ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

半蔵門かきもの倶楽部コミュの第百十二回JONY作「真夜中の思い出 at Joker」(三題噺『かぼちゃ』『しんせつ』『とうめい』)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 あれは、俺がまだ、この店を始める前、脳梗塞で長期入院をする前のこと、俺が30代のころのことだった。俺はオークランドのダウンタウンのフィッシュアンドチップスとビールの店(名前は「ジョーカー」と言った)の二階の南向きの(つまりは、南半球では陽が差さない)一室に何週間か住んでいたことがあった。と書くと、「仕事はどうしたんだ?」と疑問に思われるかも知れないが、その頃の俺は企画と決済以外は自分ではやらなくなっていて、普段から自分の会社には行かずに趣味のフネだけに生きていて、ニュージーランドには妹が永住権を取得したお祝いに、会社の福利厚生施設の名目で、オークランド郊外のミッションベイと言う高級住宅街に家を買って妹はそこの管理人として会社から給与を落とすことにしたところだった(もちろん実態は妹の自宅でしかない)。
 会社の役員たちにとっては俺が相模湾にいようが南半球にいようがいざと言うときに連絡さえつけばそれで良かったのだった。俺としてはヨットの保有率が世界一のアメリカズカップの常勝国で、かつ、英語が通じ、四季があるこの国に、かなり惚れていて、真剣に生活の本拠地をオークランドにしようかと迷っていた時期でもあった。
 せっかく家を買ったのだから、ミッションベイで暮らせば良いと思うかも知れないが、俺は、そんな郊外の海辺の閑静な区域ではなく、街の中心で、それも官庁や銀行の並ぶ区画ではなく、ごちゃごちゃした飲食街や安ホテルの裏町で生活したかった。それでこそ、この街が分かると思っていた。また、そもそも、同じ家で妹と一緒に暮らすのも抵抗があった。
 俺は妹の仲介で知り合ったフレッドという食材を扱う会社をしている人にダウンタウンで実際の普通の生活を体験できないかと相談してみた。彼はPumpkin=『かぼちゃ』という名前の27ftのフネを持っており俺は何回か乗せてもらったことがあった。面倒見の良いMr.『親切』のようなフレッドは、この「ジョーカー」という飲食店で住み込みのアルバイトを探していると教えてくれた。
 「ジョーカー」は40台の物静かな男性(名前はロバートと言った)が経営する、オークランドなら、どこにでもあるフィッシュアンドチップスとビールの店だった。オーストラリア人のアルバイトを雇っていたが、辞めてしまったので、代わりを探しているとのことだった。俺は、フレッドに連れられて、ロブ(ロバート)の店「ジョーカー」で、アルバイトの採用面接を受けた。フレッドは、俺のことを、ミッションベイに家を持っている実業家で、飲食店をオークランドに出す予定の男と紹介した。店をだすなんて話はフレッドと一度もしたことが無かったし、そもそも、当時、飲食店なぞに全く興味もなかったのだが、フレッド流の仲人口(なこうどぐち)なのだろうと思い、ただ、にこにこと黙っていた。ロブも何もしゃべらず、最後にフレッドに向かい、「この人がこんな安いバイト料で良いと言ってくれるなら、俺のほうは来て欲しいよ」と、ぼそっと下を向いたまま言った。
 こうして、30代だった俺は、高校生の頃同級生の家庭教師をしたのと、大学院生のころ宅建の予備校講師をしたのに続き、人生3度目のアルバイトをすることになった。
 店は調理場をロブが受け持ち、カウンターとテーブルとレジを俺が受け持った。
 客は観光客が大部分で、しゃべり方ですぐ判るのだが、一番多いのがオーストラリア人、次がアメリカ人、その次が中国人だった。仕事は、単純で、客の注文を伝票にして、飲み物を冷蔵庫から客に俺が出して、伝票にチェックを入れ、さらにその伝票をキッチンに回して、再び帰ってきた伝票が一緒に乗ったフィッシュ&チップスを客に出し、カネを受け取るだけだった。こんな単純なシステムで計算が合わないわけはないのだが、ロブは、前のアルバイトのときには、レジ閉めが合わなかったが、ケイ(俺の名前は彼らには発音しにくかったみたいで、俺はケイと呼ばれていた)が来てからは毎日ピッタリ計算が合うと、ある時ぼそっと感謝を伝えられた。
 仕事は楽だった。俺の仕事は飲食物を客に出して、客の話相手をすることだった。客の相手と言っても、オークランドの観光のお勧めの場所を紹介したり、おそらくは二度と会うことのない彼ら彼女らの初対面だからこそ話す話を聞いたりするだけで、それも、まあ、楽しかった。そして、たまには、中国人の女の子と約束して、外で会ったりすることも起きたが、それは、本稿のテーマではない。

