「キャンプ」道具も一緒に持ってきてはいたが、さすがに大学病院の病室でテントを広げるわけにはいかない。
普通の四人部屋とはいっても、女子二人とはもちろん離れて。同室になったのは唐澤刑事。
刑事さんと一緒の部屋で寝るってなんか緊張するな。別に悪いことしているわけじゃないのに。年齢が離れているからってのもあるのかな。
自分が父親とあまりコミュニケーションを取っていないせいか、緊張している。
そんな俺を気遣ってか、唐澤刑事はいろいろと身の上話をしてくれた。
あの美人のお姉さんは唐澤刑事の姪にあたる人で、水沼明里（ミズヌマ・アカリ）さん。
年齢的には俺よりいくつか上くらい。
美人なだけではなく頭もよくて、大学院で微生物の研究をしているところ。将来は科捜研とかに入るとかやめろとか言っているみたい。
そこまではなんとなくぼんやりと聞き流していた。次の言葉を聞くまでは。
「私の妹夫婦……あの子の両親はね、事故で亡くなったんだ。妹の大切な忘れ形見なんだよ」
「亡くなった」というキーワードに「大切に想う」ってその感情が乗ってしまった。
大切なひと。
そこでまた、赤城の顔が頭に浮かぶ。
確かに大事なダチではあったけど「大切」って真っ向から向き合って考えたことなんてなかった。
ほら友達ってさ彼女なんかに比べたら全然さ、居なくなるとかそんなこと考えないじゃん。
大切なひと。
亡くなってから言うのもあれだし、男を相手に変な表現だけど……赤城は俺にとって「大切な」奴だったんだとしみじみ感じる。
大切な存在……失くしてしまった大切な存在。
セバスのことを思い出す。
大切な存在。
それから優美と望のこと。小さい頃はあいつらもセバスと一緒に遊んでくれたっけ。
そんな二人も……優美はもう働いていて、望も真剣に将来のことを考えている。大切だけど、離れていきつつある。
その離れている感覚は、道を違えたというよりはむしろ「置いてかれている」感覚に近いかな。
俺なんて二人と違ってまだまだ遊び気分で大学でサークルで……
……赤城……
俺、何やってるんだろ。
事件が起きてから、時間が流れるのがとても早く感じられる。
時間の流れが俺だけ凍り付いているような。
「タクマ君」
唐澤刑事の声だった。
声の方角は……この病室の扉付近。しかも手招きしている。
「は、はい」
ベッドに腰掛けて窓の外をぼんやり見ていた俺は立ち上がり、呼ばれるままに扉のほうへと歩き始めた。
唐澤刑事は半身を廊下に出している。
うながされるままに廊下へ出ると、なにかがばさっとしがみついてきた。
右手に、青戸さんのさらさらの髪がふわりと絡む。
「せんぱぁいい……」
左手に、山瀬の腕と胸の感触。
「琢磨さん……」
タオルケットのようなものを頭からかぶった二人に両手を拉致された俺を見て、唐澤刑事が笑う。笑い声はもう一つ。あの美人のお姉さん……水沼さん……まで居る。
「今回は特例ってことで、部屋の移動を認めてもらえました」
「部屋の？」
「彼女たちの部屋、貴方達の隣の部屋にすることができたんです」
そういや男性と女性とでフロア自体違うって言ってたっけ。
ふにゅふにゅと泣く二人にしがみつかれ、俺は赤城に責められている気がした。
そうだよな。
哀しいのは俺だけじゃない。俺が一人の世界に閉じこもってボーっとしててどうすんだよ。
唐澤刑事が、俺の肩をぽん、と、叩いた。
「明里。ちょっとタバコ吸いたくなった。自販機まで案内してくれ」
「おじさん！」
「なぁに。ちょっとだ。今のとこ検査はシロなんだろ？ 一時間くらいいいだろう」
「おじ……唐澤刑事。構いませんが、罰金はお忘れなきよう」
「あれ？ 今、私は禁煙中だっけか？」
「今週から『また』の約束です」
「そーゆーところは母親に似てきたな」
唐澤刑事は首を振りつつ小さな声でぼやく。
「聞こえてますから！」
そういえば優美も前に罰金とか言い出したことあったな。
煙草吸う女なんて街中でもけっこう見かけるのに、どうして俺の周りには吸わない子ばかり……
ゆっくりと遠ざかる唐沢刑事と水沼さんを見送りながら、ぼんやりと煙草のことに気持ちが傾く。
その傾きを変えたのは、山瀬だった。
「琢磨さん……私……私……」
ごめんな。俺もまだ赤城のことで頭がぐちゃぐちゃのままで。すぐに気持ちが逃げようとしちゃって。
そうだよな。
山瀬、見ちゃったんだもんな。あの赤い宝石に飾られたような異様な「腕」を。
（続く）
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