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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第134回文芸部A ロイヤー作 『合コンに遅刻してきたのは幼馴染だった』  テーマ選択『遅刻』

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1 遅刻してきたのは幼馴染だった

「乾杯!」
 グラスを上げた。
 だが僕の前の席にはグラスを合わせる相手はいなかった。
「ごめんなさい。今日参加する予定だった佐藤さんが風邪を引いちゃって。でも代わりの人を手配したからもうすぐ着くと思う」
「気にしないで下さい」
 男4人、女4人での合コンのはずだっだ。
 元々この合コンに参加するつもりでは無かったが、男性の側も急なドタキャンが一人出てしまい、幹事の河野から今日の昼に学食で懇願されて急遽参加することになったのだ。だから最初から何も期待などしてなかった。
 自己紹介もそこそこに、場はすぐに無難なサークルやバイトの話へと流れていった。正直なところ、早く帰りたい気分だった。
 晩飯だけはしっかり食べて帰ろうと思い、僕はサラダと唐揚げを取り皿に盛った。
「ごめん、【遅刻】しちゃって!」
 その声の響きに僕は持っていた箸を取り落としそうになった。
 顔を上げると彼女と視線が交差した。 周囲の喧騒が遠のき世界に2人だけが取り残されたような錯覚に陥った。
「……ゆうくん?」
「愛華……」
 それは物心ついた頃からの幼馴染であり僕の初恋の人だった。
 しばらく見ないうちに大人びて綺麗になった彼女が、信じられないものを見るような目で僕を見つめていた。

2 桜散る
 思いがけず愛華に再会し、僕の記憶は、あの高校3年生になる春の日へと巻き戻った。
 愛華は近所に住んでいて幼稚園から高校まで同じ学校に通った。家族のような友人であり、僕の初恋の人でもあった。
 愛華と僕はどこにゆくのも一緒で、休みの日も共に過ごした。互いの家で晩御飯を食べ、家族で旅行にも行った。
 実は僕のファーストキスの相手は愛華だった。だがそれは幼稚園の時の事故のようなものだった。それでもキスをしたことは事実だ。
 だから愛華との関係は普通に付き合っている高校生以上の親密度だった。僕たち2人がまだしてないことと言えばセックスくらいだ。
 そして、中学に入ると僕は愛華を単なる幼馴染ではなく女性として意識し始めた。しかし、愛華が自分のことをどう思っているかは分からなかった。もし告白して振られたら、家族のような居心地のよい関係が終わってしまうことを僕は恐れた。ずっと告白せず、幼馴染の友達のままでいた。
 だが、高校3年生になった桜の季節に僕は愛華に告白することを決意した。僕は大学は理系を希望していた。愛華は文系だった。学校でのクラスも授業も文系コースと理系コースに別れるし、大学受験の勉強で休日もこれまでのように会えず、予備校等に通うことになる。高校を卒業すれば互いに別々の道を歩むことになる。
 愛華は正直言ってモテる。これまでも、いろんな奴に何度も告白されている。幸いその全てを愛華は断っていた。
 しかし、受験勉強が終り、大学生になったら、そうはいかないだろう。愛華ならすぐにも彼氏ができるであろう。そうなる前に行動をしないといけないと思った。
 春休みの終りに愛華を近所の公園に呼び出した。
 約束の時間よりも早く公園に来た。
 公園の桜の樹の間を春風が吹き抜け、散ってゆく桜の花びらが春に舞う雪のようだった。
「ごめん。待たせちゃった?」
 白いカーディガンをはおった愛華が笑みを浮かべながら僕を見つけると小走りに駆け寄ってきた。
「いや、僕も今来たばかりだ」
 それは嘘だ。僕は30分以上前に来ていた。
 いざ彼女を前にすると、臆病な自分が顔を出した。
(もし断られたらどうしよう。この心地よい関係まで失ってしまうかもしれない……。それに愛華が今誰とも付き合っていないという保証はない)
 僕は急に怖じ気付いた。だから核心を突く前に変な予防線を張ってしまった。
「愛華、その……今、付き合ってる人とかいる?」
 愛華はうつむいた。そして、ほんのりと頬を染めながら、小さく、けれどはっきりとした声で言った。
「付き合っている人はいない。けど……好きな人は、いるよ」
 その一言が、鋭い刃のように僕の胸を貫いた。 あぁ、僕じゃない誰かが彼女の心にいるのだ。僕が知らない間に、彼女は手の届かないところへ行ってしまっていたのだ。
 絶望が僕を支配した。
「そう言うゆうくんはどうなの?」
 僕は作り笑いを顔に浮かべた。
「付き合っている人はいないけど、好きな人はいる」
 正直な自分の今の気持ちを吐露してしまった。
 愛華は驚いたような表情を浮かべた。
「嘘、それ誰?」
 それは君だよなんて言えなかった。
 そんなことを言えば『ごめんなさい。私、別に好きな人がいるの』と言われて振られてしまうのは目に見えていた。
「ごめん。言えない」
「そっか……」
 愛華は目をキョロキョロさせて動揺しているようだった。
「だよね。私達は来年は成人するんだよね。ゆうくんにも好きな人がいても当たり前だよね」
 僕は愛華が何を言いたいのかよく分からなかった。愛華に好きな人がいると聞いて、頭の中が真っ白になっていたからだ。
「……ごめん、ちょっと急用を思い出した!」
 そう言うと愛華は逃げるようにその場を走り去った。
 僕はそのまま桜の花びらが舞う公園に取り残された。

