「あ、ああ……えーと、悪い金井。ちょっと待ってくれ」
「大丈夫か？」
「あ、ごめん、ってかありがと。なんか客が来たみたいで」
うちの両親も、優美も望も呼び鈴は押さない。だとするとチャイムが鳴るってことは来客しかない。もしかして唐澤刑事が？
「わかったよ。じゃあ、とりあえず詳細はメールする」
「サンキュ」
シャツの袖で涙を拭きながら、玄関へと急ぐ。
「琢磨。一応、明日の朝も連絡するからな」
「何から何まですまん」
赤城と仲良かったのは金井も一緒だってのに、なんだか自分が情けない。
「バカ野郎。俺たち仲間じゃねぇか」
「……金井……愛してるぜっ！」
「よし。蕎麦おごれよ。じゃあな」
電話を切って玄関に着き、深呼吸したとき、もう一度チャイムが鳴る。俺は、扉を開けた。
扉を開けると、そこには、卸したての黒いスーツ姿の男性が立っていた。
初老の……日焼け具合からして、屋外での作業をするタイプの人。
「琢磨さんのお宅ですか？」
「はい」
「私は、赤城丈士の父です」
一瞬、言葉を、失う。
俺の中の醜い俺が『この人に怒られるのか？』と、思ってしまったんだ。
「あ、はい……琢磨……お、ぼ、僕が、征人です」
でも、違った。
俺の名前を聞いた赤城のお父さんは、すごく嬉しそうな、でも切ない顔をした。
「丈士は、帰省の度に、琢磨君の話ばかりするんですよ」
涙がこぼれそうになる。自分が恥ずかしくなって、それからあらためて赤城が自分の最高に素敵なダチだったんだと感じる。
「あの、とりあえず、中へ」
「いえ、あまり時間がないものですから、ここで」
「あ……はい……」
何か、真っ白になっている自分が居る。
「警察へ行き、遺体を引き取る手続きをしてきたところなんです」
「あの……このたびは、ご愁傷さまです」
そう言いながらも、その言葉に違和感を感じていた。ありきたりの言葉しか吐き出せない自分。本当はもっともっと言いたい言葉がある。
それなのに出たのは言葉じゃなくて。熱いものが手の甲にいくつか落ち、それが自分の涙だと気付くまで何秒かかかった。
「琢磨君」
「はい」
「ありがとう。君が丈士の友達で、よかった」
そう言いながらも、お父さんも目を赤くしていた。
「急な話で申し訳ないのですが、丈士の……通夜で今夜で、明日が告別式ということになりましてですね……通夜は親族だけでという話しになってしまったのですが、明日の告別式は……もし都合がつくようであれば是非、君にも来てもらえたら……丈士も喜んでくれるんじゃないかと……」
何かを必死にこらえている声。でもどこか赤城の声に似ていて……俺はますます色んなものをこらえきれなくなっていた。
「ばい」
「はい」と答えたつもりが、鼻水が出かかってそんな間抜けな返事になった。でも、赤城のお父さんは笑ったりしなかった。
「よかった」
そう言ったんだ。
「お、僕ともうひとり、赤城と仲の良かった友達連れて行きますっ」
それだけ言うのが精一杯だった。赤城のお父さんは深々と頭を下げると、ゆっくりと去っていった。待たせていたのだろうタクシーがすぐにその前までやって来る。もう一度振り返り、また軽く頭を下げ、タクシーへすっと乗り込んだ。
そのタクシーが走り去るのをじっと見守りながら、俺はこんなに涙もろかったっけなんてぼんやり考えていたら、また車がうちの前に止まった。慌てて涙を拭うと、その車の後部座席から唐澤刑事が降りてきて……足早につかつか近づいてくる。
「ちょうどよかった。あの短剣の話、私にも聞かせてくれないか？」
俺は黙ってうなずき、唐澤刑事とその部下らしき若い刑事とを、家の中へ招き入れた。
居間にてテーブルを挟み、唐澤刑事たちと向かい合う。話すことなんて、明里ねーちゃんに話したことまったく同じことだったけど……あ。骨董市の謎が棚上げになったままだっけ。話しているうちに、凝り固まっていた思考がほぐれてゆくのを感じる。
「そう、そこなんだ」
唐澤刑事はテーブルに肘をついて手のひらを顔の前で組んだ。
「このへんで骨董市と言えば、ゴールデンウィークのが有名なんだよね」
「はい」
「でも、そのときではない、と、タクマ君は言ったね」
「はい」
「じゃあ、どこで買ったのかな……何でもいい。手がかりにならないかもってことだっていいんだ。何か思い出せないだろうか」
ほぐれた思考が俺の中をまわり始める。感情と記憶の渦巻く混沌の中に『骨董市』というキーワードを探して……骨董市。赤城がそう言ったってことは「その言葉が俺に通じる」と思ったからに違いない。
……骨董市……？ 今、何かひっかかった。なんだっけ、何かあったか？ えーと。前に……骨董市……骨董市……骨董……市場……こっ……あ！
「そ、そういえば！」
思わず、俺の口から大きな声が出た。若い刑事がビクっと反応する。
「なんだね、タクマ君」
唐澤刑事の目にもぎゅっと目力が増す。
「もしかしたら、なんですけど……」
（続く）
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