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■危機管理@放射能情報倉庫コミュのBEIR ?報告書

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■放射線被曝とがん発生の関係性においてしきい値はない

この報告書は米科学アカデミーからの「電離放射線の生物学的影響(BEIR)報告と呼ばれる放射線の健康影響に関わる出版物」のシリーズの7本目である。報告書には一般向けの概要と行政・専門家向けの概要の2種類が在る。

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【結 論】行政・専門家向けの概要
本委員会は、人間における電離放射線被曝とがんの発生との間に線形しきい値なし、線量−応答関係があるという仮説に現在の科学的証拠が合致しているという結論に達した。

【結 論】一般向け
低LETによる低線量被曝の健康影響をどう理解するかについては難題をかかえてはいるものの、最近の研究のおかげで結論を述べても大丈夫な点も出てきた。BEIR ?委員会の結論は次のとおりである。電離放射線の被曝とそれによって誘発された人間の固形がんの発生の間には線形の線量−応答関係が成り立つ、という仮説は最近の研究が示す科学的証拠と矛盾しない。当委員会は、それ以下だとがんは誘発されないというしきい値が存在するとは考えないが、ただ、低線量域でのがんの誘発はあっても少ないだろうとみなしている。当委員会は、他の疾患(例えば心臓病や脳卒中等)は高レベルの被曝によって引き起こされるとみなしてはいるが、低線量被曝とがん以外の疾患の間にもしかして成り立っているかもしれない線量−応答を評価するにはもっと多くのデータが収集されねばならないと考えている。さらに付け加えるなら、被曝した親が子供を持つとき(放射線被曝で引き起こされた突然変異によって)子どもの健康に悪影響が出ているという事実は見出されていないが、マウスや他の動物においては放射線被曝によって子孫に影響の出る突然変異がもたらされることを示す大量のデータが存在する。したがって、人間だけがこのような影響を免れているだろうと考えられる理由はない。

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■BEIR ?報告書 【翻訳】 行政・専門家向けの概要
2006年07月13日
csij 【105. 低線量被曝】

行政・専門家向けの概要

はじめに

 この報告書は、国家研究評議会(NRC)の「電離放射線の生物学的影響に関する委員会(BEIR委員会)」によって準備されたもので、低線量・低LET(線エネルギー付与)電離放射線に対する人間集団の被曝の健康影響を扱うシリーズの第7番目のものである。この報告書は、低線量・低LETの健康影響に関する1990年のBEIR V報告書以降に得られた新情報に焦点をあてている。
 電離放射線は、自然源からも人工源からも生じ、きわめて高い線量では、被曝後数日間のうちに明らかな損傷効果を細胞組織にもたらす。この報告書の焦点である低線量被曝では、がんのようないわゆる「晩発性」の影響が、最初の被曝の後、長い年月を経てもたらされる。この報告書で、BEIR委員会は、低線量を、意味のある影響が見られる最も低いほうの線量を重視して、低LET放射線の0に近いところから約100ミリグレイ(mGy)程度のものと定義している。さらに、線量の総量にかかわりなく、0.1mGy/分以下の線量率であっても数ヶ月を超えて生涯にわたる慢性的な被曝の結果として生じるかもしれない影響は、きわめて関連があると考えられる。中位の線量は、100mGy以上から1Gyまでの線量と定義され、高線量は、放射線治療で使われる(20〜60Gyのオーダーの)きわめて高い総線量を含め、1Gy以上の線量とされる。
 十分に立証された放射線被曝の「晩発性」の影響には、がんの誘発やいくつかの変性疾患(例、白内障)が含まれる。また、生殖細胞のDNAにおける突然変異の誘発は、遺伝すると、子孫の健康に悪影響をもたらす可能性を持ち、動物の研究では実証されてきている。

生物学による証拠

 DNA損傷応答、遺伝子/染色体突然変異の出現、がんの多段階の進行との間には深い関係がある。放射線に関連する動物のがんとより限定された人間のデータについての分子的・細胞遺伝学的研究は、多段階のがんの進行過程の誘発と合致している。この過程は、自然発生のがんや他の発がん性物質への暴露と関連するがんに当てはまるものと異なるようには思われない。
 動物のデータは、低線量放射線が腫瘍形成の初期段階(イニシエーション〔初発〕)に主に作用するという見解を支持する。その後の段階(プロモーション〔促進〕/プログレッション〔進展〕)での高線量の影響も有力である。データは限られているけれども、欠損していると動物の腫瘍発生をもたらす特定の遺伝子の損害は、放射線照射した動物や細胞で立証されてきている。
 適応、低線量高感受性、バイスタンダー効果、ホルミシス、ゲノム不安定性は、メカニズムの情報がほとんどなく、主に現象論的データに基づいている。そのデータには放射線影響がより大きいとするものもあればより小さいとするものもあり、いくつかの場合には特別な実験的環境に限定されているように思われる。

放射線誘発がん──メカニズム、数量的な実験研究、分子遺伝学の役割

 放射線腫瘍形成のメカニズムに関する重要な結論は、線量依存的な細胞内のDNA損傷の誘発、DNA損傷の誤修復を通じての遺伝子/染色体突然変異の出現、そしてがんの進行との間には深い関連があるという見解を十分にレビューされたデータが強化する、というものである。得られたデータは、十分に立証されたものではないが、誘発腫瘍に対して単一細胞(モノクローナル)の起源を指す。これらのデータはまた、腫瘍における放射線に関連した突然変異の候補に関するある証拠を提供する。これらの突然変異は、機能喪失DNA欠損を含み、そのいくつかは多重遺伝子欠損と説明されることが明らかになっている。特定の点突然変異と遺伝子増幅はまた、放射線に関連した腫瘍において特徴づけられているが、その起源や状態は不確かである。
 検討されたメカニズムについての反論のひとつは、誘発されたゲノム不安定性とまとめて呼ばれる、細胞損傷応答の新たな形態が、放射線がんリスクに有意に寄与するかもしれないということであった。この報告書でレビューされた細胞のデータは、この多面的な現象の出現において不確実性といくらかの矛盾を同定した。しかし、テロメアに関連した メカニズムは、誘発されたゲノム不安定性のインビトロでのいくつかの徴候に対する整合性のある説明を提供した。そのデータは、テロメアに関連した過程がいくつかの腫瘍形成表現型を説明するかもしれないが、放射線腫瘍形成において誘発されたゲノム不安定性の関与に対する一貫性のある証拠を示さなかった。
 線量−応答関係に関する動物の数量的データは、低LET放射線の複雑な描像を提供する。いくつかの腫瘍型は直線関係ないし線形−二次関係を示すが、一方、他の腫瘍型についての研究は、とくに胸腺リンパ腫と卵巣がんに対して、低線量しきい値を示唆する。しかし、これらのふたつのがんのタイプの誘発/進行は、細胞死を含む非典型的なメカニズムによって進行すると信じられている。それゆえ、観察されたしきい値のような応答は一般化されるべきではないと判断された。放射線腫瘍形成に対する適応応答は、動物の数量的研究で詳しく調査されてきており、最近の情報は、腫瘍潜伏期間を増加させるが生涯リスクに影響を及ぼさない適応過程を示唆する。
 放射線腫瘍形成における遺伝的要因の役割に関する細胞の研究、動物の研究、疫学的/臨床的研究についてのレビューは、がんにつながるとはっきりしていて知られている人間の遺伝異常の多くがおそらく高度の臓器特異性をもち、放射線誘発がんの高いリスクを示していそうであることを示唆する。細胞の研究と動物の研究は、これらの遺伝的に決定された放射線影響の根拠をなす分子機構は、自然発生的腫瘍形成に当てはまり、腫瘍形成の体細胞のメカニズムについての知識と矛盾しないものを大体は反映していることを示唆する。とくに、DNA損傷応答と腫瘍抑制型遺伝子の主な欠損は放射線がんリスクを高める働きをするという証拠が得られた。
 がん遺伝学の研究において進められている主なテーマは、人間集団にかなり一般的であるかもしれない、あまり強く表われない変異型がん遺伝子の相互作用と潜在的影響である。そのような遺伝子と遺伝子の相互作用や遺伝子と環境の相互作用についての知識は、初期段階でのものではあるけれども、急速に発展してきている。動物の遺伝的データは、放射線腫瘍形成に関する限られたデータを含めて、機能的多型性をもつ変異型遺伝子がどのようにがんリスクに影響を及ぼすのかに関する原理の証明となる証拠を提供している。
 がんリスクに関連する機能的遺伝子多型はかなり一般的であるとすれば、人間集団でみたときのリスクの有意な歪みの可能性は、問題となっている遺伝子の臓器特異性を重視して検討された。予備的結論は、臓器にわたる放射線がんリスクに関連するDNA損傷応答遺伝子の共通する多型は、放射線応答における主な個人間の差異の最大の原因と考えられるものであろうといことである。

