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ガンダムSEED 【逆襲のカズイ】コミュの機動戦士ガンダムSEED 逆襲のカズイ 21話〜

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第21話 突破

 ガーティ・ルー二番艦のMSデッキでシン・アスカは、ルナマリア・ホークに一時の別れを告げていた。
 シンは最前線に張られた防衛ライン上でMS隊の指揮にあたり、ルナマリアはジェネシス近辺、とりわけミラーブロックの防衛に立つことになっている。
「何とか前線で押さえ込みたいとは思うんだけど……」
「まあ、無理でしょうね」
 あからさまに不安げな表情を浮かべるシンにルナマリアは冷静に言い放った。心配してくれるのは嬉しいが、それは自分の力を信じていないとも取れる。力の差があるのは認めていても、一人のパイロットとしては面白くなかった。
「敵の戦力から見て防衛ラインが突破されるのは避けられないって言われたでしょう? 
あくまで私達の仕事は時間稼ぎ。アレを発射するまでのね」
 そう二人はアーサーから伝えられていた。特に防衛ライン上で無理をする必要は無いのだ。ただ、幾ばくかの時間を足止めできればいい。そうすれば、勝利は揺るがないものになる。
「ジェネシスの防衛に回ったのだって譲歩してるんですからね! あんまり心配しないでよ。私だって赤を着てたんだから。今は、こんなに地味だけどね」
 あまり思いつめないようにと、ルナマリアは冗談交じりに話題を逸らした。そして、自分のパイロットスーツを見下ろしながら吐息を漏らした。
かつてはザフトのトップ・エリートの象徴である、真紅のパイロットスーツに身を包んでいた二人だが今は違う。識別する必要から多少デザインが異なるものの、カズイが愛用しているのと同じように黒を基調としたものを着ている。
「これはね、喪に服してるんだってさ。それが、名すら知らずに命を奪ってしまった相手に対するせめてもの礼だって総帥は言ってた。だから、オレも……」
「……そうだったんだ」
 単純にシンと同じだからという理由で着ていたルナマリアは、それが意味するところ始めて知った。
これから戦う相手、殺してしまうかもしれない相手は祖国であり、かつての同僚である。
見知った人間もいるかも知れない。自分と同様に、そんな葛藤がシンにもあったのだろう。
「やっぱり、辛い?」
「辛くないって言えば嘘になる。でも、オレにも信じているものがあるから……この先の未来がきっと良くなるって信じてるから……」
「だったら、しっかり戦わないとね」
「うん。オレも出来る限りのことをする。ルナも……くれぐれも気をつけて」
 最後まで自分に心を砕くシンに、ルナマリアは苦笑交じりの微笑を返した。身を案じてくれているのは解っている。それが、彼の優しさだということは身に染みている。それでも、
(そんなに信用が無いのかな?)
 パイロットとしての気質が先に立った。ザフトの赤服を着ていたということ自体が名誉なことであり、実力を認められていたということである。それに、先の戦争も戦って生き抜いてきたのだ。そこらのパイロットに遅れをとるつもりはない。それなのに……。
 デスティニーのコクピットに消えていくシンの姿を見送るルナマリアは、自尊心と彼の思いやりの狭間で小さく嘆息した。
エンジンの始動音と共に、デスティニーのコンソールパネルにも明かりが灯った。計器の最終チェックを済ませて異常が無いのを確認し、シンは大きく息を吸い込む。
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」

 敵の防衛ラインが張られると予想される宙域に入ったイザークとムゥは、指揮をとる部隊に警戒を強めるように命令を出した。ジャミングがきつくて敵の正確な位置は把握しきれないものの、このあたりに陣を構えているのは防衛上、間違いないことだろう・
「一点を集中突破、なんてうまくいくもんかね?」
「しかたないでしょう? いつ発射されるか解らないんだ。それに、時間だってかけられない。パパッとジェネシスに取り付いて潰しちまわないと……」
 あまりにも単純明快な作戦の内容に疑問を抱くディアッカにムゥは答えたが、彼自身とても賢いやり方とは思えなかった。しかし、これ以外に手段がないのは、皆も重々承知していることだろう。
(これだけ後手に回されてれば、しょうがないっちゃ、しょうがないんだろうけど……)
 半ば呆れながらディアッカは首に手をかけ関節を鳴らした。体に響く小さな音と感覚に微かな心地よさを感じていると、
「おっと……おしゃべりはここまでみたいだ」
コクピットに警戒音が響き渡った。索敵範囲に入った敵艦隊の位置情報がモニターへ次々に表示される。
「ようやくお出ましか!」
 おびただしい数の戦艦の群れに、イザークは唸り声を上げた。
「全軍、突撃! 一気に突破してジェネシスへ取り付く!」

 戦闘を開始する合図のように、各艦艇から火の手が上がった。間断なく飛び交うミサイルとビームの雨。数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの爆発が巻き起こり、生み出された球状の火炎は次第に光を失っていく。
「ええい! 鬱陶しい!」
 ソード・インパルスのエクスカリバーが横なぎに払われた。腰部から上下に切断されて爆発する敵機。手ごたえから撃墜を確信していたイザークは、それを確認することもなく、次のターゲットを眼前に捕らえる。
「次から次へウジャウジャと!」
 左右の手から放られたビームブーメランが、それぞれの獲物を葬って再びインパルスの手中に返る。
 イザークは苛立っていた。思うように敵部隊を押し込めない。刻々と時間だけが過ぎていく。
 敵は数で勝るザフト・オーブ連合軍と、ほぼ互角の戦いを繰り広げていた。明らかに敵機の方が動きが良い。ザフト兵よりも練度が高いのは疑いようも無いだろう。
「おい! イザーク! チマチマやってる場合じゃないぜ!」
「うるさい! そんなことは解ってる!」
 耳をつんざく怒声に顔をしかめながら、ディアッカはケルベロスの引き金をブラスト・インパルンスに引かせた。
 なぎ払うように走る二本の火線が三機程を巻き込んで霧散させる。
「よし! 今だ!」
 敵小隊を全滅させて一瞬、敵陣の一角が薄くなった。そこを目指して機体を加速させる。
だが、しかし……
「くそっ!」
 バーニアを逆噴射させて、二機が動きを急停止させる。その刹那、ケルベロスと良く似た火線が二機のインパルスの前を遮るように走って消えた。
「また、あいつか……!」
 先ほどから同じ事の繰り返しだった。一角を崩して突破しようとすると現れる、この部隊の指揮を執っているザフトが生んだ最強の一機。さすがに一瞬で決められる相手ではなく、時間をかけざるをえなかった。そして、そうしている間に新たな部隊に囲まれる。
 怒りに満ちたイザークの瞳に映るのは腰部に長距離ビーム砲を構えたデスティニーだった。

「通すかよ!」
 他とは違い突出した力を持った機体が自陣の奥深くまで先行している。
孤立しがちになっているのは時間のなさから生まれる焦りによるものだろう。味方機を随分と引き離してしまっている。
(あんなものまで用意して……!)
 かつての愛機の姿に憤りにも似た感情が生まれていた。しかし、それに流される訳にもいかない。シンは自分の役割が何であるかを、十分に理解していた。
(慌てて落とす必要はない。今はただ……)
「時間を稼ぐ!」
 ミラージュコロイドによる残像を幾重にも発生させながら、デスティニーにビームライフルを乱射させた。
「何してるんだよ! お前達は!」
 今まで少し後方の部隊を指揮していたアカツキのムゥが焦れて前方に出てくると、敵機に囲まれて乱戦状態になっている二機のインパルスを発見した。
 力の差は歴然としている。放っておいても殲滅するのは時間の問題であろう。だが、今はその時間が足りないのだ。
「悠長な事をやってる暇はないんだよ!」
 背部のドラグーンを切り離し、目標を見据えて集中する。
ムゥの意のままに加速する黄金色のドラグーンが、インパルスに取り付いた敵機を次々に貫いていく。
「止めろー!」
「くっ!」
 横から現れたデスティニーのアロンダイトが振り下ろされた。アカツキは慌ててビームサーベルを引き抜いてアカツキがそれを受ける。
 出力はデスティニーの方が上だった。鍔迫り合いのまま、ジリジリと圧されていく。
(これじゃっ……!)
 飛ばしたドラグーンが間に合う距離ではない。このままでは、ビームサーベルごと両断される、そう思った時だった。
目の前を赤い光が包みこむ!
「大丈夫かよ、おっさん?」
 光が流れ消えるのと同時に、ディアッカの声が耳に入った。正面にはトンボを切って距離をとるデスティニー姿が映る。
「全く。荒っぽいことしてくれちゃって……」
 目だけを横に動かすとこちらに向かって、ブラスト・インパルスがケルベロスの銃口を向けていた。
「いいだろ、別に。どうせ、そいつにコレは効かないんだからさ」
「それはそうなんだが、何つーか……心臓に悪い」
確かに鏡面装甲ヤタノカガミに身を包んだアカツキにビーム兵器は効きはしない。ムゥもそれは解っている。だが、自らに銃口を向けられるのは、決して気持ちのいいものではないのだ。
「年だな」
「……うるさい!」
 ディアッカの軽口に閉口しながらも、ムゥは現状を理解し始めていた。
 今、目の前にいるこの敵をどうにかしないと先に進めないということを。

