「くまちゃん」
くまが火縄銃くらったような顔してた、ってのは後から優美に言われた俺の様子。
まさか同じ高校に来るはずなんてないって思ってたから、タチの悪いイタズラかとキョロキョロしている俺に、優美はまた呼びかけた。
「くまちゃん！」
ようやく我に返る俺。
「お、おい、ひょっとしてまだ『くまちゃん』って呼ぶ気か？」
「そうよ。だってタクマでしょ？」
そこで俺はガキっぽいはぐらかし。
「俺がどこかに養子に入ったらどうするんだ？」
そんときだよ。
「どこか？ ……私がこの家を出たら……養子じゃなくてすむわよ」
え？
俺、ポカーン。
んで、その次の台詞にやられた。
「……高校、ここにしたみたいに」
そのいくつかの会話が、俺と優美が友達で居た最後の時間だった。
ただ、望も優美を好きなことは知っていたから、なんとなく秘密な付き合いになってしまった。
でも受かっていた女子高蹴ってわざわざ同じ公立の高校に行ったんだ。望は何も言わないままだったけど多分勘付いているだろうな。
望は音楽系の高校で、そのまま音大。ずいぶん長いこと二人と一人だった俺たちはいつ頃からかな、また三人で会うようになっていた。
「ちょっと！ くまちゃん聞いてる？ 酔ってるの？」
優美の声が大きめ。
表情もかなりご機嫌斜めの様相で。
「悪い。ちょっと大事な打ち合わせだったからさ」
「岩牡蠣で打ち合わせってなによ〜！」
何を食べたと聞くから正直に食べる前に激写した牡蠣画像を送っただけ。
「ひどい！ ずるい！ うらやましい！」
「優美はいつだって食えるじゃんか。俺ら学生と違ってな。フォアグラとかいう未知の食べ物でさえも！」
途端に頬をふくらます優美。
こないだ送られてきたフォアグラのなんたら言うモノの画像。あれはなんかすごいショックだった。
「だからそれは……」
二人の時は「一緒に行こう」と答えた優美。望の前でそれは言うまい。
でもそれでいい。俺は、自分の稼いだ金でご馳走したい派なんだよ。
さあ、話を切り替えよう。
マイダーツを取り出し、望に見せる。
望はダーツのマシンにコインを投入しながらぼやく。
「あー。僕も早く社会人になりたいなぁ。フォアグラとか食べられる」
すると優美がキレた。
望をどかして簡単なメニューを選ぶと、俺の方へつかつかと歩み寄る。ドキドキしながら様子をうかがう俺の手からダーツを奪うと、そのダーツを勢いよく投げた。
「学生なんて、いつでも好きなときに休んで遊びにいけるじゃない！」
いい場所に当たる。
１９のトリプル。真ん中の「５０点」よりも高得点の場所。
「いつでもって……一応、試験中だけどな」
「何よ！ 試験中なのにキャンプ行く相談する暇はあるんでしょ！」
またいい場所だ。２０点。
「社会人になるとね！」
三投目をかまえる優美。
「……付き合いたくもないものにもいっぱい付き合わないといけないんだから！」
最後は大外しの０点。肩に力が入りすぎだって。
望を見ると、ヤレヤレって顔。
「まあまあ、優美さん。今日は付き合わせる側の気分を味あわせるからさ」
うやうやしくオーバーアクションで肩膝をつき、優美に手を差し出す。
だが、一度立った腹はなかなかおさまらないようだ。
「タバコくさい！ 私の前では吸わないって約束したじゃない！」
吸ったのはさっきの呑み屋で、なんだけど……
とにかく。相当、気分を害されているのは間違いない。
望が投げている時に、優美にこっそり耳打ちする。
「ごめんな。優美の夏休みが取れたら一緒にキャンプ行こうな」
「……う、うん」
返事の声は、へこんだまま。
仕事でかなーり嫌なことでもあったのかな？
結局、優美はそれからゲームには参加せず、何杯もカクテルを飲んでいた……のに気付いたのは、俺と望とで何ゲームかした後のこと。
最終的には呑み過ぎた優美を望と一緒に家まで送るというコースになった。
（続く）
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