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タイ仏教コミュの第二十三項、謙虚な心

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海はすべての水が集まる場所、すべての水の源より低い所にあるからである。
もし他人の善や良さが自分のところに流れ込んで来て欲しいと思ったら、我々の心は謙虚の美徳を備えていなければならない。

謙虚とは何か
パーリ語では、謙虚の意味は増大せず空気を吐き出し、すなわち傲慢さ、頑固さを取り去り、虚心坦懐、身をわきまえ、他人に謙遜し、おごり高ぶらず、他人を軽視せず、尊大にならないことです。

尊敬と謙虚はどこが違うか

尊敬は他人の良いところを認識し、他人の良いところや優れた点を見るだけで、正確な評価を与えることができ、言葉や振る舞いで、尊敬の意思を表すことです。
謙虚はいつも反省した後、自らの欠点を探し出し、その欠陥を正確に評価し、尊大にならず、身を低く置き、他人の良いところが自分の方に流れて来るようにし、それを謙虚に吸い込むことです。
敬意を持っている人のすべてがみな、謙虚な心を持っているのではありません。

ある人はよい人に出会い、その人のよさを認識し、その人に敬意を抱きます。しかし恐らく自尊心の愚かさにより、あえてこの人に近づくことなく、自分とその人を比較し傲慢な気分も生じ「あなたはすごいけど、私も平凡な輩ではない!」と思ってしまう。彼の心は腹の膨れた蛙のようです。いつも自分にこう繰り返す「私はあなたに勝った。あなたより上だ」と。

人を傲慢の中に迷わせる原因

(1) 名門家族:自分が名門の家柄に生まれたと思い、高貴な血筋の中に自分を見失い、このために、うぬぼれる。
(2) 巨万の財産:自分の豊かさは比類がなく、金銀財宝の中に自分を見失い、うぬぼれる。
(3) 容貌が美しい:自分は生まれつき容貌が美しいと思い、うぬぼれる。
(4) 学識が高い:自分が奥深い学問を備えていると思い、うぬぼれる。
(5) 社会的な地位:自分が常人より高い地位、官職、名誉があると思ってうぬぼれる。
(6) 部下:自分が他人より多くの部下を持っていると思ってうぬぼれる

一般の人はみな、上記の原因でうぬぼれます。もともとそうは思わない、これら自分の身の外にあるものは本来偽りのもので、永久のものではありません。
たとえどんな素晴らしい容貌を持っていても、年齢が70歳を超えれば、青春は衰えを見せ、かつての美しい外見を賞賛する人がまだいるでしょうか

百万の富を持つ大金持ちも商売に失敗し、一日のうちに没落し倒産することもよくあることです。たとえ、一代で繁栄し富貴を誇っても、死んだ時、一銭たりとも持っていけるでしょうか。その身につけて持っていけるのは功徳だけです。たとえ城に連なるような宝を持っていても生老病死、煩悩、輪廻のトラブルを超越することはできません。

社会的地位、官職、名声、自分に服従する配下もまた永遠なものではありません。これらも一切、社会生活の必要から生まれたもので、短く偽りのものです。賢い人はこれらの不実なものに引かれて、高慢の原因としません。謙遜の心を持って初めて他人の尊敬を得られるのです。
傲慢不遜の弊害

(1) 自らに迷い、自らを見失う:傲慢のゆえに他人とそのよさを交換し、分かち合うことができません。誰もあえて批評や指導しようとする人がいなくなります。最後は自分の身の回りにはおべっかを言うだけの友人しかいなくなり、誰も正しく指摘してくれなくなった結果、誤りに誤りを重ね、どんどん深みに落ちていきます。

(2) 本当の友人を失う:傲慢なために眼中に他の人がいなくなり、すべてのことは自分の心の赴くままに行い、怒るべきでなくても、むやみに怒り、最後はだんだん友達を失います。このような人は良いことをしようと考えても、長続きがせず、このため身の回りには支持する人を欠きます。一番下の階が狭く小さい建造物のようで、高くそびえるビルを建てる事はできません。

(3)グループの支持を失う:まさにこのように傲慢なため、すべてのことで他人に勝
ち、人より高いところにいたいと思い、規律は乱れ、グループは分裂します。
 グループの生活の中で、もし人々が謙虚で礼儀正しくしていれば、時に摩擦が生じてもすぐに最初のように仲良くなります。団結したグループは必ず外からの悩みや破壊を塞ぎとめることができます。田の中の粘土は夏の炎天下、土壌はひび割れます。けれど、いったん大雨が降れば、破壊した粘土もまた一つになります。

人々がみな傲慢なグループは一致団結することが困難です。それは砂のようです。
たとえ天上の雨がすべて舞い落ちても、砂粒と砂粒は一緒になることはできません。
インドもこの大変良い例の一つです。国中がいろいろな階級に分裂しています。 
上流階級の貴族は最下層のシュードラの人々を目にすると、みなその目を洗います。シュードラの影像を眼中から洗い去るのです。いったん戦禍が発生すると、敵は侵入し、これを御するものはいません。すぐに他の国の植民地になり下がります。

