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師匠 シリーズ コミュのもういいかい2

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僕は師匠の後ろに控えたまま、困ったような興奮してきたような複雑な気持ちで事態を見守っていた。
何度かのやりとりの結果、数十年前にこの集会所が出来る前には、この敷地は近所の工務店の資材置き場に使われていたということが分かった。
その頃、工務店を手伝っていたという初老の男性がたまたまその中にいて

「地下になにか埋めるようなことはなかったと思う」

と言った。
実直そうな物言いではっきりそう告げられると、なんだかもう手詰まりな感じがしてしまったが、次の師匠の問い掛けで空気が一変した。

「その資材置き場の頃に、気持ちの悪い声の噂はありませんでしたか」

初老の男性は、目を剥いて驚きの表情を浮かべた。
そして今、重要な事実に気付いたように絶句した。

「・・・あった」

「ええっ?」

と周囲からも驚きの声が上がる。

「いや、言われて思い出したんだが、確かにあった。そうだ。ヨシミツさんも聞いたと言って怖がってた」

本人も今の噂と若き日の体験談が結びつくことに初めて思い至ったようで、頬が紅潮していた。

「どんな声を聞いたんです」

と師匠が畳み掛ける。
初老の男性は

「いや、自分は聞いたわけじゃないが」

ともぐもぐ言ったあと

「夜、子供が遊んでいるような声がする」

という怪談じみた話が従業員達の間に広がっていたことを話した。
なんだこれは。
集会所の建て替えどころの話じゃない。
いったいどこまで遡るんだ?
話の行く末にドキドキしていると、師匠がさらに畳み掛ける。

「資材置き場の前は、ここにはなにが?」

この問いにはなかなか即答できる人が現れなかった。
やがておずおずと60歳くらいの女性が手を挙げて

「松原さんの地所だったはずです」

と言った。
その言葉に

「そう言えば」

という声があがる。
だが、直接当時を知る人は誰もいなかった。
かなり古い話なのだろう。

「こりゃあ、うちの年寄りを連れてこにゃあ」

と言って妙に嬉しそうにこの場を離れる人がいた。
師匠はもう一度地面に這いつくばり、コンクリの地面をコンコンと叩いたり撫でたりしながらなにかを感じ取ろうとするように目を閉じたり開いたりを繰り返していた。


やがて80歳は超えていると思われる女性が息子に連れられてやってきた。
夜の9時を回ろうかという時間に急に外へ連れ出されたにも関わらず、泰然自若として足取りも落ち着き払っていた。
師匠は身体を起こし、そのおばあさんに向かって訊いた。

「ここには松原さんという方の家があったんですか」

「ええ、ええ、ございました」

「戦前ですか」

「ええ、日中戦争の前に家を引き払いまして一家揃って隣町へ引っ越されました」

「ではまだ松原さんがここにおられた頃に、家を訪ねられたことは?」

おばあさんの丁寧な口調に自然と師匠の口調も改まっている。

「ございました。私と1つ違いのやよいさんというお姉さんがおりまして、よく一緒に遊んでおりましたので」

「その頃、今のこのあたりは松原家でいうとなにがあった場所でしょうか」

この問いには答えられず、小首を傾げた。

「地下室、もしくは防空壕のようなものは?」

続いての問いにも記憶が定かでないらしく、かぶりを振るだけだった。

「では・・・」

師匠が一瞬、舌なめずりをしたような気がした。

「このあたりに浄化槽、いや、便槽はありませんでしたか?」

おばあさんは、あ、という顔をした。

「当時はもちろんボットン便所でしたが、確か玄関からこちらに向かったところにあったような気がします」

「ここが大事なところなんですが、どうでしょう。その家で、誰かいなくなった人はいませんか?」

いなくなった?
最初は「亡くなった人はいませんか?」と訊いたのだと思った。
しかし師匠は確かに「いなくなった人はいませんか?」と訊いたのだった。
行方不明になった人ということか。
おばあさんは、記憶を辿るように伏目がちに小さく頷いていたが、やがてほっそりした声で

「ちえさん」

と呟いた。

「やよいさんには、2つか3つ年下の妹さんがおりました。今はなんと申すのでしょうか。その・・・知恵遅れの子でした。いつもやよいさんの後ろをついてまわって、おねえちゃんおねえちゃんと、傍から見てもそれはそれは懐いておりました。やよいさんも知恵遅れの妹を心配して、あれこれと世話をやいていたのを覚えております」

「いなくなったのは?」

「さあ、それが・・・」

おばあさんは困ったような顔をして、懸命に記憶を呼び覚まそうとしていたが、どうやらはっきりと分からないらしかった。
分かったことと言えば、その松原ちえという女の子が恐らく10歳を過ぎた頃、ある日急に姿が見えなくなったということだった。

「どこかにもらわれて行ったか、どうかしたのだと思うのですが」

子供心にも大した事件ではなかったということか。
それとも姉のやよいさんと仲の良かった娘からすれば、その姉にべったりの妹はむしろお邪魔虫であり、ある日急にいなくなっても心配するようなことはなかったのだろうか。