 ビームブーメランがアカツキの装甲をかすめ、二機のインパルスには長距離ビーム砲の牽制が入る。
 厄介なことこの上なかった。デスティニーに気を取られているうちに、敵の増援に囲まれてしまう。対して、味方機はまだ後方。ここまでたどり着くには、もう少しかかることだろう。
「どうするよ、イザーク?」
「どうもこうも、奴を落とすしかないだろうが!」
 焦りと苛立ちが二人の声を荒立てる。
 もともとプライドが高い二人である。相手がデスティニーであろうと、負けるつもりは無い。ただ、あくまで牽制に専念するデスティニーにはなかなか取り付けず、また、無視して進むことも出来そうにない。それが、二人の感情を高ぶらせるのである。
(簡単に倒せれば苦労はしないんだが……どうする? オレが抑えるか?)
 インパルスの二人よりも、幾分冷静なムゥは胸中で呟いた。
 ドラグーンが使える以上、一対多数であればアカツキの方が有利であろう。デスティニーを相手にしてもいても、抑え込む自信はある。だが、いくら強いといっても、たった二機。それだけで、これ以上先行させるには不安が残った。
(せめてオレもついていければ……)
 ムゥがそんな逡巡に囚われているとき、戦闘宙域の後方で変化が起きた。
 一陣の風が僅かながらも戦局を動かした。殆ど拮抗していた戦闘バランスが連合軍に傾き始め、それがこの場にも現れる。
流れるような連携で敵機を撃破しながら、乱入してくる三機のMS。スカートを履いているかのように開いた足、全体的に丸みを帯びた重厚な機体である「何をこんな所でノタノタしてるんだい?」
 挑発めいた女の声にムゥの顔が驚きに変わる。
「お前等が何でこんな所に? エターナルについてなくていいのかよ?」
「ラクス様のご命令だからねぇ。それに、あそこにはキラ様がいるから大丈夫さ。ここは抑える! アンタ等はさっさと行っちまいな!」
「スマン! 任せる!」
 ドムトルーパーのパイロット、ヒルダ・ハーケンに答えると、ムゥはビームライフルで敵機を撃墜し、敵陣に穴をあける。
「行くぞ! お前等!」
 素直に従うディアッカと、命令されることに不快感を感じるイザークがアカツキに続いて突破をはかる。
「させるかよ!」
 シンの咆哮と同時に射出された長距離ビーム砲の火線が進路を遮った。動きを止める三機に対し、これ以上は進ませまいと、シンはデスティニーを突っ込ませる。だが、そこに、
「ジェット!」
「ストリーム!」
「アタック!」
 ドムトルーパーの三位一体の攻撃が降り注いだ。スクリーニングニンバスの赤い光にその身を包み、三機のドムからギガランチャーが放たれる。
一発は交わしきれない、そう瞬時に判断したシンは機体を振りながら、すかさずビームシールドを展開させる。二発のギガランチャーはデスティニーの残像を貫くに留まるものの、もう一発は予想通りにシールドに着弾する。
「……しまった!」
 その隙を見逃すムゥ達ではない。全速力で宙域を駆ける三機の姿は、もう小さくなり始めている。
「逃がすか!」
 自らの失策に怒りを満たしたシンは、乱暴にデスティニーをコントロールして突破をはかる三機に機体を向ける。
 だが、その進路上には、すでに三機のドムが割り込んでいた。ギガランチャーの照準にデスティニーがしっかりと捕らえられている。
「お前はここで沈むんだよ! いくよ! お前達!」
「おうよ!」
「ラクス様の為に!」
 ヒルダの掛け声にヘルベルト・フォン・ラインハルトとマーズ・シメオンが呼応すると三機のドムは再びスクリーニングニンバスを展開させた。

「くそっ! くそっ!」
 今度はシンが焦りと苛立ちに塗れる番だった。
 スクリーニングニンバスが生み出した防御フィールドの影響で、ビームライフルが本来の攻撃力を発揮しない。いつもより頼りなく見えるビームの帯が、先頭のドムを虚しく弾いていく。
それをあざ笑うかのように突っ込んでくる三機のドムは、姿を隠すように縦にラインをとっていた。その為、後続の二機の攻撃がひたすら見えにくい。シンも回避するのが精一杯だった。
(さっさとアイツ等を追いかけないと……ジェネシスが!)
新たな敵機は、先ほどの三機とは腕も機体の性能も劣っている。しかし、絡みつくような三位一体の攻撃には、さすがにシンも手を焼いていた。
(それに……ここも限界か!?)
 幾らか、味方機の数が減っているとシンは感じていた。この側にも敵機は侵入してきているだろう。そのせいか、先ほどとは違ってドムを相手に一機で戦っている。味方機も自らのテリトリーを守るのに忙しいのかもしれない。
「だけど……後、もう少しは!」
 ビームライフルでは埒があかないと、シンはデスティニーの背負った長距離ビーム砲を回転させて、腰部に固定させた。
「落ちろ!」
 三機の軸が揃った瞬間に引き金を引いた。ビームライフルの何倍も太く真っ直ぐに伸びる赤い火線。さすがに、それを受け止める勇気はなかったのか、三機のドムは散開する。
「甘いんだよ!」
 散ったドムのそれぞれから、ギガランチャーが連射された。三方向から矢継ぎ早に飛んでくるビームの雨を、デスティニーは残像をなびかせながら避けていく。
「チッ、癪だねぇ」
 見惚れるような動きを見せるデスティニーに、ヒルダは思わず舌打ちした。
 三機でかかって、たった一機のMSも落とせない。このことは、彼女にとって屈辱でしかなかった。幾たびに渡って仕掛けたジェットストリームアタックは、ことごとくいなされて、シールド以外には当たりもしない。
(だが、それも終わりだよ……)
 小さな綻びが次第に大きくなってきていた。数という名の圧倒的な材料が戦局を支配し敵の防衛ラインが徐々に後退を始めている。第二陣が到着すれば一気に落とせることだろう。
「さあ、次、行くよ!」
 ヒルダの号令に応じるように、三機のドムはジェットストリームアタックの態勢へ移行いていった。

 一際大きな爆発が起こった。戦場に生み出された境界線の少し連合軍の側である。それを合図にするように、次々に連合軍のMSと艦艇が爆発の連鎖に巻き込まれていく。
新たな混沌が到来した戦場で連合軍に傾きかけた天秤が、またもや大きく揺らぎ始めた。

 流れが変わった、そうヒルダ・ハーケンはパイロットスーツ越しに感じていた。
 もうすぐ押し込めるはずだった防衛ラインは、再び頑健さを取り戻し、強固な壁へと生まれ変わっている。
そして、第二陣は彼女の予想を裏切って、未だこの場所に到着していない。
(後方でなにかあったのか……?)
 それは間違いないだろう。敵軍は策に長けていると聞いている。不意に横を突かれたのかもしれない。
(賢しい真似を……だけどね!)
 すぐに頭を切り替えた。敵の援軍が現れようと、目の前の敵を落としてしまえば流れが再びこちらに戻るのだ。

「持ち直した?」
デスティニーのコクピットで、シンも変化を読み取っていた。一言で言えば、空気が変わったのだ。もちろん、宇宙に空気が存在しているはずもない。ただ漠然と雰囲気のようなものが変わり始めている。
「くそっ! 馬鹿の一つ覚えみたいに!」
 またしても敢行されるジェットストリームアタック。多少は慣れて来たもの打開策を見出せないシンは、機体を揺すって避けるしかなかった。
(……どうする、どうする?)
 ビームライフルでは力不足。パルマフィオキーナもそれは同じ。長距離ビーム砲は隙が大きくて当たらない。アロンダイトでは初手をカバーできずに、後方の二機からの攻撃を喰らってしまう。
 思索を巡らせるものの、どれも決定打にはなりそうにない。こうなったら、直撃をうける覚悟を決めて、まずは一機でも落とそうか……そう思った時だった。
「……何を遊んでいるんだ、お前は?」
 不意に入った通信に心が躍った。苦悩に満ちた表情が、勝利を確信した輝きに変わる。
「ちょっと手伝ってもらえませんかね?」
 デスティニーの上方に佇む真紅の機体をシンは見上げる。
「あの程度の輩に手間取るお前じゃあるまいに……まあ、いい。さっさと片付けるぞ」
 ゆっくりと機体を制御しながら、カズイはセイバーをデスティニーの横につけた。

