ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

【舞台|阪神淡路大震災】よぶぞコミュの続く大地震、舞台再開待たれる。

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
今年になって、能登沖地震、そして再び中越沖地震。大地震が続いています。
 
 舞台がこれらの地震の状況も盛り込んで、(中山間地や海沿いの町で起きた場合)新たに展開することを期待しています。

 「震災とは何か」を日本人全員が理解する必要が、今あるとつくづく思います。
 被災地とそうでないところの温度差は、依然存在しているけど、「もしかして自分にも震災が」と思い始めている人が増えていると、今確かに思えるのです。

コメント(3)

柏崎に救援物資を運ぶことになり、18日から現地と連絡をとりあってきました。私と仲間の2人で、ワゴン車で行くことになりました。

柏崎に届け、50の学校に届けられる物を運ぶのです。

毎日、現地と連絡をとっていますが、現地はニーズがどんどん変わっていきます。だから、本当は、「お金」が一番ありがたいそうです。その時、その時、必要な物が買えるからです。

19日、石川県の仲間が、「水とインスタントラーメン」を2トントラックとワゴン車で届けました。現地が言うには、明日は、「飲み水は充足しつうある。衛生と暑さ対策のものをぜひお願いしたい」ということでした。具体的にいうと

1 消毒用アルコール(病院の病室の入り口にあるもの。医薬品です。)

2 ウエットティッシュ

3 ぞうきんかペーパータオル

やはり、清潔な環境をどう維持するかが、重要なようです。
消毒用アルコールは、高校時代の友人が医薬品会社に勤めているので大量に薬局に卸してくれました。「もつべきものは、やはり友です」、つながりの必要性を実感しました。

あと、追加して言われたのが、

4 たたくと冷たくなるもの(携帯アイスという商品)

そうなんです。これから猛暑を迎えるのです。避難所には、扇風機もうちわも足りていますが、やはり暑いようです。

そういえば、最近の震災は冬か早春の寒い時ばかりでしたから、大変だと思います。蒸し暑いのは、大変なストレスです。

物資を集めるのが大変でした。



柏崎に行って来ました。
 
 柏崎インターは一般車は降りれず、米山インターから降り市街に入っていきました。渋滞が続きます。徐々に地震の爪痕が目に入ってきます。

しかし、町は、一見すると、「普通」なのです。がれきの山が延々と続くわけではありません。平常どおりに営業をしている商店があったり、コンビニ、塾にも電気はついていて「意外」でした。傾いた家、つぶれた2階だけになった家はかなりありますが、点在する印象でした。しかし、これが「誤った認識」だったということをあとから、思い知らされます。

 現地の方に、救援物資を渡しました。特に消毒用アルコールに感激しておられました。

 被害状況を見せてもらうことになり、柏崎小学校の体育館の避難所は、人であふれています。
 外から見て、「普通」に見える家でも、内部は、踏み込むこともできないほど、壊れていて、柱が曲がり、ガラスは割れ、物が散乱し、とても生活できる状態にない家がほとんどなのだそうです。それは、夕闇が迫るとすぐにわかりました。町には、電気は通じているのに、そんな家には、灯りがともりません。家はまるで立ったまま、死んでいるようです。それが、いかに多いか。震災前と同じように生活している無事であった家との明暗があまりにもきわだっているのです。 

 水道は柏崎西部方面は通ったようですが、中心部はまだ、まだ、8月までかかるようです。「飲料水」は十分入っているようですが、「生活用水」が不足しており、そのための「消毒薬・ウエットテイッシュ・ぞうきん」が、20日現在のニーズでした。避難所には、いたるところに、それらが置いてありました。
 
 現地スタッフに聞くと、「自分の家は全壊した」「半壊した」という方ばかり。みなさん、被災者なのです。

 よくTVに映される通行止めの商店街は、復興は難しいだろうとの話でした。

 そして、最近交わされる子どもたちの会話に「う〜ん」とうなってしまいました。
「うちのお父さん、青森に転勤かもしれない。だから、転校しなくちゃいけないかも」
そう、原発に勤める現地の人はたくさんいるのです。その家族・子どもたちもたくさんいる。多くの関連企業に働く人もいる。現実は複雑だし、重いです。

 中学校の校長先生の話も聞きました。

 ものすごい揺れだった。校舎にも大きな破損があり、大きな段差、亀裂がいたるところにあるとのことでした。
ここで、気づきました。「阪神大震災」「中越大震災」「能登半島地震」そして、「中越沖地震」とすべて、早朝か休日で学校の授業中ではなかったのです。

 校舎からの避難はできても、問題はその後。親とは連絡はつかないでしょう。保護者の安否確認ができない状態が続くでしょう。無事に子どもたちを保護者に帰すマニュアルや訓練が全国的に不足しているのではないかという気がしました。

 先日、避難所には風邪がはやりはじめ、一瞬緊張が走ったそうです。とにかく、びっしりでした。扇風機は回っていましたが、むせかえっています。しかし、これから避難所から出勤している親たちが帰ってきて、まだまだ増えるとのこと。

 発生直後は、どんな状態だったのでしょうか。20日現在、新潟県内の避難者は約3400人ということでした。

 自衛隊がとにかくたくさん入っています。そして、今回、非常に早かったようです。ちょうど夕飯時で、自衛隊の炊き出しによる鍋などの汁物が配られており、雨の中長い列ができていました。海岸には給水車が延々と並び、海には駆逐艦まで浮かんでいました。

 連日連夜、徹夜で道の補修がなされ、物資はどんどん入っています。コンビニもとても元気で品切れすることは、ないようです。 重要なライフラインの一部になっていました。

 現地は落ち着きを取り戻し、復旧しつつあります。しかし、ライフラインの回復のあとに、何から手をつけていいのかは、
まだわからない状態という印象を受けました。
 
 帰途、もう一度家々を見ると、来たときとは違うように見えました。日常に見えた風景は、明らかに、「非日常の風景」でした。普通に建っていても、「住めない家」の波。そして、被害の格差の大きさ。これは、TVのニュース映像では、決して感じとれなかったことでした。

 本当に支援が必要なのは、これからであり、被災者の方の長い闘いは、今、はじまったばかりだと感じました。

 土日に多くのボランティアが現地に向かうでしょう。しかし、仕事がゆきわたらない人が多く発生することが予想され、現地は県内の方に限定して受け入れる予定です。

私たちにこれからできることは、「息の長い支援の汗」か「お金」の救援だと思います。 

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

【舞台|阪神淡路大震災】よぶぞ 更新情報

【舞台|阪神淡路大震災】よぶぞのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング