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小説二人旅since2008コミュのヒーロースーツ 2

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 家を飛び出してから随分時間が経っていた。が、夜は相変わらず暗く、周りは黒一色で染め上げられていた。
 高層ビルの20階。そこに犯人はいた。にわかな仕込みではそんな場所にたどり着けるはずがなかった。ヒーローにも、今回の犯人が常人ではないことがわかった。プロか、もしくは悪役怪人か。後者についてはほとんど考えていなかった。ただ、普通でないのだけは、確かだった。
 男はベランダのガラスを割ろうと四苦八苦していた。割り方がわからないのか、準備に手間取っているのか、何らかの不備があったのか。いつもながらわからないことだらけだが、ヒーローは颯爽と登場した。犯人の真横に。

 意表をついたつもりだったが、犯人はまるで予言書を事前に読んでいたかのごとく、驚きもせず、瞬時に手すりをつたって、隣の建物に飛び込んだ。中型車一台分はあろうか幅を悠々と飛び越し、建物の屋上へ着地した。と思うと、自分の素晴らしいジャンプに感慨も見せず、走り去った。
 逃げた。一瞬で。しかも、人間離れした動きで。あっという間に、本当にあっと言っている間に逃げられた。呆然としているヒーローに、ヘルメットからはオぺ子の叫びが届く。「すぐに追ってください、ヒーロー。敵の位置は把握しています。こちらの指示に従って、正確に確保してください」
 敵、そう、敵である。オぺ子が初めて使った言葉。三度、犯人と対峙して感じた、物足りなさを埋めてくれるものが、今回の犯人にはある。初めて対等に戦える、敵。今日何度目かの興奮を彼が感じ始めると同時に、ヒーローは飛んだ。敵を、狩るために。悪を、倒すために。人生で、一番高く、飛んだ。

 犯人の追跡はオぺ子に任せ、ヒーローはひたすら走ることにだけ専念した。ただ、敵を追いつめるためだけに、昨日より早く、今日より早く、一秒前より早く、明日に追いつくほど早く。思考が単純化した後、考えることを放棄し、ただ念じるのみだった。それでも犯人との距離は少しずつしか縮まらなかった。最短の距離で、最高のルートを、惜しみないスピードで追いかけているにも関わらず。
 だが、ヒーローは諦めなかった。ヒーローとはそう言うものであることを知っていたし、なにより手応えを感じていた。自分は、今、何かをしていると思わせる確かなものが、彼の心の中に誕生していた。彼は生まれて初めて、自分が、人と世界の役に立っていることを知った。それが、彼を諦めさせなかった。そんな考えは、彼の体のどこを探しても、もはや見つかりはしなかった。
 ほんの少しずつだが、犯人との距離が詰まっていく。時間はかかるが、時間をかければ捕まえられるのだ。ヒーローは歓喜した。今のこの瞬間に、この世界に生きていることに。全ての生き物に感謝したかった。スーツの中で滝のようになった汗が、気持ちよかった。

 「ヒーロー。犯人が建物に入りました。気をつけてください」ヒーローが生まれたばかりの自分に下手な賛美歌を歌っている間にも、オぺ子は忠実に仕事をしていた。オぺ子らしい作業的な声が、今は、それすらも愛らしく聞こえる。
 建物は埠頭にある倉庫のうちの一つだった。扉は、人ひとり入れる分だけ空いていた。犯人がいることは間違いなさそうだった。辺りは、なお暗闇だった。生まれたばかりのヒーローには眩しく見えるのだが、それでも現実は暗闇に包まれていた。

 ネズミの家族が一ダーツいます、と言わんばかりの寂れている建物だった。足音が錆びていた。体育館のような大きな空間、伽藍堂な何もない様はどこかに神秘をひた隠しているようであった。視界はいいが、暗い分、前が見にくい。懸命に隠れるところなどない空間を探してみるが、どこにも犯人らしき人物はいない。音もしない。
 「なぁ、本当にここ」
 と言いかけた瞬間、頭上が気になった。いや、何か音がした。
 捉えた小さな音に向かう前に、頭に衝撃が走った。衝撃で腰が曲がり、激痛が走る首を先頭に、床に転がってしまった。ヒーローは瞬時に立ち上がろうとするが、目の前に一足の靴が見えた。鋭い蹴りがヘルメットを砕いた。
 目にメットの破片が飛び、血が噴き出す。立ち上がろうとするところに、もう一度シュートが決まる。腹を強く打ち付けられる激痛。先ほどナイフで切られても痛み一つ通さなかったスーツの中から痛みが滲む。吐いたことのない白いものが口から吐き出される。何度も何度も、シュートが決まる。サッカーにコールドがあったらもう終わっていることだろう。だけど、シュートは止まらなかった。貪欲に、死を求めてシュートを繰り出してくる。口からはその度に、低い悲鳴が漏れる。

