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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第98回 チャーリー作「(タイトル未定)」(三大噺:花火・スイカ・鬼ころし)

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 その話を聞いたのは、台風が近づく、ある夏の夜のことだった。

 春先に獣医学部を卒業した僕は、T市にある動物病院に就職し、獣医師として忙しい毎日を送っていた。
 入社から四か月が過ぎようというころ、盆休み前の最後の診療日に病院スタッフ全員で飲み会が開かれることになった。毎年この時期に新人歓迎会、慰労会を兼ねて恒例になっているそうで、休み前ということもあり混雑はするものの、昼過ぎまでの短縮診療のため、特にトラブルがなければ夕方には体は空くという。
 参加は任意であり個人的にはどちらでも良かったが、盆に帰省する予定はなく、休み中は何もなければ一人で宅飲みしているつもりだったので、じゃあせっかくだしと気軽な気持ちで参加を決めた。
 ところが――まあ人間相手の病院にもよくあるだろう、この日に限って受付終了の間際に急患が運ばれてきた。患者は脱水症状を起こした小型犬である。飼い主は昨日から旅行で家を空けており、今日帰宅したところ、玄関で横になった犬がぐったりしたまま息も絶え絶えになっていたという。エアコンをつけたまま外出したのだが、何らかの原因で止まってしまったらしい。典型的な熱射病だった。
 ただちに院長や看護師数人で処置に当たったが、犬は意識朦朧として自分から水を飲むことができないため、点滴による輸液治療が必要になった。持病などがない限り、これで命の危険は免れるだろうが、この治療法は大変時間がかかる。
「ここは大丈夫だから、先に始めてて」という院長の言葉に後ろ髪を引かれながら、僕は院内の清掃と片づけをしてから、手の空いていた看護師の先輩Mさんと一緒に病院を後にした。
 この日は台風が近づいてきているせいで、居酒屋の客はまばらだった。小降りだった雨は暗くなるにつれ徐々に激しさを増し、風が窓を叩く音は店内のBGMを掻き消すほどだった。
 病院に残る院長たちに後ろめたさもあるうえに、先輩と二人きりというのはいかにも気まずい。
 看護師の中で一番の古参というMさんは、経験豊かで真面目で大変頼りがいのある人だったが、おしゃべり好きな他の女性スタッフと比べて寡黙で休憩も一人で過ごし、あまり自分のことを話そうとはしなかった。年はたぶん五十くらいだろうが、細い手の甲や目尻のしわは深く、年齢以上に老けて見えた。苦手な相手というわけではないものの、自分の母親より年上の女性と何を話せばいいのか、話題に困った。
 何も注文せずに席に陣取る罪悪感から、しぶしぶのようにチューハイを頼み、気の乗らない会話をした。病院から連絡の来ないまま、時間だけが過ぎ、三杯目を注文したところで、ふっとMさんの顔色が曇った。
 少し酔いが回っていた僕は、何か気の障ることでも口走ったのだろうかと一瞬焦った。けれど大したことは喋っていないし、失礼な態度をとったつもりもない。
 思い切って、どうかしたんですかと尋ねた僕に、Mさんは躊躇うような素振りを見せてから、僕の手の中の湯呑に視線を落とした。
「それ。<鬼ころし>、よね」
 僕はうなずいた。
 日本酒の匂いが苦手なのかもしれない。すえたような独特の匂いを嫌う人は、僕の友達にもいる。しかしMさんは首を横に振った。
「そうじゃないのよ。お酒は好きなんだけどね」
 そう言いながらも、彼女は居酒屋に来てからソフトドリンクばかり飲んでいた。
 よっぽど僕が不審そうな表情をしていたのだろう。Mさんは「ごめん、意味がわからないよね」と、ごまかすように笑ってから窓の外を見た。つられて僕も首をねじった。
 ごうごうと吹く風が窓を揺さぶり、シャワーのように吹き付ける雨粒で街灯が滲んで見えるだけで、他は真っ暗だ。まるで黒い何かが、中に入ってこようとしているかのように執拗に窓を叩いている。
「ちょっと、思い出したことがあってね」
 外を見たまま、つぶやくようにMさんは言った。
 そして僕の返事を待たず、彼女はこう続けた。