「松原ちえ」

師匠はゆっくりと呟いてもう一度地面に這いつくばった。
コンクリに額をぴったりとつけて、目を閉じる。

「ちえ」

もう一度そう呟く。
その瞬間、僕にも分かった。
さっき、玄関で『もういいかい』と聞こえた時にこちらの方角から感じた気配のようなものが、足元からじわじわと湧き上がってくるのを。
足先が重くなっていく。
ずぶずぶとコンクリの中に靴がめり込んでいくような錯覚を覚える。

「チャンネルが、合った」

ぼそりと師匠がそう言う。
そして

「おまえは?」

と訊く。
僕はかぶりを振る。
師匠が言うのは、僕が今感じている程度の感覚ではないのだろうから。
這ったまま師匠の左手が差し出される。
僕はそれを躊躇いがちに握る。
その瞬間、自分の視界に被るように別の視界が開けた。
ノイズのようなものが走り、不鮮明だが、笑っている女の子が見えた。
10代前半だろうか。
着物を着ている。
その子が木の幹に向かって顔を伏せた。
なにか言っている。
数だ。数をかぞえている。
視界が動いた。
木と女の子に背を向けて、走り出す。
途中で茂みを掻き分けようとしていたが、諦めてまた走る。
呼ぶ声。返事をする。
家が映る。古い木造家屋。
その縁側を回り込む。
隣の家の垣根。
そのそばに井戸。
小さな離れのような建物が見え、木戸が風で揺れている。
また呼ぶ声。返事をする。
視界がしゃがむ。
木戸の傍に頑丈そうな板が地面に埋まっている。
それを苦労しながら取り外す。
中を覗き込む。暗い。
視界が振り返る。
家と垣根の間、その向こうにはまだ人影は見えない。
地面に開いた穴に視界は滑り落ちていく。
臭気。
腰まで汚泥のようなものに浸かる。
暗い。
上を見ると、丸い穴から空が覗いている。
呼ぶ声。
今度は小さな声で返事。
見つからないように。
時間が過ぎる。
探す声。
やがて遠ざかる。
さらに時間が過ぎる。
なんだか楽しい気分。
空から声。
なんだ、危ないな。
開いているじゃないか。
丸い穴から見下ろす男の顔。
驚く。眉間に皺。
視界は半月になる。
笑いかけているのだ。
ますます険しくなる男の顔。
震える頬。
短い時間の間に、複雑な変化をして、そして穴から離れる。
次に丸い空の穴から男が見えた時、その手には大きな石が握られていた。
打ち下ろされる手。
衝撃。
赤く染まる視界。
暗転・・・


ハッと我に返った。
師匠は左手を引きながら、見えたか、と訊いてくる。
こんなことができるのは、最近知ったことだった。
僕よりも師匠の方が遥かに霊感が強く、師匠に見えて僕には見えないということが多々あったのだが、そんな時に師匠の身体のどこかに触れていると、どういう効果なのかほぼ同じレベルで見えてしまうことがあったのだ。
交霊術などで、参加者同士が手を繋ぐのと同じことなのだろうか。
周囲にざわざわした空気が戻ってくる。
僕らを奇異の目で見つめる人々に師匠は向き直った。

「この下に、松原ちえさんが埋まっています」

剣呑な言葉に驚きの声が上がれば、「やっぱり」というような声も上がった。
そして半分以上は疑わしげな声。

姉とかくれんぼをして遊んでいる最中に、便槽に隠れたちえさんと、偶然それを見つけてしまった父親。
そしてどういう心理が働いたのか、衝動的に娘を石で打って殺してしまう。
それからは恐らくだが、便槽をコンクリかなにかでそのまま埋め立て、ちえさんはいなくなってしまったことになった。
訥々と語った師匠に、頷く人もいれば胡散臭そうな顔を隠さない人もいる。
しかし当時の松原ちえを知るおばあちゃんは涙を浮かべて言葉を発せない状態になっていた。

「じゃあ、集会所で聞こえた気持ちの悪い声は、そのちえさんが?」

誰かが言った言葉に師匠はかぶりを振った。

「私達が聞いたのは、もういいかい、という言葉でした。ちえさんは隠れる側でした。だから、ちえさんなら『まあだだよ』もしくは『もういいよ』と返すはずです」

そうだ。
もういいかい、は探す側の言葉。
探しているのは誰だ?

「やよいさんが・・・」

おばあさんがようやくそれだけを言った。
ハンカチで涙を止めようと目元を赤くしている。
松原やよいが、ある日かくれんぼの最中に急にいなくなった妹を探して今も彷徨っているというのか。
その魂だか思念だかで。
胡散臭げだった人々も、気味の悪い怪談から人情話になりそうなせいか、納得したような雰囲気になってきた。
確かに現にそんな気持ちの悪い声の噂が広がっている以上、これは落とし処としては取っ付き易いのだろう。
しかし僕は、最初に師匠が言っていた『言葉は発していたが、人間的なものを感じなかった』という言葉が引っ掛かっていた。
そこまで言うのであれば、単純な霊などではないはずだ。
俄然井戸端会議になってしまった場所で、それぞれの雑談の波を越えて師匠はまだ涙を拭いているおばあさんに話しかけた。

