その日は、窓を開けたまま寝ちゃってた。
目が覚めると、夜は昼に変わってた。
窓からは蝉の鳴き声と、少し暖かな風。
今日もそれほど暑くないな。今年の夏は過ごしやすい。
一階へと下りる。
玄関には母親のお気に入りの靴がセットしてある。
こんな時間から出かけるのかよ。こんな時間……っていま、何時？
リビングで時計を見ると、十一時。
夜中まで帰らない割には早い出発だよな。
しょっちゅう母親が出かけている「集まり」。
内容はその時々で違うみたいだけど、ある種サークルのようなもんらしい。
俺が大学行ってる時間より、母親がその「集まり」への参加している時間の方が、きっとずっと長い。
その「集まり」に参加している人の数だけ、こんな乾いた家庭があるのかな。
見たこともない人たちの家庭を想像しながら冷蔵庫を開ける。
具が小分けになった冷やし中華が用意されてる。
ちゃんと家事をこなしているから、俺も父親も文句は言わない。
バタン。
ふいに、玄関から扉の閉まる音。
出かけたのか……姿を見せないまま「いってきます」もなしで……お前は忍者かよ。
この家は「家族」としては機能していない。
意識的に避けているわけじゃないんだけれど、皆が好き勝手なことしている。
そう。
わざとじゃない。
でも、なんか今更、合わせようという気もおきない。
この居心地の悪い家をどうにかするより、外にでかけているほうがずっと楽だから。
俺はずっと外に神経を向け、外の世界とのつながりを大切にし。
語学の試験をなんとか乗り切り、サークルのキャンプも優美とのキャンプもそれなりに予定を詰め……。
そして。
そのキャンプの朝も、そうやって外へ出かけたんだ。
朝の連ドラが始まる少し前の時間。いや、今日はそれはやっていない日曜日か。
夏の日とは暦の上でのみの、涼しい風が吹く。
俺は大学近くの駅前で軽く一服していた。
そろそろ赤城が膝カックンしに後ろからこっそり近づいてくる頃だろうなぁ。
ああ見えて時間には正確なヤツだからな。
「琢磨先輩ぃ！ おはようございますぅ！」
「んあー、青戸さんか。朝から元気だね」
「朝しっかり観て来ましたからぁ！」と、なんかオタクなアニメの話題。
こんな朝から子ども番組なんてやってんのかね。
俺が適当に相槌打つもんだから、青戸さんはどんどん目を輝かせてゆく。
ああ。この子、素材は美人なのにな。もったいない。などと乾いた俺。
風が時間を運んでゆく。と、そこへ。
「あー！ ごめんなさい！」と山瀬が走ってくる。胸も揺れてる……
おいおい。赤城。時間にルーズなこいつより遅いってどういうことだ？
「あ！ ジョジョ先輩よりも早い！」肩で息をする山瀬。
「山瀬、呑み以外で他の面子より早いのなんて、初めてじゃんか？」
そうそうジョジョ……俺ですら忘れてた赤城の思いつきあだ名じゃねぇか。
山瀬はこゆとこはマメだ。
「んー。赤城は遅刻のようだ。珍しいな」
チラリと、青戸さんを見ると、キラキラの目で俺をじっと見つめ返す。
おい、赤城。青戸さん、待たせてるじゃないか。お前が待つ側なんだろ？
赤城は『この子を待つのがいい』と言っていた。
青戸さんは誰かを見つけると大きな声で名前を呼んで、そのあと犬みたいにまっすぐに走ってくる。
髪が長いから、それが後にふわりとたなびいて。
それらがたまらなく『いい』んだそうだ。
だからただでさえ時間に正確な男が、ましてや青戸さんより遅くなるなんて……
「だめだ。携帯も通じねぇ……ちょっと見てくるよ」
「ジョジョ先輩の家って、ここから近いんでしたっけ？」
そういや、山瀬はいつもサークル早めに帰るからなぁ。大学から駅まで一緒に帰ったことあったら、すぐに分かる場所にあるんだけど。
俺は静かに指さす。
「学校？ ジョジョ先輩、学校に住んでいるですか？」
山瀬、お前馬鹿だろ。方角だよ方角。
「え？ えぇぇぇ？ あたしの家の近くぅ……じゃないんですかぁ？」と、青戸さん。
青戸さんの？ ……君の家ってむしろ反対側じゃなかったっけ？
「青戸さんの家って大学の近くだっけ？」
一応尋ねてみたが、クビをフルフルと振って否定する。
「近所だからってぇ、夜遅くなった時にぃ、何度か送ってもらいましたぁ」
なるほどなるほど。
赤城のやつめ。しめるとこはきっちりしめてやがるじゃねぇか。からかういいネタ仕入れたぜ。
（続く）
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