人間集団における放射線の遺伝的影響についての評価

 放射線による人間のがんの誘発に加えて、動物実験から放射線の遺伝的影響に関する証拠がある。現在はすべての種類の遺伝的疾患に対するリスクを推定することが可能である。特別な注目に値する進展には次の事項がある。(a) 倍加線量を計算するための概念変化の導入(1990年の自然発生および誘発の突然変異率に対するマウスのデータの使用から、現在は自然発生的突然変異率に関する人間のデータと誘発された突然変異率に関するマウスのデータの使用へ。後者は1972年のBEIR報告で使われたやり方である)、(b) 突然変異要素(すなわち、突然変異率の単位相対的増加当たりの疾病頻度の相対的増加)を推定する方法の精緻化と、メンデル性・慢性の多因子疾患の発生率に対する誘発された突然変異の影響力を評価するこれらの方法を通じて得られた推計値の使用、(c) マウスのデータから推定される放射線誘発突然変異の比率と人間の放射線誘発の遺伝性疾患の予測リスクとのギャップを架橋するリスク方程式における「潜在的復元可能性補正要因」と呼ばれるさらなる要因の導入、(d) 多重システムの発達異常は、人間の放射線誘発の遺伝子損傷の主な表現型のうちにありそうであるという概念の導入。
 この報告書で提示されたリスクの推定値は、上記の進展すべてを盛り込んでいる。それは、低線量で長期にわたる低LET照射で、人口における遺伝的疾患の基本頻度に比べて、遺伝的リスクはとても小さいということを示している。
 この報告書で推定されたすべての種類の遺伝性疾患のリスク総計は、1Gy当たり第一世代子孫100万人当たり約3,000〜4,700件である。この数値は、100万人当たり738,000件(そのうち慢性疾患が主な要素で、すなわち100万人当たり65,000件)という基本リスクの約0.4〜0.6%である。BEIR Vのリスク推計値(慢性疾患を含まない)は、1Gy当たり第一世代の子孫100万人当たり2400未満〜5300件であった。その数値は、100万あたり37,300〜47,300という基本リスクの約5〜14%であった。



下記コメント欄の「1」へ続く

コメント(27)

疫学による証拠

原爆生存者の研究

 広島・長崎における原爆攻撃の生存者寿命調査(LSS)コホート(集団)は、電離放射線被曝による健康リスク評価、特にリスクの量的評価において主要な情報源として役立っている。この集団の利点は、その規模であり、2000年時点で生存者の半数弱が生存していた。さらに両性と全年齢を含み、個々の被験者に対して評価されている線量は広範囲にわたり、質のよい死亡率およびがん発生率データを含んでいることである。さらに、このコホートが受けた全身被曝は、多くの特定部位のがんリスクを評価する機会、部位に特異的なリスクの比較可能性を評価する機会を提供している。寿命調査(LSS)の下位集団に関する特別研究は、臨床データ、生物学的な測定、潜在的な交絡または修飾に関する情報を提供している。
 1950〜1997年の期間の死亡率データは詳細に評価されている。広島・長崎の腫瘍登録のがん発生データが1990年代に初めて利用できるようになったことが重要である。これらのデータは非致死的がんを含むだけでなく、死亡証明書に基づく情報よりも高い質の診断情報も提供しており、特に、部位に特異的ながんを評価する際に重要である。現在利用できる固形がんに関するより広範囲な情報により、放射線リスク評価に関連するいくつかの問題をより詳細に評価することが可能になっている。線量−応答の形態を評価する分析および比較的低線量(0.5シーベルト以下)をあびた多くの生存者に焦点を当てる分析は、一般的に固形がんリスクを説明する線形関数の妥当性を確証している。過剰相対リスクモデルおよび過剰絶対リスクモデルは、性別、被曝年齢、到達年齢による修飾の影響を評価することに利用されている。
 がん以外の健康のエンドポイントも、寿命調査(LSS)コホートにおける放射線被曝と関連する。特に留意すべき点は、心臓病、発作、消化器官・呼吸器官・造血器官の疾病との統計的に有意な関係性によって、新生物でない疾病による死亡率の線量−応答関係が示されていることである。しかし、本報告書が関心を持つ低線量における非がんリスクは、特に確証されていない。そのため、当委員会は新生物が原因でない疾病の線量−応答をモデル化していないし、これらの疾病のリスク評価を行っていない。
医療放射線の研究

 公表された医療被曝の健康影響研究は、量的リスク評価情報を提供する研究がどれか認定するために検討された。特に焦点が当てられたのは、放射線量と関係する白血病、肺がん、胸部がん、甲状腺がん、胃がんのリスク評価であり、他の被曝集団、特に原爆生存者から得られた評価との比較であった。
 肺がんについては、急性あるいは分割された高線量率被曝研究におけるグレイ当たりの

過剰相対リスク(ERR) は、統計的に適合しており、グレイ当たり0.1--0.4の範囲である。乳がんについては、ERRと過剰絶対リスク(EAR)2の双方は、研究によってかなり異なるように見える。原爆生存者および選別された医療被曝コホートに関するプール分析によれば、両者はリスクの基底線および線量率の差異はあるにしても急性であったり分割された中線量率から高線量率の被曝であり、乳がんのEARは50歳でグレイ当たり104人年(PY)当たり約10 で同じになる。良性の胸部状態で治療を受けた女性は、より高いリスクがあると思われたが、そのリスクは血管腫のコホートにおける遷延された低線量率被曝と同じようにより低かった。
 甲状腺がんについては、リスクに関する量的情報を提供する研究の全てが、良性状態で放射線療法を受けた子供に関する研究である。15歳以下の被曝被験者については、線形の線量−応答が見られ、がん治療のために使用されたより高い線量(10+ Gy)においてリスクは水平状態かあるいは減少した。グレイ当たり7.7のERRおよびグレイ当たり104人年当たり4.4のEARが医療被曝と原爆生存者からのプール分析データから得られた。両方の評価とも被曝時の年齢によって有意な影響があり、被曝時の年齢が高いほどリスクが大幅に減少し、20歳以後の被曝によるリスクはほとんど見られなかった。ERRは被曝後約30年の経過を経て減少しているように見えたが、40年では依然として増加していた。子供時代における医療でのヨウ素-131による被曝と関連する甲状腺がんリスクに関する情報はほとんど得られなかった。それ以後の生涯におけるヨウ素-131による被曝に関する影響研究は、甲状腺がんのリスク増加の証拠をほとんど提供しなかった。
 白血病については、0.1 から2Gyまでの範囲の平均線量でのいくつかの研究によるERR評価が比較的近い値にまとまっていて、グレイ当たり1.9から 5で統計的に適合していた。EAR評価もいくつかの研究を通じて共通であり、グレイ当たり104人年当たり1から 2.6の範囲であった。被曝時の年齢あるいは被曝の遷延の影響に関する情報はほとんど得られなかった。
 胃がんについては、グレイ当たりのERR評価は、全くなしからグレイ当たり1.3の範囲である。しかし、信頼区間は広く、全て重複しているが、これらの評価は統計的に適合していることを示している。最後に、ホジキン病(HD)あるいは乳がんのための放射線療法を受けている患者に関する研究は、極めて高い線量および線量率被曝で心臓血管罹患率および死亡率に関する何からのリスクがある可能性を示している。これらの結果に対する放射線リスクの大きさおよび線量−応答曲線の形状については不確定である。
職業的放射線の研究

 多くの研究が医療、製造業、核産業、研究、航空産業における様々な職業的被曝集団での死亡率およびがん発生率を考察している。
 最も有益な研究は、(旧ソ連のマヤックの労働者を含む)核産業労働者に関する研究である。これらの労働者については、個々の労働者のその時その時の線量評価が個人線量計の使用によって長期にわたって収集されている。100万人以上の労働者が1940年代初期の核産業に当初から雇用されている。しかし、個々の労働者のコホート研究は、低線量被曝に対する潜在的に少ないリスクを正確に評価する能力に限界がある。
 複数のコホートからのデータの統合分析によって、このような研究の感度を増大させる機会が与えられ、長期の低線量、低LET放射線の影響に関する直接的な評価を提供する。データに対する最も総括的で正確な評価は、イギリスの全英放射線作業者登録(NRRW)から得られた評価であり、三カ国(カナダ・イギリス・アメリカ合衆国)の研究は、白血病と全てのがんのリスク評価を提供している。これらの研究において、白血病のリスク評価は、原爆生存者研究からの線形外挿と線形−二次外挿から得られた評価の中間にある。全てのがんに関する評価は、より小さいが、信頼区間は広く、リスクなしおよび原爆生存者からの線形外挿の二倍までのリスクの両方に一致する。
 職業上のリスク評価には不確実性が存在し、線量における誤差がこれらの研究では正式に考慮されてこなかったという事実から、本委員会は以下のように結論を下した。つまり、職業に関する研究によるリスク評価は、低線量遷延被曝の影響評価に直接関連するが、放射線リスク評価に関して単独で基礎を形成するほど十分には正確ではない。

環境的な研究

 核施設周辺に住む人間集団およびその他の環境的な被曝集団に関する研究には、放射線線量に関する個々人の評価も含まれていないので、放射線線量との関連におけるリスクの直接的な量的評価を提供していない。このことはこれらのデータの解釈にとって限界となっている。いくつかのコホート研究は、環境放射線に被曝した人間における健康影響を報告している。これらの研究には一致するか、あるいは一般化できる情報は含まれていない。
 ヨウ素-131への環境被曝による結果は矛盾している。最も有益な調査結果はチェルノブイリ事故後における個々人の放射線被曝に関する研究によるものである。最近の証拠・調査結果によれば、チェルノブイリによる放射線被曝は甲状腺がんリスクの増加と関連があり、その関係は線量依存である。過剰甲状腺がんリスクの量的評価は、一般的にその他の放射線被曝集団からの評価と一致し、男性と女性の双方で見られる。ヨウ素欠乏はリスクの重要な修飾因子であるように見え、放射線被曝の後に発生する甲状腺がんのリスクを増大させる。
生物学と疫学との結合

