ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

半蔵門かきもの倶楽部コミュの第五十八回作品 JONY作 「雨の夜」(三題噺『ポッキー(プリッツ)』『病』『登山』)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 雨の夜は、変なものが、舞い込んでくるらしい。最近の俺は守りに回るようになって、基本、変なものには関わらないようにしている。昔は代官山くんだりまで車を飛ばして、うちの店の客でしかない酔っ払いのキチガイ女をもらい受けたりもしたが、今は面倒はご免こうむることにしている。
 しかし、この夜は、何故かぬかってしまった。
 都会の裏町でひっそりと営業している俺の小さなバーには、この夜も常連の客が数名いた。氷をきらせたため、留守番を客に頼み、俺は徒歩2分30秒のコンビニまで雨の中出かけた。店に戻ると30代くらいの綺麗な女の客が一人増えていて、カウンターの一番隅に座って、『プリッツ』をつまみながら、ストレートでウイスキーを飲んでいる。Sだ。忘れもしない。しかし俺は動揺を隠しながら、
「前に会ったっけ?」
とわざと聞く。女は俺の顔を見上げて、眉間に皺を寄せた。
 傍から興味深そうに様子を伺う常連の連中の好奇の目にさらされながら、
「あ、ごめん。俺、基本、一週間以上前のことは全部忘れることにしているから」
と軽口を叩く。Sは細い手でスコッチを一口飲んだ。
「いえ、会うのは初めてよ」
 Sも負けず応酬してきたので、俺は再び軽口を叩く。
「そうだよね。君なら忘れるはずないもの」
Sは、あきれた顔を隠さなかった。
「嘘よ。何回かJさんに会っているわ。私のミクシィネームはSよ」
 S。3年位前によく読書会に来ていた『登山』が趣味の会員だった。穏やかで優しい性格のSに俺は好意を抱いていた。すっかり痩せて、シャープな感じになっている。記憶に残っているのんびりしたSとは、印象が全く違っていた。
 彼女はグラスの中のスコッチを一気に飲み干した。
「昔、私が、ひとりだけこの店に残ったとき、Jさんは、カウンターの中からこの席に移って、私と並んで座ってジンを飲んだの」
「へえ。それで?」
 女は答えずに、空のグラスを振って酒を要求した。俺はしかたなく背後の棚からボウモアのボトルを取り出して、氷をグラスに満たしてシングルと半分を注ぐ。Sはその様子を見ながら
「その夜は、早々と閉店にしてくれて、私の相談を聞いてくれたの。覚えているでしょ」
 忘れもしないその時の情景が蘇った。
「いいや。全然覚えてないよ。本当に、一週間以上前のことは忘れちゃうから」
「そのとき読書会のTとのことを、Jさんに相談したのよ。Tからプロポーズされたけど、結婚していいのかどうかって相談。あなたはこう答えたの。『君は誰かが隣にいなければ生きられない女だ。その誰かがたまたまTだって問題ない』って」
「ふーん、もしそう言ったとしても、そのセリフは、きっと朝の星占いか何かのパクリだな」
「知らないわよ。でも、私はJさんから、そんなことを言われるとは思わなかった。私はただ、止めて欲しかっただけなの」
 その当時の記憶が蘇った。俺はSのことが好きだった。だからこそ、普段は言わない本当のことを言ったのだった。
「でも結局はTと一緒になったんだろう」
 その相談を受けた夜から3ヶ月後に読書会の別の会員からSとTが結婚したという噂を聞いていた。
「え?何で知っているの?」
「君たち二人ともそれっきり読書会に来なくなったじゃないか」
 Sは黙ってしまった。
「いいんだよ。別に責めているわけじゃない。それより、今日はいったいどういう風の吹き回しなんだい?」
 カウンターの向こうのSは、言おうか言うまいか迷う表情になって、黙って考えているうちに、そのうち、涙を流し始めた。店の中にいるほかの客全員の神経がこちらに集まったのを感じる。きっとこれで、俺の良くない噂が、あることないこと尾ひれをつけて伝わり、この場にいない誰かから「Jさん。最低。女を泣かすなんて超最低」と言われるのだろう。
「Sちゃん。泣く女は出禁というのがここのルールって知ってた?」
 Sは、俺のことをまるで全ての不幸の原因のように恨みを込めて、『病』的とも言える目付きで睨みつけ、
「怖いの。だって、バレたみたいなんだもん」
 と言いながら、大粒の涙をさらに流す。
「素敵なアイメイクが台無しになるよ。一体何が怖いの?」
 俺は、ティッシュの箱と鏡をSに渡しながら、聞いた。
「Tが気づいたみたいで、色々カマかけて聞いてくるのよ」
「はい?」