 蹴られる度に反応しなくてはならないのが疎ましくなってきた頃、シュートが一瞬止まった。何かに躊躇している? 何かはわからないが、ヒーローは蹴られている間に考えていた最後の手に出た。立ち上がることはできない、激しいアクションもできない、足は震えて頭は狂いそうで腹が潰れたように痛い。動くのは手だけ。
 渾身の力を込めて、ヒーローの右手は、敵、の利き足の靴を掴んだ。振りはがそうとするのを懸命にこらえながら、力を入れて体を引き寄せる。左手が敵の足を握った。右手は、靴の中に手を滑らせた。
 ごわごわした靴下に触れ、靴下とズボンの間の素肌を探して、右手を懸命に蠢かせる。頭を、敵、に殴られ、メットの甲殻が砕ける。構わずに素肌を求めてズボンの裾から手を入れる。律儀に靴下は上がるぎりぎりまで上げていた。ズボンの奥に進むと頭への攻撃でバランスを崩した敵が倒れる。鈍い音を尻目に、ヒーローは先ほどと変わらず淡々と作業をゴールに向かう。腕の半分以上が敵のズボンに飲み込まれた時、ついにたどり着いた。敵の素肌に。

 今になってひんやりとした感触からヒーローの目的を理解した敵が、じたばたともがく。だが、左手は決して握る力を弱めない。悪が引きつった笑みを浮かべ、ヒーローが意地悪い笑みを浮かべた時、潰れたようなしゃがれた声で、できる限りもったいぶって、ヒーローは言った。
 「悪は、必ず、滅びる」
 瞬間、敵の体が爆ぜる。電気ハンドが炸裂した。ついでに決め台詞も炸裂した。敵は痺れ、ついに頭を地に預けた。
 数秒の沈黙があった。そしていつも通り、オぺ子が言う。「おめでとうございます。犯人を確保いたしました。ポイントが加算されました。後日ポイント相当の金一封が贈られます。まもなく警察が到着いたします。犯人はこのまま放置してください、警察が回収いたします」

 どっと、疲れがきたように転がっていた。数分と言わず、とても長い時間。疲れきっていた。たった一日で、正確には半日で、色んなことがあった。家のドアを壊した、泥棒を捕まえた、女を救った、友人を助けた、生まれ変わった。そして、敵に勝った。
 思い出すと、今日はきっといろいろと面倒なことが起きるだろうと想像できた。でもそれ以上に爽快で、満たされている気持ちで一杯だった。怪しい通販だったが、ヒーロースーツを買ったことに心から満足した。そして、感謝した。
 長い間、寝転んで今日起きたいろいろに想いを馳せて、これから起きるいろいろに想いを馳せていたいると、いつのまにか空が白んでいた。夜明けがいつの間にか近づいている。天井のあいた穴から薄い光が差し込めてきて、辺りを照らした。
 清々しい、温かいミルク色に包まれた朝を迎えたヒーローは隣にいる敵を見た。そして、愕然とした。敵が着ているものが、自分と同一のヒーロースーツだったのだ。

 その時、けたたましいサイレンを鳴らして数台のパトカーが滑り込んできた。強烈なライトが二人に向けられる。ヒーロースーツを着たヒーロー、と、ヒーロースーツを着た悪に。
 ヒーローが未だ混乱に決着をつけられずにいると、次々とパトカーから刑事らしき人が出てくる。マズい、瞬間的に恐怖が走った。
 この状態だけを見れば、どっちが犯人かわからない。二人とも同じ服装、二人とも同じゲームで遊んでいて、二人とも不審者。たとえ警察が本当に事件の犯人を捕まえにきてもどちらか判別がつかない。彼の中に犯罪者という文字が自分に突きつけられた。

 警官が現場を確保するためにあれこれを急がしそうに動いている間に、二人の警官が近づいてきた。その内、風格のある警官が手帳を見せながら告げた。「警察だ。不法侵入の現行犯で逮捕する」
 ヒーローの全身が悲鳴を上げて反抗するが、頭だけがこの建物のように伽藍堂になってしまい、引きつったまま動けないでいた。手帳を持った警官は厳粛に告げると、ヒーローに近づき、そして通りすぎた。
 彼は、倒れている犯人を調べている。間もなく数人で犯人は運ばれていく。風格のある、年をとった警官が再度ヒーローに近づいてきた。そして、頭を下げた。もう一人いた若い警官はわけが分かっていないのか突っ立っていたが、ベテランから頭を無理矢理に下げさせられた。