本研究の主要な結論は以下の通りである。

〇 放射線腫瘍形成の細胞・分子メカニズムに関する最近の知識は、長期にわたる過剰相対リスクを組み込むモデルの適用を支持する傾向がある。
〇 日本人原爆生存者からアメリカ人集団にがんリスクを移行させるためのモデル選択は、
  様々ながんの形態の病因論に関するメカニズムの知識と情報に影響される。
〇 原爆疫学情報と実験データの統合ベイズ分析は、本研究で報告されたがんリスク評価
  のための線量・線量率効果係数(DDREF)の評価を提供するまでに発達している。
〇 放射線がんリスクを変更する可能性のある適応応答、ゲノム不安定性、細胞間のバイスタンダー信号伝達に関する知識は、意味のある方法で疫学データのモデル化に統合されるには不十分であると判断された。
〇 集団における遺伝的多様性は、放射線がんリスク評価において潜在的に重要な要因である。モデル研究は以下のことを示唆している。人間をがんに罹りやすくする突然変異の強い発現は極めて稀であるので、集団に基づくリスクの評価をあからさまにゆがめることはないが、いくつかの医療放射線の場面においては重要な問題である。
〇 放射線の遺伝的影響評価は、人間の遺伝的疾患および生殖腺の放射線誘導突然変異 に関する新しい情報を利用している。遺伝リスク評価に対して新しい方法が適用され たことで、本委員会は低線量誘導遺伝リスクは、集団の基底線リスクと比較して、  極めて少ないという結論を下した。
〇 本委員会は以下のように判断する。疫学研究、動物研究、メカニズム研究の結果を考慮すると、放射線量とがんリスクとの間に低線量で単純な比例関係があることを支持する傾向がある。この判断が不確実であることを認識し、留意するべきである。
 
 上記の指摘は以前のリスク評価をさらに精密にするのに貢献しているが、これらの指摘は、電離放射線被曝と人間の健康への影響との間の関係に関する全般的な評価を大幅に変更するものではない。

がんリスク評価

 過去のリスク評価において、広島・長崎の原爆生存者の寿命調査(LSS)コホートは、本委員会が勧告したがんリスク評価の進展に重要な役割を果たしている。リスクモデルは1958〜98年の時期におけるがん発生データから主に開発され、DS02線量評価に基づいていた。この線量評価は生存者の線量評価を再検討し、それを改善する主要な国際的な努力の結果であった。医療被曝および職業被曝を含む研究データも評価された。乳がんおよび甲状腺がんのリスク評価モデルは、寿命調査および医療被曝者の両方に基づくデータを含むプール分析に基づいていた。
 主に寿命調査コホートから開発されたモデルをアメリカ人集団の生涯リスク評価のために利用するためには、不確実性のあるいくつかの仮定をおくことが必要である。不確実性には二つの重要な原因がある。1)低線量と線量率における被曝にはリスクが減少する可能性、つまり線量・線量率効果係数(DDREF)があること。2)日本人原爆生存者に基づくリスク評価をアメリカ人集団のリスク評価のために利用すること。
 本委員会は本文において、人間被験者における低線量、低LET放射線被曝について委員会として可能なかぎり最良のリスク評価を開発し、提供している。例えば、表ES-1は、アメリカ人集団全体の年齢分布と同じ年齢分布の10万人の集団が、それぞれ0.1 Gyに被曝した結果生じることが予想される発がん症例推計数および死亡推計数、および被曝しない場合に予想される数を示している。固形がんに関する結果は、線形モデルに基づいており、1.5のDDREFだけ減少させている。白血病に関する結果は、線形−二次モデルに基づいている。
 推計数には95%の主観的な信頼区間(つまり、断定的であると同時に無作為的)が付随している。この信頼区間は、最も重要な不確実性の原因、すなわち統計的な変動、低線量および線量率での被曝によるリスク評価を調整するために使われる係数における不確実性、移行の方法における不確実性を反映している。本委員会は報告書の本文において、いくつかの特定のがん部位各々および他の被曝シナリオに対する推計例も提供しているが、それらはここには示されていない。
表ES-1 全ての固形がんおよび白血病に関する発生率および死亡率の生涯寄与リスク(LAR)の本委員会が行った推計数。95%の主観的な信頼区間を伴う。10万人の被爆者当たりの症例数および死亡数。

全ての固形がん 白血病
男性 女性 男性 女性
0.1 Gyの被曝による過剰の症例(非致命的症例を含む)数 800(400,1600) 1300(690, 2500) 100(30, 300) 70(20, 250)
被曝していない場合の症例数 45,500 36,900 830 590
0.1 Gyの被曝による過剰の死亡数 410(200, 830) 610(300, 1200) 70(20, 220) 50(10, 190)
被曝していない場合の死亡数 22,100 17,500 710 530
                                                 
 一般的に全がん死亡率あるいは白血病に関するリスク評価の大きさは、BEIR Vおよび最近のUNSCEAR、ICRPの各報告書などの過去の報告書で報告された評価と大幅には変わっていない。新しいデータと分析はサンプリングの不確実性を減少させているが、低線量・線量率での被曝に対するリスク評価に関する不確実性および日本人原爆生存者からアメリカ人集団へのリスクの移行に関する不確実性は大きいままである。特に、部位特異的ながんのリスク評価における不確実性は大きい。
 ひとつの図示として、図ES-1で次のことを示した。線量に対する固形がんの過剰相対リスク(ERR)評価(性別に関しては平均をとり、30 歳で被曝し60歳に到達した被曝した個人を表すように標準化)である。原爆生存者について線量2.0 Sv.以下で11の線量区間をとった。挿入された図は白血病に関して線量に対するERRを表す。この図は寿命調査コホートによる全般的な線量−応答関係および低線量リスク評価におけるその関係の役割を伝える。低線量域における線形モデルと線形−二次モデルとの間の差異が、誤差線と比較して小さいことに留意することは重要である。そのため、これらのモデルの間での差異は、これらのモデルから導きだされたリスク評価における不確実性に比較して小さい。固形がん発症率に関しては、線形−二次モデルで曲線を引いても統計的に有意な改良にはならなかった。そのため線形モデルが利用された。白血病に関しては、線形−二次モデル(図ES-1に挿入)の曲線が線形モデルよりも有意に良くデータに合うので採用された。

Excess Relative Risk of Solid Cancer  Leukemia     Radiation Dose(Sv)
固形がんの過剰相対リスク (for comparison) 放射線量(Sv)
Low Dose Range 白血病  Linear fit 線形直線
低線量域            (比較のため) Linear-quadratic fit 線形−2次曲線

図ESS-1.日本人原爆生存者の固形がん過剰相対リスク。プロットした点は、原爆生存者の固形がん発症率(性別に関しては平均をとり、30 歳で被曝し60歳に到達した被曝した個人を表すように標準化)の過剰相対リスク評価であり、10線量区間の各線量で線量区間の中間点にプロットした。もしR(d)がある線量dでの年齢特異的な瞬間リスクを示すならば、線量dでの過剰相対リスクは[R(d)−R(0)]/R(0)(これは線量がゼロの場合、必然的にゼロである)となる。垂直線は近似値95%の信頼区間である。実線および点線は過剰相対リスクの線形および線形−二次モデル評価であり、0から1.5Svの範囲における線量での全ての被験者から評価された(これらはプロットした点からの評価ではなく、個々の生存者の寿命と線量から評価される。これには第6章で論じられる統計的方法が使われている)。線形モデルは線形−二次モデルで二次係数をゼロに等しいと限定した特別な場合だから、線形−二次モデルは常に線形モデルよりもデータに合致するはずである。しかし、固形がん発症率に関しては、曲線の二次の項による統計的に有意な改良はない。さらに、関心のある低線量域において、線形モデル評価と線形−二次モデル評価との間の差異は、95%信頼区間と比較して小さいことも留意しておくべきである。挿入図は、白血病に関する線形−二次モデルの曲線を示し、このがんで観察されるより大きな曲がり具合を図示している。
結論

 本委員会は、人間における電離放射線被曝とがんの発生との間に線形しきい値なし線量−応答関係があるという仮説に現在の科学的証拠が合致しているという結論に達した。

BEIR VIIが勧告する研究の必要性

BEIR VIIが勧告する研究ニーズについてのより詳しいリストは、第13章の末尾にある。

研究ニーズ1. 低線量電離放射線の作用としてのDNA損傷のさまざまな分子マーカーのレベルの決定。
 現在知られているDNA損傷の分子マーカーと将来認められる可能性のある他のバイオ・マーカーは、低レベルのDNA損傷を計測するために、またDNA分子の損傷の化学的性質や修復特性を識別するために使われるべきである。

研究ニーズ2. DNA修復能の決定、とくに低線量での二本鎖・多重鎖の切断に関して、また修復能が線量と無関係かどうかについて。
 低レベルの損傷での修復能は、とくに低線量での修復の刺激に対する相反する証拠に照らして、調査される必要がある。これらの研究では、これらの経路で再結合したDNA配列の精度が決定される必要があり、放射線障害の誤りがちな修復のメカニズムが解明される必要がある。

