扉を開こうとした水沼さんは少しばかりためらい、そして切り出した。
「今、ああいう事件がいくつか起きているみたいなの」
「ああいうってのは……」
みなまで聞かなくとも、なんとなくわかる。赤城の……あんな事件が……他にも？
「ごめんなさい」
「なんで謝るんですか？」
「だって、貴方は彼のお友達なのに……」
「いいんですよ。事件が解決するために何か協力できるのなら、それはあいつのためにもなるし」
「ありがとうね。変な話だけど、あなたでよかった」
そう言うと扉をするすると開け、こっちに振り向きざまにふわりと微笑む。
ちょっとドキッとする。
なんか変だ俺。
水沼さんの笑顔はとても照れくさいというか、なんというか癒される。しかも妙に懐かしい。
……いやいやいや。
俺はダメな男だな。ちょっと弱るとすぐにあちこちに目移りして。
水沼さんはそんな俺には目もくれず奥の部屋へと入ってゆく。俺も、ドキドキしながら後へと続く。
中はどこかの資料室のように、いろんなものが所狭しと並べられている。水沼さん、確か微生物の研究をしているって言ってたよね……でもこれ、どう見ても……。
「博物館みたいでしょ」
「あ、はい……もっと化学っぽい、理科室みたいなイメージでしたから」
「一応実験器具もあるけれど、この部屋は保管がメインだから」
確かに大きな冷蔵庫のようなものが二つの壁面に並び、置いてあるものも全てビニール袋のようなものに入っている。
「私の研究は病理的なものではなく、どちらかといえば歴史や考古学に近いのよ」
「微生物と……考古学？」
「年代の測定や考証などに使うのよ。この微生物が居るのはこの時代に限られる、とか」
「ああ。だから微生物が残ってないって……」
「そうなのよ。ね、これ見て」
大きな……写真？
取り出したのはＡ４サイズくらいの何枚かの写真。
「さすがに実物の持ち出しは出来ないみたいで……ね、これ、見覚えある？」
水沼さんの見せてくれた写真は、どれも同じナイフを写したもののようだ。
「……ナイフ？」
「かなり年代物の短剣みたいなの……あの微生物が出たから、もっと細かく調べたいんだけど……事件が終わるまでは、科捜研の人たちが手放さないわよね」
その鞘付きの短剣は、そう言われてみると由緒ありそうな古いデザインに見える。でも中世ヨーロッパっぽくはない。いや俺はそんな歴史とか詳しくはないんだけれど……なんだろう、ちょっとエキゾチックな匂いもする。
「なんか心に響くデザインに感じます」
「心に響く、ね。わかるわ、その表現。私も同じ」
「……これ……この写真の実物が、赤城の部屋にあったんですか？」
赤城の部屋には行き慣れている俺だが、この短剣には見覚えがない。
「そうみたいね。で、そこからいくつか採取した微生物の一部はちょっとだけもらえて、あっちの機械の中だけど……例の新種もね」
新種の……赤城の真実につながるかもしれない微生物……そう考えただけで息苦しくなる。なんかこう微生物って聞いただけで呼吸が浅くなる自分が情けない。
もう一度、写真を見る。そして記憶を辿る……短剣……古いもの……骨董？！
「……そういえば赤城の奴、骨董市で何か手に入れたとか言ってたような！」
「骨董市？ じゃあ、その何かがこの短剣かもしれないわね。いつの話？」
「骨董市はゴールデンウィークの頃だから、随分前だけど……違うな」
「何が違うの？」
「ゴールデンウィーク以降、何度も赤城の部屋に行ってますから。もしもあったなら絶対に俺に見せているはずです」
「驚かそうと思ってヒミツにしてた、なんてことは？」
「いえ、あいつ何か見つけると夜中の３時だろうと電話してくるような奴だから」
「そっかぁ……」
こういうとき、一番気をつけなきゃなのは、手持ちの情報を安易につなげないこと。一つ一つをちゃんと検証しないで使ってしまうと、自分がたどり着きたい解まで勝手にニセの道を作ってしまう。
俺がこうやって立ち止まるのは、ちゃんと赤城の真実に近づくためで……やばい。また、だ。
意識や思考とは関係なく、涙が一筋こぼれる。
「これ、使って」
水沼さんは慌ててハンカチを取り出し、俺へと渡す。
「大丈夫、微生物はついてないわよ」
そう笑う彼女よりも、そのハンカチに驚いた。
この、『灯り』の刺繍……。
（続く）
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