ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

山内溥任天堂元社長コミュの新世代ゲーム機「Will」の発売、そして山内任天堂の終焉。

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
社長を引退し、取締役も辞任し、現場から完全に身を
引かれた山内相談役の最後の仕事が日本を席巻する
「ニンテンドウDS」制作の提案でした。

花札・トランプから始まり、ファミコン・スーファミ
・64・ゲームキューブ・ゲームボーイシリーズ・VB
そしてDSまですべてに関わって来た山内相談役ですが
今回の「Will」の発売により初の山内氏抜きでのハードが
誕生します。これにより山内任天堂は事実上、完全に幕を
閉じ、新しい任天堂がスタートします。

そこで、このトピでは来月2日のWill発売まで
山内任天堂の功績、過去に発売されたハードで一番遊んだ
物や、これからの任天堂や岩田社長に期待する事を
語って行きたいと思います。
1人でも多くお付き合い頂ければ幸いです。

コメント(11)

むぅ、凄くタイムリーなトピですね。
発展の予感。
山内溥相談役と言えば、一番凄いのは不屈の精神です。
若くして会社を継いで50年。ここまで会社を大きく
する過程には皆さんもご存知の通りの多くの失敗・挫折
がありました。

ベビーカーの開発・発売(失敗)
インスタントライスの開発・発売(失敗)
ディズニーふりかけの発売(失敗)
ダイヤタクシーの創業(赤字で売却、失敗)
ファッションホテル経営(倒産、失敗)

それでも諦める事無く努力を続けた結果、ゲームウォッチ
のヒットにより大成功を収めました。
その後、ファミコンの発売により世界的企業になり
今や世界に名だたる会社にまで成長させました。

失敗の経験から、会社の資本を強化し、貯蓄を作り
たとえ、会社が傾いても社員や取引先に迷惑がかからない
様に多大な配慮をして来ました。
国の推奨する65歳定年制の導入を真っ先に行ったのも
他でもない任天堂でした。

ご自身は「運」が良かったと仰られていますが、
誰の目から見ても山内相談役の絶え間ない努力が
あったからこその今の任天堂だと言えるでしょう。

ゲームは家族や友達みんなで楽しむもの。その考え方も
終始一貫して居ました。
その意思は今後も引き継がれていく事でしょう。

顧客を大事にし、社員を家族同様に扱い、小さなショップ
でも大切にした「山内溥」は世界に誇れる日本の企業家の
1人です。そして、一番に尊敬する人物の1人でもあります。

私は山内任天堂から沢山の夢を頂きました。
これからは、岩田任天堂が子供たちに沢山の夢を届けて
行って欲しいと思います。

ありがとう山内任天堂。そして、さようなら。
任天堂は永遠に不滅です。


ちなみに、一番好きなハードはSFCでした。
声が出たり、画面が回転したり、3Dになったりと
色々と画期的なハードだったと思います。
勿論、好きなゲームもSFCが一番多いです。
K@FEFさん>>

今までの思い出や面白かったゲーム
山内任天堂の感想などがあったら一言貰えると
幸いです^^
蒼きリザーどんさん>>

ご指摘ありがとうございます^^
確かにWiiでしたね(汗)

さて、アメリカでは19日Wiiが発売され、一足早く
新時代を迎えました。
Wiiの初動に注目したい所です。

来月の2日過ぎに新聞などで相談役の総括などが
掲載されたらよいな〜なんて思っています。

今回は、山内任天堂の出した機種の販売台数の総括です。

【据え置き】
FC/1935万台(海外約4356万台、世界累計約6291万台)
SFC/約1717万台(海外約3193万・世界累計約4910万台)
N64/約554万台(海外約2738万台、世界累計3292万台)
GC/約400万台(北米約1200万台、世界累計2100万台。(2006年9月時)

据え置き累計・・・1億6593万台(2006年11月現在)
(世界1位・単独ではプレイステーションが1位)

【携帯ゲーム機】
ゲーム&ウォッチ/国内1287万台(個)
ゲームボーイシリーズ/約1億1842万台(日本国内約3243万台)
ゲームボーイAD/1088万台(海外2492台、世界累計3582万)
ニンテンドーDS/国内約1000万台(2006年7月末)