「あれは確か……」
「ああ。例の奴だね」
 ジャスティスのアスラン・ザラを一蹴し、ジュール隊を子ども扱いにしたZGMF−X23Sセイバーの同型機。敵の大将が搭乗しているとの情報もある。
「よくも、こんな所までノコノコと……」
 激しい口調とは裏腹に、ヒルダの心は湧いていた。相手はこれ以上ない格好の獲物である。最高の手柄を収めるチャンスだった。
「アイツを落とせば戦も終わる。行くよ!」
 新たな獲物に目標を定めて、三機のドムが加速を始めた。

「総帥、アレは!」
「ああ。さっき見た。お前は軸を合わせて、そいつをぶっ放せばいい。合図は出す」
 デスティニーの長距離ビーム砲に軽く触れるとセイバーは、真正面からドムに向かって突っ込んでいった。
 その後ろ姿を尻目に、徒労に終わるんじゃいかという想いにシンはかられた。軸を合わせての攻撃は、すでに何度も試しているのだ。
(だいたい軸を合わせたら、セイバーに当たっちゃうじゃないか!)
胸中でシンは毒づいた。だが、そんなことがある訳が無い。何かある、そう思って命令の真意を汲み取ろうと、必死に頭を働かせるながら、命令どおりに機体を動かす。直線で結ばれる四つの機体。見えるのはセイバーの後ろ姿のみ。ドムの姿は隠れて見えない。
(そういうことか!)
 この時、シンはカズイの言葉の意味を察した。
「舐めるんじゃないよ!」
 迫るセイバーにヒルダは怒声を浴びせた。ジェットストリームアタック相手に突撃してくるなんて、ただの馬鹿か自殺志願者ぐらいのものだろう。だが、恐らくセイバーはどちらにも該当しないはず。その程度の人間がザフトを手玉に取れようはずもない。
 とどのつまり、セイバーのパイロットには自分達三機を相手にしても、簡単に肩がつくと踏んでいるのだ。
(見誤ったことを後悔するがいい!)
 いつもよりも正確に照準をつけた。セイバーのコクピットを寸分たがわず打ち抜くように、ギガランチャーの引き金に指をかける。だが、その刹那、セイバーが変形して最加速した。ドム三機の斜め上方に進路を代えて、高速で上昇していく。照準から消えたセイバーの姿を、ヒルダは思わずその目で追った。
 真紅に輝くMA。それが、彼女が最後に見たものだった。
赤い奔流に先頭のドムが貫かれて爆発した。多少の距離があった為、後続の二機は何とか避ける。
「ヒルダ! くそっ! アイツ等!」
 もう一人のドムのパイロット、ヘルベルトは激昂した。
一機に目を向けさせて、後続が隙を突く。要はジェットストリームアタックと同じことをされたのだ。その屈辱とヒルダを失った悲しみにヘルベルトは我を忘れる。
 怒りを灯した視線の先にはヒルダを落としたデスティニー。仇を取らんとギガランチャーを再び構える。
だが、そこまでだった。
 背後からセイバーのビームサーベルがコクピットを貫いた。腹部に大きく穴を開けたドムはジリジリと放電する音をたてて、やがて爆発する。
「ヘルベルトー!」
 悲痛な叫び声が、マーズのコクピットに響いた。
幾多の戦争を共に生き抜いてきた戦友の度重なる死――絶望が心を支配する。
「くそっ! 仇は取る! せめて、一機だけでも!」
 自らを奮い立たせるようにマーズは叫んだ。
 ビームサーベルを身構えて自機に迫るセイバーを向かって、自らも背からビームサーベルを引き抜いた。同時にスクリーニングニンバスも展開させる。
 防御フィールドが形成されてドムが赤光に包まれた。さすがのセイバーもこれには怯むことだろう。マーズはそこで生まれた隙に、サーベルを叩きつけるつもりだった。
「この野郎!」
 気合一閃、突っ込むセイバーを狙ってビームサーベルを振り下ろした。だが、セイバーは防御フィールドを避けるように機体を翻して横を抜けていく。
「な……」
 マーズの言葉はそこで途切れ……ドムの腰部は切断された。
 大きな弧を描くビームブーメラン。最後のドムを撃破したそれを受け止め格納すると、シンは大きく息を吐き出した。だが、勝利の余韻に浸っている暇は無い。
「総帥! 何機かにここを突破されました……」
「かまわんよ。ものの数ではない。それよりも、信号弾を上げさせる。ここから一番近い艦は?」
「えっ? じゃあ……」
「ああ。そろそろ時間だ。よく持ちこたえたな、シン」
 カズイの言葉に安堵の吐息を漏らしながら、シンはセイバーに情報を送信した。

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第22話 罠

 集団戦闘を行う以上、全艦隊、そして小隊レベルにおいても陣形というものが重要になってくる。もちろん、それは宇宙空間においても同様であろう。
古来より鶴翼の陣というものがある。V字型に陣形を整えて、凹んだ部分に敵を呼び込んで戦闘を行う為の陣形で、数に勝っている方が敷くと有効に働くとされている。
 カズイ・バスカーク率いる艦隊が敷いているのがそれだった。もちろん、宇宙では上下の空間が自由に使えるから、そのままV字型では意味が無い。その部分をカバーするように、艦をしっかりと配置している。結果、少し深めの鍋のような形になっていた。
 それに対してオーブ・プラント連合軍が取った策――それは、敵陣の一番薄い場所、もしくは最短距離にあたる場所に集中攻撃をかけて突破をはかるというもの。要は、数を頼りにしての突撃である。
 しかし、それをただの愚作と罵ることはできないだろう。彼等が限られた時間の中で可能な選択肢は、あまりにも少ない。その上で、最短、最速でジェネシスに辿り着くには、この方法が最善と言っても過言ではなかったであろうから。
それに、この作戦の成功率は決して低いものではない。敵軍の数は自軍の半分以下である。戦力差を考えれば、突破にさほど時間がかかることはない、そう、連合軍の作戦本部は考えていた。
 第一陣が、敵の艦隊、それが織り成す陣形を確認したとき、彼等の目標は敵陣の底に設定された。こちらに比べれば大した数ではない。それに、敵が敷いた陣は、もともと多数側が使ってこそ意味があるもので、ただ平面に艦隊を並べるよりも少しマシになだけという代物だ。横を突破されるのを恐れて、防衛ラインを広げる為の苦肉の策に過ぎない。それならば、中央を突っ切ってしまえばいい、という判断だった。
「信号弾……!? まさか、ここを捨てるつもり?」
 突如上がった数色にわたる眩い閃光。その光を確認したであろう敵機の動きからマリュー・ラミアスはその意味を察した。
 今現在、彼女が指揮を執るアーク・エンジェルは敵陣の最奥に向かっていた。先行するMS隊の切り開いた道を、幾つかのザフトの艦艇と共に進んでいるのである。
(底が抜けたの……?)
 思ったよりも時間がかかっているし、先行したMS隊が敵陣の底を抜いてもおかしくはない。しかし、だからといって、敵が簡単に撤退するのだろうか……。
 不可解という訳ではない。突破した部隊への追撃かもしれないし、防衛ライン自体を後退させるのかもしれない。しかし、
(変ね……胸騒ぎがする)
浮沈艦アーク・エンジェルの艦長としての経験か、一人の軍人、もしくは女の勘かは解らない。ただ、何かが告げていた――この状況はおかしいと。
「アーク・エンジェル、全速前進。一気に突破します!」
 退く訳にはいかない状況で、この宙域を抜けることができる唯一の選択肢は、さっさと“底”を抜けてしまうことだった。