 愛華から想い人がいると聞いてしまってから、一緒にいることが苦しくなった。 気まずさから愛華と距離を置くようになった。愛華からは何度も連絡があったが、それも適当にごまかしているうちに僕らは疎遠になって言った。
 翌年の春、僕らはそれぞれ別々の大学へと進学し、僕たちの関係は静かに終わりを迎えた。余計なことをしたために結局守ろうとした幼馴染というこれまでの関係も無くしてしまった。

3 再会
「ひ、久ぶりね」
「ああ、愛華こそ元気だった?」
「ええ」
 高校の卒業式以来の再会だった。積もる話はたくさんあるはずだが、これまでのわだかまりから僕らはぎこちない会話を続けた。
「ちょっと、失礼」
 愛華が席を立った。
 すると、合コンに来ていた他の女子メンバーが僕の席に寄ってきた。
「ええと、鈴木君だったよね」
「はい」
「西野さんとはお知り合い?」
「ええ、まあ……。愛華とは昔からの付き合いで……」
 女子からキャーという嬌声が上がる。
「西野さんのことを愛華って呼び捨てにするような関係なんだ!」
「もしかして、西野さんの彼氏?」
「いえ。ただの幼馴染です」
「付き合いは長いんでしょ?」
「幼稚園から高校まで一緒でした」
「なら、西野さんの彼氏のこと知っている?」
 ズキンと心が痛んだ。
(彼氏? 愛華はあの時好きだと言っていた人と付き合っているのだろうか?)
「知りません。」
「そうか幼馴染も知らないのか……。私、西野さんと同じサークルなんだけど、西野さんって、すごくモテて、何度も告白とかされているの」
 あまり聞きたくない話だった。
 僕は胸が息苦しくなった。
「でも西野さんは、それを全部断った上、こういう合コンにも自分から参加することがないのよ。訊くと、好きな人がいるからと言うんだけど、誰かと付き合っている様子がないし、なんか謎なのよね」
「そうですか」
「だから幼馴染の君なら知っているかと思って」
「すみません力になれません」
「でも、最近小島先輩の西野さんに対するアタックがすごいよね」
「そうそう」
「西野さんもまんざらではないみたいだし」
「悔しいけどお似合いの二人よね」
「あら何の話かしら」
 愛華が化粧室から戻ってきた。
「いや、別に。彼がニッシーの幼馴染だったっていう話をしていたの」
「そうよ、家も近くて高校まで一緒だったの」
「もしかして彼はニッシーの元彼?」
「ヒロミ!!」
 愛華が本気で怒った顔をした。
「ごめん、ごめん。冗談だよ、じゃあね」
 愛華が席に着くと他の女子も自分たちの席に戻った。
「まさか、ここで再会するなんてね」
 愛華がため息交じりに言った。
 そして僕の方をキッとした目で見た。
「私、ゆうくんに言いたかったことがあるの」
「うん」
「高3の春から、どうして私の連絡に返事をしてくれなくなったの」
「それは……」
 愛華に好きな人がいるからだとは言えなかった。
「大学受験に集中したかったからだよ」
「なら、ちゃんとそう言ってくれればよかったじゃない。私だって受験生だったんだよ。立場は同じだよ。ゆうくんの勉強の邪魔なんてするつもりなんてなかったのに」
「ごめん」
「そのことはもういいけど、じゃあ、どうして大学に合格した後も連絡をくれなくなったの?」
「バイトとかで忙しかったから」
「私達の関係ってそんなものだったの。幼稚園の時からずっと家族みたいにしていたじゃない」
「ごめん」
 愛華は腕組みして、僕を責めるような目で見た。
「はぁ〜」
 急にため息をつき、組んでいた腕を解いた。
「もういいわ。本当はゆうくんの気持ちは分かっていた。好きな人ができたから私とは距離を置きたかったんだよね。私がいつもゆうくんの傍にいるのが邪魔だっただよね。逆の立場で考えたら当然だよね。ゆうくんがその好きな人に告白しても、彼女から見たら二股かけられているような感じになるもんね。だから私もゆうくんにできるだけ連絡しないようにしていたの」
 僕はなんと返していいのか分からなかった。完全な誤解だ。しかも僕が距離を置いたのは、愛華のように相手のためを思ってではなく単に嫉妬心で苦しくなって逃げただけだ。
 僕が固まっていると幹事の河野が立ち上がった。
「ええと、そろそろお開きとなります。この後、カラオケボックスで二次会をやりたいと思います。参加する人は手を上げて」
「愛華はカラオケに行く?」
「私はパス」
「僕もだ」
 結局、僕と愛華を除いた全員がカラオケに行くことになった。
 会計を済ませて店を出ると、河野が僕の傍に寄ってきて囁いた。
「2人で別の世界を作っていたぞ。彼女をお持ち帰りか」
「そんなんじゃないよ」
「照れるなよ。いいからこれを持ってゆけ」
「なんだよ」
 見ると避妊具だった。
「急な補欠要員だったから用意していなかったろ」
「馬鹿言うな! こんなものいらない」
「何を言っているんだ。俺達まだ大学1年生だろ。子どもの養育なんてできないぞ。それに初回から中出したら、彼女ドン引きするぞ」
「何を言っている」
「そこ、どうしたの? 2人でこそこそと話しして」
「いや、何でもない」
 河野は僕にそれを3個も握らせた。
「俺のことは心配するな、箱買いしたから装備にはまだ余裕がある」
 急に河野は大きな声で言った。
「戦争は兵站を制したものが勝利する。では健闘を祈る。武運を我が友よ!」
「何の話?」
「俺達が今ハマっているオンラインの戦略ゲームの話だ」
「なんだ、ゲームの話か」
 河野はふふふふふという意味不明な笑いと僕だけに見えるように出したサムズアップを残して、みんなとカラオケに行った。
 さっきまで合コンをしていた店の前には愛華と僕だけが残された。
「ねぇ、この後、まだ時間ある?」
 愛華は少し上目遣いに僕のことを見て言った。
「あるけど」
「なら、もう一軒付き合って」
「まだ飲みたいのか?」
 愛華は首を横に振った。
「相談したいことがあるの」
「相談?」
「そう。恋愛相談」
 僕は絶句した。今も未練たっぷりで思いを捨てきれない初恋の人の恋愛相談を聞かされるのかと思うと気が重かった。だが、愛華が、誰と恋愛をしているかを知りたいという気持ちの方が勝った。
「うん。いいよ」
 僕らは、近くにあるバーに入った。


