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インドショック!コミュのnamasute

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はじめまして。

最近になりミクシーを始めました。

近年は半年ずつ日本と南インド(オーロヴィル)で生活しています。

現在南インドとの国際交流のNPO団体を設立するために、余生を燃やしています。

私の概略を記します。

1935 東京に生まれる
1950 山梨で建築を志す
  県立甲府工業及び墨田工業建築科に学ぶ
1954 中村純平の流れをくむ副島建築設計事務所で働く  
1957 早稲田大学理工学部建築科に学ぶ
  アントニー・レイモンド設計事務所に学ぶ
1961 小椋建築設計事務所で働く 
  アントニー・レイモンド設計事務所に学ぶ
  柴岡伊佐雄設計事務所に学ぶ
1966 O&A建築設計事務所開設
  鹿島建設設計部嘱託とする 
1967 岡田新一と出会う 
1969 インド・ヨーロッパ・アメリカに建築と経営の研鑽のために遊学
1975 病を患い脱都会を考え阿見町に移る
  ミサワホームにおいて一般住宅の質的向上に力を注ぐ
1992 インド・秀子英語習得学校開校
2006 一切の業務から引退する
2011 インドとの交流に本格的に取組む





日本と南インドとの文化交流

私たち人間にとってもっとも大事なことは相互に助け合うという心です。また、清い聖なる者を求めるという素質を持って生きることも重要なことです。この人間にとって、もっとも大事な基本ともいうべき精神・理念は、インドから始まりました。今日の日本においては薄れてしまった相互に助け合う社会を構築し、より良い人間社会をつくり上げることに貢献できたらいいなあと考えるに至りました。

今日、世界は西欧文化に塗りつぶされています。かつて西洋社会は、(1)神が人間に守れとされた禁欲を犯したことに始まったとされる人間の苦悩、(2)人間がこの地球を我がものとし征し治める者、としたキリスト教文明の精神に支えられ発展を遂げてきました。

しかし、今日では(2)に対する飽くなき欲望を満たすことが最良のこととなってしまいました。かつて経済とは、国を治め、民を救済することでした(経世済民)。しかし、今日では個人の飽くなき欲望を満たす手段となっています(拝金主義)。無限の欲望を満たすことは不可能ですので必然的に闘争へと導くことは明白なことです。

南インドとの交流を通じて、経済も欲望を満たすことではなく、救済をするという本来の経済に立ち返ることができるのです。

私がインド人と日本人の心の交流を通して、「人間は互いに助け合い救済し合い豊かな(金銭的ではなく)人生(生活)をつくり上げたい」と考えるもとになったのは、今から50数年前、一人のインド人男性が日本に渡来してきたことから始まります。

第2次世界大戦のさなか、彼の家族はミャンマー(英領ビルマ)にいました。日本軍と東南アジアのインド人集結部隊が、インド解放を目指して進駐してきました。イギリス軍と日印混成軍との交戦の混乱の中で、彼(インド人少年)は父を失い家族ちりじりにされてしまいました。

後方支援を米軍に断ち切られた日本軍は、一人のインド人少年(当時15歳)を捕らえてジャングルに敗退しました。弾薬食料を断たれた日本軍兵士が、日々餓死していくのを目前にして、その少年は深夜、里に下り食料をかき集め日本軍に運び始めました。

ちりじりになった家族とも再会し、家族がかき集めた食料を数人の日本兵に運ばせ、部隊に戻るという数ヶ月の生活の中で、日本兵の規律正しさや同胞愛に感動し、日本語を覚えました。

日本軍の送還とあいまってインド人もビルマ人の迫害から逃れて帰国しなければなりませんでした。家族を集めてビルマからインドへ陸路、徒歩で2000キロの道のりを、途中母親及び3人の家族を山中に葬りながら2ヶ月の逃避行を続けインドにたどり着きました。

中略


高齢になった母を、つくばの事務所に引き取って介護一年、母89歳の最後を看取りました。「香典をすべてインドの彼に送ってほしい」という母が遺した遺言にしたがって送金したのがボランティアの始まりでした。

インドの彼は、出身地である南インドの片田舎に土地を購入し、学校に行けない子ども達のための学校を設立しました。妹の名前を冠した、インド・秀子英語習得学校(Hideko English Medium School)を1992年に開校しました。

それ以降、この学校の維持経費が私と妹に委託され、わずかな寄付と二人の年金を投入してきました。インドの彼も老い衰えてきた機会に、私は意を決して70歳で一切の業務から手を引き、第二の人生をインドに踏み出すことにしました。

いま、私は多くの研究学園都市に来ているインド人研究者と親交を深めてきました。ここ数年は、半年をインドで生活し、半年は日本に帰るという生活で、インド人との交流をしており、インドへの援助に生きています。


ここで沢山の方々と繋がれればうれしく思います。

よろしくお願いします。

コメント(1)

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パティダーです。
日本に来て3年がたちました。
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