研究ニーズ3. 放射線による発がんに対する適応、低線量高感受性、バイスタンダー効果、ホルミシス、ゲノム不安定性の関連性についての評価。
 低線量放射線被曝(例えば、100 mGy未満)に対するこれらの過程の関連性を確証するためにメカニズムのデータが必要とされる。関連評価項目には、染色体異常や染色体突然変異ばかりでなくゲノム不安定性やがんの誘発も含めるべきである。きわめて低い線量率または分割照射で数週間ないし数ヶ月間以上の低線量の照射に対するインビトロ(試験管内)のデータとインビボ(生体内)のデータが必要とされる。長期間にわたって複数回、照射された10 mGy未満という低線量の累積的影響はさらに追究される必要がある。人間の非形質転換2倍体細胞を使ったインビトロの形質転換試験(アッセイ)の進展は、とくに重要であると判断される。

研究ニーズ4. 低線量でのホルミシス効果仮説に対する分子機構の同定。
 放射線誘発がんに対してホルミシス効果が存在するかどうかをはっきりさせるために、分子機構を同定する決定的な実験が必要とされる。

研究ニーズ5. 発がん機序
 放射線による多段階の腫瘍形成における放射線固有の役割に関する現時点での不確実性を減らすために、さらなる細胞遺伝学的・分子遺伝学的研究が必要とされる。

研究ニーズ6. 放射線によるがんのリスクにおける遺伝的要因。
 人間とマウスにおける放射線応答およびがんのリスクに影響を及ぼす遺伝子突然変異と機能的多型に関してさらなる研究が必要である。
研究ニーズ7. 放射線の遺伝的影響
 次のことを確証するためにさらなる研究が必要である。(a) マウスおよび人間の放射線照射された幹細胞の精原細胞と卵母細胞(リスク評価で重要な生殖細胞段階)での欠損の発生に対するDNA二本鎖切断(DSB)修復プロセスの潜在的な役割、および(b) マウスでの放射線誘発の大きな欠損が複数系の発達の欠陥と関連する程度。人間では、とくに放射線誘発の欠損の傾向があるかもしれない部位を予測するために、ゲノム・データベースと放射線誘発欠損の発生のメカニズムについての知識を使ってその問題を調査することができる。
 疫学に関しては、小児がんに対する放射線治療の遺伝的影響に関する研究が、とくに最新の分子技術(配列に基づく比較ゲノム・ハイブリダイゼーションなど)とつなげられる場合、進められるべきである。

研究ニーズ8. 今後の医療放射線研究。
 医療放射線についての大部分の研究は、ネスト化された対照研究ばかりでなくコホート研究を含む、先を見越して収集された被曝情報に依るべきである。今後の研究は、線量評価における不確実性の評価だけでなく、関心のある部位への個々の線量評価を行いながら続けるべきである。
 高線量および中程度の線量の医療被曝を受けた人間集団の研究は、放射線リスクの修飾因子の研究にとってとくに重要である。これらの集団においては高レベルの放射線を被曝しているので、遺伝子と放射線の相互作用の影響を研究するのに理想的に適してもいる。それは、放射線誘発がんにより敏感な特別の部分集団になるかもしれない。とくに重要な遺伝子には、BRCA1、BRCA2、ATM、CHEK2、NBS1、XRCC1、XRCC3などがある。
 放射線防護にとって懸案であるのは、CTスキャン(コンピュータ断層撮影)と診断用X線の利用が増大していることである。次のような被曝した集団に関する疫学的研究は、実行可能ならば、とくに有益であろう。(1) CTスキャンを受けた人、とくに子どもについての追跡調査。(2) 心臓カテーテルに関連した診断上の被曝をうけた乳幼児、臨床状態を追跡するために頻繁な被曝をうけた乳幼児、繰り返しX線を照射され肺の発達を監視された未熟児についての研究。
 データ収集と追跡調査に同様の方法を使う世界規模の連合体(コンソーシアム)を組織する必要がある。この連合体は、CT、陽電子放出断層撮影(PET)、単光子放射断層撮影(SPECT)を含むすべてのX線や同位体イメージング方式における記録線量や技術データを記録すべきである。

研究ニーズ9. 今後の職業放射線研究。
 職業放射線被曝について、特に原子力発電所の労働者を含む核/原子力産業労働者についての研究は、人間の長期間にわたる低レベル放射線被曝の発がん効果(影響)についての直接的評価によく適している。理想的には、職業放射線の研究は、本質的に先を見越して行われるべきであり、個々のリアルタイムの放射線量の推定値に依るべきである。可能であれば、全国的な労働者の放射線被曝の登録が定められるべきであり、さらなる放射線被曝が累積され、労働者が雇用主(勤め先)を変えれば更新されるべきである。これらの登録は、少なくとも、光子の外部被曝からの全身の年間放射線量の推定値を含めるべきである。これらの被曝登録は、死亡登録や、全国的な腫瘍(他の疾病)登録が存在すればそれらと結びつけられるべきである。また、比較的高線量に被曝した労働者、つまりマヤック核施設の労働者やチェルノブイリの汚染除去に従事した労働者の追跡調査を続けることも重要である。

研究ニーズ10. 今後の環境放射線研究。
 一般に、環境源からの低レベル放射線に被曝している人々のさらなる生態学的研究は薦められない。しかし、ある地域で災害があり、その住民が非常に高レベルの放射線に被曝したなら、さらなる被曝の防止のためだけでなく、その被曝の潜在的な影響についての科学的評価の確立のためにも迅速な反応が重要である。集められるデータには、基本的な人口統計的情報、急性被曝や引き続き見込まれる被曝の推定値、電離放射線の性質、これらの人々を何年間にもわたって追跡する手段などが含まれるべきである。比較可能な、被曝しなかった人々の登録の可能性が考慮されるべきである。チェルノブイリ原発事故の結果として、また、マヤックの核施設からの放出の結果として、環境的に被曝した人々の研究は継続すべきである。

研究ニーズ11. 日本の原爆生存者(被爆者)研究。
 日本の被爆生存者の寿命調査(LLS)コホートは、BEIR VIIおよび過去のリスク・アセスメントで中心的な役割を果たしてきた。重要なのは、2000年末に生存しているコホートの45%に対して死亡率とがん罹患率の追跡調査が続いていることである。
 近い将来、DS02線量測定体系の不確実性の評価が利用可能になると期待される。したがって、この評価を利用する線量−応答分析は、線量測定の不確実性を説明するように行なわれるべきである。
 また、部位特異的な推定値についてのより信頼性のある評価を可能にする分析的方法の開発と適用も必要である。特に、特定の部位に関するデータとより広いがんの種類についてのデータとの両方を利用する方法は有益であろう。

研究ニーズ12. 疫学的研究一般
 被爆生存者の寿命調査コホートからのデータは、低線量/線量率に被曝した人々、とくにリスクが妥当な精度で推計可能なほど大きな線量を浴びた人々に関するデータで補完されるべきである。核産業労働者の研究や旧ソ連に属していた諸国で被曝した人々に関する注意深い研究は、この点でとくに重要である。

pdfはradi-beir executive new.pdf
結論
本委員会は、人間における電離放射線被曝とがんの発生との間に線形しきい値なし線量−応答関係があるという仮説に現在の科学的証拠が合致しているという結論に達した。
■BEIR?報告書 【翻訳】 一般向けの概要
2006年07月12日
csij 【105. 低線量被曝】

一般向けの概要

はじめに

 低線量電離放射線の健康影響を理解することは重要である。X線やガンマ線等 の電離放射線は、分子から電子をはじき出すのに十分なエネルギーを持っている放射線と定義される。はじき出された電子がその後、人間の細胞を傷つける。放射線による健康影響を理解する上での1つの課題は、人工的な放射線の影響を自然に発生する放射線の影響と区別する一般的な特性がないことである。さらに放射線によるがんと他の原因でできたがんの区別がつかないことが低線量放射線の影響を特徴づけるのを困難にしている。
 これらの課題にもかかわらず、この問題についてかなりたくさんよく理解されていることがある。とりわけ、高線量電離放射線に被曝すると病気になったり死に至るのには実質的に確かな証拠がある。また、がんだけではなく、妊娠中に被曝した母親の子どもが高線量電離放射線によって精神的遅滞になることは、科学者の間では以前からよく知られている。最近では、原子爆弾による生存者のデータから、高線量はまた、心疾患やぶらぶら病といった他の健康影響にも関わることが示唆されている。
 電離放射線は健康に対する脅威なので、広範囲にわたって研究されてきた。この報告書は米科学アカデミーからの電離放射線の生物学的影響(BEIR)報告と呼ばれる放射線の健康影響に関わる出版物のシリーズの7本目である。このBEIR ?報告は、低線量のエネルギー付与(LET)電離放射線による健康影響に着目している。低LET放射線は、高LET放射線よりも放射線の通り道に沿って細胞に与えるエネルギーが小さいので、放射線軌跡ごとの破壊力が弱いと考えられている。この報告書の主題である低LET放射線の例としてX線やγ線(ガンマ線)がある。関連する健康影響にはがん、遺伝性の病気、そして心疾患のようなその他の影響がある。