4 恋愛相談

 僕たちは脚の高いスツールに腰掛けて、バーのとまり木によりかかるようにして、並んで座っていた。
「それで、話って?」
「私、お付き合いを申し込まれている人がいるの」
「大学の関係?」
「ええ、サークルの先輩。新歓コンパの夜にお付き合いしたいって言われたの」
 僕は動揺した。今は9月だ半年も前だとするとその彼とどうなっているのか気になった。
「最初は断ったのだけど、私が誰とも付き合っていないと知ると、恋人未満でいいから試しに付き合ってみないかと言われたの」
 そこで、彼女は黙った。
「その話を受けたのか?」
 おそるおそる僕は訊いた。
「うん」
「でも、どうして? 断ったんだろう」
「私が告白を断ったのは、思いを引きずっている人がいたから。でもその人の心には別の人がいて、私のことを見てくれないの。でもずっとそうしているわけにもいかないから、誰か他の人と付き合ってみたら忘れられるかもしれないと思ったの」
 僕は体中を針で刺されているような痛みを覚えた。
「でも、その先輩のことが好きなのか分からなかった。これまで誰とも男の人とは付き合ったことがないし、初めては本当に好きな人としようと思っていたから、なんとなく付き合うことはできないと思って、それを先輩に話したの」
「それで先輩は?」
「そのままでいいというの。そのままでいいから、私が先輩のことを好きと思える時がくるまで友達以上恋人未満の関係で、一緒に食事をしたり、映画を見に行ったりしてほしいと言われたの」
「そうか」
「ねぇ、こういうのって付き合っているというのかな?」
「知らないよ」
 沈黙が続いた。
「で、相談というのはその先輩との惚気話を僕に聞かせることだったのか」
「違うの。先輩からお試しで付き合いを始めてもう半年になったから、そろそろ結論を出してほしいと言われているの」
「そうか」
「それで再来週の週末に2人だけで旅行にゆく約束をしたの」
「ちょっ、ちょっと」
 僕はむせた。
「先輩のことを好きになったのか?」
「分からない。でも嫌いじゃない。私のことをちゃんと見て、すごく大切にしてくれている。だからもういいかなと思ったの」
 僕は何も言えなかった。
「でも、偶然、今日、ゆうくんに会えたのは運命のようなものではないかと思って、一歩踏み出す前に確かめて置きたいことがあるの」
「僕に?」
 愛華はうなづいた。
「ねぇ、ゆうくん、貴方が好きと言った人は誰なの?」
「なぜ、それを今、僕に訊く」
「それを聞いたら、私は吹っ切れて、先輩と本当に付き合うことについての気持ちを整理できると思うの」
 僕の中では、何故だ、どうしてだという気持ちが渦巻いていた。それよりも、愛華が再来週に先輩と2人で旅行に行くという話を聞かされてパニックになって何も考えることができなくなっていた。
「今なら、もう教えてくれるよね。ゆうくんが好きな人のこと」
「それは……」
 僕は優柔不断だった。
 愛華はため息をついた。
「もういいよ。それでゆうくんの気持ちは分かった。幼いころからの幼馴染で、私はゆうくんのことは何でも知っていると思っていた。でもゆうくんが好きになった人のことは私には秘密なんだね。そういうことは話せないという友達以下のただの近所の知り合いってことだったんだね」
 愛華は伝票を手に取った。