          ***


 ここの病院に来る、ずっと前の話よ。三十年、は経ってないかな。あんまり言いたくないけど、それくらい前の話。
 そのときね、S動物病院ってところに勤めてたの。ここから自転車で行けるぐらい。T川のすぐに近くね。今の病院みたいにトリマーもいない、ペットホテルもない、純粋に診療だけやってるような小さな病院でね。昭和の町医者みたいな感じ? 獣医師のダンナさんと奥さんの看護師が夫婦でやってて、スタッフは私だけ。まだ愛玩動物看護師なんて資格もなかったような時代だから、看護師っていうより診察の補助でも受付でも何でもやるような雑用係だった。
 ちょうどその当時、ペットブームだったのよね。ラブラドルレトリバーがすごい人気になって。来る患者さん、ほとんどレトリバーみたいな大型犬ばっかり。チワワなんかが注目浴びる前だったから。まだ外飼いしてる飼い主さんが結構多かったころだったけど、それでもみんなペットの健康に気を使うようになってね。日ごとにだんだん患者さんが増えてきて、気づかないうちに三人だけじゃ、とても回せないぐらい病院が忙しくなったわ。
 それで人を雇うことになったんだけど、三十年前なんて今みたいに動物病院が都会のどこにでもあるような時代じゃないのよ。獣医も珍しい仕事だと思われてたし、動物看護師なんて応募かけたってなかなか人が来なかった。
 よっぽど人手に困ってたんでしょうね。詳しい経緯はちゃんと知らないけど、院長のところの長男がヘルプっていうか、看護師のアシスタントで雇われたの。
 でも、この長男っていうのが、ほんっとうにどうしようもない問題児でさ。
 大学出たばっかりだから、そのとき二十二、三とかかな。ノラのボス猫みたいな目つきの悪い男でね。高校で野球やってたか何だか知らないけど、とにかくゴリラみたいに体が大きいの。二の腕なんか、私の腕の二本分あるんじゃないかってくらい太くてね。
 性格は見栄っ張りでほんとにいけ好かない奴だった。真面目に仕事しない代わりにサボることだけは一人前でさ。人前じゃ一応仕事してる風に装ってるんだけど、ちょっと目を離すと手を抜くのよ。頼んでおいたケージや診察室の掃除もしないし、お昼休みはとっくに終わってみんな診療でバタバタしてるのに、定食屋が混んでたとか言って平気で遅れてくるし。たまに患者さんが来ない日なんか、勝手に帰っちゃったこともあったわ。
 それだけならまだいい方なんだけど、この長男がまたとんでもない動物嫌いでね。入院中や診察中の犬や猫って、よく怯えて鳴いたり唸ったりするでしょ。それを「うるせえ、黙ってろ!」なんて怒鳴りつけてさ。入院中の子にペットフードを投げつけたり、ケージを蹴ってるのも見たことあったわ。骨折したり病気して点滴打ってるような子が入ってるケージよ。あり得ないでしょ? 
 私ももう堪忍袋の緒が切れちゃってさ、アイツの前にこう仁王立ちになって「何してんの止めなさいよ!!」って怒ったの。そしたら、向こうもものすごい剣幕で逆ギレしてきてさ。相手は熊みたいな奴よ。それに比べたら私なんてネズミみたいなもんじゃない。さすがに私には手は出してこなかったけど、それでも切れ長の目で上から睨みつけられたときは、私はもう膝が笑ってた。情けないよねえ。
 もちろん院長先生たちには何度も何度も相談したわ。身内とは言え、あまりに動物病院にふさわしくないってね。だって、そうでしょう。動物に敬意を払えない奴が命を預かるなんて論外でしょう、ましてや暴力を振るってるんですよって。直接叩いたり蹴ったりしなくたって、怒鳴ったり威圧したらそれは立派な暴力でしょ。動物は繊細だから自分がどう扱われてるかって過敏に感じ取るじゃない? 子どもを怒鳴る大人に教師が務まらないのと同じように、あんな男は動物病院にいる資格なんてありません、って。私、泣きながら訴えたわ。
 でも親だから、なのかしらね。妙に息子には甘いのよね。「何とかする」って言うけど、ちょっと注意するだけでなんにもしないのよ。院長先生や奥さんには心底ガッカリした。付き合いが長いだけに、ショックだったわ。動物を守るためにいるはずの獣医が、動物への虐待を許すなんてね。どういう親子関係だったのかはわからないけど、せめて病院では毅然とした態度で長男に向き合ってほしかったわね――。