 要領を得ないSの話をまとめると、SとTは結婚して、最初の一年は恋人同士のようにいちゃいちゃ過ごした。二年目になるといちゃいちゃは減って、仲のいい友達同士のように過ごした。三年目になると普通の家族になりいちゃいちゃはまるでしなくなった。Sは六本木におしゃれして出かけるようになり、別の男(Sは、実名を出さずに『エックス』という言い方をした)と付き合うようになり、最近は、X氏に隠れてY氏とも浮気するようになった(ちなみにXもYも妻帯者)ということだった。
「それで、夫にばれたのかも知れないっていうのか」
 Sは、俺にすがるような目をして、
「証拠掴まれたら超面倒なことになるかも」
と消え入りそうな声で答えた。
 Sは3年前と変わっていない。3年前は俺にTとの結婚を止めて欲しくて話をしにきた。今回は、「君が生き生きできるなら、Xとの関係も、Yとの関係も、君にとっても、ひいては夫にとっても良いことじゃないか。XやYがいることで君が綺麗に輝けるならそれが一番大事」とか、俺の言いそうなことを言ってもらいたくてきたのだろう。
 俺は、
「今日は、もう、閉店時間になるから、手短に俺の意見を言わせてもらうと、確かに、夫にばれたらヤバイよ」
と言って、シンクに置いてあるグラスを洗い始めた。
 Sは、鏡から顔を上げて、再び俺をにらんだ。何もかもが俺のせいだとでも言うように。もう涙はでていなかった。
 俺は、洗い物を続けながら、Sがこのままでは帰りそうもないので説明を補足した。
「夫にばれたらヤバイってのが不倫であって、もし、夫にバレてもなんでもなければ、不倫の意味がないってことだよ。絶対にバレたくなかったら、不倫相手なんか作らずに、遊びたくなったら単発で、ハプバーとか行けばいいだけの話じゃないか。金もかからないし後腐れないし。でも君は、わざわざ、特定の不倫相手を作った。夫にバレないように、1回ごとにLineのメッセージを消したり、X,Yの名前を女の名前に変えて登録したりしているんだろ。そうだろ?」
 Sは、小さくうなづいた。俺は話を続ける。
「だけど、XやYが結婚を君に迫ったら、君は困るだろ?そもそも、Tとの結婚生活になにか不満があるわけじゃないんだから。君には夫はすでにいてそれはそれ。Xは不倫相手、YはXに隠れて(もちろんTにも隠れて)の浮気相手。それぞれが、役割が違うんだよ。主食、副食、デザートみたいに。君は、そのどれも手放すことができない」
 Sはその通りと言う表情で頷く。
「だけど、俺が思うに、男なんて、そんなに違いがあるわけじゃないんだ。身体の違いなんて大したことない。中身だって君が自分で選んだんだから似たようなものさ。言ってみれば不倫ていうのは趣味の領域ってことさ。そこに価値あるものがあるように思ってしまうのは、君の心理だけなんだよ。夫にバレたらやばいのに自分は危険を犯してこの人といけないことをしている。だから価値があると錯覚してしまうのさ。同じ香水でも1000円で買うのと1万円で買うのでは価値が違うように錯覚するのと同じこと。夫にバレたらやばいという心理がなければ、不倫に価値なんて感じないんだよ。もし、本気で、懲りたのならもうXやYと別れればいいだけの話だけど、どうせ、それは出来ないんだろ?だからキミはどんな手段を使ってもTに嘘を突き通して、夫婦関係を守らなければならないんだよ」
 俺の話を盗み聞きしていたS以外の常連たちはあきれたという表情になったが、Sは何となく納得した顔になった。
「じゃ、閉店にするから、皆、帰った、帰った」
 常連たちは、サッサと席を立って店をあとにしたが、Sはグズグズしていた。
「どうした?」
 Sは恥ずかしそうな微笑を浮かべた。
「Jさん。ごめんね。当たっちゃって」
「別にいいよ。そういうの馴れてるし」
「また、遊びに来てもいい?」
「いいよ。もちろん」
 電灯を消して戸締まりして、一緒に外にでるとまだ雨だった。
「Jさん、今日は車?飲んでなかったけど」
「うん。送ろうか」
「いいの?嬉しい」
「じゃ、屋根の下で待っていて」
 Sは手にした赤い傘をクルクル回しながら、一瞬悲しそうな顔をした
「やっぱりやめておく。この上Zが増えたら、マジ、収拾つかないもん」
 そう言って夜道を去って行くSの赤い傘を、俺は見えなくなるまで見送ってから、機械式駐車場の入っているビルへ向かい傘も差さずに小走りで走った。頬を霧のような細かい雨が伝って流れた。
(終わり)

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

半蔵門かきもの倶楽部 更新情報

半蔵門かきもの倶楽部のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。