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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第四十七回 作品 匿名 J 『樅の木』

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「鵜山理沙子・38歳」

 勇との初めてのデートは、十一月の終わり、土曜の午後に渋谷・道玄坂のマルキュー前で待ち合わせた。
 ネットで出会って、お互いの顔写真画像を交換し、ほんの少しのプロフィール、趣味だとか何歳かとか(サバを読んでいる可能性もある)くらいの情報しかない状態で、敢えて取りあえず会ってみよう、と決めたのである。
 所謂出会い系、と言っていいのかもしれないが、アダルト系ではない、老舗のSNSサイトで、つい二週間ほど前に理沙子は登録し、即座に「彼氏募集」を呟いたのであった。
「寒くなってきましたね。銀杏並木を一緒に散歩してくれるひと、いませんか〜?」
 網をかけ、掛かった魚を一匹いっぴき吟味する。勿論、反応してメールをくれた男性は皆、したごころがあるに決まっている。それを承知で、しかしその中でも出来るだけ穏健そうな、生活の安定していそうな、そして出来るだけ遊んでいなさそうな男を選んだ。これまでのように即会って即何かをして、ただその場限りのことをしようとは理沙子は思っていなかった。
 送ってもらった画像の顔より、少し若い感じの勇を、すぐに理沙子は見つけた。可もなく不可もなく、平均的な男だな、という第一印象だった。ちょっと緊張もしているのかな。
 映画館に入った。メールのラリーをするうちに、お互い映画をよく見るという共通点があったのだ。初対面のぎこちなさを緩ませるのには、映画はよい選択かと思われた。
 ところが、ラブコメディでいい感じに場を温めようという目論見は外れてしまう。折角のオーランド・ブルームを無駄遣いしたサムいくらいつまらない駄作であった。悪口を言って盛り上がれるだけの内容もない。何だかテンション下がっちったなー、実際勇ともここまであまり会話もない。さて、どうしようか、と鼻白みかけた時、
 「代々木公園にでも行きますか。」
 そう提案された。「一緒に銀杏並木を散歩」というのを覚えていたのだろう。
 少しずつ、当たり障りのないお互いの話をしながら歩く。銀杏の葉は青空に鮮やかなコントラストを示し、まるで蛍光色みたいだな、と理沙子は思う。
 理沙子は、三十八歳になって、ああ、これまでだな、と思った。どうやら自分には、自分を食わせてやり続ける才覚もガッツもないらしい。理沙子ははなはだ軽薄に、ずっと永い時間、その日暮らしをしてきた。定職に就かず、風俗、その中でもできうる限り、人間関係の希薄でいられる、拘束の少ない職種を選んだ。一緒に暮らす男も、その時その時で居たが、恋愛、というものは三年もすると、ある時突然に蒸発してしまう。そうなったらまた、着替えるように男と別れて、そしてまた誰かを見つけて暮らした。自堕落であった。
 ある日、しかし理沙子は限界を悟った。そうか、私は、実は無理をしていたのかもしれない。もっと、自分に優しく、自分に有利に生きたほうがいいかもしれない。これ以降、これ以上歳をとっては、今までの生き方では通用しない。
 代々木公園は、広かった。他愛のないおしゃべりをしながら二人で歩き続ける。陽が陰り、銀杏や楓から、針葉樹が深い遊歩道に変わった。人が少なくなり、時折ジョギングする人が二人を追い抜いていくだけになる。
 樅の木が整列して植わっている。一本一本がビルの三、四階ほどの高さである。根本の地面は綺麗に整えられていて、落ち葉も適度でゴミもない。静かで、樹々の間隔は揃っているのに、なんだか森の奥に来たみたいだ。
 ふと、この大きさの樅の木に、クリスマスデコレーションをしたら壮観だろうな、と理沙子は思った。ひとが全く通らない道に、銀色の玉ばかりが飾られた樅の木の林を、このまま歩いていけたら、非現実的でいいな、と理沙子はうっとりした。
 突然、草原の広場に出た。本当に、ひとが居ない。二人だけである。非現実的で特別な感じがするな、とふたりは思った。
 兎が、丘になっている斜面を走っているのが見えた。白い兎と、茶色い兎と。多分、飼い兎を放した不届き者がいたのかもしれない。あんなに速く走るんだね、とふたりは話す。
 周囲を作で囲まれた、金網とブルーシートで出来たゴミ捨て場のような小屋があるのをふたりは見た。ぎゅうぎゅうにカラスが入っていて、鳴いている。一体だれが、何のために?とふたりは話す。
 広場を突っ切り、再び広葉樹の小道へ歩いていく。石でできた、オブジェのようなベンチがあって、ようやくふたりは腰かけた。
 もう、夕陽が沈み始めた。どんな話をしたのかもう、今となっては思い出せないけれど、到頭街燈が点いた。しばらく前から、随分寒い。理沙子はどうしようかな、と思う。
 彼女がしようと思っているのは、結婚なのである。自分にも、相手にも嘘をつかないようにして、でも消費するような関係ではなくて、あんまりやったことはないけど相手(と自分も)を大事に、大切にする関係なんだ、と理沙子は思う。気が進む、というわけではないけど、それをやろう。
 理沙子は勇のパーソナルスペースを、会話域から排他域に踏み込んだ。慎重に、誘った。
勇はその意をすぐ理解した。唇が重なる。
 思いがけなかった。そういえば煙草を吸わない、吸ったこともない、とメールに書かれていたっけ。それだけじゃないとしてもそうか、このひとはやわらかい人なんだな。
 彼の美点、そして特徴を発見して理沙子は手ごたえを感じたように思った。夜から仕事があるからと、原宿までまたふたりは歩きだした。街の光が揺れる。
 その仕事についても、早晩勇に言わなきゃなるまいな、と理沙子は思う。そうして数か月後に彼女は彼に、自分の越し方を告白し、
その時には勿論すでに「結婚を前提に!」交際を開始していたのだが、勇は殆ど驚きもせず、それから一年ほどしてふたりは結婚し、今もなおそれが、まあ無事でなかった日々も多少はあったとは言え、絶賛現在においても継続しているのであるが、それはまた別の話。 

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