 「ジョーカー」はダウンタウンの裏通りの石畳の坂道の中途に建つ古い二階建ての建物の一階で、その二階はロブ夫妻の自宅になっていた。俺はその二階の片隅の狭い陽の当たらない南向きの一室に寝泊まりすることになった。
 北向きの日当たりの良い大きなメインベッドルームをロブ夫婦が寝室として使い(そのメインベッドルームには専用のバスルームもついていた)、俺の使わせてもらっている南側には俺の小さなベッドルーム、バスルーム、洗面所が並び、南北の中央にはキッチンとダイニングルームとリビングルームがあった。
 当時、俺は30代、ロブとその妻キャサリン(キャス)は40代で、俺より10歳位年長だった(俺は若く見えたので、実際の見た目は20歳以上の歳の差があった)。この夫婦には子供がいなかった。
 ロブは、赤毛の大柄な白人男で、身体障碍者で左足が義足だった。また、吃音で、ただでさえ分かりにくいキーウィーイングリッシュ(ニュージーランド英語)が、より一層聞き取りにくかった。性格は、ひどい内気で、旧知の仲間と話すときはまだ良いが、初対面の人間と話すのは本当に苦手で、彼のほうからはほとんど口がきけなかった。
 ロブの妻のキャスは、俺がバイトを始めても全く姿を見せなかったので、奇異に感じ、ロブに奥さんは身体の具合が悪いのかと訊いたが、彼はとてもイヤそうな顔になり、ただ「ノー」とだけ答えた。俺も何か事情があるのだろうと思ってそれ以上は聞かなかった。
 客の中に、たまに、観光客ではない近所の住人が来ることもあり、俺はそういう人とは、ローカルな話題で話しこんだ。彼らは一様にロブは良い奴だと口を揃えたが、不思議とキャスの話題はでなかった。俺は、キャスってどんな人なの?と、近所にすむオヤジに聞いてみたが、彼も口をきいたことがないとの事だった。とにかく彼女は変わり者らしいと言うことだけが判った。
 俺は、ロブから、二階のキッチンもリビングも自由に使って良いと言われていたが、オーナー夫婦のプライベートなキッチンを使うより、「ジョーカー」の営業時間(午後4時から深夜0時)外も、階下の「ジョーカー」店内で、ひとりで勝手に飲食するほうが気が楽だった。そんなわけで、二階はシャワーを浴びたり、冷蔵庫の水をもらったり、部屋で眠る以外には用が無く、ほとんどは「ジョーカー」のソファー席か、街にでてすごすという形だった。
 俺が「ジョーカー」の二階に寝泊まりするようになってかなり経った夜中の午前3時ころだった。俺は自分の部屋の隣のバスルームでシャワーを浴び、喉が渇いたので真っ暗なキッチンの冷蔵庫から、ミネラルウォーターをだして、『透明』なグラスに注ぎ立ったまま喉に流し込んでいた。ふと、テーブルを見ると中年の女性が一人座っている。俺は驚いて、すんでのところで、ぎゃっと声を出しそうになった。暗闇の中でも、彼女の長いブロンドの髪と美しい目鼻立ちが判った。俺の恰好は、下はパジャマで、上は裸で肩からバスタオルをかけているだけだった。女は部屋着で手にはウイスキーのグラスを持っていた。俺はバスタオルで自分の上半身を隠し、
「キャス?」
ときいた。女はウイスキーを一口飲むと
「ええ。あなたはケイでしょ」
と言った。その声は中年の女性らしく落ち着いていた。
 なぜ、電灯をつけずに真っ暗な中にいるのかと思ったが、ここは彼女の家なので俺が勝手に電灯を点けるのもためらわれ、とりあえず彼女と直角のテーブルサイドの席に腰を下ろして、暗い中で声をひそめて、初対面の挨拶をした。
「ロブには良くしてもらって感謝してます。素敵なお宅に泊めていただき嬉しいです」
 彼女は、再びウイスキーに口をつけると、
「髪の毛に触っていい?」
 と言った。
 俺は、聞き間違えかと一瞬思い、しかし間違えようがない言葉だと思いなおし、突然すぎて、どう答えていいのかわかなくなって黙ると、彼女は手を伸ばして俺の髪を撫で、
 「私、濡れている髪の感触が好き」
と一人言のように言った。
