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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第99回 文芸部A ガラス窓作「乱入者」(テーマ選択『悲しみ』)

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 姉からの父の危篤の知らせに、急いで病院に駆けつけたが、間に合わなかった。
 少し悩んでからその場で母に知らせたら、既読が付いて随分時間が経ってから、「香典を立て替えておいて」とだけ返信が来た。返信は遅いが、内容は気が早過ぎて、姉に見せて笑った。

 父と私の母は、私が3歳の時に離婚をして、母は今は別の男性と再婚をしている。姉は前妻の娘だけれど、姉が6歳から10歳までは私の母と暮らしていた。姉は会う度、母のことを懐かしむようなことを度々話していたので、葬儀の日が決まった連絡を受け、母も通夜か葬儀には顔を出してくれないかなぁと誘ってみる。「行かない」は即答だった。説得しようと電話を掛けたら、姉は懐かしくて会ってみたい気もするが、父に浮気をされて揉めに揉めて離婚になったことを、亡くなったからといって許す気にはなれないから、絶対の絶対に行かない、とのことだった。
 父が余命宣告をされた後に姉から連絡が来て、30年ぶりに父と姉と再会したことを母に話した時も、私の成人まで養育費の振り込みはあったものの、一度も会いにも来なかったくせに、今更、と悪態を吐いていた。父の話は、父が死ぬまで二度と報告しなくていい、でも権利は行使して、貰えるものは貰いなさい、と繰り返し吐き捨てるように言っていた。母もかなり前に再婚をして、今は落ち着いた暮らしをしているというのに、そんなに長く恨みが持続していることが、不思議な感じもした。

 葬儀は、結局、コロナ禍以降ミニマムな葬儀が主流となっている世情と、父自身が結婚離婚を繰り返したりして、親戚付き合いも複雑で曖昧になっていたことを考えて、家族葬ということになった。
 とはいえ、父は長く職場に随分貢献していたらしく、小さな会社の引退した上司や古くからの同僚のような人達が数人、どうしてもと参列し、古い取引先などから多数の弔電が送られてきたようだ。
 簡素な葬儀も終了し、火葬場に向かおうとする微妙な時間に、斎場の人に案内されて、バタバタと私の母が入ってきた。
 「焼かれる前に、どれだけ老けたか見せなさいよ」と、母は、止める私を無視して、係の人にお棺の窓を再度開けることを求めた。ポカーンとしていた姉は、「マキちゃん?」と急に正気に返った感じで、斎場の人に何か指示した。
 母は、開けさせた棺の窓を覗き込んで、「ジジイにもほどがある。最後までロリコンだったらしいな。腐れジジイ。死ねばいいのにって、死んでるか」とゲラゲラ笑った。少人数とはいえ、家族以外の人もいるのに、いくらなんでも、と恥ずかしく、父の職場関係の参列者の方に視線を送ったら、「マキちゃん! 変わらない」「まさか来るとは」と口々に言って笑っている。「恨み言の何百件か言いたくなってさー」と母が言い返し、まさかに盛り上がりだす。そうか。元々母は、父の職場にアルバイトで入って父と知り合ったというから、職場の昔からいる人達とは顔馴染みなのか。
 私が母に葬儀に来てくれればいいのにと思ったのは、小学生時代に母親だった姉に会わせてあげたかったからなのに、職場の人達とばかり盛り上がって、姉のことはすっかり無視しているのが申し訳なくて、何とも居た堪れない気持ちになってしまった。

 想定外の乱入者に、今までとても感じがよかった斎場の女性も、流石にイライラした感じで、強引に棺の窓を閉じ火葬場へのルートに先導を始めた。が、母は、会社関係の人達に、「あなた達焼き場に行く必要ないんでしょ。骨拾わないんだし。どこか他所で飲みましょうよ。そう、献杯献杯」とか言い出す。
 元々精進落としの席は設けていなかったから、好きにすればいい。だけど、ここまで来たのに、接点が無い父の次の妻の子供である弟はともかく、一時期は母と慕っていた姉と、ろくに言葉も交わさずに去ろうとしてることが、信じられなかった。
 
 ただでさえ、唯一ずっと一緒に暮らしていた父が死んで、ショックを受けているだろう姉に、追い討ちをかけるような母の態度が許せなかった。実家に私を預けっぱなしで好き放題していた母に対して、それまで特には恨むような気持ちは無かった。だけれど、最近になって知り合った姉が、どれほど子供の頃に母を愛し、求めていたかを知って、自分自身に対してはどうでもいいと期待もしていなかったことが、姉に対しては、申し訳なくて、申し訳なくて、母に連絡なんかしなければ良かったと思った。

