまり驚くことは少ないが、これにはビックリした。
「なんだ。そうなんだ。君がBの奥さんてのを信じたよ」
「ごめんなさい」
「でも、俺がBに『奥さんが国立劇場の帰りに来たよ』って言ったらどうするつもりだったの?」
「面白いじゃない。そのくらいのいたずらさせてもらわなくちゃ妻帯者と付き合ってなんかいられないわ」
 そう言いながら、彼女は挑むような目で俺を見つめた。俺は目を逸らしてカウンターの上のカードを回収しようとした。
「この占いは無かったことにしてくれよ」
 彼女は俺の手を上から押さえて止めた。
「せっかく出たカードだもの。私が愛人ってことを前提に意味を説明し直してもらえたら嬉しいんだけど」
 俺はまたしても、占い師の禁を犯すことになった。説明のやり直しなど、占いの信用性を著しく傷つけることになる。しかし、彼女のすがるような目には抗えなかった。

 カウンターの上に表にされた最初のカード(皇帝のカード)に戻って話はじめた。
「君は独身なんだよね。夫じゃないとしたら、周囲にいるはずのこの男は誰だろう」
「たぶん、私の父よ。一緒に住んでいるわ。開業医でプライドが高いの。まあ父のお陰でお金の心配はしなくて済んでいるけど」
「君の根底にある君を支える土台みたいな人かな」
「さあ?私すごくいいトシなんだけど、いまだに、結婚しろしろってうるさいの」
「君のことを心配しているんだよ。このカードの意味には『責任感』があるからね。君の周囲の環境は、悪くはない環境ということみたいだね」
「Bと結婚できないということ以外はね。でも、この二番目のカードはBが離婚するってことなんでしょ?」
 彼女は真剣なまなざしで俺を見つめた。
 俺はカウンターの上の逆位置の『ホイールオブフォーチュン(運命の環)』のカードに視線を走らせ説明を続ける。
「残念ながら、そういう解釈はこのカードからは読み取れないんだ。これは君の未来の『運命』なのだから。逆位置のこのカードから読み取れるのは、君が迎える『別れ』の意味でしかないんだ」
 俺は静かな声で言った。彼女は悲しそうな目で俺を見たが、俺が、そう言うだろうということをすでに予測していたようでもあった。
「ねえ、私の心の中、私の本当の姿を現わすカード。このデヴィルってのは?」
 彼女は、カウンターの上に置かれた一枚のタロットカードを見据えて訊いてきた。そのカードには鎖で繋がれた裸の男女を見下ろしている羽根をはやし、ツノをはやした恐ろしい形相の悪魔が描かれていた。今回のように、悪魔(デビル)のカードが正位置で出た場合の内容は「欲望」「堕落」「破滅」「束縛」などだ。
「君が理性よりも、欲望に捉えられていることを表しているんだろうな。君の生き方価値観が堕落的で破滅的だということだよ」
 彼女は下を向いて黙った。俺は、いつの間にか終わっていたCDを、ビル・エヴァンスに替えて、話を続けた。
「でも、太宰治もブコウスキーも堕落的で破滅的だ。だからこそ小説が書けた。俺は、堕落的で破滅的なのは好きだぜ。いいじゃないか、それが君の魅力だと思うよ。打算的に結婚生活とか考えて男を選ぶ女なんかより先が無くても自分の恋に忠実なのが良くはないか」
 彼女は、カウンターの上の『未来の姿』を表す逆さまに置かれた『ホイールオブフォーチュン(運命の環)』のカードを指さし、
「でも、未来を示すカードはBとの別れを示唆しているのでしょ?」
と訊いた。
 俺は、ライムソーダをゆっくり飲んで、説明し始めた。
「そこが、占いの深いところだ。このカードは確かに『別れ』を示している。でも、君とBとの別れとは言っていないよ。この『別れ』は君が今の生活に『別れ』を告げることなんじゃないかと思う。だからと言ってBと結婚するとかそんなことじゃない。思うに君とBの関係は純粋な恋愛だ。この悪魔のカードのような理性を超えた深みに嵌まったものだ。君とBとはどうせ切れないよ。Bとの関係はもう君自身のアイデンティティーになっていると言ってもいいんじゃないか。まず、Bとの関係をこれからも永続させたければ、君自身の生活を変えるべきなんじゃないか?君には兄弟はいないの?」
「えっ?兄弟?兄がいるけど」
「お兄さんの仕事は?」
「医者だけど」
「じゃ、家業の開業医をいずれ兄が継いで、君は微妙な立場になるんじゃないのかな」
「え、今だって十分微妙よ」
「そうだとしたら、先の読めない実家暮らしではなくて、自分が責任感を持った『皇帝』になる生き方をしたらいいだろう。あるいは、Bではなくて、一緒に生活していくのに適した誰かと結婚して、Bと同じ立場で、Bとの関係を続けるか」
 彼女が息を飲むのが聞こえた。
「ええっ?私が結婚してもBとの関係を続けるの?」
「そうだよ。何かおかしいか」
「だって、私と結婚する人に悪くない?」
 俺は、カウンターの上の『悪魔』のカードを示して言う。
「何をぬるいことを言っているんだ。君とBの情熱は地獄のように熱いのじゃないのか。Bも君も家族は家族、恋愛は恋愛だろ」
 彼女はそれを聞くと、俺をあのすべてを任せるような目で見た。
「まだ、占いは終わりじゃないんだ。もう一枚『解決』のカードというのがあるんだ。これは君が今後どうしたらいいのかを示すカードなんだ」
俺はそう言いながら、また一枚のカードを表にした。
『The Fool』と書かれた黄色の地に旅人が崖っぷちに向かう絵が描かれていた。上下は正位置だった。
「『愚者』のカードだ。これが、今日のタロットが君に対してするアドバイスなんだ。『愚者』のカードの意味は「天真爛漫」「無邪気」「自由」「冒険」などだ」
「どういう意味?」
「心のままに行けばいいのさ。理性とか常識とか体裁とか世間とか父親とか気にしていちゃダメってことだよ」
 彼女は残ったウォッカリッキーのグラスを傾けて一気に干すと、素晴らしい笑顔を見せてくれた。
「ありがとう。なんだか、すっきりしたわ。また、来るね」
 そう言って、まだ雨の降りしきる春の夜の中に消えて行った。
 彼女の残り香がかすかに店内に漂っていた。
 俺は何となく取り残されたような気分になり、CDを消すと、壁に吊ってあった楽器を引き寄せた。
 春の雨は寂しさを誘う。こういう時の特効薬、思いっきり悲しいブルースのフレーズを弾き始めた。
(終わり)

コメント(2)

またJさんの格好良さを垣間見た気持ちにさせられます。
タロットの下りは、まさにカードが出たかのような構成で面白いですね。付け焼き刃ではできないだろう語り口は感心します。

そして冒頭の傍白は、耳に痛い。
自分の魂に悩んでいるものには痛烈に聞こえますあせあせ

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