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伊勢神宮125社コミュの『小俣神社』

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■小俣神社の祭神は宇賀御魂神(うかのみたまのかみ)
 祭神は伊弉諾・伊弉冉の子であり稲荷神でもある宇賀御魂神を祀るため地元では『いなべの社』『稲女(いなめ)さん』とよばれて親しまれています。
五穀豊穣の神であり宮川の外にある唯一の外宮摂社です。
社の歴史は小俣を中心に宮川下流域一帯は渡会氏により開拓された地であるためです。

※補足や感想など書き込んで下さいね

コメント(24)

小俣神社周辺・・右隣には珍しい作りの八柱神社(^^)
磐余の里には十二柱神社がありますが・・三重は八柱神社ですね(^^)
そのまたお隣さんには、お寺さんがありますねわーい(嬉しい顔)

お参りしたとき、社の隣の家の人から挨拶されました(笑)町中ですからね(笑)
おおきに・・あずきちゃん只今、仕事から帰ってきました〜(^^)

西光寺ですね・・しかし町中だけあって毎度のことながら駐車場がないし(笑)
小俣神社の近況です。
小俣町のひっそりとした街並みの中にあるので、去年は地図とにらめっこで目、何とかたどり着きました。
おかげで、今年は、地図など見なくても、足が勝手に向かって行くように感じました。
お隣の八柱神社を訪ねました。実に数奇な運命をたどった神社ではないでしょうか。

もとは「八王子」という産土神でしたが、その境内で寛文期に「小俣神社」が再興されました。
その後、明治政府によって小俣神社の境内を明確に区分させられ、かつ、社名を「八柱神社」に変更するようお達しがあったそうです。

さらに、明治43年、政府の指示で、離宮院跡の「官舎神社」に合祀されたそうです。
この時期、各地で、村社や無格社を、かき集めるようにして、合祀が進められたようでして、伊雑宮さんの近くにある磯部神社にも、数多くの村社、無格社が合祀されたということです。

そのため、「三重県神社庁」のHPには、この小俣町元町の八柱神社は登載されていないのです!
ショックというか、八柱神社が気の毒になってきました。
>>[9] 政治的な影響が多々あると言うことですね(^^)
>>[10] そうですね。
明治維新によって廃仏毀釈の嵐が吹き荒れましたが、神社神道にも様々な国家的統制が加えられたようですね。
またぞろ八柱神社の話題で、すみませんm(__)m。
私のように百二十五社を崇敬する者にとりましては、お隣の産土神の祀られ方自体に、それほど関心はありません。

ただ、神社の成り立ちを考えるとき…、その発端は、誰か鋭敏な感性の持ち主が、ある場所にて、ただならないカミの気配を感じ、結界を切ってそれを神籬(ひもろぎ)として祀ったり、岩石であれば磐座(いわくら)として崇めることではないでしょうか?

だとすれば、八柱神社だって、いかに明治政府の政策によって強引に官舎神社に合祀されたと言っても、元の場所から神気までも奪い去るのは、人間の力では困難だろうと思いました。

荒唐無稽な話かも知れませんが…、そのように考えながら、八柱神社にも参拝しましたが、どうも無味乾燥な場所に思えて仕方がないのです(地域住民の皆さん。ごめんなさい!)。

次に、小俣神社の横手の小道をたどり、後方から小俣神社と八柱神社を見比べることにしました。
土留は、小俣神社は玉石垣で、八柱神社は素っ気ないコンクリートブロックです。それにも増して、依り代になるべき常緑樹が、八柱さんは余りにも少ないです。

御蔭木(みあれぎ)が無いと、カミの憑依(ひょうい)は難しいのではないかと感じつつ、小俣町元町をあとにしました。
>>[12] お疲れ様です(^^) なかなか難しいことですね・・いろんな文献で調べるのも楽しいかもですが、無限のループに嵌まり込む可能性がありますね。
>>[13]
もう、無限のループに嵌ったかもですよ(笑)。
嵌らないと、「心の御柱」、「恩頼(みたまのふゆ)」…などは、理解不能だろうと思います。あくまでも、私の場合ですけども…。
小俣神社に小豆が供えられていました。
百二十五社では、初めて見たような気がします。
北海道の大水害のためか、小豆(しょうず)価格が高騰しましたが、なぜかタマネギ、ジャガイモの小売り価格の話題しか報道されないですね。
>>[16] 余談ですが・・小豆相場で我がご先祖(祖父)さんも、一夜にして田畑や蔵、屋敷もろとも失いました(^^) 小豆相場には悪しき物が付いて怖いものです(笑)
>>[17] そうでしたか!いやな出来事を思い出させてしまって、申し訳ありませんm(__)m

私は、商品先物業者とは縁もゆかりも有りませんが…、先物取引という仕組みは、当業者にとりましては、リスクヘッジのための大切なインフラと考えられているようです(大阪は、世界初の先物市場発祥の地です。)。

ですが…悪質な先物仲介業者が、不案内な一般の方々を言葉巧みに粘っこく勧誘して、その挙句、崖っぷちに追い込むのは、まさしく悪魔の所業と言わざるを得ません!
>>[18] 気にしないで下さいまし〜  結果論ですが、父親の兄弟が多く財産分与でもめることなく・・これで良かったと思いますよ(^^) 親父が小学校から帰ってきたら、もうこの家には入れないと言われたのがショックだったと笑って教えてくれました。あまり関係ないかもですが『神は乗り越えられない試練は与えない』と、言う言葉をふと思い出しましたよ(笑)
>>[19]   懐かしい響きがあります!たしか新約聖書のどこかに、そのような記述があったような気がします…。

小学生の頃、近所の日曜学校に通っていましたので、新約聖書と子ども讃美歌には、それなりの親しみはあります。でも、こうして話題にならない限り、なかなか頭をよぎらないですね。
洗礼は受けていませんが…(笑)
9月18日の小俣神社です。
ご遷座されていました。
同じくご造営であっても、朽羅神社、園相神社は遷座せずに、同じ場所にとどまっています。

どのような基準で、遷座するしないが決まるのか、ちょっと気になりました(^^
まあ、どうでもいいような話しかもしれませんが…

こちらも、ざっくりと掃除されていました。
5月26日の小俣神社です。
小俣神社の右手に西光寺さんがあり、そのお隣に「荒木田」という表札が掛かっていました。

個人の居宅ですので、撮っていませんが、明治維新まで内宮禰宜を世襲してきた荒木田氏のご子孫かも?です。

まあ、荒木田氏は早くから「一門」「二門」と大きく二つの門統に分かれていたそうですから、必ずしも内宮禰宜と直結するとは、限らないようです。
7月6日の小俣神社です。
桜の渡し跡のそば、「ほめちぎる教習所」で有名になった南部自動車学校から、3分ほどです。

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