 参列していた少数の他の親族も帰ってしまったので、お骨は、結局、姉と弟と三人で拾った。焼き上がった骨を、二人で一つと言われて、二人ずつぐるぐる回す感じでで拾った。その間中、姉に、先ほどの母のことをどうにか詫びようと悩みつつ、言葉に迷い、結局何も言えなかった。
 
 帰り道で、「マキちゃんが、ドギツイおばちゃんになっててビックリしたわぁ。だって、私が初めて会ったマキちゃん、女子高生だったんだもん」と姉がゲラゲラ笑った。弟も「キョーレツ過ぎた」と一緒になって笑っている。私が危惧していたほど、ショックでもなかったのかな? だったらいいけれど。姉の色んな悲しみを癒してあげたい気持ちがずっとあったのに、むしろ悲しみを広げてしまったような罪悪感でいっぱいになってしまって、葬儀の最中より涙が溢れて止まらなかった。
 「ヒカリちゃんが気にする事ないって。元気なマキちゃんに会えて嬉しかったよ。ホントだよ。有難うね」と姉は、お骨を抱えている私の肩を抱き寄せて、頭を撫でて、自分のハンカチで私の涙を拭ってくれた。「ていうか、元々マキちゃんギャルだったし、想定内だって。ギャルって世代的に違うかな。ヤンキーではなかったし、あの世代のチャラい女子高生って、何て呼ばれてたのかな?」と更に笑っている。

 「俺らも献杯に何処か寄ってく?腹減った」と弟が言い、駅前の小綺麗な居酒屋に入る事になった。如何にも葬式帰りの、お骨まで持った三人組だしどうなの? と思ったけれど、うまい具合に四人掛けの個室の座敷が空いていた。
 弟の隣の席に父のお骨を置いて、その前にもグラスを置き、弟が「これぞ本物の献杯」と言いながら真っ先に瓶ビールをそこに注いだ。その後、他の三つにも注いで、父の前のグラスに当てる感じで献杯をした。
 ツマミを食べながら談笑していた途中で、元々騒がしかった隣の個室から、酔っ払い女の大声が聞こえて、目を見合わせた。母だ。ヤバい。まさか同じ店に入ってしまったとは! しかも相当出来上がっている。随分前に斎場を出た筈なのに、ずっとここで飲んでいたのか、それとも二次会三次会とかなのか。
 「だって、初めての男だったのよ! 好きで好きで好きで好きで大好きだったのにぃ!」と絶叫して号泣している母を、何人かの男の声がボソボソと宥めているのが聞こえてくる。その後もずっと何やら泣き叫んでいる。聞いてはいけないものを聞いてしまったような気がした。
 「挨拶に行ける感じでもないし、出よっか」と囁くように弟が言い、私と姉は無言で何度も頷いて、荷物をまとめた。
 「騒がしくて申し訳ございませんでした」と、騒いでいる客の身内とも知らず、平謝りの店員に曖昧な返事をして、会計を済ませて店を出る。どうやら姉や弟も食欲が削がれたらしく、他の店に移る事もせず、駅に向かった。
 
 「また納骨のこととか決まったら連絡するから。相続の相談もしなきゃなんだけど、また後日に」と言う姉の腕に父のお骨を渡して、反対方面行きに乗る姉達と、駅のホームで別れた。
 なんだか、父の葬儀だったというのに、思わぬ乱入者に引っ掻き回されて、父の事、ほとんど考えられなかったなぁ。けれど、もう何も考えたくない。どっと疲れが出て、電車のシートに沈み込んだ。

コメント(6)

前回の「花火の夜」の続編です。

七味唐辛子も書いたんだけど、ボツで。
一部分だけ残して書き直そうとしてるのですが、行き詰まってます。
間に合うか?
マキの強烈な個性とそれ以上に強烈な人生を歩んで死んだ父。それに比べて、母は違っても、キチンと常識的に大人になった三姉妹弟。それぞれのキャラがリアルで惹きつけられます。この家族シリーズ続けて下さい
>>[3]
有難うございます〜。
続けられたら続けてみます〜。
当日申し上げましたが非常にまきさんが魅力的だったと思います
>> 「焼かれる前に、どれだけ老けたか見せなさいよ」
・・・・
>> 母は、開けさせた棺の窓を覗き込んで、「ジジイにもほどがある。最後までロリコンだったらしいな。腐れジジイ。死ねばいいのにって、死んでるか」とゲラゲラ笑った。

ここからの・・

>> 「だって、初めての男だったのよ! 好きで好きで好きで好きで大好きだったのにぃ!」と絶叫して号泣している母を、何人かの男の声がボソボソと宥めているのが聞こえてくる。

こういう人に愛されてみたいですね・・・お父さんと同じように結局縁切れてしまうような気がするけど…
>>[5]
コメント有難うございますわーい(嬉しい顔)
トンデモ母ですが、気に入っていただけて嬉しいですぴかぴか(新しい)

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