物語は1958年、テヘランの街角でNasser ALI KHANという著明な音楽家が子連れの女性とすれ違い「どこかでお会いした事がありませんでしたか?」と話しかけるところからはじまります。 女性は彼の事をまったく知らないと答え、Nasser ALI KHANはそのまま楽器店へ壊されてしまったTar(三味線のような楽器みたいです)の変わりを買いに行きます。手に入れた楽器は今まで自分が使っていたもの程の音色を奏でません。仕方がないので、息子を連れて、知り合いに教えてもらった街まで夜行バスで買いに出かけるのですが、手に入れた新しいTarはやはり彼に音楽を奏でる喜びを再び感じさせくれる事はありませんでした。壊れてしまった楽器は元へは戻らない。それは絶望的な事で、かれはベットに横になり死を待つ事にしました。 しかし自殺する方法を色々と考えても選べないので、死の方で彼を迎えにくることを寝て待つ事にしました。
2日目:過去に政治犯として収容されていた事もある弟との母親とのエピソード。母が得意だった「poulet aux prunes(鳥のプラム煮?)」という料理が大好物だった事を思いだし、大好きなソフィア・ローレンの胸にだかれて苦しみが少し和らいで眠りに付くのでした。
3日目:妻が「poulet aux prunes」を作って誤りに来るのですが、彼は自分の大切にしていたTarを激しい口論の末、目の前で膝で竿を折って壊してしまった妻をどうしても許す事ができません。 妻は初めて彼とあって話し掛けられた子供の頃を思いだすのですが、彼にとっては妻は本当に好きだった女性にラブレターを渡してもらうだけの存在だった事がわかります。 妻は妻側からの視点で幸せだった頃を思いだしますが、彼にとっては本当に好きだった女性と別れさせられて、たまたま傍にいた妻と結婚しただけなので、「君の事は一度も愛した事はなかった…」と思わず口にだしてしまいます。
五日目:明け方、死が身近に迫って来ている事を感じます。亡くなった母親が枕元に表れ、母親が亡くなった日のエピソードを思いだします。母親の余命があまりないと知って、毎日祈りを捧げていたのですが、その祈りがあまりに過ぎた為に、亡くなった母親の身体から煙りが立ちのぼり、葬式に出席した僧侶から「あまりに強い祈りのために母が旅立てない」と諭されます。 はたして今、Nasser ALI KHANの為に祈ってくれる家族はいるのでしょうか?
『poulet aux prunes』、ようやく読みましたー。abeille さんが紹介してくださってからもう1年半くらい経つんですね… 紹介文を読んで素晴らしい本だと思いましたが、いや、これ実際非常にいい本ですね! 傑作ですよ。タールという楽器の名人である Nasser(ナセール?)は、妻に愛用の楽器を壊されてしまってからは2度とかつての楽器を弾く歓びを取り戻すことができなかったわけですが、楽器とともに壊されてしまったのは彼の音楽の秘密に他なりませんでした。どんな名器でも贖うことができない魂の音… 紹介文を読んだ限りでは、トルストイの『イヴァン・イリッチの死』に似てるかなと思ったんですが、ちょっと違いますね。イヴァンはあらゆる執着から自由になって、全てを赦しつつ死んでいくのですが、ナセールは執着とは言わないまでも、かつての恋人に対する想いを最後まで胸に抱きつつ死んでいくことになります。素晴らしい場面はいくつもあるんですが、死を決めてから3日目にタバコを吸うところで、回想シーンに現われる母親の言葉、「タバコは魂の食べ物なのよ」ってのがすごくいい。僕はタバコを吸わないんですが、こんなこと言われると吸ってもいいかなって気がします。ボブ・マーリーの「Kaya is herb.」みたいなもんですな(笑)。6日目にナセールを訪れる死の天使アズラエルの話もすごく好きです。寓話風に語られるソロモン王時代のある人物とアズラエルのやりとりが好き。そしてまたラストがいいんですよねー。なんで訳されないんだろうなあ…