物語の舞台は都市ユルビカンド。政府公認の都市設計家 Eugen Robick(ユーゲン・ロービック)は理性が支配する都市の完成を目指すべく、都市の暗部、貧民街を浄化するための都市計画を議会に建白しているところである。ある日ユーゲンは、工事を進めていた部下が発掘した奇妙な物体を譲り受ける。それは12の辺が組み合わさってできた正六面体の骨組みで、掘削機の刃が欠けてしまうほどに堅固な代物だった。ただ、その用途については知る者が誰もいず、ユーゲンはその物体を持て余すばかりだった。あくる日、彼は奇妙な現象を目の当たりにする。机の上に置いてあった物体の各辺がまるで植物の蔓のように伸長しており、下部は根を生やしたように机に密着しているのだ。ユービックはなんとか机から離そうとするが、引き離すことができるどころか、かえって怪我を負ってしまう。刻々と成長を続ける正六面体。最初は1つだった正六面体が、時とともに2つ、3つと数を増していき、まるで城砦のような様相を呈する。事態を重く見る友人に対して、ユービックは徐々にその物体に魅せられていく。正六面体の成長は留まるところを知らず、日が経つにつれ、物体は部屋いっぱいに広がり、部屋を突き抜け、ついには外部世界へと侵行していく。市民の間に蔓延する不安。事ここに到って政府が介入し、ユービックを拘束するが、そんなことをしたところでなんら事態の解決に資するところはなかった。しかし、その後、なんら解決案を提示する事ができず、それどころかおのれの無力さを露呈するばかりの政府に対して、市民の間にはユービックを英雄視する見方が広がり、ついには政府も彼の拘束を解いてしまう。こうしたやりとりの中で政府は影響力を失い、正六面体と共存していこうという勢力に取って代わられる。やがて、都市を覆い尽くすまでに巨大化した正六面体群は、ユルビカンドの生活そのものを変えていく…
主人公の Giovanni Battista(ジョヴァンニ・バティスタ)は塔の修復家。巨大な塔の一画に住み込み、老朽化し崩れ落ちる壁があれば走っていって修繕する毎日を送っている。楽しみと言えば、卵料理を作り、自家製のブランデーに舌鼓をうつことくらいである。かつては定期的に様子を伺いに来た査察官も彼を訪れなくなって久しい。卵を提供してくれる鶏たちがどうにか彼の孤独を慰めてくれている。そんなある日、とうとう世間から隔絶した生活に嫌気がさしたジョヴァンニは、塔を降りる決心をする。
旅は何日も何日も続いた。だが、いくら歩いても地上に辿りつく気配はない。塔はまるで石でできた巨大な山でもあるかのように、所々に樹木が生い茂り、たまった雨水が沼をなし、時には道半ばにして息絶えた旅人がその屍をさらしていた。先行きの見えない旅に焦燥を感じるジョヴァンニ。彼はあり合わせの材料を用いて手製のグライダーを作り、降下を始める。が、皮肉にも風が彼を元いた場所よりさらに上へと運び去ってしまった。昇っても昇っても、塔はその頂上を見せることがない。そして、もうそろそろ頂上かというところで、グライダーは塔の一画に墜落してしまう…
目を覚ますとジョヴァンニはベッドに横たわっていた。見知らぬ老人と娘が彼の命を救ってくれたらしい。老人は Elias Auréolus Palingénius(エリアス・オレオリュス・パランジェニユス)と名乗り、娘は Milena(ミルナ)と言った。特に父娘というわけではないらしい。ジョヴァンニはそのままエリアスの元に寄宿することになり、徐々に新しい環境に馴染んでいった。怪我もすっかり回復したある日、ミルナがジョヴァンニを町へと連れだす。そこは、今までの彼の生活からは思いも及ばぬほど活気に溢れた町だった。塔はその一画にこのような町を隠し持つほどに巨大なものだったのだ。帰途、エリアスの仕事場を訪れると、彼は客を相手に塔について講釈しているところだった。自称、魂と身体の医者であり、夢と知識の商人、天文学と鉱物学の専門家にして塔の秘密の番人であるエリアスは、塔の秘密―その誕生から未来にいたるまで―を語ることを生業にしているのだと言う。彼の仕事場には一面に塔の来歴を語る絵画が飾られていた。エリアスはジョヴァンニに塔の秘密を語って聞かせる。しかし、そんな彼でも塔の全てを知っているわけではない。現に塔のあちこちで原因不明の異変が起こり始めていた… エリアスとの対話を通じて興味をかきたてられたジョヴァンニは、ミルナを連れて塔の秘密を探る旅へと出かける…
Peeters(ペータース)原作、Schuiten(シュイテン/スクイテン)作画『Les Cités Obscures(闇の都市)』シリーズ第8巻(おそらく…)「L’Ombre d’Un Homme(ある男の影)」(1999年)読了しました。例のごとく椿屋コレクションのお世話になっています。椿屋さん、ありがとうございました! 順番に読みたいなどと思いつつ、もはや順番も何もあったものではないんですが、案外問題ありません。これから読む方、どこからでも始められますよー。梗概は以下のとおり。
保険会社に勤める Albert Chamisso(アルベール・シャミッソー[!])は将来を嘱望された有能な営業マン。3週間前に結婚し美しい妻を手に入れたばかりで、公私共に順風満帆の生活を送っているかに見えた。しかし、そんな彼にも悩みがないわけではない。夜毎、悪夢にうなされているのだ。眠っているとどこからともなく巨大な手が現われ、彼に襲いかかり、きまって汗びっしょりになって目覚めることになる。最初は同情的だった妻も次第にうんざりし始め、2人の仲は険悪なものになってしまう。何とかして悪夢から逃れようと、高名な医師の元へ通うアルベール。薬が効を奏したのかその日から悪夢はぴたりと止んだが、代わりに奇妙な現象が彼の身に降りかかる。なんと彼の影に色がついてしまったのだ! まるで彼自身が光源にでもなったかのように、その後、常に彼そっくりの映像がついて回ることになる。そしてその日を境に、彼のそれまでの幸福な生活は失われてしまう。「影をなくした男」ペーター・シュレミール氏もかくやとばかりに、色つきの影のせいで行く先々で騒動をひきおこすアルベール。挙句には会社から一方的に解雇され、妻からも見放されてしまう… 傷心のアルベールは人目を避けるように住まいを変え、1人ひっそりと暮らし始める。昔日の面影はなく、今では近所の子どもたちの笑いものになっている。なるべく人との接触を避けて生活していたアルベールだが、ひょんなことから向かいのアパートに住む女優の卵 Minna (ミンナ)と親しくなり、それがきっかけで彼の生活は少しずつ変わっていく…
Mylos(ミロス)出身の実業家 Von Rathen(フォン・ラッテン)一家は休暇を利用して Alaxis(アラクシス)を訪れている。両親と息子の Kurt(クルト)は上流階級に属するものにふさわしい落ち着いた物腰だが、娘の Mary(マリー)は見るもの全てが珍しく、はしゃぎ回っては両親を困らせている。マリーは目ざとく「スター・エクスプレス」というジェット・コースターを見つける。うんざりしつつも彼女につき従う一同。案の定、楽しんだのはマリー1人で、降りた時には両親と兄はクタクタになっていた。アトラクションを満喫して上機嫌のマリーだが、何やら調子がおかしい。まともに立つことができないのだ。体を45度くらい斜めに傾けるとようやく安定して立つ(?)ことができる。父親はアトラクションの責任者に苦情を申し立てるが、何の役にも立たない… 帰宅してもこの奇妙な病は癒えず、医者も原因を特定することができなかった。マリーは正常な平衡感覚を失ったまま日常生活を送る。学校が始まると彼女は寄宿舎に入るが、同級生や教師からいじめられ、挙句、素行の悪さを難じられて追い出されてしまう。1人さまよい、Sodrovni(ソドゥロヴニ)という町へ行き着くマリー。居場所を見つけようとするが、誰からも相手にされない。食べるものも見つけられず、1人雪が降りしきる町に座りこんでいたところを、巡回サーカスのロベルトソン一座に拾われる。ロベルトソン一座に加わったマリーは、その特異な平衡感覚を利用して花形となる。Porrentruy(ポレントゥリュイ)という町での公演の際に、マリーは Stanislas Sainclair(スタニスラス・サンクレール)という男の訪問を受ける。『L’Echo des Cités(町々のこだま)』という新聞の編集長を務めるというその男は、彼女と同じような人間を他にも知っているという。そして、Axel Wappendorf(アクセル・ワッペンドルフ)という男なら彼女を治すことができるかもしれないと告げる。ロベルトソン座の一行に別れを告げ、ワッペンドルフがいる Mont Michelson(モン・ミシェルソン)の天文学研究所に向かうマリー。ワッペンドルフはそこで、仲間と共にここしばらくの間に突然現われた惑星について研究し、そこへ至るための装置を開発していた。マリーの話を聞き、いくつかの実験をしたワッペンドルフは、マリーの傾斜がその惑星の出現と関係があることを確信する。数ヶ月の研究の後、ついにロケットを完成させたワッペンドルフはマリーを連れて惑星へと出発する。そこで彼らを待っていたのは… マリーの傾斜の意外な秘密が明らかになる…!
マリーの物語を中心に紹介してみましたが、実はこの作品はマリーの物語とワッペンドルフの物語、それから上では言及しませんでしたが、Augustin Desombres(オーギュスタン・デゾンブル)という画家の物語、この3つが収斂する形で作られています。デゾンブルの物語は写真で構成されていて、これにはかなり違和感を覚えました。なんか写真を漫画のコマのように並べると安っぽく見えてしまうんですよね… ただ、これには書き手側の狙いがあって、最後まで読むと、あー、こういうことなのかーと納得します。絵で描かれた部分と写真が干渉する場面があるんですが、それなんて感動的ですらある。映画『ラ・ジュテ』でスチール写真が一瞬だけ動くのにも似た感動ですね(違うか…?)。マリーが斜めになっていることそれ自体にそれほど焦点が当てられていないのがちょっと残念かなという気がしました。サーカスで高い平均台をマリーが歩いて見せるシーンがあるんですが、それは非常に魅力的なので、そういうシーンがもっとあるとよかったかなと…
第8巻の「ある男の影」と同じく、この巻でも他の作品に出てくる登場人物が再登場しています。スタニスラス・サンクレールはおそらく『闇の都市』外典の「L’Echo des Cités(町々のこだま)」に出てくる人物でしょうし、あと「ある男の影」に端役で登場した Michel Ardan(ミッシェル・アルダン)への言及もほんのちょっとですが、ありました。この人物は第6巻の「Brüsel(ブリュゼル)」に出てくるみたいですね(ちなみにブリュゼルという都市はこの作品の中に少し登場していたりします。奇妙な廃墟という感じで、この都市に何が起こったのか非常に気になる…)。それからこの作品で重要な役割をしているワッペンドルフも「ある男の影」にチョイ役で出ています。こういうバルザックの「人間喜劇」のような試みは面白いですね。スタニスラス・サンクレールとミッシェル・アルダンは共にジャーナリストで、どんな活躍をしてるのか非常に気になります。それから、このシリーズは最初から好んで先行する文学や絵画を引用しているんですが、今回はなんと作品の中にフランスSF文学の父が登場しますよ! ちょっと笑っちゃいますが、ロケットが出てくるんだから当然と言えば当然かな…
あと、奥付にある作品紹介によると、この作品に関連するものとして、「La Musée A. Desombres(A・デゾンブル美術館)」というアルバムがあるみたいですね。品切か絶版になっちゃってるみたいですが、気になるところです。それから、これはこの前、椿屋さんに見せてもらいましたが、「L’Affaire Desombres(デゾンブル事件)」というDVDと本がセットになったものも出版されています。フナックに紹介文がちょっと載ってますが、「オーギュスタン・デゾンブルとは誰か? 19世紀末のへぼ絵描きか、それとも知られざる天才か…」みたいな感じで、大いに興味をそそられます。
ストーリーものではないので要約紹介が難しいんですが、基本的な筋は、「闇の都市」ではなく我々の世界に属するL’Institut Central des Archives(中央古文書学院?)の古文書管理官 Isidore Louis(イジドール・ルイ)が、様々な文書に残された「闇の都市」の痕跡をかき集め、その全体像を類推するといったものです。見開きの左ページにテクスト、右ページに1枚絵という構成で、テクストはイジドールによる報告という形を取っています。左ページのテクストの上に必ず資料を検討中のイジドールの肖像が置かれていて、ページが進むにつれて、本が増えていったり、コーヒー・カップが重なっていったりする様子がなかなか楽しい(笑)。当初、中央古文書学院の任務として研究を行なっていたイジドールですが、いろいろな事実が明るみになるにつれて、彼の報告を危険視した学院当局から逆に妨害を受けて… という感じで話が進みます。
古文書管理官が資料を通じて知ることができる情報や彼の類推という形で、様々な都市、この作品が発表される前に既に出版されていた作品に出てくる都市―サマリとユルビカンド―はもちろんのこと、その後出版される作品の中に出てくる都市―ブリュゼル、ミロス、アラクシス、都市ではないが「塔」―が語られていくのが楽しいですね。「Uqbar(ウクバール)」という言葉が章題の1つにさりげなく使われていたりするんですが、きっとボルヘスの「Tlön, Uqbar, Orbis Tertius(トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス)」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%80%81%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%80%81%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%93%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9)にインスパイヤされた作品なのでしょう。