 この概要では以下について記述する:
・どのように電離放射線が発見されたか
・どのように電離放射線は検出されるか
・放射線量を表すのに使われる単位
・低線量電離放射線が意味すること
・自然「バックグラウンド」放射線による被曝
・公衆の被曝に対する人工放射線の寄与
・どのような場合に人々がバックグラウンド・レベルを上回る電離放射線に被曝をするかを説明するシナリオ
・がんや遺伝性疾患等、健康への悪影響の証拠
・BEIR ?リスクモデル
・当委員会がレヴューした研究組織
・このBEIR ?報告で使われるモデルから予想されるよりも低線量放射線が事実上危険なのだ、あるいは危険ではない、という見解を当委員会が採用しない理由
・委員会の結論
どのように電離放射線が発見されたか

 低線量電離放射線は見えないし、感じることもできないので、人々が常に放射線に被曝していることは必ずしも明白ではない。科学者は1890年代から電離放射線の存在を検知し始めた 。1895年、W.C.レントゲン(Wilhelm Conrad Roentgen)が紙でくるまれたほぼ真空のガラス管の中で発生する放電を研究していた。真空管の中で発生した自由電子は、当時、陰極線と呼ばれ、それ自体も放射線の一形態であった。レントゲンは電子が発生しているとき、テーブルの近くの蛍光板が光り始めたのに気づいた。レントゲンは陰極線管からの見えない放射物が蛍光板を光らせていることを理論づけた。そして、彼はこれらの見えない放射物をX線と命名した。放電による電子はそれ自体が他の形態の放射線、X線を作り出す。次の有名な発見がなされたのは、H.ベクレル(Henri Becquerel)が引き出しの中のウラン鉱石と一緒にしまっていた露光させていない感光板がくもっていることに気づいたときである。彼は感光板がくもっているのはウラン原子や崩壊生成物から発生している目に見えない放射物によるのだと結論づけた。これはウランから出ている自然に発生した放射線であることがわかった。キュリー夫妻(Marie and Pierre Curie)はベクレルの研究所でウラン鉱石からラジウムを精製していた。その後数年の間に、中性子、陽子、他の粒子等、多くの形態の放射線が発見された。 このようにして、1890年代の数年の期間に人工的及び自然に発生する放射線が発見された。
 レントゲンによるX線の発見は、人体の構造の画像を得たり、治療をしたりするのに使われるX線装置の発明につながった。高線量放射線の被曝による健康への悪影響がこれらの初期の発見からまもなく明らかになった。放射線作業者に対する高線量放射線は皮膚を赤くし(紅斑)、これは放射線被曝のおおよその目安として「皮膚紅斑線量」と呼ばれた。たいへん高い線量が使われ、皮膚紅斑線量のような原始的なドシメトリー(線量測定)しかなされず、さらにこれらの初期の装置の多くの防護が不十分であったので、患者および治療を施す人に高線量放射線被曝をもたらした。初期の放射線科医やその助手たちの手の慢性で治りにくい皮膚障害が進行すると、時として末端を切除することになった。
 そのような出来事は、高線量であびせられる放射線が健康に対し重大な結果を招くことを示す最初の徴候の一部であった。その後行われた最近の研究によれば、初期の放射線科医は他の医療従事者に比べて高い死亡率を示していた。この死亡率の増加は、最近の放射線従事者には見られない。おそらく、安全な状況に十分改善されたことによって、放射線科医のあびる線量がずっと小さくなったからだろう。
 高線量放射線被曝の後の健康影響の初期の兆候は、この「一般向け概要」に記録するには多すぎるが、よく引用される例を1つあげておく。1896年、トーマス・エジソンはタングステン酸カルシウムスクリーンでできた先細の箱と医者がX線画像を見ることのできる覗き窓でできたX 線透視装置を開発した。これらのX線の研究過程で、C.ダリー(Clarence Dally)というエジソンの助手の一人が悪化した皮膚病を発現し、がんに進行した。1904年、ダリーはその傷害によって死んだ。それはアメリカで人工放射線と関連するはじめての死だったかもしれない。エジソンは、「X線が私の助手のダリー氏に有害に影響した......」と気づいて、彼の全てのX線研究を止めた。今日、放射線は人間に対する潜在的な危険性が最も徹底的に研究され、ここ何年もの間、人間の健康を守るための努力の末に規制基準が厳しくなったものの1つである。
どのように電離放射線は検出されるか

電離放射線の検出はレントゲン、ベクレル、キュリーの時代以来、非常に進歩した。電離は、ガイガーカウンターや他の装置によって正確に検出できる。検出器の検出率がわかっていれば、放射線の位置を確定するだけでなく、そこにある放射線の量を測定することができる。さらに改善されて、検出器は放射線のエネルギースペクトルの「形」を評価して、それによって放射線の種類を特定することができる。

放射線量を表すのに使われる単位

 電離放射線はX線やガンマ線のような電磁波放射線の形態をとるか、あるいは陽子、中性子、アルファ粒子、ベータ粒子のような原子を構成する粒子の形態をとることがある。放射線の単位は混乱しやすい。放射線はたいていグレイ(Gy)やシーベルト(Sv)と呼ばれる線量単位で測られる。それらは、生物組織に与えられるエネルギーの量である。X線とγ線は低い線エネルギー付与(低LET)があると言われる。低LET放射線は細胞を通じて電離をまばらに発生させる。対して、高LET放射線はそれらが細胞を通過するときに単位長さあたりにより多くのエネルギーを付与し、単位長さあたりの破壊力がより高い。
BEIR ?報告は低LET放射線についてであるが、委員会は高LET放射線と低LET放射線源からの複合的な被曝から得られたいくつかの情報も考慮に入れている。高LET放射線や混ざった放射線(高LET放射線源と低LET放射線源からの放射線)はしばしばシーベルトとして知られる単位で表記される。低LET放射線の単位はシーベルトまたはグレイで与えられる。BEIR ?報告で使われている様々な線量単位のより完全な記述は、報告書の用語解説(グレイ、シーベルト、単位)と一般向け概要の前の「放射線量を表すための単位」の部分を見ること。

低線量電離放射線が意味すること

 この報告書で委員会は低LET放射線の0近傍から100 mSv(0.1 Sv)の範囲の線量を低線量と定義している。委員会は関連するデータが利用できる最も低い線量に重きを置いている。世界中の低LET放射線の自然源からのバックグラウンド被曝線量は年間約1 mSvである。
自然「バックグラウンド」放射線による被曝

 人類は土地や建築材料、空気、食料、宇宙やさらに、彼ら自身の身体の中にある元素からの自然「バックグラウンド」放射線に毎日さらされている。アメリカでは、自然「バックグラウンド」電離放射線に対する被曝の主要なものはラドンガスやそれらの崩壊生成物からくる。ラドンは色がついておらず、香りもない気体で大地から発散しており、その崩壊生成物とともに高LET放射線と低LET放射線を放つ。ラドンは換気の悪い地下室のような地下エリアに溜まると危険になりうる。先のBEIR報告の『電離放射線の生物学的影響?』ではラドンの健康影響を報告した。そのため、これらの健康影響はこの報告書では議論していない。世界中の自然放射線源(高LETと低LET両方)による平均年間被曝線量は、一般的に1〜10 mSvの範囲内で、現在の推定値で中央値2.4 mSvと考えられている 。この量の半分(年間1.2 mSv)はラドンとその崩壊生成物による。平均年間バックグラウンド被曝線量は平均ラドン線量の高さも手伝って、アメリカがわずかに高い(3.0 mSv)。ラドンの次に大きな割合を占めるのは宇宙線からの電離放射線被曝で、次いで地面の線源や身体「内部」からの放射がある。宇宙線は宇宙を通って到達する粒子である。これらの粒子の一部は太陽が源である。他は超新星と呼ばれる星の爆発によって届く。
 岩や土壌からの大地放射線の量は地理的に変化する。例えばアメリカでは、フロリダに住んでいる平均的な人が年間約2 mSv大地放射線の被曝を受ける一方、ワシントン州の北東に住んでいる人は年間17 mSvの被曝を受けている可能性がある 。この変化のほとんどは、ラドンレベルの違いによる。身体「内部」からの放射は食料、水、人体自体からの放射性同位体からである。食べることや飲むことからの被曝の一部は食料や飲み水の中に存在するウランやトリウム等の系列の放射性同位元素による 。食物連鎖を通じて移動する放射性同位元素の例は、全ての生き物に見出される物質、炭素14(14C)である。14Cは宇宙線が窒素原子と衝突すると作られる。14Cは酸素と結合し、二酸化炭素の気体を作る。植物は光合成によって二酸化炭素を吸収し、動物が植物を食べる。そうすると、14Cは食物連鎖の中で集積し、電離放射線による内部バックグラウンド線量に寄与する。
 これまで述べてきたように、低線量の低LET放射線の起こしうる健康影響がBEIR ?報告の焦点である。たくさんの放射線源の「複合」性により、低LETの自然バックグラウンド放射線のパーセンテージを正確に推定することは難しい。PS-1図では、世界中の自然「バックグラウンド」被曝を構成するおおよその源と高LET・低LETの放射線量の割合を示している。この図は地球上の全人口の被曝に対する高LET放射線の3つの自然源と低LET放射線の3つの自然源の寄与割合を示している。円グラフを分けた小さいほうの部分は年間のバックグラウンド被曝に対する低LET放射線源の寄与割合を表している。低LET放射線による世界人口の年間平均放射線被曝量の合計は、0.2 mSvから1.0 mSvの範囲にあると一般的に考えられ、中央値は現在0.9 mSvと推定されている。
high-LET: neutron component     low-LET: directly ionizing and photon
of cosmic radiation 4% component of cosmic radiation 12%
高LET:宇宙線の中性子成分 4%   低LET:宇宙線による直接電離と光子成分 12%
high-LET: ingestion 5%        low-LET: radiation exposure from the earth 20%
高LET:摂取 5%          低LET:大地からの放射線被曝 20%
high-LET: inhalation exposure due to radon 52%  low-LET: ingestion 7%
高LET:ラドンの吸入被曝 52%         低LET:摂取 7%
Worldwide background radiation 2.4 mSv/year
世界のバックグラウンド放射線 2.4 mSv/年

