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石城山 〜神籠石に護られし里〜コミュの神籠石(こうごいし) って

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神籠石とは、山を取り巻くように列石が並んだ古代遺跡で、福岡県久留米市の 高良山神籠石 を「霊地として神聖に保たれた地を区別したもの」として、この列石遺構を“神籠石”として紹介したのが最初です。

神籠石という名前は、「高良大社縁起」に由来しているとされています。


石城山の神籠石は、明治42年(1909年)に、熊毛郡視学 西原為吉氏 によって 発表 されました。

全域を山口県立自然公園に指定された、石城山の中腹8合目あたりを、鉢巻状に約2.6キロメートルに及び取り囲んだ巨石(最大2.3メートル)の帯列で、国指定の史跡です。

江戸時代の 古地図 にも記されており、それまで九州にしか存在しないとされた大遺跡が本州で唯一発見されたことで、学会に注目されました。


この 神籠石 という謎の列石に囲まれた内部は“神山”と崇められ、山麓の里人の入山は固く禁じられていました。

この列石は、里と石城山との 境の石(境界石) と呼ばれ、里人は何人たりともこの境界石より中には立ち入る事は許されませんでした。

里人は、誰一人掟を破ってまで 神籠石内 に立ち入る人はいなかったそうです。


この列石の表面は美しく平らに加工されていて、上部は45度の角度に加工して上部を揃え、一列に整然と並べられています。

ここまで美しく並べた人物は誰?
何の目的で何のために築いたのか?
現在でも 深い謎 を秘めて、今尚論争されています。


神籠石の全長は約2.6キロメートルありますが、その全てを見ることは現在では残念ながら出来ません。
神籠石が築かれてより、幾世紀もの長い間に極小さな雪崩や霜柱、落ち葉等の積層の悪戯により隠れたところや、後に版築を施したところなどにより、見られなくなったところなどがあります。


近年の集中豪雨により補強が必要な箇所も生じましたが、美しい列石を後世に残し広めていかなければと思っています。るんるん


写真の容量が大きすぎて、3枚目は見づらいかも・・・たらーっ(汗)

コメント(5)

> 玲さん


確かに、磐井の乱に関連し 新羅 からの侵攻を防ぐために造られたという説が根強いですあせあせ(飛び散る汗)

また「朝鮮式山城」と同一視されることもありますたらーっ(汗)

いままで見たことの無い構築物を目の当たりにして、新説(仮説)を立てるのは当時の学界では難しかったんでしょうあせあせ(飛び散る汗)


ですが、構造上から考えても 城郭(城砦) の機能はありませんし、籠城には適していません…

むしろ、昔話を聴けば聴くほど“神秘的”に感じるんでするんるん

これからも、伝記を含めて紹介していきますグッド(上向き矢印)

> 左近さん


地元の児童には学校教育で、地域の市民には紙芝居等で、伝承に努めていますよ〜るんるん
伝記がものすごく気になります!
楽しみにしています。
伝承して受け継がれていく・・
大切なことですね(^−^)

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