本と現実というか表象と現実というか、その2つの間の境界が曖昧になっていくという点では、「古文書管理官」だけでなく『闇の都市』シリーズ全体が「トレーン…」の正嫡であるような気がします。ちなみに僕がお借りした版は版型的にも魅力的で、通常はたて31cm×横23cmなんですが、40cm×30cmもあります。本の本はやはり巨大でなければということでしょうか(笑)。このまま日本で売ってもまず売れない気がします… ただ、Fnac(フナック)を見ると、現在は通常の版型のものも売ってるみたいですね。
とにかくスキュイテンの世界の面白さ満載の作品です。
先日これもまた椿屋さんにお借りしたスキュイテンとペーテルス共著のL'Aventure des images に書いてあったのですが、「闇の都市」の世界はあらゆる手法でのアプローチをしたいようです。単にアルバムだけでなく。だからこそアルバムも白黒あり、カラーあり。ガイドブックやインターネットでの発展ありで、面白いのでしょうね
Kigalisoupe さん、『デゾンブル事件』のご紹介ありがとうございます! DVD作品がメインということで、おそらくこれは僕の力量にはあまる作品なので(笑)、非常に助かります。「闇の都市」シリーズの他の作品についても言えることですが、メタ的なというか、遊び心に溢れた作りが素晴らしいですね。闇の都市とこちら側の世界の通り道というのは、他にもガイドの中でいくつか紹介されていたような気がします。ブリュノ・ルトールって実在の音楽家なんですか? 「石の夢」って曲名が素敵ですね。澁澤龍彦にも同名のエッセイがあったりしますが、典拠はなんだろう? テープおこし楽しみにしてますよー(笑)。なんなら冊子の方は僕がお手伝いしますし、いつかBD研究会の中で放映しちゃいます? 「闇の都市」特集とか銘打っちゃったりして… なかなか手がつけられませんが、僕は僕で『ある男の影』とかめちゃくちゃ訳してみたいし。『ユルビカンド』もいいなあ。『L'Aventure des images(イメージの冒険)』、未読ですが、これもぜひ読んでみたい! 椿屋さん、いずれお借りします(笑)。これでシリーズも残るところ『L’Écho des Cités(町々のこだま)』と『Voyages en Utopie(ユートピアへの旅)』だけですね。『町々のこだま』は一度読もうとして挫折したので、どなたかの紹介をお待ちしています(笑)。
『Les Cités Obscures(闇の都市)』シリーズ最新刊が出版されました! Casterman(カステルマン)社のメールマガジンで今日知ったところです。タイトルは「La Théorie du grain de sable(「砂粒の理論」とでも訳しておきます)」。Fnac(フナック)のホームページを見てみると、8月23日に出たばかりのようですね。カステルマンのホームページ上で紹介文が読めます↓
http://bd.casterman.com/isbn/978-2-203-34323-8
さらに同ホームページ上には作者のFrançois Schuiten(フランソワ・スキュイテン)とBenoît Peeters(ブノワ・ペータース)の短いインタビューも↓
http://bd.casterman.com/zine/articles/5/31/?id=2037
ホームページの記述に基づいて内容を簡単に紹介すると、こんな感じです。
物語の舞台は「闇の都市」の年代で784年7月21日の Brüsel(ブリュゼル)。Constant Abeels(コンスタン・アベール)という男の家に全く同じ重さ(6,793グラム)の石が突然次々と現われる。奇妙な現象はこれだけに留まらない。隣家では、砂粒が一定の割合で堆積していくという現象が起こり、とあるブラッスリーのコックMaurice(モーリス)は見た目は少しも痩せていないのに体重だけ減っていくという経験をする。日が経つにつれ、これらの奇怪な現象はその数を増やしていく。事態の調査のためにPâhry(パーリ)という都市から1人の女性がやって来る。Mary Von Rathen(マリー・フォン・ラッテン)というその女性は、かつて「l’enfant penchée(傾いた少女)」とあだ名された人物であった。調査を始めたマリーは、まもなくこれらの現象が最近亡くなったGholam Mortiza Khan(ゴーラム・モルティザ・カーン)という男となんらかの関係を持っていることを発見する。彼が命を落とす直前に訪れていたのがla maison Autrique(オートリック邸)という建物だった。一連の奇怪な現象とゴーラム・モルティザ・カーンの関係とは…?