 「あなたのおかげで事件が解決できた。あなたが何者かは知りませんが、あなたの誠意とご協力に心から感謝します」
 事情が掴めないヒーローだが、自分が捕まることはなさそうだし、どうやら追い風が吹いてあることだけに気づくと、立ち上がって得意そうに答えた。「お、俺に任せておけ。事件は全部、俺が解決してやる」
 「こちらもあなたの手を借りずによくなるように、できる限り精進いたします」警察官に感謝され、警察官とこんな風に切磋琢磨し合うような関係になるとは思いもせず、涙ぐんでしまう。だが、対等になったからには簡単に涙は見せられない。明日も事件はあって、明日からもずっと付き合っていくのだから。だから、彼は言った。本当は、あの台詞を言いたかったが、明日にとっておこうと思い、宣言した。
 「明日からは、お、俺のことはヒーローって呼んでく・・・れ!」
 ためらうことなく老練な警官は手を前に出す。「今後もよろしく、ヒーロー」
 二人は固く握手した。


 ヒーローと別れて数分後、パトカーの中には運転手と依然気絶した犯人を挟むように二人の警官がいた。ヒーローと固い握手を交わした老警官と新米警官である。
先ほどから若い警官には緊張が漂っていた。自分がすべきことかしてはいけないことなのか、判断がつかないようでまどろんでいた。が、決心をしたように老警官の方を向いて聞いた。

 「さっきのですが・・・何故こいつが犯人だと分かったんですか? 二人とも、同じ服装だったじゃないですか? 他には誰も現場にいなかったし。現行犯逮捕できるんですか? 証拠とかって? あれって、近頃流行ってるヒーロースーツですよね?」矢継ぎ早に、溜めていた疑問をぶつける。老警官は沈黙を崩さず、若者が落ち着くのを待ち、しばらくして答えた。

「実はな、あのヒーロースーツを売っている通販会社は、警察の作った架空会社なんだ。警察は、昨今の犯罪率増加と警察官不足に頭を悩ませていた。非行が助長され、止める大人もいなく、単純な犯罪も数多くなった。だが、それに対応できるだけの数がなかった。
 同時期、政府も犯罪率と働かない若者の増加には手を焼いていたんだ。若者が働かない限り、警官や職業人が増えることもなく、むしろ犯罪者になることが多い。警察も政府も同じようなことで頭を悩ませ、それはどれも密接に関係していた。単純な解決策は、働かない若者を警官にすることだ。そうすりゃ、すべてが丸く収まる。だが、やつらはプライドが高くて臆病だから警官なんて危ない仕事をやるわけがない。そこで、考えられたのがヒーロースーツなのさ。
 さっきの男を見ただろう。血が出ても文句もいわず、むしろ満足そうだったろう。今は、ああいうのが多いのさ。あれが、ヒーロースーツのご利益。働かないくせにプライドだけ高い若者を、心も満足させて、危険も顧みない、正義溢れるのヒーローに変えちまうのさ。
 可愛いオペレーターをつけて、ヒーローってありがたがって持ち上げときゃ、勝手に事件を解決してくれるんだ。俺たちは、それを回収するだけで良い。何の危険も手間もない。大変なのは、こいつを尋問して報告書を作る事だけさ。空いた時間はヒーローに手に負えないネット犯罪に割けるって訳さ。
 ヒーロースーツプロジェクトは、事件を解決すればポイントが入ってランクが上がる。それに比例した、給料が入る。やってる人間はオンラインゲームする感覚で、警官からは頭を下げられて、お金も入る。まあ、微々たるもんだが、毎日やってりゃ自分の生活費ぐらいは稼げる分はある。
 楽しくて、やりがいがあって、尊敬されて、生活できる。奴らにとっちゃ嬉しい事尽くめで何の問題もないのさ。これは政府と警察の総力を挙げてのペテンなんだよ。だが、ちゃんと効果を上げているし、本人たちは今までで一番充実時間を遅れているはずさ。あの顔を見りゃわかるだろ」

 想定もしていなかった答えに、若い警官は狼狽えた。うっかり、薮をつついたら蛇が出た。しかし、若者らしく納得できないことに対する飽くなき欲求が彼の中にもあり、今感じる恐怖より強かったので、かれは再び聞いた。

