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[10周年]小説「ヒナガール!!」コミュの第9話 一難去って、また一難

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「やればできるじゃないか」

 そう佐々木さんが言ったとたん、ぼくとゆずるは、全身からすべての空気が抜けるんじゃないかというくらい長い安堵の息をついた。

ゆずるにいたっては、椅子からずり落ちそうなくらい力も抜けている。

佐々木さんはそんなぼくらをみて、ふん、と鼻を鳴らした。

「ったく、だったらさっさとやれよ、最初から。最初にこのレベルあげてこれないなんてプロ失格だから。それに、まだまだ改良の余地はありだな。っていうか余地だらけ。まずさあ、イントロ長すぎない? これ、いきなり歌いだしたほうが勢いがあっていいんじゃないの」

「あ、は、はい!」

「あと、歌詞が冗長すぎ。覚えにくい。なんかもっと、耳に残りそうなフレーズいれて。わかりやすいやつ」

「えっと、それじゃ若者向きっぽくなっちゃいませんか?」

 つるりと言葉がすべって、ぼくは口をつぐんだ。しまった、また「よけいなこと考えるな」とか言われてしまう。

けれど佐々木さんは、ふうー、と静かな息を吐いただけで、眉間にしわをよせることもなくぼくを見た。

「そこの塩梅は任せる。けど、歳とってるほうがストレートに弱いってこともあるんだよ。恥ずかしいくらいまっすぐな言葉が妙に刺さる年齢っつうもんがな。とにかく全体的に絞ってみて。それから……」

 佐々木さんはあいかわらずニコリともしない。ダメ出しは辛辣で手厳しい。でも。

 こっそりとなりをうかがうと、同じことを考えていたらしいゆずると目が合った。

互いに一瞬だけ口元をにやりとさせて、次々と細かく指示を出していく佐々木さんの言葉を漏らさないように、ぼくらは必死でメモをとった。


 そういえば彼女からの連絡がないな、と気づいたのは着替えをとり自宅へもどる道すがらだった。

けっきょくあれからずっと、ゆずるとまた事務所に泊まりこみをしていたから、ほかのことを考える余裕なんてなかったのだ。

我ながら薄情だし勝手だ、という自覚はある。

それでもいまは、曲を完成させる以外のことを頭に入れたくなかった。

――それがいけなかった、メールの1本くらい入れられたし入れればよかったのだと、気づいたのはずっとあとになってからだ。

 玄関ドアを開けたぼくを、既視感が襲う。

 3日ぶりの我が家でぼくを待ち受けていたのは、この間と同じようにキッチンに立つ彼女の姿だった。

ちがうのは、彼女の顔が能面のように静かでまっしろだ、ということだ。

「…………どうしたの。会社は?」

 金曜日でもないのに、彼女がうちにくるのは珍しかった。なんだか不穏な空気を感じて、ぼくはわずかに身を引いた。

「シチュー、だめになってた。コンロに置きっぱなしだったから」

「え?」

「おいしくなかった? だったら言ってくれればよかったのに」

 言われて、彼女の手元にあるのが空になった鍋だと気づく。まずい、とぼくは一気に青ざめた。

朝、あわてて飛び出したまますっかりわすれていた。いくら気温が低くても、生クリームをたっぷりつかった料理が3日も放置されてもつわけない。

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ」

「じゃあどういうつもりよ」

 彼女は、押し殺したような息をつくと、もういや、とつぶやいた。

「このあいだ、すごく疲れてるみたいだったし、連絡もないし、心配だから来たんだけど。……なんかもう、いやになっちゃった」

「いやあの、シチューはおいしかったよ。ただ、いまはすごく忙しくて。なかなか家にも帰ってこられなかったから、それで」

「ヒナちゃんのところには行く時間があるのに、わたしにメール一本できないの?」

「……ひな?」


 脈絡もなく飛び出した名前に、ぼくは一瞬、虚をつかれる。なんの話か見当もつかずにいるぼくを、彼女はじっと見据えたあと、床に置きっぱなしの鞄を手にとった。

「帰る」

「え、……え?」


 情けないことに、この間ぼくは、靴を脱ぐことさえできずにいた。

もしかしたら、四の五の言わずに彼女を抱きしめるべきだったのかもしれない。

けれど、ぴりつく緊張感のなかで途方にくれてしまい、彼女との距離を縮めることもできなかった。

 彼女は、この期におよんでおたおたするしかないぼくを見て、はじめて表情を崩し、泣きだしそうに顔をゆがめた。

「忙しいのはわかってる。いまがいちばん大事な時期なんだっていうのもわかってるよ。ずっと応援してきたんだもん。邪魔だってしたくない。だけど……なんかもう、つらいよ」

「つらいって、なんで。シチューのことは悪かったと思うけど、でも、ぼくはなにも変わってないし、この忙しさを抜ければもうちょっと落ち着くはずだし、それに……ええと、だからなんでヒナ?」