携帯ゲーム機累計・・・1億7711万台(2006年11月現現在)
(名実共に世界1位)

【その他・周辺機器】
カラーテレビゲーム15/約100万台
カラーテレビゲーム6/約100万台
ファミコン・ディスクシステム/約444万台
バーチャルボーイ/約63万台(海外63万台、世界累計126万台)
64DD/約1万台(ランドネット加入者数より)

ファミリーベーシック/推定・数千台
スーパーゲームボーイ/推定・数十万台
ゲームボーイプレーヤー/推定・数十万台
-------------------------------------------

据え置き累計販売台数・・・・世界1位
携帯ゲーム機累計販売台数・・世界1位
ソフトウェア累計販売本数・・世界1位
ハード発売台数・・・・・・・世界1位
全ハード別出荷台数・・・・・世界1位

総累計・・・約3億4千万台

全世界ビデオゲーム業界別総利益・・・世界1位


ここに山内任天堂の功績を刻む。
【上記出典】
ウィキペディア/http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8
YSO跡地/http://www.d6.dion.ne.jp/~yosou-oh/index.htm
山内氏にはご子息がおり、任天堂に在籍しています。
しかしながら、山内氏は社長業を岩田氏に譲りました。
そして、息子さんも取締役の地位にはありません。

つまり、完全に山内一族の手から離れた新生・任天堂が
始まる訳です。

今日は、山内任天堂の遍歴を書きます。

始まりは明治22(1887年)年9月にまで遡ります。
その年に『山内房次朗商店』が創業します。
これが、任天堂の前身です。山内氏の曽祖父が開業します。

その後、山内氏の祖父である山内積良氏が2代目として
受け継ぎます。
積良氏は、昭和8年に合名会社「山内任天堂」を開業します。
これが、任天堂の名前の始まりでもあります。

その後、昭和22年に花札・かるたなどを製造する
株式会社・丸福を開業します。

しかし、昭和24年に積良氏が逝去し、早稲田在学中で
あった溥氏が学校を中退し、社長職に就任します。
溥の父親が跡を継がなかった、その理由は分からない
ままです。

昭和25年に「山内任天堂」の業務全般を「丸福かるた」から
名称変更した「任天堂かるた」に移動します。これが、現在
に続く任天堂の原型です。

昭和38年に現在の会社名である「(株)任天堂」に社名
変更します。

で、色んな事業に手を出し多角経営を模索しますが、悉く
失敗し、会社は倒産寸前まで追い込まれます。

しかし、昭和53年のゲームウォッチの大ヒットにより
一気に業績を回復させ、ファミコンの世界的ヒットにより
一流企業に上り詰めます。
大逆転激と言えましょう。

アメリカ任天堂などの設立を気に、一気に世界に任天堂を
広めます。

平成5年に昭和46年で実質的に営業停止していた
「山内任天堂」を解散します。

山内氏は、平成14年に53年続けた社長業を退き、
子会社であった、ハル研究所の岩田聡氏に社長業を譲り
相談役に退きます。
つまり、4代目への世襲をしませんでした。

最後の仕事として、『ニンテンドーDS』の開発を指示
します。そして、
平成17年3月に取締役も辞任し、創業家一族(と言っても
溥氏しか居なかったが)は全員、トップから退きます。

平成18年現在、チョイワルw爺さんをやっています。

任天堂は、来年創業120周年です!

初代・山内房次朗(〜?)
2代・山内積良(〜1949)
3代・山内溥(〜2002)
4代・岩田聡(2002〜)

良く見ると、初代から3代目まで名前が1文字ずつ減って
います。4代目を世襲出来なかったのは2文字の名前に
出来なかったからでしょう(ウソ)

今後は、任天堂の山内家の持株分をどうするかが焦点に
なるでしょう。
いよいよwii発売まで1週間となりました。

今日は、任天堂の子会社・関連会社について纏めて
見ました。


(親)任天堂(日本・京都市)

【レジャー機器開発(ソフト開発)海外】

<連結子会社>(子)
(株)任天堂テクノロジーデベロッパーメント(米)
(株)任天堂ソフトウェアテクノロジーコーポレーション(米
(株)レトロスタジオ(米)
任天堂有限公司(香港特別区)