 鍋の底にあたる部分に陣取っていたガーティ・ルー級の一隻に着艦したカズイとシンはそのブリッジから信号弾を見上げていた。
 撤退ではない。だが、それはシンにとっては同義である。
信号弾が意味しているのは、艦艇の移動。それも、陣の底に位置している艦艇の移動である。鍋の底が抜け、円筒状に変化していく自陣の様子を、シンは不可解な思いで見つめていた。何しろ、彼が今まで必死に守ってきた場所であるのだから。
「奴等にとっての敗北というのは、何を指していると思う?」
 突然の質問にシンは怪訝な表情を浮かべた。現状と全く関係のない事だと思えたからである。どうせなら、せっかく守ってきた場所を捨て、艦を移動させている意味を知りたった。
「それは……もちろん、オーブにジェネシスが撃たれることです」
 信号弾の光に染まるカズイの横顔を眺めながら、シンは答えた。それは解りきったことである。その時間を稼ぐ為に、自分は防衛ラインを守っていたのだ。
「そうだな。守るべきものを失ったのであれば、それは負けと等しいだろう。だったら、その後は?」
「……え?」
「ジェネシスがオーブに撃たれた後、奴等はどうする?」
 オーブ連合首長国は途方もない損害を負うだろう。島国であり、国土も大きくはないかの国では、国家としての様相を呈することすら難しくなるかもしれない。そうなった上で、彼等がどういった行動をとるか……。
「全力でオレ達を潰しにかかるでしょう。そうしないと、奴等が生き延びる術はない」
 世界の殆どの国々がバスカークの名に一歩引いた状態になっている。だが、オーブが落ちれば、こぞって追従してくることだろう。どこも、オーブと同じ目にあいたくはないであろうから。
 結果、残ったオーブの勢力とプラントに対しての包囲網は、確固としたものになる。世界の全てを敵に回すことになるだろう。そうなれば、国としては終わったも同然である。
 それを避ける為の唯一の方法が、こちらを殲滅して、事実を世界に知らしめることである。証拠を突きつけ世論を動かし、人心を味方につける。そうすることで、始めて活路が見出せる。
「だったら、オレ達にとっての勝利とはなんだろうな?」
終息して消えていく信号弾。その光を発していた場所を見つめたままカズイは訊ねた。
「……オーブを潰した上で、奴等を殲滅する……ということになりますね」
 自分の試すような彼の質問に、期待通りに答えられているかという不安から、シンはか細い声でそれに答える。
「そういうことだ。オーブにジェネシスを撃ったからといって、オレ達は勝ったことにはならない。結局は、奴等を潰さねばならん。だったら……」
そこで言葉を切って、カズイは視線をシンに向けた。微かに悲しげな笑みを浮かべるカズイの瞳を見据えながら、シンは彼の真意を探ろうとする。
「別に順番にこだわらなくてもいいんじゃないか?」

 先行したイザーク達は、徐々にジェネシス近くの防衛部隊と戦闘を繰り広げていた。ジェネシスはもう、MSのモニターで確認できる位置にまで近づいてきている。
(もう少しだ! 後少しでジェネシスに取り付ける)
 敵の防衛ラインを突破できたのだろう。少しずつ後続の部隊も集まってきている。そうなれば時間の問題だ。数さえ揃えば一気にここも突破できる。そう思った時だった。
「おい、イザーク! アレ!」
 ケルベロスの掃射で敵機をなぎ払っていたディアッカが異変に気付く。
 ジェネシスが動いていた。バーニアで制動をかけながら、ゆっくりと回転している。
「なっ!? まさか……」
 敵機をエクスカリバーで両断しながら、イザークは背筋に走る冷たいものを感じていた。

「お前に謝らなければならないことがある」
「……何ですか?」
 先ほどの言葉の説明もなく、突如切り出されたカズイの謝罪に、シンは再び怪訝な表情を浮かべた。
「お前が考えているよりも、ジェネシスの準備にかかる時間は少ないんだ」
「……ということは、もしかして……」
「ああ。オーブなど焼こうと思えばいつでも焼けた」
「だったら何で時間稼ぎなんか……まさか……!」
 過る疑問と共に全てが繋がった。円筒状に変化していく自陣、勝利の条件、そしてカズイが言った順番という単語……。
「全てはそう……奴等を誘い込む為だ」

 まだまだ距離が離れている。とてもじゃないが、阻止できる距離ではない。立ちはだかる敵機に怒りをぶつけるイザーク達の心中は焦りで満ち溢れていた。
スローモーションのように、光が集中していくのがはっきり見えた。やがて動き出した光は複雑な形をしたミラーブロックに集まっていく。
「……くっそおおおおおおお!」
 虚しく響く叫び声をかき消すように、滅びを生み出す為だけの光の矢が宇宙を駆けた。
第23話 怒り

 駆け抜ける光の奔流――それが生みだす火球の連鎖に、イザークは絶望の淵に立たされる思いだった。
 振り向いた先に見えるのは、先ほど自分達が突破してきた敵の防衛ライン――つまり、敵と味方が戦闘を繰り広げている宙域である。そして、なぎ払う光の先にあるのは味方の本隊だ。もちろん、ザフトの旗艦たるミネルバもそこにいるはずである。
(アスラン、無事でいてくれよ……)
 味方の被害がどれほどかは解らない。だが、とても楽観視できるようなものではないだろう。もしかしたら、ミネルバもエターナルも今の一撃で沈んでしまったかもしれない。
(くそっ! そんな事があるか!)
嫌な予感を振り切るように、イザークは頭を振った。そして、取り囲む敵機を睨みつける。
まだ敗北は決まっていない。だったら、やることはただ一つ。
「絶対に二射目は撃たせん! 行くぞ、ディアッカ!」
 次が放たれれば負けが決定的なものになってしまう。今、彼等にできることは、目の前の目標に全力を尽くし、阻止に専念することだった。

 掠めるジェネシスの光に激震が走るミネルバ。悲鳴が乱舞するそのブリッジで、アスランは唇をかみ締めていた。
「くっ……!」
 怒りと後悔を露わに肘掛を激しく叩く。うつむいて隠れたアスランの表情は苦汁に激しく歪んでいた。
 決して失念していた訳ではない。その可能性も十分に考慮していたはずである。だが、まさか味方を巻き込んでまでジェネシスを使用するとは思わなかった。
 敵が敷いた防衛ラインは、自軍にとってもジェネシスに対する盾となると考えていたのである。
「落ち着け! とにかくミネルバが無事であることを味方艦に伝令しろ! 続いて被害状況と敵軍の動向の報告! 急げよ!」
立ち上がって激しく叱咤するアスランに、ブリッジも少しばかり静けさを取り戻す。
 自軍の建て直しに必要なのは、真っ先にミネルバが健在であることが伝えることである。
旗艦が健在と知れば、今の一撃で混乱している味方も幾らか落ち着きを取り戻すことだろう。そうしなければ、命令の伝達もままならなくなってしまう。
 アスランは自分の命によって、忙しく動き出すオペレーター達の声を聞きながら、小さく吐息を漏らした。そして、この付近のレーダーに目を移す。
(キラ達は無事か……。だが……)
 並行しているはずのエターナルの反応を確認して僅かに安堵するものの、味方の被害が甚大であることが一目で解って愕然とした。
 照射線上の艦艇は消滅――被害は全体の五分の一といったところだろうか。ざっと見たところ、まだ敵よりも数は多いものの、この一撃が戦局に大きく影響することに、疑いの余地はなかった。
「議長! 状況の確認、終わりました!」
 メイリンは、アスランの視線がこちらに動くのを確かめると、把握できた情報を朗々と読み上げていった。その大部分はアスランの予想と大差はない。ただ、ひとつの点を除いては……。
「――敵軍の被害はない……?」
 耳を疑う彼女の言葉にアスランは思わず問い返した。
「はい。敵軍はジェネシスの発射直前に、射線上の部隊を退かせています」
「どうして、それで異変に気が付かない!」
「それが……ええと、第一陣が敵陣の底を押し込んで、突き抜けるように突破したそうです。それで、なんていうか……敵陣にぽっかり穴があいて……そのままドーナツみたいに変化して――」
「――その穴を通さされたということか?」
「はい。その穴に雪崩れ込んでいった第二陣・三陣の被害が大きくて、ほぼ壊滅状態です」
 悔しさから握ったアスランのこぶしは震えていた。あまりに強く握りすぎ、爪が浅く掌を裂いて、うっすらと血が滲み始めている。
(……やられた)
 あからさまに退いたのであれば、必ず気が付く。だからこそ、わざと突破させたのだ。
 敵陣に穴が空いたのならば、そこを衝いていくのは基本である。ジェネシスまでの進路を確保する為に艦艇も集中し、穴を広げようと躍起になったことだろう。
 集中する連合軍の攻撃に、防衛ラインを支えきれなくなったと見せかけて、敵軍は射線上から離脱する。その結果、穴に群がる連合軍は格好の的となった。
 叫び出したい気持ちを抑えてアスランは再びコブシを肘掛に叩き落した。
(落ち着け、落ち着くんだ!)
 戦場で冷静さを欠くことが何を意味するのかを、歴戦の戦士であるアスランは良く知っている。それに、何よりも今の自分は軍を指揮する立場である。常に客観的に冷静な判断を下さなければならなかった。

 エターナルのブリッジもミネルバと同様に状況確認に追われていた。もっとも、ザフトと比べてオーブの艦は少ない。先行したアーク・エンジェルに追従した3隻と、エターナルを護衛する艦のみ。その為、被害を被ったとしても、先行したアーク・エンジェル隊だけである。ただし、当のアーク・エンジェルとは未だ連絡がついていないが……。
「――これが……これが君のやり方だっていうのか!」
 間違いなく最も効果的な手段の一つ――それは十分解っている。自分が今いるのは戦場で、戦争をしていることも解っている。それでも、今の一瞬で失われた命のあまりの多さに、キラにはやりきれない想いが溢れていた。
(あの時の君は、全て偽りだったということなの……?)
どうしても工業カレッジ時代と一致しない。少なくとも、自分が知っている彼はこんなことをする人間ではなかった。
 今や敵の指揮官と目されるカズイ・バスカークは、最大の効果を見出せればジェネシスであろうと躊躇なく撃つことのできる人間だ。敵であろうと極力殺したくない自分とは完全に対極の存在になっている。
(こんなことは……絶対に……止めさせなくっちゃ……)
 もう、自分の知っている彼とは違うのかもしれない。それでも、この暴挙を止めることが、かつての友人としての努めであるはずだと、キラは思う。
 たとえ、カズイがそう思っていなくても……。
 信号弾を上げさせた艦の艦長に、今後の作戦について説明を終えたカズイが振り向くと、憮然とした表情で自分を見つめるシンと目が合った。
「――不服そうだな」
「……どうして教えてくれなかったんですか? そんなに信用できませんか?」
 シンが受けていたのはジェネシスを発射するまでの時間稼ぎ。その命令自体に偽りはない。だが、実際には目標は違うし、彼が知っていた作戦とは違う。本来の作戦内容に納得がいかない訳ではないが、それを隠して、正確に伝えられなかったこととがシンには不満だった。
「オレはいちいち作戦の全容をお前に説明しなければいけないのか?」
「そんなことは言ってませんよ! だけど!」
 詰め寄るシンを苦笑交じりに手で制し、カズイはMSデッキに向かう為にブリッジの扉を抜ける。
「あの時、お前は必死だったろ?」
「……え!?」
「防衛ラインを守ろうと必死に戦っただろう? それが必要だったんだ。別にお前を信用してない訳じゃない。それに知ってたら、動きに出たんじゃないか?」
「……かもしれませんね」
 この作戦の肝は防衛ラインが本物であると敵に信じ込ませることである。その為に必要なのは、絶対に抜かせないという覚悟を敵に見せること。危機感を高め、死に物狂いで抗戦する為には知らない方が良いこともある。
 それはシンも例外ではない。仮に知っていたら、どこかに甘えが生まれる可能性があるのは彼自身否定できなかった。
「安心しろ。こんなことは滅多にやらない」
 兵が作戦に疑念を抱くようになれば、全体の士気に関わってくる。味方を騙すという行為は効果的な反面、多用するのは危険な部分も大きいのだ。
 少しだけ悪びれる様子を見せるカズイに、しかたないかと思ったシンは小さく吐息を漏らすのだった。

「なあ、シン。お前は自分の弱点が解っているか?」
「……なんですか、いきなり?」
 人が慌しく行き来する通路を進む中、突然カズイが投げかけた質問に、シンは怪訝な表情を浮かべる。
 これから出てくるであろう敵のために、カズイにはシンに伝えなければならないことがあった。勝つ為に、そして何よりも生き残る為に。
 だが、考えなしにただ教えただけでは、真の意味での理解は得られない。だから、カズイは質問の形を取ることにした。
「いいから答えろ」
「……どうでしょう。自分ではよく解りません」
 少しばかり自問してみるもシンは答えを出せなかった。
 彼が今まで搭乗してきた三種類のインパルスとデスティニーは、どの距離でも力を発揮できるように想定された機体である。そこで培った経験から、特に不得意だと感じる物はなかった。格闘、射撃双方において、どんな敵とでも戦えるという自負がシンにはある。
だからこそ、弱点といわれてもピンと来るものがなかった。
「ならば、何故お前はジャスティスに敗れたんだ?」
「……力負けだと思います。あの時、オレは全力で戦えていたはずですから」
 あくまで淡々と問うカズイに、シンは悔しさを感情が荒ぶるのを押し殺して静かに答えた。
 迷いもあった。アスランの言葉に心を乱された。それは確かなことである。しかし、あの時、
(オレはあの感覚の中にいた……)
 頭の中で何かが弾ける――戦闘中にそんな感じがした時、自分でも信じられないような力を発揮できた。ミネルバの窮地を何度も救い、遂にはフリーダムすら討ち果たした。戦場の全てを見渡せるような……相手の一挙一動を完璧に把握できているような、あの感覚は、ジャスティスとの戦闘の時にもしっかりと感じていた。
 それにも関わらず、完膚なきまでに叩きのめされた。それが、技量の差か、経験の差かは解らない。だが、完全に自分の力が彼に劣っていたのは確かなことだろう。
意撃墜されて、見る影もなくなったデスティニー――その姿が、自分の自信にダブって見えたのは、シンは苦い思い出となっている。
「お前にスイッチが入るのはどんな時だ?」
「……え!?」
 質問の意味が理解できずにシンは問い返す。
「戦闘データを見てれば解る。いきなり動きが変わるだろう? それは、どんな時だと聞いているんだ?」
 メサイヤ攻防戦でのデスティニーのデータをカズイは確認している。そこから、自分が言った全力で戦えていた、という言葉の意味を察したのだろうか。そう思ったシンは斜め下を向きながら十秒程の時間をおいて、
「……それは……多分、敵に対して怒りを感じた時だと思います」
 確信をもてないままに、そう答えた。
 最初のきっかけは、ユニウスセブンが落ちた直後に立ち寄ったオーブを出たときだった。
領海を出たとたん地球軍との戦闘に入り、そして、オーブ艦からの砲撃が始まって……何かが弾けた。
「――オーブ艦が発砲したのを見て、頭来て、こんなんでやられてたまるか、って思ったら急に頭の中がクリアになって……」
 当時、ルナマリアにこんな説明をしたことがある。その後を振り返ってみても、似たようなものだった。オーブが組した地球軍とザフト、その両方に対して傍若無人に振舞うフリーダムに対して、復隊したにも関わらず、ミネルバを捨てて脱走したアスランに対して
――いずれも怒りがきっかけになって、あの感覚に入っている。
「それがお前の弱点だ」
「どういうことですか? ……ていうか、何か知ってるんですか? アレの事を」
 自分でも不可思議に思っていた感覚について、何かしらの回答が出るのではないかと、シンの声が期待に高まる。
「詳しくは知らん。ただ、似たような事例を知っているだけだ」
 状況に対しての慣れ、徐々に上がっていく調子のようなものとは全く違う。ある一点を境に戦闘力が爆発的に上昇する。そんな信じがたい数値の変化に、カズイは目を疑ったことがあった。まだ、アーク・エンジェルに乗艦していた時に。
「それは……いったい?」
「フリーダムのパイロット、キラ・ヤマトだ」
「……フリーダムの……パイロット?」
 シンにとっては意外な答えだった。確かに最強のパイロットの一人である。しかし……
「どうかしたか?」
 眉をしかめて考え込むシンに、カズイが訊ねる。
「いえ、フリーダムは確かに強かったんですが……。その、なんていうか……そんなに劇的に変化したことって、ないように思えて……」
「それが奴とお前の差だ。恐らく奴は、殆ど意図的にコントロールできるようになったのだろう」
「……なっ!?」
 驚愕にシンの目が見開かれた。未だ彼にとってはコントロールするには程遠いものであったから。しかし、あの感覚にいつでも入れるのであれば、想像を絶するようなフリーダムの強さにも合点がいった。
「なら……それが、オレの弱点という訳ですか?」
「違う。お前の弱点は、怒りによって、自分を見失うということだ」
 カズイはそこで歩みを止めて、一歩後ろを歩くシンを振り返った。
「確かに怒りという感情は爆発的な力を生み出すだろう。だが、それだけだ。デメリットの方が遥かに大きい。そんなものに身を委ねれば、周りが見えなくなるし、冷静さを欠いてしまう。戦闘中には確実にマイナス要因だ。特に、強い機体と相手に出会ったときはな。
お前だって、そんな状態で勝てる相手だとは思ってないだろう?」
「それは解ります。……でも、本当にそれで勝てますか?」
 カズイの言う通りだとはシンも思う。それでも素直に頷けなかった。
 これから戦うであろう敵――フリーダムやジャスティスは、戦闘の全てを支配するような、あの感覚をなしにして太刀打ちできる相手だとは思えない。しかし、その状態に入る為には、怒りに身を任せる以外の方法がシンには見つからなかった。
「別にアレを捨てろと言っている訳じゃない。ただ、少し落ち着けと言ってるんだ。大体、フリーダムのパイロットが常に頭に血を上らせて戦闘をしてると思うのか?」
「いえ……そうは思いませんが……」
「なら、そう言うことだ」
 そう言ってカズイは再び歩き出した。
(簡単にそれができれば苦労はしない)
 すぐにカッとなるのが自分の悪い癖だということは、シンにはよく解っている。しかし、それで勝てるような相手でないことも身をもって知っているのだ。
(やるしかないか)
やれる、やれないの問題ではない。やれなければ、また撃墜されてしまうかもしれないのだ。
 新たな想いを胸に、シンがカズイの後ろに続いていると、MSデッキへ続くエレベーターにたどり着いた。
「怒りを引き金にしないで、お前がその感覚を掴めたならば――」
 エレベーターのパネルを操作しながらカズイは首だけ振り返った。
「――オレにだって勝てるかもしれないぞ?」
第24話 絶望の淵から