「時間とらせて、ごめん。つまらない相談に付き合ってもらった償いとしてここの代金は私が払っておくから」
「待ってよ」
「これ以上話してどうするの」
「その……」
「ねぇ、私のこと傷つけているっていう自覚はある?」
「どういうことだ」
「だって分かっているでしょ。私がずっと好きだった人はゆうくんだったってこと。それなのに、その態度は無いよ」
「待って、愛華が僕を好きって?」
「当たり前でしょ。私のファーストキスの相手はゆうくんだよ。覚えているでしょ?」
 愛華は幼稚園生の時に僕に『わたし、将来はゆうたんのお嫁さんになる』と言って唇にキスをした。
 その時のことは今も忘れていない。だけど、あれは子どものおふざけだと思っていた。
「あの時から私の気持ちは変わっていないよ」
「そんな……。まさか」
「他に誰を好きになるっていうの。 ずっと一緒にいて、一番近くにいた幼馴染のゆうくん以外に。まさか、本当にゆうくんは、私が誰か他の人を好きになったとでも思ったの?」
 雷に打たれたような衝撃だった。 僕は言葉を失った。誰かに奪われたわけでも、フラれたわけでもなかった。僕が一人で勝手に勘違いをして、勝手に絶望し、勝手に彼女の手を離しただけだったのだ。なんて滑稽で、取り返しのつかない遠回りをしてしまったのだろう。
「……ごめん。僕の、本当にひどい勘違いだった。愛華が別の人のことを好きになったのだと思っていた」
「もう……ゆうくんの大バカ」
 愛華は僕の肩を小さい手で叩いた。
「あの日からゆうくんが私と距離を置くようになって、私どれだけ泣いたか……」
 愛華の瞳に涙が滲んでいるのが見えた。
「でも、ゆうくんには私でない別の好きな人がいて、そのことを私にも教えてくれないから、ずっとゆうくんのことを諦めよう、諦めようとしてきたんだよ。だから本当は好きでもない先輩ともゆうくんを忘れるために付き合おうとしているんだよ」
 愛華は泣き崩れた。
 僕は放心状態だった。
「愛華。ごめん」
「もう、いいから。何も言わないで……」
「違うんだ。僕が好きな人は愛華だ。今まで言えなかったけど、僕が好きな人は愛華ただ一人だけなんだよ」
「えっ」
 愛華が涙でメイクがぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「だから……何年も待たせちゃって、本当にごめん。……僕と、付き合ってください」
 愛華は涙を指で拭い、無邪気な子どものような笑顔を見せた。
 だが、すぐに真面目な顔になった。
「もう突然何を言うの……遅いよ。そういうこと言うの、遅すぎるよ」
 僕はその後の愛華の沈黙が途方もなく長いものに感じた。
(まさか、先輩の方を選ぶのか……)
 僕の顔にはその時、絶望が浮かんでいたのかもしれない。
 無意識に席を立って逃げ出そうとして腰を浮かせていた。
「ゆうくんのそういうところだよ。もっと自分に自信をもって」
 愛華がすねたように言った。
「私がゆうくん以外の人を選ぶわけないじゃない」
 愛華が僕の手を握った。
「これからもよろしくね、ゆうくん」
 愛華が満面の笑みを浮かべて言った。
「うん。よろしく」
 それは、すれ違ったまま停滞してい僕たちの時が、ようやく動き始めた瞬間だった。

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