<持分法適用会社>(親戚)
(株)シリコンナイツ(米)
(株)アイライブ(米)
任天堂有限公司(香港特別区)

【レジャー機器開発(ソフト関係)国内】

<連結子会社>(子)
エヌディーキューブ(株)
(株)ブラウニーブラウン

<持分法非適用会社>(いとこ)
(株)エイプ

【レジャー機器販売 海外】

<連結子会社>(子)
任天堂アメリカ
任天堂カナダ
任天堂ヨーロッパ
任天堂ベネルクス
(ベネルクス=ベルギー・オランダ・ルクセンブルグの総称)
任天堂スペイン
任天堂オーストラリア
任天堂溥天股价有限公司(中国)
韓国任天堂(株)
(株)NESマーチャンダイジング

<持分法適用会社>(親戚)
(株)イクエ
神遊科技有限公司(中国)

【レジャー機器販売 国内】

<持分法適用会社>(親戚)
(株)ポケモン

【その他(野球球団とか)海外】

<連結子会社>(子)
(株)NHR
(株)HFI
(株)シーラスドットコム

<持分法適用会社>(親戚)
シアトルマリナーズ

【その他 国内】

<独立子会社>(独立した子)
福栄(株)

<持分法適用会社>(親戚)
(株)ワープスター

【その他】
任天堂リサーチ(株)

※イギリスの英レア社の関係は大体清算しました。

関連子会社・・・20社
独立子会社・・・1社
関連会社・・・・7社(持分)
関連会社・・・・1社(非持分)

グループ合計・・29社
------------------------------------

<資産関係>

任天堂(現金及び預金)7836億円
(例:ソニー・5812億円)

長期借入金・短期借入金(所謂、借金)0円
(例:ソニー・約2000億円(手形含む)

自己資本比率:78.3%
(資本金10億円以上の法人の平均:38.9%)

(平成18年9月現在)


預貯金が豊富、借金0。
これが、山内相談役が多くの失敗を経て作り上げた会社
なのです。

日本政府がお手本にすべき企業なのです。
いよいよ、wiiの発売と山内任天堂の終焉が近づいて
参りました。

本日は、任天堂とその関係者について纏めて見ます。


○山内溥(やまうちひろし)
元・任天堂3代目社長。会社を倒産に追い込んだり
世界的企業にのし上げたり色々と苦労している。
その奇抜な風貌から、「組長」と言う別名を持っている。
退職金は辞退。
今は、相談役と言う役職だけを残し、実質引退。
今は、好きな囲碁や百人一首の関係の事柄に従事している。
しかし、風貌だけは変化が無い(笑)

○宮本茂(みやもとしげる)
任天堂・専務代表取締役。
スーパーマリオブラザーズの産みの親であり、長い間
自社ゲームの管理・統括を行ってきた凄い人。
ゲームショーでコスプレしたりするお茶目な一面も
垣間見れる。
自分に子供を、ゲームのモニターに使っていた時期も
あった。

○横井軍平(よこいぐんぺい)
元・任天堂開発部所属。故人。
ゲームボーイの産みの親であり、様々なGBソフトを
手がけてきた凄い人。
ゲームウォッチを考案したのも彼であり、任天堂を窮地
から救った立役者に一人。
50代で任天堂を退社し、(株)コトを設立する。
バンダイと手を組んでワンダースワンを考案したり
WS向けゲーム作りに奔走するが、不慮の事故に合い
逝去した。

○小田部羊一(おたべよういち)
任天堂開発アドバイザー。ポケモンシリーズの
アドバイザーとして有名である。
SFC・GBとも振るわず、経営不振に陥っていた
任天堂を救った一人。

○荒川實(あらかわみのる)
元・任天堂アメリカ社長。2002年退社。
山内溥の娘婿。つまり、山内家の親戚。
当初は、経営不振だったアメリカ支社だが
宮本の助けもあり、一躍市場を確保する。
経営者としての腕も優秀であり、アメリカに
nintendouの名前を知らしめた。