 パイロットやメカニック達が慌しく動き回るMSデッキでは、ひっきりなしに怒号が飛び交っていた。
 被弾した機体の補修、パーツの交換、弾薬の補充――ジェネシスの照射が生み出した混乱によって、連合軍の波状攻撃は勢いが弱まっている。その隙に、できる限りのことはしなければならなかった。
 もともと数的不利の中で行っている戦いである。その差を埋める為にパイロットも無理をするし、それは結果的に機体に現れる。戦場の裏方として働くメカニックの戦いも熾烈を極めていた。
 そんな状況の中でも、否応なしに目にとまる存在――黒いパイロットスーツに身を包みんだ男が、灰色に染まったMSに向かって進んでいた。その一歩後ろに、似たような格好をした少年を伴って。
「いい。気にするな。そんなことをしている暇はないだろう?」
 カズイは歩み寄って敬礼しようとするメカニック達を大声で制止した。そして、仕事を続けるようにと、右手を払うようにしてみせる。
「作戦も最終段階に入っている。すまんが、みんな! もうひと頑張りしてくれ!」
 周りを見渡しながらカズイが叫ぶと、MSデッキ全体から歓声が沸きあがった。その大きさに、艦が揺れているような錯覚を覚えながらカズイは、右手を高々と上げてそれに答える。
(大丈夫だ。味方の士気は高い)
 各員は戦況が有利に動いているのを知っているし、数多の戦場を勝ち抜いてきた猛者でもある。勝利を疑っている様子は微塵もなく、みんな活気に満ち溢れていた。
「それで、この後はどうするんですか?」
 歓声が止んだのを見計らってシンは訊ねた。今後の作戦については、まだ何も聞かされていない。ただ言われるままに後ろをついてきたことに痺れを切らし、またもや不満げな表情を見せている。
「この宙域については、ここの艦長に詳しく伝えた。すぐにこの艦も動きだす」
「オレ達は……?」
「ジェネシスだ。まずは防衛ラインを突破した奴等を排除する」
 言ってシンの肩を叩くと、カズイは踵を返してセイバーの下へと歩き出した。
(アイツ等か……)
 真っ先に突破していった二機のインパルスと金色のMS――さっきは足止めが目的だったから、まともに組み合ってはいない。だが、その洗練された熟練の動きから、力量は一瞬で把握できた。フリーダムとジャスティスを除けば、間違いなく最大の障害である。
 今頃、彼らはジェネシス周辺に敷いた防御網に突入していることだろう。そして、穴が広がった隙に抜け出た艦艇も。
 あの三機がいたとしても、無事に突破できたと予想される数の艦とMSで、簡単に落ちるほどジェネシスに残した部隊は甘くはない。だが、万一ということもある。作戦には万全を期すべきだということなのだろう。
(ルナ……すぐに行くから……)
 ジェネシスの防衛網にはルナマリアもいる。何も彼女が相手をするとは限らない。しかし、シンの脳裏にはメサイヤ攻防戦の際、ジャスティスによって傷つけられたインパルスの姿が過っていた。
 彼女は自分が守らなければならない――そんな覚悟を胸にシンは駆け出した。セイバーと並び立つデスティニーのコクピットへ向かって。

 ジェネシスによって混乱を極めたオーブ・プラント連合軍だったが、アスランが逐次命令を出しつづけた甲斐もあって、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
 だが、まだ、建て直しが始まった段階である。連携をとって進軍するまでには、今しばらく時間がかかりそうだった。
「……フゥ」
 背もたれに寄りかかって、こめかみを抑えると、アスランは大きく息を吐き出した。
 考えていたよりも、建て直しは順調に進んでいた。最初にかかると思っていた時間の半分以下で済みそうである。だがそれは、自分の指揮が的確であったとか、味方が命令に対して迅速に行動した、などという理由ではない。
(いったい、何を企んでいるんだ?)
 ここぞとばかりに攻勢に転じてくると考えていたアスランだったが、それに反して敵の動きは消極的だった。だからこそ、短時間で事が済みそうなのである。
 少数とはいえ、敵軍はこちらを取り囲むように陣を敷いているのだ。この期に乗じて一斉に攻撃に回られれば、連合軍も手痛いダメージを負ったはずである。非効率的とも思える敵軍の行動の不可解さと、今まで後手に回らされつづけたという事実から生まれる疑念に、アスランは酷く苛まれていた。
「すみません、お知らせしなければならないことが……」
 潜めた声にアスランが顔を上げると、いつの間にか傍らにメイリンが立っていた。
「どうし……。すまん。五分だけ席を外す!」
 顔面蒼白になっている少女に、只ならぬ物を感じたアスランはすぐに立ち上がって、ミネルバの艦長に言い渡した。そして、彼女の手を引いてブリッジの外に出る。
 メイリンの様子から、良くない知らせであるのは間違いない。それも、かなりのレベルで。それが一目で解ったから、アスランは周りに人がいないのを確認して、「何があった?」
「それが……」
 アスランも声を潜めて報告を促すと、メイリンは一枚の書類を差し出した。
送り主はヤキン・ドゥーエに向けた艦隊司令からだった。阻止作戦が終了したにしては嫌に早いと思いつつ、アスランは目を通し始める。
――ヤキン・ドゥーエを包囲して攻撃を開始しようとしていた所、敵艦もMSの一機も見受けられない。どうやら移動開始した前に放棄したようである――
(やはりか……)
 艦隊を向けたのが徒労に終わるのも覚悟の上だった。敵の掌の上で踊らせているのは十分承知していたし、ここまではアスランの予想の範疇だ。しかし、
――ノズルを停止させた直後、ヤキン・ドゥーエは爆発。どうやら、ノズルの停止と連動して爆発するように仕組まれていた模様。撒き散らされた巨大な破片の直撃を受けて、艦隊の半数は撃沈。何とかそれを免れた艦も辛うじて航行が可能といった状態で――
(ヤキンが……自爆……!?)
想像だにしていなかった結末に、アスランは絶句せざるを得なかった。
 罠の可能性は艦隊を預けた司令官に、もちろん示唆しておいた。だが、爆発されてしまったのでは、どうしようもなかったかもしれない。それに、仮にそこまで考えていたとしても、敵の罠は周到である。とても察知できるとは思えなかった。
 唯一の救いは、これがプラントのコロニー群の近辺でなかったということ。後少しでも対処が遅かったなら、途方もない被害が出ていたことは確かであろう。もっとも、今の彼には、そんなことを考えられる余裕はなかったが。
(……勝てない……のか……?)
 ジェネシスの一撃、ヤキン・ドゥーエの自爆――敵の策謀に仲間たちが次々と命を散らしていく中で、アスランにあったのは、それを読みきれなかった自分や敵軍に対する憤慨ではなく、絶望からくる虚脱感だった。
 常にこちらの思考を読み取られ、二手三手先に進まれている。その結果、自分の命令は殆ど最悪の方向に向かってしまった。軍の被害は拡大の一途を辿り、無数の死者を生み出してしまった。
 何をしても無駄なのではないか――そんな想いに支配されて、そのまま崩れ落ちてしまいたかった。
「あの……大丈夫ですか?」
 俯いて絶望に浸りかけたアスランを、少女の憂えた瞳が覗き込んでいた。
(……ああ。そういうことか)
 この報告を聞いて、自分がこうなると察していたのだ。だからこそ、内々に伝えようとしたのだろう。今のような姿をブリッジで晒させないように。アスランは、彼女に対する感謝の念と、自分に対する情けなさが込み上げてきた。
 デュランダルに対する疑いが確信に変わって、ザフトを脱走したあの時から今に到るまで――思えば彼女には気を遣わせてばかりだったのかもしれない。
(……何をやっているんだ、オレは……!)
 唇を強くかみ締めて、アスランはゆっくりと顔を上げた。
絶望の淵で彼を踏みとどまらせたのは、男としてのプライドか。少なくとも、もう彼女にみっともない姿を見せたくはなかった。
(まだだ……まだ負けてはいない!)
 何度辛酸を舐めさせられたといっても、最後の最後で勝てばいい。諦めれば、そこで終わってしまう。オーブも、プラントも。それでは、何の為に今の地位にいるのか解らない。
これ以上、くだらない戦争の被害を生み出さないようにと、プラントに戻ってきたというのに……。
「――すまない。大丈夫だ。戻ろう」
 小さな吐息を漏らしつつ、アスランは何とか笑って見せた。
 ブリッジの扉が開いて姿を現したアスランを、困惑した表情の艦長が出迎えた。
「どうした?」
 またか、という想いは表に出さずにアスランは凛とした声で訊いた。
 敵に裏をかかれるのには、もう慣れなければいけない。一々驚いて、無様な姿は見せる訳にはいかないのだ。それを覚悟で毅然とした対応を取り、冷静な判断を下す。それが、自分にできる最善のことだとアスランは割り切ることにした。
「敵陣の穴が、再び閉まりました」
 艦長の言葉を聞いて巨大スクリーンに目を移すと、交戦開始時と殆ど変わらない形に戻っていた。もっとも、距離的には幾らか後退しているが。
「――そうきたか。これで、迂闊に飛び込めなくなったな」
 円筒状に変化した陣で、そのまま包み、押し込んでしまっては、味方を巻き込む危険がある為にジェネシスが使えない。ならば、連合軍が混乱している間に元に戻して戦ったほうがいいという判断だろう。ジェネシスの影をチラつかせながら。
 それに対して、先ほどのように突破を試みれば連合軍側に。それに脅えて時間をかければオーブにジェネシスが撃たれてしまう。どちらにせよ、最悪のケースであることに違いなかった。
(どうすればいい?)
 時間をかける訳にはいかない。戦力を集中させて穴が広げる訳にもいかない。それを避けてジェネシス近辺に戦力を送り込む方法は……。
(ある……だが……)
 それこそが敵の真の狙いなのかもしれない、そんな疑念に囚われた。だが他の策は見つからない。何よりも、今更策で勝負しても勝てる相手ではなさそうだった。
 しかし、戦場を支配するのは、それだけでない。先のヤキン・ドゥーエでも、メサイヤでも……自分達は劣勢と思われる状況を何度も引っくり返してきた。そして、その力はまだここに残っている。
「メイリン、エターナルと繋いでくれ」
 静かに命令を下すと、アスランは自らの座席に深く座った。何度となく死線を共に越えてきた親友の姿を待ち望みながら……。
第25話 前進