 図PS-1. 世界中の「バックグラウンド」放射線源。 上の円グラフは自然「バックグラウンド」放射線(低・高LET)の全ての源の世界中の百分率を示す。BEIR ?報告は、低LET放射線の健康影響を評価するので、低LET放射線被曝の3つの主要源の寄与割合を示すために円グラフの低LETの部分を分けた。

公衆の被曝に対する人工放射線の寄与

 自然「バックグラウンド」放射線に加えて、医療、研究、産業で使われるX線装置や放射性物質のような人工源の低・高LET放射線からも人々は被曝している。アメリカの人口に対する電離放射線被曝に関する1987年の研究 で、アメリカの集団被曝の82%は自然「バックグラウンド」放射線によるものであり、一方で、被曝の18%が人工源の寄与であると推定された。(図PS-2、円グラフの左下の部分を参照)

  Occupational 2% Fallout 2%
職業 2%      フォールアウト(放射性降下物) 2%
Man-made radiation 18%   Consumer Products 16% Nuclear Fuel Cycle 1%
人工放射線 18%        消費者製品 16%     核燃料サイクル 1%
Natural background radiation 82%  Nuclear Medicine 21%  Medial x rays 58%
自然バックグラウンド放射線 82%    核医学 21%     医療X線 58%
 図PS-2. 図の左下にある円グラフは、アメリカの集団被曝における自然「バックグラウンド」放射線(82%)に対する人工放射線源(18%)の寄与を示している。人工放射線源の中身は図の右上の円グラフに示す。

 図PS-2では、人工放射線の部分(図の右上にある円グラフ)がアメリカの集団に対する様々な種類の人工放射線の寄与割合を示している 。医療X線と核医学をあわせると、アメリカの人工放射線被曝の約79%になる。タバコや家庭給水、建築材料、それほどではないにせよ煙探知機、テレビ、パソコン画面のような消費者製品の成分を合計すると、16%になる。職業上の被曝、フォールアウト、核燃料サイクルは人工放射線の成分の5%以下である。バックグラウンドと人工放射線からの付加的な小さい量の被曝は、ジェット機による旅行(宇宙線による−1000マイル旅行するごとに0.01 mSvの付加)、石炭発電所の近くに住むこと(工場からの排出−0.0003 mSvの付加)、X線手荷物検査機のそばにいること(0.00002 mSvの付加)あるいは原子力発電所の50マイル以内に住むこと(0.00009mSvの付加)のような活動からくる 。
電離放射線に対する個人の被曝量が平均とは変わってくるにはいろいろな場合がある。電離放射線に対する被曝を増加させる要因には、(a)医療目的での放射線の使用増加、(b)職業上の放射線被曝、(c)タバコ製品の喫煙等がある 。放射線被曝を減らす要因には、(宇宙線のより少ない)低い高度に住むことや(ラドンのより少ない)建物の上の階で生活や仕事をすること等がある。

どのような場合に人々がバックグラウンド・レベルを上回る
電離放射線に被曝するかを説明するシナリオ

 本章では、どのような場合に人がバックグラウンド・レベルを越える電離放射線をあびるかを示すシナリオを3例挙げる。これは「一般向け要約」での説明のためであって、すべてを網羅するものではない。
全身スキャン

 自覚症状のない成人が疾病の初期徴候を見つけるためのスクリーニングとして、コンピュータ断層撮影(CT)による全身スキャンの使用が増えている。CT検査は従来の単純X線よりも高い線量を臓器にあてることになる 。それは、CTではスキャン装置が体の周りを回転して、X線による一連の断面写真を撮るからである。そのX線断面写真を集積してコンピュータが3次元画像を生成する。BrennerとElliston(2004)は、このような手段による放射線量とリスクを推定し、1回の全身スキャンでは平均実効線量12 mSvとした 。「その線量を比較してみると、例えば、典型的なマンモグラフィは実効線量0.13 mSvでCTの約100分の1になる」と書いている。BrennerとEllistonの計算では、45歳の成人が年間30回全身CT検査を受けるとした場合、生涯がん死リスクが1.9%(約50人に1人)だけ増えることになると推計される。同様に、60歳で年間15回全身CT検査を受けるとした場合には、220人に1人の生涯がん死リスク増と推計される。BrennerとEllistonが比較のため引用した全国人口統計によれば、「1999年生れのアメリカ人が生涯に交通事故で死ぬ見込みは77人に1人と推計される」 。全身スキャンに関してのさらなる情報は米国食品医薬品局のウェッブサイトで得られる 。

診断の手段として使われるCTスキャン
 病気やけがの症状がある成人にCTスキャンを使うことは広く容認され、CTスキャン使用はこの数十年で実質的に増加している。BEIR ?委員会は放射線防護の観点からCTスキャンを受けた人、特に子どものコホート群追跡調査をするように勧告する。さらに、委員会では心臓カテーテル挿入の際に診断用放射線被ばくをする幼児や肺の発達を見るためくり返しX線検査を受ける未熟児の調査を勧告する。

電離放射線近くでの作業者

 医療施設、鉱山採掘現場、核兵器施設で働く人々は放射線の職業被ばくから自分を防護する処置を取る必要がある。作業者が職業と関連して受けてもよいとされる最大線量には規制がある。一般的には全身に50 mSv/年、身体局部ではそれを上回る量が線量限度である。妊娠している作業者の線量限度は、妊娠が認められた場合にはより厳しくなる。実際には、ガイドラインで線量限度を合理的に達成可能なまで低く制限する必要がある。
 核作業者のデータの統合解析によって、それらの調査の感度を高め、低線量低LET放射線の長期影響を直接評価することができるようになる。しかし、感度を高めたとしても、この統合解析の結果は、低線量で低く換算したリスクから現在の放射線防護勧告が依拠するリスクの2倍にいたる確率の範囲に収まっていることに留意すべきである。

核実験で放射線被曝した退役軍人

 過去に多人数が人工放射線に被曝した例としては、第2次世界大戦以後の米国退役軍人の被曝がある。1945年から1962年まで約21万人の軍人・文民が地上核実験(この期間に200回の大気圏核実験が行われた)によって一定の距離で直接被曝した 。ネヴァダ、ニューメキシコ、太平洋で行われたこれらの実験は、核兵器が使われる可能性のある戦争で起こりうる条件に戦闘部隊を慣れさせることを一般的には意図していた。例えば、UPSHOT-KNOTHOLE作戦で行われた5回の大気圏核実験では、大隊中の個々の戦闘部隊が0.4 mSvから31 mSvにいたる低LETγ線をあびた。この被曝線量域は、被曝線量が最も低い戦闘部隊で胸部X線検査約5回分、被曝線量が最も高い戦闘部隊で被曝線量が最も低い戦闘部隊で約390回分に相当する(胸部X線検査1回0.08 mSvと仮定)。
がんや遺伝性疾患等、健康への悪影響の証拠

 電離放射線被曝後の健康への悪影響がどのようなメカニズムで起るかは完全にはわかっていない。電離放射線は人体の細胞内でDNAをはじめとする分子構造を変化させるだけのエネルギーを持っている。これらの分子変化はたいへん複雑なので、修復機構によって正しく修復されにくいことがある。しかし、そのようなほんの小さな一部の変化ががん等の健康影響につながると見られることがその証拠である。放射線誘発の変異が人体の生殖細胞(精子や卵子)に発生して遺伝性疾患につながると見ることもできる。後者のリスクは人間では観察できないくらい小さく、広島・長崎被爆者集団の包括的な調査でも観察されていない。
 電離放射線の健康影響を決定づけるため最も包括的に調査されたのは広島・長崎原爆の生存者である。その65%は低線量被曝(BEIR ?報告での低線量の定義では100 mSv以下)。100 mSvは、全線源からのバックグラウンドの世界の年平均線量2.4 mSvの約40倍、本報告書の主題である低LET放射線の世界のバックグラウンド線量の約100倍である。約100 mSvから4000 mSv(年平均バックグラウンド線量の約40倍から1600倍)で、日本の原爆生存者における過剰がんが観察されている。過剰がんとはその人口で予想されるがんを越えるがんの数である。子宮内被曝(妊娠期間中の胎児の被曝)の場合は、過剰がんは10 mSv程度の線量で観察される 。広島・長崎調査で過剰がんの発生した線量では、固形がんは一定の増加率で線量とともに増加し、線形関係を示す 。言い換えれば、被曝線量が増えるにしたがって、固形がんの発生が増える。
 低線量のリスク評価に関係したいくつかの重要な分野でこの十年に大きな進展があった。それらは、電離放射線に対する分子や細胞の応答について、また放射線被曝と健康への悪影響につながるような傷害との関係の本質について認識を深めるのに役立った。低線量の低LET放射線の健康影響に関する前回のBEIR報告以来、放射線が誘発する人間のがんについてさらに多くののデータが得られるようになり、それらのデータを本報告書で評価した。

BEIR ?リスクモデル

がんリスク評価

 BEIR ?委員会の重要な役割は低線量の低LET電離放射線への被曝と健康への害ある影響との関係を評価するための「リスクモデル」を作ることであった。委員会は線形しきい値なしモデル(LNT)が電離放射線への低線量被曝と電離放射線に誘発される固形がん発生の関係を最も合理的に表現すると判断した。「一般向け要約」のこの章では、線形しきい値なしモデル、委員会が白血病に適用した線形−二次モデル、しきい値ありの仮説的線形モデルに言及する。BEIR ?リスクモデルの結果となる一例として、全人口中のがんの頻度を黒丸印で表し、BEIR ?リスクモデルを使って推定した放射線被曝による発がん数を星印で表した。次に本章では、原爆生存者の子どもにおける遺伝的な悪影響の証拠がないことが本報告書の倍加線量法で評価した遺伝的リスクといかに一致するかを説明する。
 平均の年間バックグラウンド線量の40倍(100 mSv)以下では、統計的な制約から人間のがんリスクを評価することは難しい。生物学的なデータの包括的な評価から委員会はリスクは低線量でもしきい値なしの線形を示し、どんなに小さい線量でも人間のリスクを少しは増やすと結論した。この仮定を「線形しきい値なし」(LNT)モデル(図PS-3参照)と呼ぶ。
Radiation-related cancer risk  Linear No-Threshold (high dose rate)
放射線関連がんリスク      線形しきい値なし(高線量率)
Threshold Linear No-Threshold (low dose rate)
しきい値            線形しきい値なし(高線量率)
Dose Linear-Quadratic Model
線量              線形−二次モデル
Linear Model with a Threshold
                しきい値あり線形モデル

 図PS-3. 委員会では線形しきい値なし(LNT)モデルが計算上の出発点としても便利だと考えている。実際のリスク評価はこの単純化したモデルをさらに改良するため、線量−線量率効果係数(DDREF)を使って掛け算調整をしてリスクを低く換算する。それは大雑把に「線形しきい値なし(低線量率)」と名付けた直線に相当し、線形−二次モデルの原点での傾きになる。直接に線形−二次モデルを使うのもよいが、直線モデルへのDDREF調整のほうが、歴史的に先行して計算上も単純なモデルとよく合う。今関心のある低線量域では両者に実質的なちがいはまったくない。この図はBrennerらの発行物からの改変である 。

 BEIR ?委員会は、低線量の低LET放射線への人間の被験者の被曝に関して委員会としては最良のリスク評価を行い、第12章に載せた。本報告書のデータに基づくリスクモデルが放射線被曝のリスクを評価するのにどのように使われるのか、その一例を図PS-4に図示している。この例では、1人あたり0.1Svで予想されるがんリスクを計算している。このリスクは性と年齢に依存し、女性や低年齢で被曝した人では高くなる。平均では性と年齢の構成が米国の全人口と同じであると仮定すると、BEIR ?生涯リスクモデルでは0.1Svの線量により100人中約1人にがん(固形がんか白血病)が発生すると予想でき、一方、他の原因では100人中約42人に固形がんや白血病が発生すると予想される。線量が低ければそれに比例してリスクは低くなる。例えば、0.01 Svの被曝では1000人に約1人ががんになると予想される。別の例示としては、低LETの自然「バックグラウンド」放射線(ラドン等の高LET放射線を除く)の生涯(70年)被曝で100人中約1人にがんが発生することになる。リスクモデルをつくるのに使ったデータが限られているので、リスク評価は不確定で2、3倍大きいか、2、3分の1小さい評価も排除できない。
図PS-4. 生涯では100人に約42人(黒丸)が放射線と関係のない原因によるがんと診断されるだろう 。本報告の計算では100人に1人のがん(星印)が低LET放射線0.1 Sv1回の被曝によるものであろう。

がん以外の健康影響

 がんに加えて、放射線被曝ががん以外の疾患、特に心臓血管の疾患のリスクも増やすことが治療用の高線量に被曝した人やそれよりは低い線量の原爆生存者において示されている。しかし、低線量で非がん疾患のリスクが増加する直接の証拠がなく、リスクがあるとしてもリスクを定量化するのに適当なデータはない。放射線被曝は良性腫瘍のリスクも増やすことが示されているが、やはりそのリスクを定量化するのに適当なデータはない。

電離放射線に被曝した親の子どもにおけるリスク評価

 自然に発生する遺伝的疾患は実質的に全人口における病気や死の数を左右する。このような疾患は生殖細胞(精子と卵子)の中の遺伝物質(DNA)に起きる変異の結果として起き、遺伝性疾患(すなわち子孫や次の世代に伝わりうる)である。その中には嚢胞性繊維症のように遺伝のパターンが単純で予想可能な遺伝性疾患(稀ではあるが)と糖尿病のように複雑なパターン(こちらはよくある)の疾患がある。後者の疾患は複数の遺伝的要因と環境要因の相互作用で発生する。
 20世紀初めには電離放射線がショウジョウバエの生殖細胞に変異を起こすことが示されていた。その発見はマウス等の多くの生物でも示され、放射線が変異原(体細胞に変異を起こす要因)であり、人間も例外ではありえないという事実が確立した。その結果、人間集団の電離放射線への被曝が遺伝的疾患の頻度を増やす懸念が起きた。この懸念は第2次世界大戦での広島・長崎への原爆投下後、注目されだした。原爆生存者の子どもにおける放射線の悪影響を調べる拡大研究プログラムがすぐに始まった。マウスをはじめとする研究室で育つほ乳類での研究も世界中の様々な研究機関で始まった。
 日本で行われた初期の人間の遺伝調査の目的は、原爆生存者の子どもにおける悪影響を知る「直接的な」手段を得ることであった。使われた指標には、悪い妊娠結果(すなわち死産、生後1ヶ月以内の新生児死亡、先天異常)、追跡期間約26年にわたる新生児の死亡、子どもの発育および発達、染色体異常、特定の変異型がある。特定の遺伝疾患は、調査開始当時は十分に知られていなかったので、リスクの指標としては使われなかった。
 マウス実験の「当初の」目的は、異なった線量、線質、方法での放射線照射による変異頻度への影響を調べること、また、放射線誘導変異への応答が両性の生殖細胞の各段階で異なる程度を調べることであった。しかし、人間の放射線誘導変異に関するデータが不足し、放射線防護に適した測定を行うには遺伝リスクの定量的評価がどうしても必要であることから、人間の遺伝リスクの間接的な推定のためにマウスのデータを使う必要があった。
 過去のBEIR報告と同様に、「倍加線量法」という方法を、自然発生遺伝疾患を枠組みとして、放射線に被曝した人の子どもにおける誘導遺伝疾患のリスクを推定するために使っている。倍加線量は、「1世代」で自然に発生する変異と同じ数の変異を起こすのに必要な放射線の量として定義されている。倍加線量は「変異率」の割合で表される。遺伝子一組における平均の自然誘導変異率の割合として計算される。DDが大きいと相対変異リスクは小さくなり、倍加線量が小さいと相対変異リスクは大きくなる。本報告で使うDDは1 Sv(1 Gy) で、疾患発生遺伝子の自然変異率に関する人間のデータと誘導変異率に関するマウスのデータから導かれる 。それゆえ、1世代100万人に3つの変異が自然発生するならば、100万人の一人一人が1 Svの電離放射線をあびたとき1世代あたり6つの変異が起き、6つの変異のうち3つの変異は放射線被曝によることになる。
 日本で遺伝調査が始まってから40年以上が経過した。1990年にはその研究の最終結果が公刊された。この間にその時々で公刊された今までの報告と同じく、被曝した原爆生存者の子どもには統計的に有意な悪影響はなく、生存者の受けた比較的低い線量(約400 mSv以下の大きさ)では上述した指標で測っても遺伝リスクはたいへん小さいことが示された。一方で、がん治療のため高線量の放射線をあびた人の子どもについてのほとんどが小規模の調査でも遺伝疾患頻度の検出可能な増加はなかった。
 この10年間で、自然発生する遺伝疾患とマウスを含む実験組織の放射線誘導変異における分子的な特性と機序に関する理解が大きく前進した。この前進が自然変異と自然発生する遺伝疾患との関係を明らかにし、誘導変異と疾患の関係についての推論に確かな科学的基礎をもたらした。本報告で示すリスク評価はこれらすべての前進を組み込んでいる。低線量または慢性の低LET照射では、一般の遺伝疾患の頻度に比べて遺伝リスクはたいへん小さい。さらにそれは、被曝した原爆生存者の子ども約30,000人に基づく日本の調査で有意な悪影響が見られないことと一致する。換言して、BEIR ?評価によれば、約30,000人の子ども(広島・長崎で調べられた子どもの数)では遺伝的な悪影響の過剰は見られないだろうと言える。遺伝リスクが低い理由の一つは、胎児の発生や生育に適した遺伝的変化だけが新生児において残るからであろう。
当委員会がレビューした研究組織

 委員会のメンバー一同は、BEIR ?で示された結論が、委員会が発表している「公式見解」に関連する文献、すなわちピュアレビューを経た刊行論文を徹底的にレビューして得られたものだと認めていただけるよう、努力した。とりわけ、低線量被曝に関連するすべての疫学データ(人口集団における疾病の研究から得られたデータ)の包括的なレビューを請け負ったスタッフたちは尽力した。さらに委員会は健康影響を理解しそのメカニズムをモデル化するのに重要だと思われる生物学上の情報をレビューする必要もあった。関連する文献や図表等をレビューすることに加えて、委員会に送られてきた郵便、書籍、電子メール等にも目配りした。広島・長崎の被爆者を生涯追跡するコホート研究から得られたがんの発症率と死亡率に関するデータは、線量推定のやり方を改良した上で使用した。医療被曝、職業被曝ならびに環境中の放射線による被曝に関する研究から得られた放射線リスクについても考慮した。乳がんならびに甲状腺がんのモデルは医学研究から直接引用したものである。ワシントンDCやカリフォルニア州アーヴァインで公開セッションの会合を開いてさらに情報を補強した。これらの会合で出された疑問や意見は委員のメンバーがこの報告書を執筆する際に考慮した。

LNTモデルから推計される以上に低線量は危険なのだ、という見解を
当委員会が採用しない理由

 我々がレビューした文献には低線量被曝の危険はLNTモデルが示唆するより大きいのだと論じるものがあった。BEIR ?の委員会は、放射線の健康影響研究の全般を考慮するとこの見解は支持できないと考えた。要点を述べると、被曝する線量が大きくなればなるほどリスクも増大するし、線量が小さくなればなるほど健康に対する有害な影響は小さくなる。この結論が成り立つ理由は直観的にいくつか想像してみることができる。まず第一に、たった一つの電離放射線の軌跡でさえ細胞に損傷をもたらす可能性がある。しかしながらその一つが細胞核のDNAを貫通する場合と、もし仮に10個、100個あるいは千個なりがそのDNAを通り抜ける場合を比べるなら、やはりその効果は個数に比例して強弱が生じるだろう。細胞のDNAとの物理的な接触を通して放射線の効果が生じると考えるなら、その効果は低い線量において高くなることがあると想定する理由はないのである。
 生物学の新しい知見では、放射線の軌跡が直接細胞を通過しなくても細胞に影響が出ることが示唆されている。放射線に叩かれた細胞が化学物質の信号や他の方法で別の叩かれていない細胞とコミュニケーションをとるのだと考えている研究者もいる。この説を受けて、放射線に叩かれていない細胞が身体の中に残る低線量の被曝においても、「バイスタンダー(すぐ横にいる)」細胞がダメージを受けて、高線量被曝において観察された結果から外挿できる効果よりも大きな効果を生じてしまうのだ、と考える者もいる。それとは逆に、「バイスタンダー」効果によってもたらされた細胞死のせいで、がんのリスクにさらされた細胞集団の中の細胞数が減少し、結果的にがんのリスクが低減すると考える者もいる。この問題に関してはさらに研究をすすめることが必要ではあるが、現時点においていわゆる「バイスタンダー」効果によって被曝した人間の健康に結局どれほどの正もしくは負の効果が生じるかは明確になっていない。
 要約すると、放射線の健康影響の評価に関連する研究を幅広く見渡してみるなら、低LET放射線がもたらすリスクは LNTモデルから予想されるリスクより決して大きくはないという結論に落ち着かざるを得ない、と言えるだろう。
LNTモデルから推計されるほどには低線量は危険ではない、という見解を
当委員会が採用しない理由

 前節で述べたこととは対照的に、LNTモデルは低線量放射線の健康影響を過大に考えているという見解も委員会は入手している。リスクはLNTから推計できるものより小さいか存在しないかであり、あるいはむしろ低線量被曝は人体によい影響をもたらすこともある、という考えである。我々はこうした仮説も受け入れることはできない。たとえ低線量であっても何らかのリスクがあるらしいことを示す情報の方が優勢なのである。この「要約」で行った単純なリスク計算で示したように、低線量のリスクは確かに小さい。そうは言うものの、我々の採用したがんのリスクの基本モデルでは、たとえ被曝線量が少なくても少ないなりに発がんはもたらされるのである。
 結論を導くにあたってBEIR ?委員会は、低線量においてしきい値が存在することや人体影響が低減することを論じた論文をレビューした。そうした論文の結論は、非常に低い線量での被曝は無害であるかあるいは有益でさえもある、というものだった。これらの研究は、生態学的な研究(特定地域に着目した疫学的研究)であるか、人体の全体をそれで代表させることはできない部分について得られた発見を引用している研究であった。
 生態学的研究は広範な地域特性の関連を調べるものであり、場合によっては、より精密な疫学研究が示す結果と比較するとがんの発症率がうんと大きくなったり小さくなったりすることがある。皆が合意できる見解は、研究の全体を見渡してみて初めて見出すことができる。そのようにして我々が得た見解は、電離放射線の健康リスクは、そのリスクは低線量では小さいわけだが、やはり被曝線量の関数になっている、ということである。
 疫学研究でも実験研究でも、なんらかの相関が見出せる線量域なら線形モデルと矛盾するものは見出されていない。電離放射線の健康影響の主だった研究は1945年の広島・長崎の原爆被爆生存者を調べることで確立された。それらの生存者のうち65%が低線量被曝、すなわち、この報告書で定義した「100mSvに相当するかそれ以下」の低線量に相当する。放射線にしきい値があることや放射線の健康へのよい影響があることを支持する被爆者データはない。他の疫学研究も電離放射線の危険度は線量の関数であることを示している。さらに、小児がんの研究からは、胎児期や幼児期の被曝では低線量においても発がんがもたらされる可能性があることもわかっている。例えば、「オックスフォード小児がん調査」からは「15歳までの子どもでは発がん率が40%増加する」 ことが示されている。これがもたらされるのは、10から20mSvの低線量被曝においてである。
 どのようにがんができるかについて線形性の見解を強く支持する根拠もある。放射線生物学の研究によれば、「可能な限り低い被曝でできる1本の放射線の飛跡は、標的となる細胞の核を通過して細胞のDNAを損傷する可能性が低くても一定程度はある」 。この損傷の一部には、DNAの短い部分に複数の損傷を起こす電離の「突出」があり、修復しにくく、まちがった修復が起こりやすい。委員会は、それ以下では発がんリスクをゼロにするしきい値を示す証拠はないと結論した。
結論

 低LETによる低線量被曝の健康影響をどう理解するかについては難題をかかえてはいるものの、最近の研究のおかげで結論を述べても大丈夫な点も出てきた。BEIR ?委員会の結論は次のとおりである。電離放射線の被曝とそれによって誘発された人間の固形がんの発生の間には線形の線量−応答関係が成り立つ、という仮説は最近の研究が示す科学的証拠と矛盾しない。当委員会は、それ以下だとがんは誘発されないというしきい値が存在するとは考えないが、ただ、低線量域でのがんの誘発はあっても少ないだろうとみなしている。当委員会は、他の疾患(例えば心臓病や脳卒中等)は高レベルの被曝によって引き起こされるとみなしてはいるが、低線量被曝とがん以外の疾患の間にもしかして成り立っているかもしれない線量−応答を評価するにはもっと多くのデータが収集されねばならないと考えている。さらに付け加えるなら、被曝した親が子供を持つとき(放射線被曝で引き起こされた突然変異によって)子どもの健康に悪影響が出ているという事実は見出されていないが、マウスや他の動物においては放射線被曝によって子孫に影響の出る突然変異がもたらされることを示す大量のデータが存在する。したがって、人間だけがこのような影響を免れているだろうと考えられる理由はない。
■米国科学アカデミー

米国科学アカデミー(べいこくかがくアカデミー、National Academy of Sciences. NAS)は、アメリカ合衆国の学術機関。アカデミー会員は、米国における科学、技術、医学におけるプロボノとしての活動を行っている。機関誌として米国科学アカデミー紀要を発行する。

【関連】

日本学士院
イギリス王立科学アカデミー
ドイツ科学アカデミー
フランス科学アカデミー
スウェーデン王立科学アカデミー
ロシア科学アカデミー

『米国科学アカデミー紀要』(英語:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America、略称:PNAS または Proc. Natl. Acad. Sci. USA)は、1914年に創刊された米国科学アカデミー発行の機関誌である。略称の「ピー・エヌ・エイ・エス」と呼ぶのが一般的である。日本では「プロナス」と通称されるがこの名は国際的には通じない。

対象範囲は自然科学全領域のほか、社会科学、人文科学も含む。特に生物科学・医学の分野でインパクトの大きい論文が数多く発表されている。総合学術雑誌として、ネイチャー、サイエンスと並び重要である。独立採算制で、政府やアカデミーからも資金を受けていないので掲載料によって費用を賄っている。

印刷版は週刊、オンライン版(Early Edition)は日刊である。なお発行後6か月経つと(目次や要旨、また著者がオープンアクセスを選択した論文などは最初から)オンラインで無料閲覧できる。1994年から2004年までの引用論文数は1,338,191で、科学専門誌として2位(1位は生化学誌The Journal of Biological Chemistry)。


Proceedings of the National Academy of Sciences
略称 (ISO) PNAS, Proc. Natl. Acad. Sci. USA
学術分野 科学全般
言語 英語
詳細
出版社 National Academy of Sciences
出版国 アメリカ
出版歴 1914年 - 現在
出版間隔 印刷版:週刊
オンライン版:日刊
■チェルノブイリ小児病棟_ 〜5年目の報告〜
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1835586791&owner_id=4090144

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