 「ウェット・ヘアー」という言葉が女性器を連想させたが、相手は、店のオーナーの奥さんであり、店の客の中国人女子ではないので、そういう軽口をきくのはやめて、
 「俺もです」
と意味不明の返事を短く返した。
 その晩は、それだけで、おやすみなさいと言って、自分が使ったグラスをシンクで洗い、彼女をテーブルに残して、部屋に引き上げた。
 翌日、ロブには、何も言わなかった。ロブから言って来ない以上、キャスのことを話題に乗せるのは、やめておいたほうが良いという気がしたからである。
 キャスに2度目に会ったのは、それからだいぶ経って、やはり、真夜中だった。俺はあてがわれた自室のシングルベッドで眠っていたが、何故か突然目覚めた。人の気配がしたのだった。薄く眼を開けると、点け放しにしてあるスタンドの常夜灯の微かな灯が、部屋着姿の女を照らし出していた。ブロンドの長い髪、美しい顔立ち。キャスだ。彼女は音を立てないようにとてもゆっくりとドアを閉めようとしていた。俺は、彼女がこちらを見る前に再び眼を閉じて寝たふりをした。
 ドアがカチリと閉じる音がして、微かな衣擦れの音と共に人が近寄ってくる気配がした。何をしに俺が眠っている時に侵入してきたのだろう?盗みだろうか?それとも、気がおかしくなって、俺を刺す気になったのだろうか。普通に東洋人のセックスに興味を持っただけなら良いのだが。
 長い時間何も起きなかった。俺の寝たふりの寝息だけが聞こえる。本当にキャスがいるのだろうかと、眼を開けて確かめようとした時、俺の顔の前に息遣いが感じられ、続いて俺の髪の毛を触る微かな気配がした。微かに化粧品の香りがする。間違いない。キャスだ。俺の心臓の鼓動は高鳴った。アドレナリンが分泌されていくのが分かる。キャスは泥棒でも、殺人でもなく、俺を求めて来たのだ。ここで俺が目を開けたら、引き返せないことになると思った。キャスに恥をかかせない為には、キスからセックスに行くしかなくなる。キャスのことは別に嫌いではなかった。多少、おかしなところはあるかも知れないが、あるいは、アル中とか、精神的疾患とかなのかも知れないが、俺は別にそういうので嫌悪したりしない。しかし、俺は、慎重にならざるを得なかった。彼女が、ロブの妻だったからだ。それは、別に、ロブが俺の雇い主だからではない。金が必要でアルバイトをしている訳ではなかった。そうではなくて、ロブに好意を持ち始めていたのだ。なので、ロブの妻のキャスに対しても、傷つけるようなことはしたくなかった。彼女を拒否して傷つけることも、恋愛で心を苦しめることもしたくない。男の身体が欲しいならそれは好きにしてくれていいという気持ちだった。しかし俺から彼女に何かを積極的にすることは、それが、何であれ避けたかった。結局、俺は寝たふりを続けた。
 キャスは、俺がぐっすりと寝ていると疑わなかったのか、徐々に大胆に俺の髪の毛を、撫で始めた。それは、しつこく、いつ果てるともなく続いた。
 季節は南半球の春(10月)だった。俺は薄い綿毛布一枚で上向きにほぼまっすぐに寝ていた。
 これ以上何もなく部屋を出て行くのかもしれないと俺が心の内で思ったとき、キャスがゆっくりと、動き始めた。俺が目覚めてしまうのを恐れるように、綿毛布をまくりマットレスの端と俺の身体とのわずかの隙間に、そろりそろりと彼女の身体を滑り込ませてきた。
 俺の身体の片側に、女の柔らかい肉体の感触が伝わる。俺は目をつぶったまま寝息を規則正しくあげることに専念する。
 キャスは俺が寝ていると信じているのか、寝たふりをしていると知っているのかわからないが、やがて、手を俺の身体に回してきた。
 すでに変化を見せていた俺の下半身に彼女の手が伸びてくるのを覚悟して、待った。
 しかし、それは、いつまで経っても、おこらなかった。
 やがて、静かな彼女の寝息が聞こえてきて、おそるおそる様子を窺うと完全にキャスは眠っていた。
 俺は相手に気づかれないようにそっと身体をずらして、ベッドのスペースを彼女のために増やしてやり、天井を見つめながら、キャスの規則正しい寝息を聞いていた。
 