「ミネルバから通信が入っています」
 それは予期していた事だった。
だから、ダコスタの連絡を聞いて見上げるラクスに、キラは小さく頷いた。彼も、自分と同じ答えに辿り着くだろうと思っていたから。
「――繋いで下さい」
 キラに応えてラクスの凛とした声がエターナルのブリッジ響くと、程なくアスランの顔がモニターに映し出された。
険しい顔をしている、とキラは思った。オーブも自国を防衛する為に参加しているが、此度の実質的な指揮権はプラントにある。アスランの双肩には自分よりも遥かに重い責任が圧し掛かっているし、それに比例して心労も計り知れないものがあるのであろう。
そんなアスランに憐憫の情を抱きつつも、キラは慰めの言葉をかけはしなかった。そんなものが意味を成さないのは解っていたし、アスランも求めているとは思えない。
だから代わり言った。彼がこれから言わんとしていることを。
「行こうか、アスラン」
「……ああ」
 キラはほんの少しだけ微笑を浮かべると、アスランもまた笑みを返した。何も言わなくても自分の考えを理解し、賛同してくれている友人に胸を打たれながら。
 “一騎当千”などというのは言葉のあやに過ぎない。どんな強者であっても、大量の兵に間断なく攻め立てられれば、いつかは落ちる。それが戦争というものだ。
 とあるパイロットがカズイ・バスカークを、そう称えたとき、本人から返ってきた答えがこれである。
 それが真実であるかは定かではない。無邪気な子供がただの蟻を無数に踏み潰しても、チクリとした痛みを感じる程度の反撃しか受けないように、存在自体が圧倒的な力の差を生み出している場合もあるかもしれない。
 だが、彼らは信じていた。倒れぬ者など絶対にいないということを。
 それは、彼らが人外の者達と戦ってきたからではない。彼らが最強と疑ってやまない人物の言葉だからである。
 だから、決して怯みはしなかった。目の前の三機が如何に強大な力を誇ろうとも。
「いい加減にぃぃぃ!」
 まとわりつくように接近する敵機を、ソード・インパルスが左右の手にもったエクスカリバーで切り落とし、なぎ払う。
 自らが生み出した炎の塊に、イザークは安堵する暇は与えられない。モニターには、自機に銃口を向けた敵機の姿が映し出され……横からの光の帯に貫かれた。
「ちくしょう! キリがないぜ!」
「うるさい! いずれは終わる!」
 援護しながら愚痴るディアッカに、イザークは怒鳴って返した。
「そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないの?」
 アカツキの背中からドラグーンを切り離し、それを乱れ飛ばしながら疑問を投げかけるムゥだったが、彼自信、状況を打開する為の決定打を見出せずにいた。
 イザークの言葉は真実ではあった。ジェネシスを避けることのできた味方は集まりつつあったし、いずれは敵陣を抜けた後続が辿り着くことだろう。そうすれば、バランス一変する。だが、それを待ってはいられない。
(二射目だけは絶対に……!)
 敵小隊を四方から取り囲んだドラグーンがそれを灰燼に帰す……だが、気休めにすらなりはしない。遠くに見えるジェネシスの影が、ムゥに焦りと苛立ちを覚えさせていた。
 いくら力の差を見せ付けても、攻撃の手は衰えなかった。これほど力の差を見せ付ければ恐れ慄いてもいいはずなのに。
(恐怖って物はないのかよ!)
 なおも群がる十数の敵機に彼自身が恐怖にも似た感情を覚えざるを得なかった。
「ローエングリン照準――てーっ!」
 マリュー・ラミアスの号令に従って、白さが際立つ戦艦の一角――足のような部分の先端が開き……陽電子砲が放たられた。
 MSのビームライフルの比ではない太く巨大な光が、戦艦とMSの存在を意に介さずに、ただひたすらに走り抜ける。
「敵、ガーティ・ルーと思しき戦闘艦二隻と五機のMSの撃破を確認!」
「続いて先行している味方を援護します! バリアント、ゴットフリート照準――」
 巻き起こる爆発の連鎖を生み出した主をムゥは目で捕らえた。その艦から引き続いて撃ちだされるリニアカノンの雨とビーム砲。アカツキを取り囲んでいた敵の一部が次々に被弾し、その姿を光に変えていく。
「無事だったか!」
 ジェネシスの一撃で轟沈したとは思ってはいなかったが、頭の片隅には不安があった事は否定できない。ムゥはその姿に安堵し……それはすぐに歓喜に変わった。
 アーク・エンジェルは殆ど無傷、引き連れてきたオーブ艦三隻も同様である。艦の防衛に出撃しているMS隊の数も申し分ない。
「さすがにやるねぇ! 浮沈艦の艦長様は!」
 敵陣の異変を察知する能力はこれまでの経験から培ったものだろうか。ムゥはただその的確な指揮に感嘆した。そして何よりも、彼自身の予想以上の遥かに上回るスピードで到達してくれた最高の援軍に心が躍る。
(行ける!)
 先ほどまでムゥの心を支配していた焦燥感は、もう微塵も無くなっていた。
「――――ルナマリア・ホーク、以上のパイロットは発進の準備に入ってください」
 すでにコア・スプレンダーのコクピットで待機していたルナマリアは、眉間にしわを寄せながら物思いにふけっていた。
(アーク・エンジェルとインパルスか……)
 モニターには今ジェネシスに接近しつつある敵軍の情報が映し出していた。その中に記された敵艦とMSの名称に、ルナマリアには奇妙な違和感が生まれていた。
 シン・アスカ、そして自分へと乗り継いだインパルス。そして、ミネルバ時代に何度も相対したアーク・エンジェル。それが轡を並べて戦っているという事実――オーブとザフトの連合軍と戦っているのだから理解はできる。だが、どうしてもイメージが湧いてこな
かった。
「どうした? 顔が強張ってるぞ」
「そんなないわ、大丈夫よ」
 そんな表情をしていたのであろうか? ルナマリアは慌てて平静を装った。そしてモニターに作り出された小さなウィンドウに声を返した。そこに映っているのは、これから共に出撃するパイロット――彼女やシンよりも一つ年上の少年である。
「まぁ、総帥とアンタの彼氏が戻ってくるまでの辛抱だ。それまでしっかり守ろうぜ」
「そうね、と言いたい所だけど……そんなことじゃ不味いんじゃないの? 私達で全滅させる! ぐらいの気持ちでやらないと……」
 少し強めの口調でルナマリアは少年を戒めた。ここのパイロットは、皆ザフトの平均的なパイロットよりも遥かに上の技量を持っているのに、一人の男に対する依存心が強すぎるように思える。もっとも、それは信頼の裏返しでもあるのだろうが。
すると少年は一瞬キョトンとした顔をして、「違いない。でもな、戦争なんて物は気合や根性なんかで、どうにかなるようなものじゃないんだ。だから、参謀は作戦や陣の配置なんかに頭を悩ませる。
もちろんオレ達だって、期待以上の結果を残そうと思って頑張るさ。
けど、あまり肩に力を入れすぎると、往々にして周りが見えなくなってくる。
そうなると、簡単に敵の罠にはまっちゃうからな。
それがキッカケになって最終的に戦局全体に影響する、なんてこともある。
そんなことを避けるためにも、まずは自分達の役割をしっかり果たすこと。
張り切るのはいいけれど、今回の場合、大事なのは攻めてきた敵の殲滅じゃなくって、ジェネシスの防衛なんだってことは念頭において置けよ」