下級階級の人は、あのような高貴な人々が苦痛を味わい、上流階級の人々も仲間割れをするのも悪くないと思います。数億の軍隊の国家もついには英国の手中に落ちてしまいました。
どのような人も自らの種族、家族、財産と傲慢不遜により、必ず自らの親類さえもみな蔑視する。これらの四つの原因は必ず堕落を招きます。


傲慢不遜を取り去る方法

(1) 良い知識と交わりを結ぶ:すなわち良い人と友達になることです。良い友人は我々に注意を促し、われわれの誤った考え方を正し、自らを見極めさせます。正しく自らの価値を評価します。我々を誤った道に導くおべっかを言う友人と交わりを結ばせません。良い友人は尊敬すべき人に尊敬心を起こすよう注意を促します。このようにすればいつでも自ら用心することができます。自分より品格が高尚で、道徳も高尚な人々は存在するのです。

(2) はっきりと認識し、徹底的に理解すること:例えば、世の中には我々より高尚な人はたくさんいます。多くのことができ多くの才気がある人も同様です。このほか、傲慢の世界に誤って導く上記の六つの原因についてよく考える必要があります。これらの六つの原因は永遠に変わらないものではなく、永遠に我々は付き従う道理はありません。

謙虚な心を持つ人の三種類の性質

(1) 振る舞いの方面:謙虚の度合いがちょうどよいです。価値がないほど低くなく、かといって他人が近寄りがたいほど高くない。振る舞いは、先輩に対しても後輩に対しても上品で礼儀正しいです。

(2) 言葉の方面:言葉は人を引き付ける、内面の純粋な心から出ています。言い間違った時はやんわりとした言葉で謝ります。他の人が良いことをしたら賛辞を呈します。他の人の援助を受けた後は、感謝することを理解しています。

(3) 心の方面:心は適度に恭しくすることです。軟弱でもなく強硬でもありません。自らを誇示することを好まず、他人に学ぶことを理解し、自らを向上し、心は広く他人の意見を受け入れます。たとえ他人の意見が自分と違っていても、怒らずゆっくり交流を持ち、双方がともに受け入れる程度にできます。

謙虚の模範

ある時、一人の僧侶がサリプッタ尊者について仏陀に侮告しました。
尊者は自らが十大弟子のひとりで自らが非凡とうぬぼれていて、振る舞いも傲慢で、眼中に人がないかの如きで、わざと歩いてきて自らの肩をぶつかります。

仏陀は僧団の席で本人に、あの僧侶の言葉が本当かどうか尋ねました。
サリップッタの答えは、気配りのない僧侶は恐らく同僚の修行者にぶつかり、相手を怒らせ、その後詫びも入れずに立ち去るでしょう。彼いわく、自分は謙虚に土のよう、水のよう、風のよう、ぼろききれのように振舞おうと思っています。ですから、常に汚いものや清潔なものに出会います。私は間違って村に入ったシュードラのように、また角の折れた牛のようです。私は尊大にふける機会などありません。

このぼろぼろでくさい革袋のような自分の体に、ほとほと飽き果てています。しかし、それを引き続き持ち続けなければならなければなりません。それでも私はこの自分の体に注意しています。それは、九つの穴がある油まれで汚れている皿を持っている人ようです。いつでも油があればこの九つの穴から漏れますので。このような私が、どうして他の人に尊大に振舞うことができるでしょうか。

考えてみましょう。サリプッタ尊者はどのような人なのでしょうか。出家前、彼は18種類の知識にすでに精通していました。もし現代の社会だったら、18枚の大学の卒業証明書を持つ大学者です。彼は出家後、アラハンに達しており、仏陀の上座の弟子です。しかし、このように謙遜してへりくだり、自らをぼろきれ、角の折れた牛、さらにその時代インドでは最下層のシュードラに例えています。
平凡極まりない我々は何を根拠に傲慢不遜になれるでしょうか。 

サリプッタの話が終わった後、侮告した僧侶は恥ずかしさのあまり耐えられなくなり、サリプッタの前にやってきて彼に詫び、僧団に向かって、サリプッタを侮告したことを認めました。
仏陀はその場でサリプッタをほめたたえ、心は大地のように、梁柱のようにしっかりしている。人格も穏やかで重々しい。品行もよく、欠点がない。純潔で煩悩がない。何物にも染まっていない浄水のようです。輪廻の苦痛もこのような人の身の上には起こらないでしょう。

謙虚の心を持つことの利益  
(1) 楽しさの中に生き、敵はいない。 
(2) 愛され、尊敬される人になる。
(3) グループを一致団結させる。
(4) 身の回りが、よい知識に囲まれる。
(5) 他人のよさを受け入れ、他人のよさが自らのもとに伝わって来る。
(6) 来世は拠りどころがある。
(7) 油断がなく心は仏法の中に定まる。
(8) 容易に涅槃を悟る。
(9) などなど

持戒、きめ細かい心、謙遜の徳のある智者は、必ず他者からの賛美と敬意を受けることができる。

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