○山内克仁(やまうちかつひと)
任天堂広報室企画部部長。
山内溥の息子。

○岩田聡(いわたさとる)
任天堂4代目社長。初めての同族以外のトップ。
役職は、代表取締役。
元はセカンドパーティーであるハル研究所に所属して
いたが、その高い手腕が買われ山内に召集を受ける。
2002年に社長職を譲り受ける。
先代が鮮烈だっただけに陰の薄い感じはあるが、
その経営手腕は確かである。

-----------------------------------------

アメリカでのWiiの初動。

全米(8日間)約60万台
金額(同上)1億9000万ドル(220億円)

ゼルダの伝説トワイライトプリンセス・・約45万本
いよいよ明日、日本でwiiが発売されます。

何ども言う様ですが、wiiは初めて山内一族が関わらない
(花札やトランプも含めて)ゲーム機です。
実質的には、既に一族はすべて現場から身を引いていますが
wiiの発売によって、新時代への交代が「完結」します。

今日は、山内任天堂「最後の日」となります。
今日までの任天堂、そして未来の任天堂を予測して
見ましょう。


【開発面】
開発面を見ると、優秀なクリエイターが多数育っており
沢山のゲームが世に輩出されています。
若干、独立する方も居ますが概ね社内に残っているので
問題ないでしょう。
また、セカンドパーティーとの連携も深くなっており
任天堂+○○(他メーカー)と言う図式は今後も増えて
行くと予想されます。
開発部は磐石です。

【営業面】
山内任天堂時代は、圧倒的な「子供視点」を貫いて来たので
PSが最盛期の時代にはやや停滞した感じがありましたが
岩田氏が社長を継いだ後は、ティーンや中年層にもゲームを
アピールする戦略を打ち出しDSの脳トレシリーズなどで
その効果を確認する事が出来ました。
無論、子供あっての任天堂と言うスタンスは変わりません。
これからも、優しい楽しいゲーム作りを貫いて行くでしょう。
基盤が脆弱だったヨーロッパでもDSは好調であり
営業戦略の成果もバッチリです。

【メディアミックス】
90年代途中までは、ゲーム一筋を貫いて来た自社ですが
ポケモンの大ヒットによりメディアへの進出を加速させ
ます。ポケモンのアニメ化・映画化は大成功を収め、また
ポケモンセンターなどのキャラクターグッズの店も積極的に
展開しています。
コロコロやDSでのジャンゲームなどコラボなど雑誌との
連携も強め、自らゲームを軸としたメディア展開を行って
います。こちらも、まずもって問題ありません。

【経営面】
山内一族退任後も、ゲームボーイシリーズやDSなどで
順調に業績を伸ばしており、山内氏の岩田氏起用は
ズバリ的中したと言えるでしょう。
優秀な人材も多く在籍しており、多数の代表取締役を
置く事により、より連携を強める新・任天堂に隙は
ありません。日本の超優良企業はこれからも更なる発展を
遂げて行く事でしょう。

【山内一族】
山内房次朗商店から始まった任天堂の歴史は、山内一族と
供にあったとも言えます。しかし、3代目は世襲をしません
でした。もう、そんな時代では無い事を悟って居たのでしょう
か。だが、これからも山内イズムは継承されて行くでしょうし
任天堂の考え方は決して歪曲する事は無いでしょう。
山内任天堂は、偉大な歴史へと変わるのです。
溥氏の息子さんがどうなるかは、これからの経営者が
決めればよい事なのです。

【そして、未来へ羽ばたく任天堂】
この様に、任天堂に怖れる物は何もありません。
ゲームと言う文化を、自社が作り上げてきた遊びの形を
これからどれだけ世界中に広められるか。

すべては、山内溥からバトンを受けた貴方達への宿題
です。

まだ、世界には「任天堂」のゲームを待っている子供たちが
沢山いるのです。
だから、これからも任天堂は未来へと歩き続けていくの
です。
これからも、ずっと、もっと、未来へ



これにて、私の「山内溥」独演会は終わりです。
ありがとうございました。

では、山内溥殿、長い間お疲れ様でした。
これからも末永くお元気で。

                        草々
拍手!!
すごいリサーチですね。
すばらしい!
楽しく読ませていただきました。
ありがとうございます。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

山内溥任天堂元社長 更新情報

山内溥任天堂元社長のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング