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セラニンコミュのヒロノループ

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「痛々しく痛々しい恋」
 ヒロノループはそう言って、涙を流す。
 自分の置かれた状況を適切に言葉にしようとしたらこうなった。ヒロノループはその言葉のどうしようもないくらいのしょうもないくらいの馬鹿馬鹿しいくらいの閉塞感を感じて、どうせなら閉鎖してしまおうとしてノートにその言葉を何度も何度も書いた。書いた。書いた。

 痛々しく痛々しい恋 痛々しく痛々しい恋 痛々しく痛々しい恋

 ノートのページが涙でにじむ。水たまりの中、インクが溶け出して黒くなる。

 ゲシュタルト崩壊どころか重力崩壊だってベータ崩壊だってしそうな状況だとヒロノループは思った。
 そして泣き疲れて眠った。

 明くる日も、ヒロノループは書いた。自分のノートに。鍵付きの、誰も見ることのできないノートに自分の想いを書いた。
 それは痛々しく痛々しい恋だった。だから、思ったままを書いた。
 これは痛々しく痛々しい恋だって。他に何の表現も思いつかなかった。
 A4のB線ノート30枚が三日で無くなった。三日でヒロノループの手にはペンだこができて、腕の筋肉が付いた。ヒロノループの痛々しく痛々しい恋は何処にも行かなかった。当たり前だった。
 閉塞的な想いを閉鎖的な空間に向かって叫んでも、何処にも行かない。

 ヒロノループは恋をしていた。のだと信じている。なぜなら痛々しく痛々しい恋をしていると感じていて、ノートにその想いを綴ると涙がでるのだ。これが恋でなくてなんなのだろう。
 ヒロノループは新しいノートを買う。今度は50枚つづりの分厚いノートを。ペンももっと良いペンにした。

 二週間ほどでヒロノループは速記の達人になる。次第にインクが勿体ない気がしてくる。だからパソコンを買った。
 パスワードを設定したフォルダの中、自分しか読めない文章ファイル。痛々しく痛々しい恋を綴る。誰も読めない。今までよりエコだ。エコエコ。これは痛々しく痛々しい恋だけれど、少しは世間様に顔向けできる形になった。ヒロノループは笑う。
 ヒロノループはそのうちに気付く。同じ事の繰り返し。だったら、コピーしてペーストすれば良いではないか。
 一定量書いて、コピーして、貼り付ける。そしてまた全範囲を指定してコピーして貼り付ける。自分の痛々しく痛々しい恋が倍々に増えていく。
 コピー用紙を半分に折る。それを半分に折る。これを32回ほど繰り返すとその厚さは太陽に届く、ヒロノループはそう聞いたことがある。
 だから自分も同じようにしていれば、そのうちこの想いがどこかに届くかも知れない、そう思ってまた涙を流した。キーボードに落ちた涙は、今度は何の情緒もなく、ただの水たまりのままだった。

 状況は一ミリも変わらない。閉塞的感情。閉鎖された解放区。ヒロノループの叫びは元々他者を想定していないのだから当たり前だが。

 けれどヒロノループは恋をしつづけた。涙を流した。布団を濡らした。手を汚した。髪を切った。化粧を変えた。鏡の前で。誰にも見られないことが大切なのだ。
 この狭い狭い箱庭のような部屋にいることが。

 ヒロノループの書いた切ない思いは遂にパソコンの100GBハードディスクを埋め尽くす。
「痛々しく痛々しい恋」
 たった9文字。18バイトの感情。
 誰にも届かない代わりに、器を破壊する感情。

 ヒロノループはパソコンを閉じる。机にペンで直接書く。机が活字で埋まると本棚に書く。クローゼットに書く。ベッドに書く。壁に書く。天井に書く。
 興味深いことに、大きく書いた言葉の隙間にはまた文字が入る。マクロからミクロへ。
 大きなマジックで書いてみたり、米粒に絵を描くような筆で書いてみたり、文字列で大きな文字を作ったり。部屋の全てがインクの黒に染まるのは可能であろうか? 塗りつぶせない。隙間がある。
 2次元と3次元の間の切ない感情。
 痛々しく痛々しい恋。

 ヒロノループは興奮して感動して感極まって涙を流して鼻血を流しながら部屋中に想いを綴る。自分の涙で薄まったらその上に書き、鼻血で赤く、後に黒くなってもお構いなしにその上に書く。
 誰にも見られることなく、誰にも知られることなく、宝物のようなその痛々しく痛々しい恋は、そして自分自身の体にも記されるようになる。
 ヒロノループの白い肌。左手の甲、手のひら、指、手首、腕、肩、脚、ふくらはぎ、足、足の指、爪、腹、顔(鏡を見ながら)、下腹部(ヒロノループは陰毛が邪魔だと本気で思った)、胸(胸が小さいから、表面積が小さいのは残念だ)、そして左手で書く。不慣れな分時間がかかる。右手、手のひら、指、手首、腕、肩。
 慣れない作業を裸でしているとなんだか変な汗をかく。インクが滲むとその分書くことができる。
 背中はどうしようかとしばらく悩んだ。間接の柔らかいヒロノループはある程度まで書くことはできた。それでも、無理な場所はある。ヒロノループはペンを机の上にテープで固定する。ペン先が外に出るように。そして背中を向けて、体を動かして想いを綴る。

 一番面倒なのは陰部だった。何しろ痛々しく痛々しい恋を、切ない感情を綴っているのだから、面倒くさい粘液が出てきて、書くことを妨げ、書いても書いても上塗りされてしまった。二時間ほど粘ったが、諦めてタンポンをつめてさっさと書いた。

 ヒロノループは真っ黒な部屋の中で真っ黒になって笑った。鏡も活字で真っ黒に染めてしまった。
「痛々しく痛々しい恋」
 18バイトの狂気。
 鏡もなくなり、自分自身にしか見えないこの感情。秘密の想い。
 ヒロノループはそしてまだ目が見えることに絶望する。水晶体に何も書かれていないから目が見えるんだ。自分の想いはそんなものではない。ヒロノループはペン先を良くライターであぶって消毒し、両目に自分の想いを書いた。

 そして何も見えなくなった。

 ヒロノループは、見えない目で恋をしていた。盲目的に。

 けれど、ヒロノループは、自分が誰に恋をしているかなんてもうとっくの昔に忘れてしまっていた。

 痛々しく痛々しい恋。
 18バイトの恋。狂気。閉鎖的で宝物のような、毒。

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