 わけがわからなかった。大学を卒業しても就職もせずに夢ばかり追って収入もない、そんなぼくに愛想をつかしたのならまだわかる。

でも、ようやくデビューしたのだ。曲づくりだってどうにか前に進みそうだ。

これからきっと、ぼくの道は拓けていく。それなのにつらいって、どういうことなんだ。


 彼女はうつむいて、かぶりを振った。

「別にシチューのことだけを言ってるんじゃない」

「じゃあ……なに」

「わかんないならいいよ。もう帰る。あしたも早いし」

「いや、ちょっと待ってよ。こんな状態で帰られても」

 ぼくの脇をすりぬけ出て行こうとする彼女の腕をとっさにつかむ。けれど、思いもよらない力で彼女はそれを振り払った。

 驚いて立ち尽くすぼくを、彼女は今日いちばんのきつい眼差しでにらみつける。


「この春からわたし、支店を異動するの。そう言ったの、おぼえてる?」

「え、……っと、そうだっけ」

 でもそれがどうしたの、と問う暇もあたえず彼女は続けざまに言った。

「おばあちゃんが入院したこととか、最近アボカドアレルギーになっちゃったこととか、来月友達と韓国にいくこととか、わたしが話したこと、どれくらい覚えてる?!」

 彼女のまなじりにはうっすらと涙が浮かんでいた。

 どれもこれも、そうだっけ、というようなうすぼんやりとした感覚しかなかった。言われてみれば聞いたような気がする。

でもはっきりとしない。すべて表情に出ていたのだろう、彼女はぐっとかばんを持つ手に力をこめた。


「……それがどうしたって言いたいんでしょう。わかってるよ。どうだっていいの、そんなひとつひとつのことは。忙しいんだし、そんな余裕がないことくらい、わかってる。わたしだってそう思って、気にしないようにしてきた。こんなふうに責めたくなんてなかったよ。でもなんかもう……つかれた。つかれちゃったの」

 ごめん、と彼女は吐く息にまぜてつぶやいた。


「さっきも言ったとおり、おばあちゃんの入院と異動でわたしもバタバタするの。だから、しばらく来られない。このあいだはその話、しようと思ってたんだ。でも寝ちゃってたからできなくて、急にごめん」

「いや、謝るようなことじゃ……」

「連絡も、とくにしてこなくていいから。……仕事、がんばって。じゃあね」


 有無を言わせずまくしたてると、彼女は家を出て行った。

もう、引きとめることなんてできなかった。

追いかけたほうがいいのか、なにもしないでおくべきなのか、それさえもまったくわからなかった。

 そろそろと、靴をぬいで家にあがる。

 キッチンには、見覚えのないタッパーが置かれていた。筑前煮ときんぴらごぼう。今度こそまちがえないようにすぐに冷蔵庫へしまうと、ぼくはその場に座り込んだ。


 就職活動をしないと決めたときも、ゆずるとバンドを結成すると事後報告したときも、彼女は一度だって文句や不満をいわなかった。

思うところはきっとたくさんあっただろうに、それでもぼくのまえでは愚痴ひとつ見せなかった。

うまくいくといいね。がんばってね。
ドラムたたいてるところかっこよくて好きだよ。

そんなふうにいつだって応援してくれていた。それなのに。

携帯がふるえてみると、ゆずるから「おなかすいた。牛丼買ってきて」という能天気なメールが入っていた。

そのままなにげなくSNSをひらくと、ヒナの日記が目に飛び込んできた。


「あちゃー。ちょっと無理しすぎたみたいで点滴なう。人生初の入院もしちゃったよ(* ̄□ ̄*; でも寝たらすっかり回復! きのうは退院祝いに、あっくんがドーナツの差し入れもってきてくれた〜☆ヒナが大好きないちごクリームのやつ。うまうまハートハートいますぐにでもライブできそうなくらい元気になったよー!! O(≧▽≦)O」


 ――これか。


 ぼくは携帯をしまうと、頭を抱えた。

 ヒナはわるくない。彼女もわるくない。たぶんこれは、ただのきっかけにすぎなかった。そしてダメ押しの、シチュー。

 自分が致命的なまちがいをおかしたことだけはよくわかった。でも、なにをどうすれば挽回できるのか、そもそもぼくらの関係を修復することなんてできるのか、いまのぼくにはまるで見当もつかなかった。


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第10話 ゆずるの場合
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6186117&id=76061349

コメント(3)

男性と女性には理解できないことがらがたくさんあると思います?もう少し、二人とも広い心を持ちましょう?
なんか二人の気持ちがそれぞれにわかるよ。
私も音楽活動してると彼も同じように思ってるんだろうなと思うあせあせ
ひなまつりの活動と彼女との関係を共におこなうのは難しいよね。今後の展開に期待です。

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