きっと金井だな……そう自分に言い聞かせながらも、どこか動揺している自分が居る。
鳴り続ける携帯の画面に表示された名前は……山瀬奈月……山瀬？
「もしもし」
「あ、まだ、行ってないですよね？」
……それって赤城の実家の告別式にってことか？
「行くどころか、部屋で寝てた」
「長野って、始発で出るのかとばっかり……」
「いや、９時くらいので新宿発なつもりだけど……」
「あ……あ……あの、朝早くから、ごめんなさい！」
普段の日常生活からすると、早朝ってよりはまだ深夜の延長だけれどな。
「いや、いいけどさ……で、どうしたの？」
そう言いながらも、どうしたのはないだろって自分自身にツッコミを入れる。不安に震える山瀬や青戸さん達と過ごした夜は、まだ昨日のこと……いろんなことがあり過ぎて時間の感覚がちょっとおかしくなっているのかも。
「あの、私も……行って平気ですか？」
「……ああ、そういうことか」
山瀬は入学したての頃から『麺好』に入部してて、早くから俺や赤城ともつるんでいた。学年は違うけど年齢は俺たちと同じだから、一緒に居るのも気楽だったってのはある。
「ダメですか？」
「いや、向こうのご家族も喜んでくれると思うよ……だから、遅刻すんなよ」
「はいっ！」
少し早めに新宿で待ち合わせ、それから山瀬の席を取る。大宮から新幹線に乗り換えるためだ。
「琢磨さん……朝はすいませんでした」
そうそう。結局あれから眠れなかった。でも。
「遅刻しなかったから、許す」
「ありがとうございます」
そのあとは、特に話もしないまま、大宮で『新幹線あさま』に乗り込んだ。前日に取った俺とさっき取った山瀬。席はちょっと離れてはいたが同じ車両。俺の隣に誰も座らなかったため、山瀬は俺の隣に移って来た。
隣に来たところで、話をするわけでもなく俺たちはただ黙って窓の外に目を向けていた。景色を観ているわけじゃない。どうにもならない感情を持て余して、その勝手に溢れてくるものをタバコに逃げられない分、少しずつ砕きながら流れてゆく景色の中に蒔いているだけ。
不安と焦り、哀しみと怒り、そして、連続殺人事件という名前の巨大な……現実。
ぎゅっと、不意に温かいものが俺の手を包んだ。
山瀬の手だった。俺はびっくりした顔をしていたのかもしれない。山瀬の顔をついまじまじと見つめてしまい、山瀬は申し訳なさそうに手を離した。自分の膝の上に残った指先が、タバコを求めてふらり、ふらりと動く。
「す、すみませんっ」
そう謝った山瀬の目は赤かった。そうだよな。あの事件の中で傷ついて一生懸命耐えているのは俺だけじゃないんだよな。そんなことわかりきっているのに……。
俺は山瀬の手を握った。でもどんな言葉がこの場に相応しいのか全然わからなくて、軽井沢までの時間もずっと黙って乗り越えた。軽井沢で乗り換えて赤城の実家がある小諸まで向かう途中もその静かな時間は続いた。
「あ」
山瀬が急に手を離したのは改札まであと数メートルという時。ぼんやり時計を見ていた俺の手のひらが急に涼しくなる。だがそれもほんの少しの間だけ。東京とさほど変わらない暑さの中、手のひらの中の湿度はまた上がる。
「そろそろだと思ったぜ」
金井の声が聞こえて、俺はようやく時計から目を離した。それなのに、ずっと時計を見ていたはずなのに、今何時だったのか思い出せない。ダメだな、なんか、まだ。
「あれ、山瀬来たのか……ってことは青戸さんも？」
金井の問いに山瀬が「えーと」と答える。
「声はかけたんだけど、なんか風邪引いたみたいで寝込んでいるって」
いつの間にそんな連絡を……本来は俺がするべきこと、だよな。俺はいったいいつになったら現実の日常に戻れるんだ？
「琢磨？ 大丈夫か？」
「おう。ちょっと蕎麦のこと考えてた」
心配させないようにと精一杯のギャグ。
「あ、そういえば小諸ってお蕎麦で有名なところですものね！」
山瀬がそれに乗ってくれる。
「一応、蕎麦派リーダーだからな」
なんとかごまかせた……のか？
「あれ、金井先輩、バイクじゃないのって珍しいですね。やっぱり喪服だからですか？」
「ばーか。早めに着て着替えたんだよ。バイクはあっちの懐古園に停めてきた。三人だったらタクシーで行こうぜ」
そのまま駅前からタクシーへと乗り込む。金井がドライバーに住所を告げるとタクシーは静かに発進した。そう、赤城の実家の住所……もしも金井が居なかったら、俺、どうしてたんだろう。
十五分後、金井と山瀬とぼんやりとした俺を乗せたタクシーは、赤城の実家へと到着した。
（続く）
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