 そう言って、Mさんは氷の解けたウーロン茶を、ビールをあおるようにぐっと一口で飲み干した。
 僕は黙って、話の続きを待った。


 ――アイツの悪口ばっかりになっちゃった。
 まあ、そういうわけで横暴な長男と一緒に働いて、そいつの尻拭いをしながら誰にも不満を言えないみたいな、気がふさぐような日が続いてたわけ。
 そうしたら、長男が病院にやってきた年の夏だったかしらね。
 あれは九十、何年だったかな。夏なのにすごい寒かった年があったのよ、覚えてる? え。ああ生まれてないのか、君は。うわあ、ショック。そうか、まだ二十代なんだもんね。まあ、とにかく夏なのに気温がぜんっぜん上がらない年があったのよ。お米や野菜が育たなくてね。異常な夏だったわ。
 だけど、暑くないわりに台風の被害はひどかったのよ。当時は、台風が来てもそれほど大きな災害にはならなかったんだけど、その年だけは本当におかしかった。
 この辺りをちょうど台風が通過したんだけど、上陸した晩から雨と風がもうびゅうびゅうごうごうひどくってね。今日もひどいけど、あの日は今日の比じゃないくらい。外に出ると、もう吹き飛ばされそうなの。歩くなんてとても無理。
 そのとき、私は病院から電車で二駅行った隣町にいたの。夫と両親とで私の実家に住んでたのよね。木造で築数十年って古い家だったから、屋根も壁も吹き飛ばされるじゃないかって心配だった。
 そしたら何時かな、もう夜中よ。一階で寝てた両親が家の中に水が入ってきたって悲鳴上げながら、私と主人の寝てる二階に駆け込んできてさ。電気つけようと思ったけど、停電してるみたいで真っ暗なのよ。外見たら電線が切れて、端が線香<花火>みたいにビカビカ光って火花散らしてるの。慌てて懐中電灯で照らしてみたら、もうビックリ。どっから入ったんだか知らないけど、ひざの下くらいまで水が来てるのよ。カフェオレみたいな茶色い水が。後で知ったんだけど、この先のT川が台風で氾濫して街中が水浸しになってたんだって。
 どうにかして病院行きたい、行かなきゃってすぐ思った。私のいた病院は雑居ビルの一階を借りてて、よっぽど手が離せないような重症の子が来ない限り、夜は基本的に誰もいないの。たまに今日みたいに急患が来て、院長先生と奥さんが泊まり込みで処置してたときぐらいね。月に数回あるかないか。
 院長先生と奥さんは病院から車で四十分くらいのところに住んでたし、私も電車で病院に通ってた。唯一、病院まで歩いていける距離に住んでたのが、あの長男よ。だけど、あんなの頼りにできるわけがないじゃない、動物を怒鳴るような奴がさ。
 そのとき、病院にはたしか入院中の犬と猫と、病院で飼ってた保護猫が一匹いたわ。
 でも、もうどうにもできないじゃない。浸水で家からも出られない、救助も呼べないんじゃね。今みたいにスマホやネットがあるわけじゃないから、少し離れた隣の町のことすらどうなってるか知りようがない。被害がどのくらいの範囲なのか、病院は浸水してるのか免れたのか、それすらわからなかった。
 正直、病院猫と入院中の子たちのことは覚悟を決めたわよね。たぶん無理だろうって。
家族で二階に集まって、ひたすら朝になるのを待ったわ。心細かったし、こういう、いざってときに動物たちに何もしてあげられない自分が腹立たしかった。あの夜ほど長く感じた夜もないわね。

 それから翌日か、その次の日の朝だったかな。
 やっと水が引いてきて、どうにか徒歩で移動できるくらいになったのよ。そのときはたしか消防の人に救助されて近くの小学校に避難してたんだけど、そこから歩いて病院に向かった。リュックにペットフードと水、あと包帯や薬とかあるだけ詰め込んでね。電車はもちろん、車も使えなかった。そうじゃなくても、通りは家の瓦礫や流された街路樹や引っくり返った車なんかがそこら中にあって、それを乗り越えて歩くだけでも一苦労なの。それでも半日くらいかけて、何とか病院にたどり着いた。
 案の定、病院のあるビルも一階は浸水してたみたいで、入り口のドアは流されてなくなってた。ちょうど私のひざの高さから下の壁が黒く変色してるのよ。その高さまで水が来てたんでしょうね。床は泥だらけで、そこら中にカルテや家具や落ち葉なんかが水を含んで散乱してた。受付のカウンターが床ごと奥に流されたみたいで、診察室と手術室につながるドアの前にちょうと立ちふさがってたわ。入院中の子も飼い猫のベッドも、診察室のさらに奥の部屋にそれぞれいたから、私は塀を乗り越えるようにしてカウンターを乗り越えて、ドアに体当たりして中に入ったの。
 そしたら、何を見たと思う?


(つづく)

コメント(4)

尻切れトンボなうえに意味不明な内容ですが、いったん書いたところまで提出します。
引っ張る書きっぷりが堂に入ってると思いました
あのとき存在知ったので今ちゃんと追いかけられました

プロって<鬼殺し>で書けと言われたら
それ<鬼殺し>よね って人の動きを止めてみて走りながら
要求をこなして描いていくのかなぁと感心してしまいました

いったいなにが・。。。と思いながら先に目が進む・。。。
スイカと花火は。。。。ああ、この3題は大変だ・・・−−と思いつつ
どう締めるんだろうと興味津々です^^
>>[2]
ありがとうございます!!
三大噺は難しいですよねあせあせ(飛び散る汗)
続き、がんばります〜
続編になっても、鬼ころしのこと、忘れないであげてください〜。
Mさんが鬼ころしが苦手になった回想〜あせあせ

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