 いつのまにか俺は眠ってしまっていて、目覚めると朝だった。隣にキャスは、もう、いなかった。

 その日のロブの様子も、いつもと変わりはなかった。俺も、普段通りにするように努めた。キャスはいつもどおり階下には姿を見せることはなかった。
 それ以来、俺は夜中になるとキャスのことを考えるようになった。しかし、それから、1週間以上、キャスは、現れなかった。俺の前に現れなかったというより、昼も夜も自分の部屋からまったく出てこないようだった。俺が階下の「ジョーカー」にいるときにこっそりと食事をしたりしているらしかった。

 店での客との出会いも、この下町での生活も楽しかったが、三週間ばかり過ごしてみて、やはり、オークランドを生活の本拠にはできないな、と俺は結論をだそうとしていた。ここで信用第一の不動産を商売にするには日本人であることはマイナスにしかならない。進出している日本企業相手の不動産取引も市場が小さすぎた。かと言って、今の状態のまま、日本の自分の会社をここから経営するには、役員連中が信用できなかった。いっそ、仕事を変えて、この街で商店などをしてみることも想像したが、売上高を考えると馬鹿馬鹿しかった。そして、何より、ここはファミリーの街だった。夫婦・家族で郊外の自然やフネやゴルフやBBQをして人間関係を楽しむ生き方を皆がしている。その当時も日本には妻がいたが、妻と一緒にこの街で暮らすことは想像できなかった。俺も妻もニューヨークかロサンゼルスかロンドンなら生活できようが(美術館の街パリは理想的だが言葉の問題で生活は無理だ)、オークランドのような田舎の街では生きられないと思った。
 俺はフレッドに連絡し、日本に帰らなくてはならないので、俺の代わりのアルバイト候補を紹介してくれないか、と言った。フレッドは、怒るかと思ったが、「そろそろ、あんたから、そんな連絡がくるころだと思ったよ」と言ってくれ、数日中に新しい求職希望のオランダ人を連れて行くと請け合ってくれた。
 すぐに、ロブに、それを伝えて、自分の勝手を詫びた。ロブは怒りというより、悲しみを覚えたようだった。「やっぱりな。最初から、あんたがいつまでもいてくれる人だとは思ってなかったけど、思ったより早くて残念だ」それに対して、俺は繰り返し、謝るしかなかった。
 
 日本に帰る前の晩になった。新しいアルバイトに決まったオランダ人の男との引継ぎはもう終わって、ロブが意外にも俺へのプレゼント(オールブラックスのTシャツ)をくれて、荷物のパッキングも済ませて、自分の車のトランクに積み、明朝には出発するだけになっていた。時間は夜中の3時になっていたが、俺は、二階のキッチンのテーブルでウイスキーを飲んでいた。そこは最初にキャスが座っていた椅子だった。
 キャスは予想どおり現れた。彼女は前に会ったときに俺の座っていた椅子に座り、二人は直角の位置で、ウイスキーのグラスを交わすことになった。しばらく、ふたりとも黙っていたが、突然キャスが言った。
 「私、東京で暮らせるかな?」
 俺は、どういう意味で言っているのかが、よく分からず、
 「ロブと一緒に東京に行くということ?」
 と聞き直した。
 キャスは、冷たい声で、
 「ロブと別れてと言う意味よ」
 と言った。ディボースという言葉をキャスは吐き捨てるように口にした。
 俺は、
 「キャス。実は俺は既婚者なんだ」
 と言った。
 「知ってたよ」
 しばらく、沈黙が支配した。俺は、自分のグラスのウイスキーを啜った。そして、キャスのした質問への答えをしゃべり始めた。
 「日本はこの国とは全く違う。移民の国じゃないんだ。ケツの穴の小さな(narrow-minded)自信の無い馬鹿ばかりの国だ。だから、周りのみんなと同じでいることが一番重要なんだ。日本で暮らすには世間に絶えず気を配り、嫌いなヤツとも仲が良いふりをして一緒にサケを飲まなければいけない。そして、東京で暮らすには、カネが無ければ何もできない。東京の1か月の駐車場の料金はこの街の2LDKのコンドミニアムの家賃より高い。東京では、アルマーニかシャネルの服を着て、エルメスのバッグを持って、バカ高い店で飲食しないと、相手にされないんだ。そのために普通の人は、ウサギ小屋のように狭い家に住み、長時間残業する。しかも、皆、車じゃ通勤できない。1時間も立ったまま電車で毎日通勤するんだ。馬鹿ばかりだから、短い人生で何が大事なのかを考えもしない。ただ周りの皆と同じであるために我慢して働くだけで過ごしている」
 キャスは驚いたようだった。
 「ケイはそんな国に帰るの?」
 「ああ。そうだよ。東京でカネを稼ぐためにね。東京でカネを稼いでほかの国で納税し生活する。頭のいい奴はみんなそうするんだ」
 「ケイも?」
 「いや、俺は、そんなに金持ちじゃない。だから、これから、カネを稼がなければならないんだ」
 キャスは悲しそうな顔をしていた。俺は重ねて言った。
 「キャス。ロブは良い人だよ。俺は人を見る目だは自信がある。俺が今まで会った人間の中でロブほど良い人は少ない。でも、君がロブと、どうしても別れたいなら、俺がここから助け出す。そのときは、連絡してくれ」
 そう言って、メモ用紙に東京の会社と自宅の住所と電話番号を書いて渡した。キャスは、俺のその言葉を聞くと表情を輝かせて、大事そうにそのメモを手に握った。

 あの夜から膨大な時間が流れ、俺は金持ちになり損ね、病気で死にかけて、自分の会社も失った。本来は商品だった都心の裏通りにある建物を自分で使うことになったとき、テナントに貸す予定だったのを変更して、自分で小さな飲食店をやってみようかという気になったのも、「ジョーカー」のことがあったからかも知れない。

 キャスからは、その後なんの連絡もない。この前、オークランドに住む妹から、「フレッドがガンで死んだ」との連絡を受け、昔の「ジョーカー」の二階でのことを思い出した。

 「ジョーカー」はまだあるのだろうか?キャスはまだロブと夫婦でいるのだろうか?いてくれたらいいのだが。
  (終わり)

コメント(3)

東京のような大都市でしか生きられない「俺」と、おそらくは田舎の街でずっと育ってきたキャスという、普通に生きていたら出会わなかっただろう二人の奇妙な交流(?)に引き込まれました
二人がお互いの住む場所にそれぞれ惹かれている点もちょっと皮肉めいてますね

それにしても、キャスはどこまで本気だったんでしょう……
でも仮にロブと別れて、俺と東京で住んだとしても、おそらくキャスは後悔していたのではないでしょうか
「ジョーカー」というお店の名前も(てっきり今公開中の映画が由来かなと勘違いしました)、キャスのミステリアスな雰囲気と相まって意味深なところが面白いです!
どこかの作家の「ハードボイルド小説の隠れた主人公は都市だ」という言葉が蘇ってきました。舞台となる都市すなわち空間も主役級だとしたら、「ジョーカー」もこの美しい作品の主役ではないでしょうか。そして、半虚構のジョーカーという空間の存在伝説のファンタジーが、キヨノという現実空間の創造神的プロトタイプのゼロ号試写の投影というのも素敵です。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

半蔵門かきもの倶楽部 更新情報

半蔵門かきもの倶楽部のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。