 「でも今回みたいに悪用する奴がでてくるんじゃないですか? それに結局どうやって見分けたんですか? 犯人の追跡とかだって」
 老獪な警官は、面白い喜劇を見終わった後のように、声を弾ませて答えた。

 「ヘルメットに盗聴器、無線機が入っていてあいつらの声は聞こえてくるようになってる。それと、服の中央のボタンにランプと発信器が内蔵されているから奴らがどこで何をしてるのかが丸わかりなんだよ。ランプは近くで犯罪が起きている事を伝えるものだし、無線機は、警察から無線機で、オペレータがやつらを誘導するようのものだ。発信器は位置確認と犯罪予防から。盗聴器は奴らが怪しい行動をしていないかの監視と証拠品として使うため。それを、警察署内のコンピュータ室で全部管理してんだよ。
 ヒーロー用の管理室にはいっぱい可愛いオペレーターとでっかいパソコンとかモニターがゴロゴロしていて、一人数人のヒーローに指示を出している。サイト運営なんかもここでしてるから、あれは警察の最新情報をリアルタイムで更新してるから、凄くて当たり前。で、ランクごとに入場制限をかければ、危険性も少なくなる。だから、さっきのはいくら同じ服だろうが、識別番号なんかで現場につく前からわかっていたのさ。
 事件がない時にヒーロースーツを着て関係ない場所に行って、不自然なくらい鼻息が荒かったらおかしいだろ? そういう時は、他のヒーローを向かわせるか、バトロールスーツを着た俺たちが出動するんだよ。ヒーロースーツなんてのは劣化版にすぎんのだから。
 悪用は、確かにするやつはいるけど、それ以上に働いてくれるからな。俺たちが強制して手伝わせて怪我を負わせちゃならないが、自分で首を突っ込んだ分には自分の責任になるから、丸投げで良い。こんな楽なことはない」

 車内には沈黙が残った。全てのからくりを話し尽くした老人はもはや興味を失って、窓の外を眺めている。若者は、言いようのない虚脱感に被われながら、それでも納得できない面持ちで、答えのわかっている問いをせずにはいられなかった。彼は、最後の質問をぶつけた。

 「もし・・・もし、ヒーローたちが自分たちが利用されていることに気づいたらどうするんですか?」
 老警官は答えた。

 「その時は、俺たちがヒーローを倒すことになるな」

<終>

コメント(5)

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

今回は感想以外に作者から答えてほしいことがありますので、できれば答えていただけると助かります。図々しくて申し訳ありませんが、お付き合い頂けると幸いです。

戦闘シーンは燃えましたか?

読み終えるのに何分かかりましたか?

今回は台詞があまりないのですが、読みにくくはなかったですか?
いやぁ、なかなかでしたよわーい(嬉しい顔)
タイトルを見た瞬間は、映画『ハンサムスーツ』のパクリかなと思ったんですがあせあせ(飛び散る汗)

歯磨きしながらだから15分ぐらいかけて読みました。
読みにくくはなかったんですが、ケチを付けるとしたら…最後の戦闘シーンをもう少し一捻り(違う描写に)したら良いかなと( ̄〜 ̄)
戦闘シーンはそんなに燃え(萌え)なかったです。

5点満点で評価するとしたら4点かな。
次回作にも期待してますexclamation ×2
・戦闘シーンは燃えなかった。
・じっくり読んだから読み終えるのに30分。
・とくに読みにくくはない。

うん、よく出来てる。

残念な点は、
比喩、例えがわかり難い。誤字脱字がある。

でも総合的にはバランスよく上手いこと書けていると思う。

評価(アマ):★★★★★
>>ボクちゃん
ハンサムスーツに似てることは投稿した後に気づいた。

戦闘シーンはこの話の二番目に重要なことだったから、残念。
自分ではかなりノリノリで、イケルと思ってるから言ってくれるとありがたい。
アクションを魅せるのは、まだハードルが高すぎたかもしれないな。

次回作に期待されたのは初めてだから、嬉しいです!

俺たちの冒険はこれからだぜ!
次回作をお楽しみに!!

>>のんた

嬉しいぃ〜
やっぱ厳しい人に褒められると嬉しぃ〜
ツンデレって卑怯だよ〜

問題は文章の質だね。
後は視点とか、技術論を体得していくしかないね。
こればかりは訓練訓練だから、上達するようにやっていきます。

誤字脱字については、本当に申し訳ない。弁解もない。

次は、セミプロ評価の1を狙うぜ〜

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