「……誰の受け売り?」
「もちろん総帥」
 なぜか少年は得意げに胸を張って答えた。そんな彼にルナマリアは、黙っていれば素直に感心できたのに、と思いながら笑みをこぼす。
「それと、こうも言ってたぜ」
「……?」
「土壇場で勝負を左右するのは精神力の強さだって」
 言って少年が親指を立てたのを最後に、モニターから彼が映ったウィンドウが消えた。
そしてすぐに、少年が搭乗しているMSの発進音がデッキに響き渡る。
(結局、最後は精神論か……)
 ちょっとした矛盾を感じながらも、ルナマリアは妙に納得していた。もちろん彼女も戦闘に関して、精神力が占める比重の大きさを理解している。恐らくは、そのベクトルの向きを諭したかったのだろう。
「そんなに入れ込んでたのかな、私?」
知らず知らずのうちに気負っていたのだろうか。はっきりとした理由は解らないまま呟いた。戦う相手が仇敵だからか、それとも旧友だからなのか……。何となく解ったのは、そんな状態だったから少年があんな話を始めたということぐらいだった。
「――続いてルナマリア・ホーク機、発進してください」
 先の少年との間に一機を挟んでオペレーターからの指令が届いた。それに応えようと、一度大きく息を吸い込む。
「ルナマリア・ホーク、コア・スプレンダー、行くわよ!」
 白地の青いコントラストの戦闘機が一気にスピードに乗って、ガーティ・ルー三番艦から飛び立った。殆ど間をおかずに、フォース・シルエット、チェスト・フライヤー、レッグ・フライヤーも射出される。
 それぞれに軸をあわせて、ルナマリアは瞬時にフォース・インパルスに変形させた。
「――大事なのはジェネシスを防衛すること」
 ルナマリアは少年の言葉を復唱した。今、しなければならないことを絶対に見失わないように。
 二人が交わした短い会話、その意味を理解するのに少しばかりの静寂が訪れ、やがて両艦のブリッジが騒然となった。
「まさか、お二人で行くつもりなのですか!?」
 ラクスの悲痛な叫びがキラに突き刺さった。どう説明しようかとキラはモニター越しのアスランを見やると、彼もまた誰かに詰め寄られているようだった。
「フリーダムとジャスティスで一気に突破する。ミーティアの火力と速度があれば何とかなると思う。大きな穴を空ける訳にはいかないんだし」
 静かに説明するキラに、エターナルのブリッジ再び沈黙した。時間をかけず、敵陣の穴を最小限に留めて突破をはかる為には、数は少ない方がいい。そして、少数であってなお、それを可能にする圧倒的な戦闘力を有する者――彼ら以外には思い浮かばなかった。
 戦局は最悪の方向に進み、次第に身動きが取り辛くなってきている。次の手は早急に打たねばならない。そして、他に妥当な策は見当たらない。だからこそ、反論ができようもなかった。ただ一人を除いては。
「――ダメだ」
 一喝したのはバルドフェルドだった。自らの席から首だけを回してキラを隻眼で睨みつける。
「どうしてですか?」
「解らないのか? アスラン、お前もだ」
 モニターのアスランを一瞥して、バルドフェルドは問うキラに視線を戻す。
「何の為に彼らが先行したと思っている?」
「……それは……でも!」
 自分達を後方に残したマリューやムゥ等の気持ちは痛いほど解っていた。二人の決断が彼らの気持ちを無にしていることも。だが、状況がそれを許さないともキラは思う。そうしなければ、負けてしまうという想いの方が、それを遥かに上回っていた。
「今、何かをしなければならないのは解る。お前等が最高の人選だってこともな。だがな、何で二人だけで何とかしようとする?」
「……えっ?」
「エターナルも共に行く。それがお前の出撃を許す条件だ」
 いいな、という意味を込めてバルドフェルドがラクスに視線を動かすと、彼女も真剣な眼差しで首肯する。
 一応、オーブ軍の指揮権はキラにある。だから、彼らにここに留まるよう命令して強引に出撃することも出来た。しかし、彼らはきっと聞いてはくれない。命令を無視してでもついてくる事だろう。
 困ったキラがモニターに視線を移すと、それと同時にアスランはため息を吐いて見せた。
その様子から、ミネルバの方でも同じようなやり取りが合ったことを窺わせられる。
「……仕方ないか」
「そうだね、アスラン」
 顔を見合わせて二人は苦笑した。部下が命令を素直に聞いてくれないという情けなさを感じる反面、彼らの気持ちが純粋に嬉しかった。
「それとな、アスラン」
 バルドフェルドの声と同時にミネルバのモニターが切り替わった。そこにいたのは馴染みのある、おどけた調子の男ではなかった。“砂漠の虎”そうと呼ばれる軍人の眼光に圧倒されそうになる。
「君は自分が動くことの意味が解っているんだな?」
「オレが死んだら負け……ということですか?」
「それもある。だが、それだけじゃない」
 彼が求める答えを正確に口に出来ているか、という心配からアスラン疑問で返した。それに対し、バルドフェルド首を横に振りながら彼の答えに付け加える。
「君は戦局全体を見通して適切な指揮を執らなければならない立場にある。そんな人間が前線に立つんだ。敵が更に何かを企てていて、連合軍に再び混乱が訪れたら――前線にいてそれができるか?」
「この場の指揮は信頼できる人間に任せます。まずは、アレを何とかしないと……」
「そう思わせて、君達を出撃させるように仕向けること自体が敵の策かもしれんぞ? そんな時に、後方で何かあったら総崩れする危険性がある。それが解っていて出撃するんだな?」
 バルドフェルドの指摘はもっともだった。今のところは全て敵のシナリオ通りに進んでいると言っていい。このタイミングでの出撃も見越されているのかも知れない。だがアスランは、
「それでも……それでも、ジェネシスを何とかする方が先決だと思います」
 彼の意見を踏まえても、ジェネシスを優先すべきだと決断した。それをどうにかしなければ、この戦いに光明は見えはしない。
それに、最初から後手に回らされている闘いである。苦し紛れに何をやっても、きっと敵の予想の範疇であろう。現状を覆すには、もう、相手の計算を上回る力を発揮するしかない。
(絶対に出来る……みんながいれば)
 先行しているイザーク達や、ここにいるキラを始め、周りには心強い仲間がたくさんいる。今までもそうしてきたように、今回も絶対に勝てるとアスランは信じた。
「解った。もう何も言うまい」
 それが正しいという確信は持てずにいる。だが、それでもしっかりとした決意を固めた表情だった。そんな若者に改めて好感を抱いたバルドフェルドはアスランの決断を受け止めることにする。
そして、彼自身も覚悟を決めた。これから未来を築いていくであろう彼らの為にも、捨石になることすら辞さないと。
「エターナル全速前進! ミネルバと共に一気に駆け抜ける!」
 ミネルバとの通信を終えると、バルドフェルドは一際大きな声で命令を下した。それに合わせてエターナル加速が始まると、殆ど同時にミネルバの速度も上がっていく。
 連合軍の中でも異彩を放つ白と淡いピンクの二艦が、他の艦艇を置き去りに前線に向かって突き進んでいった。

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