清水行之助コミュの北一輝との別れ

行地社：1924年4月（大行社設立2ヶ月前）大川周明により設立。
同人：満川亀太郎、安岡正篤、笠木良明、西田税、狩野敏、中谷武世、清水行之助、金内良輔、松延繁次、他

事件の発端：
1925年夏、銀座に本社のある安田保善社（後に安田生命）に争議が有り４０数名がクビになった。
その中に行地社の同人がいて大川の援助を求めた。
大川は安田の副社長結城豊太郎（後の日銀総裁）と馘首撤回の交渉をするがはかばかしくなかった。

北一輝の関与：
丁度その頃、北と共に上海から帰国した清水が大川に助言をした
「北先生を交渉委員に加えればうまく解決しますよ」
この根拠は以下のようなものである。

1921年安田保善社の安田善次郎が朝日平吾によって殺される。
この時朝日は逃げ回る安田をひっ捕らえ、短刀で刺殺して、その死体に馬乗りになって自決した。
この朝日と北は友人であった。そして自決のさい着ていた血染の銘仙の着物を遺した。この着物は北から清水が譲り受けた。

大川と北は疎遠になっていたが表面だって決裂した訳ではなく、喜んで北を交渉委員に加えた。
交渉委員に北が加わると、結城は屈服し４０数名の馘首を撤回した。

北一輝の変心：

喜びもつかの間、数日して結城は前言をひるがえした。
同時に争議団側から、北が結城に金三千円をもらって裏切ったとの風評が出る。
清水は責任を感じ、北の家に出向いた。北は当時ひどい貧乏暮らしであった。
米屋、魚屋、八百屋にはもとより、家賃も半年分ぐらいたまっている。
この借金の断りは清水と岩田富美夫がしていた。

清水は北に会い
「北先生に率直に言いますが、実は先生が結城から三千円もらったとの風評があります。昔、上杉と武田の戦いに、敵に塩をもらった例もあります。文句はいいませんが、私にだけ真実をはなしていただけませんか」
聞くと、北は激怒する
「貴様までおれを疑うのか。かりそめにもおれは支那革命顧問だぞ。わずかの金で魂を捨て、財閥の膝下に屈すると思うのかっ」
と卓をたたく。
その真剣な態度、ことばには一点の疑問の余地もない。
清水は頭を下げ、北に謝罪をして帰った。

清水は戻り報告するも争議団は納得しない。
双方にスパイがおり、そのスパイは結城の友人満川亀太郎が結城に頼まれて北買収の橋渡しをしたという。

清水は数日して、ふたたび北の家に行った。
途中八百屋の前でおかみに
「清水さん、お支払を頂きましてありがとうございました」と礼を言われた。
愕然とし急いで北の家に行ってみると
庭は綺麗に手入れされ、破れていた襖、畳は新品である。
応接室に入ると豪華な皮の応接セットがある。
北は奥の部屋で、畳一枚大の紫檀の机を前に涼しい顔で茶を飲んでる。みごとな支那服を着ている。
呆れて清水が部屋に突っ立っていると、

北：「やんちゃ坊主が来たな、まあ坐れ」
清：「北先生、これはなにごとですか」
北：「これか、これはぼくと親しい海軍中将小笠原長生君に三千円借りたので、久しぶりに借金払いをし新調した」
北：「まあいいから、そんな所に突っ立たんと、坐って茶でも飲め。宇治からひいた上等の玉露でうまいぞ」
清水は北の毒気にはじき飛ばされた思いで、「うわぁ」と叫ぶと北の家を飛び出た。

すぐに大川に報告し、念の為に大川と親しい八代六郎海軍大将を通じ、小笠原が北に金を貸したかどうか聞いてもらった。小笠原の返答は
「私は貧乏な軍人で、人様に三千円もの大金をお貸しする力はありません」
北の裏切りがはっきりした。

責任を取る：
清水は争議団と大川に対して責任を痛感した。
翌日、清水はモーゼル六連発拳銃に実弾を装填し、朝日平吾の血染の着物を持って、安田本社に行って結城豊太郎に面会した。

清：「結城さん、よくも私の先輩北先生を堕落させてくれましたな。この着物は先代社長の血がしみこんでいます。よく目をあけて見て反省をし、最初に約束した通り四十人の解雇を取り消してください」
と談判した。
結城は目をつぶって両手を合わせ、何やらぶつぶつ言っていたが
結：「三日待ってください。期待にそうよう返事します」と答えた。

清水は拳銃の引き金から指をはずし、ほっとして辞去した。三日目に結城は四十数名の解雇を撤回した。

参考文献：昭和史の原点