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オダサク倶楽部コミュの織田作文学トリビア16回「小玉武『洋酒天国』と織田作

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 織田作文学トリビア第16回
★小玉武「『洋酒天国』とその時代」

小玉武さん
 1938年、東京生まれ。神戸、横浜で育つ。早稲田大学卒業後、37年に寿屋(現サントリー)入社、宣伝部で広告制作、『洋酒天国』編集を担当。広報部長、文化事業部長、TBSブリタニカ出版局長を歴任。『サントリークォータリー』創刊、14年間編集長。


 『洋酒天国』はサントリー(旧寿屋)の開高健、山口瞳、柳原良平(アンクルトリスの画)など錚々たるメンバーが制作に関わった雑誌で、主にトリスバーでノベルティとして配布され、顧客吸引に役立つPR誌であった。

 戦後が終わろうかとする昭和31年の4月から、39年の2月までの61号を数え、発行部数はピーク時には20万部を超えた、洋酒やモダンカルチャの通でありたい読者の人気雑誌であった。

 31年といえば、まだ学生時代であったので、トリスバーでの飲酒経験はなかったが、就職してから1、2回先輩に連れられて飲んだことがあるし、『洋酒天国』という洒落た雑誌もそれこそちらっと見た記憶がある。
 しかし、なにぶん薄給、酒屋の立ち飲みがせいぜいであったので、別世界のようなスタンドは腰も気持も落ち着かず、一杯程度ハイボールを飲んだのではなかったかと思う。スタンドバーや『洋酒天国』にみる大人のモダンな社交的な世界には、私のような田舎者は付いて行けなかったのだ。

 新入社員のとき(昭和37年)からこの編集に関わった小玉武は、詳細な文献をもとに、制作者や本誌に執筆した作家、画家、評論家などのことを、まとめている。具体的には、植草甚一、淀川長治、薩摩治郎八、埴谷雄高、山本周五郎などの章を設けている。

 開高、山口という芥川賞作家ほか有能な先輩に指導を受け、当時のモダン派の先端をゆく著名人から刺激を受けたことは、小玉にとって僥倖であったし、その感動が本書を書かしめたと思われる。

 本書の冒頭に、昭和21年11月、当時の寿屋(現サントリー)に入社したばかりの佐治敬三が家庭夫人向け暮らしの啓蒙誌「ホームサイエンス」を創刊したことが紹介されている。設立したばかりの財団法人食品化学研究所を発行元として出版事業に乗り出したのだ。佐伯自らが編集に関わり、後に開高夫人となる牧羊子が編集部の一員として活躍を始めることになる。
 サントリーの経営陣や人脈には大正時代からの阪神モダニズムの影響が濃厚で、本誌もその水脈が流れていると小玉は述べている。

 さて、この創刊号に、「現代の女性を語る」の記事が掲載されており、この座談会には藤沢桓夫、長沖一、阿部知二、宇井無愁等とともに登場するのが、流行作家として注目されていた織田作之助であることが前書に書かれていた。寿屋が大阪に本社があったことにもよるが、大阪出身の作家連を中心に阿部知二が加わっているのが興味を引く。

 座談会のサブタイトルが「戦争が招いた教養のギャップをどう埋めるか、如何にして若者の時代をつくるか」とあり、織田も強い女性の登場を感じとった発言をしているが、現代のような男性と同等の強い女性の出現は想像できなかったであろう。

 この創刊号が出て2ヵ月後に織田作は東京で、読売新聞連載の『土曜夫人』を書いている途中に他界しているから、この小説と座談会記事は、織田作の戦後、新時代の女性観を知るには貴重な記録となった。 

 小玉は本書によって、2007年に第24回織田作之助賞を受賞しており、この座談会の紹介が受賞に一層相応しく花を添える結果となった。

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