「すみません。あと1つだけ。隣町へ引っ越した後、やよいさんはどうされました」

「・・・結婚されてどこかへ行かれていたはずですが、20年くらい前に旦那様と死に別れて隣町へ戻ってらっしゃいました。その後は私ともまた往来がございまして親しくしておりましたが、確かあれは5,6年前だったかと思いますが、胸を悪くして入院先の病院で亡くなりました」

「5,6年前」

師匠はそう呟くと、違う、というように首を振った。

「オッカムの剃刀だ」

と僕に耳打ちする。

「いいか。声が聞こえるという噂は、やよいさんの存命中からあった。
では生霊か?生霊になってまで昔いなくなった妹を探していたというのであれば美談だが、本人は隣町に住んでいるんだ。
生身で来ればいいんだから、わざわざ生霊になる必要もない。
では昔妹がいなくなったことを普段は忘れているかほとんど認識していないとして、夜眠っている時にだけそれを思い出し、魂が肉体から離れて隣町から探しに来ているのか。
そして5,6年前にやよいさんが死んだ後も、今度は死霊となって以前と変わらない現れ方で妹を探し続けてる?」

師匠の囁きを聞いているとなんだかややこしくなってきた。

「生霊から死霊へそのまま引き継がれる怪異なんて聞いたことがない。
それ以外にもめんどくさい前提が多すぎる。
オッカムの剃刀というのは哲学だか論理学だかの言葉でな、ある現象を同じ程度にうまく説明する仮説があるなら、より単純な方がより良い仮説である、っていう金言だ。
私なら、こう仮説するね。
『もういいかい』と言って探しに来ているのは松原やよいではない」

それはただの反論で仮説ではないでしょう。
そう返そうと思ったが、ぞくりとする悪寒に口をつぐんだ。
では一体なにが松原ちえを探して集会所を彷徨っているというのか。
僕らを無視してざわざわと思い思いの会話をしている人々の中で、師匠はゆっくりと考えをまとめるようとするように呟く。

「子供なんだ。かくれんぼをしていた子供。探しにくるはずの鬼。なかなか見つけてくれない。わたしはここにいるのに。ここに。この地面に下に。そうか。遊び相手だ。遊び相手がいない子供はどうする?孤独の中で架空の遊び相手を作る。イマジナリー・コンパニオンだ」

師匠の独り言を聞いて僕も思い当たった。
イマジナリー・コンパニオンは幼児期に特有の空想上の子供のことだ。
しかし。
本来それは本人にしか見えないし、知覚できないもののはずだ。

「いや、触媒があれば、混線するように他者が知覚することもありうる」

経験があるのか、師匠はそう断言する。

「触媒って・・・」

問い掛ける僕に、師匠は地面を指さす。

「本人だ」

松原ちえの霊魂だか、残留思念だかを通して僕らにも彼女の架空の遊び相手の声が聞こえるというのか。
この世にはいない、架空のかくれんぼの鬼の声が。
一体それはどんな姿をしているのだろう。
想像しかけた。
師匠の表情が変わる。

「しまった」

と口元が動く。

『もういいかい』

聞こえた。
確かに聞こえた。
またあの声が。
周囲を見たが、反応しているのは僕と師匠だけだった。
みんなお喋りに夢中だ。
しかし異常なものはなにも見つからない。
夜空や集会所の壁、台所の窓、プロパンのボンベ、そして地面を順番に見回すがなにも見つからない。
しかしゾクゾクと背筋の毛が逆立つ。
なんだ。異様な気配。
どこからともなく異様な気配を感じる。
まあだだよ、と言ってしまいたくなるのを必死で堪える。
師匠は脂汗を浮かべて目を剥いたまま俯いている。
息が荒い。

「いま、わたしに、触るなよ」

それだけをようやく搾り出すように呟く。
口元が声にならない言葉を紡いでいた。
僕はそれを読み取る。
チャンネルが、あっちまった。と、そう言っている。
師匠には見えている。
胸が脈打つ。
想像しまいとする。
なにを想像したくないのか。
もちろん、いないはずのかくれんぼの鬼。
10歳そこそこの、知的障害を持つ少女が、父親に石で打ち殺された少女が、そのまま地面の底に埋められた少女が、ずっと誰かがみつけてくれるのを待ち続けるその少女が、空想で創りあげた鬼。
夜な夜な集会所を彷徨うなにか。
ああ、想像しまいとして、想像してしまう。
思考が止まらない。
やがて、数分にも、数時間にも思える時間が過ぎ去り、硬直した肩を師匠が叩いた。

「もう消えた」

かくれんぼの鬼をやりすごすには、じっと息を殺して耐えるしかないということを今さら思い出す。
師匠の顔色は蒼白になっている。
一体どんな恐ろしいものを見たのか。
顔を上げた師匠は慌しく、そこに集まった人々に向かって

「今日はもう解散してください」

と言った。
そして明日以降、なるべく早くこの下を掘り起こして遺体を見つけ、丁寧に弔ってあげてくださいと。
集まった人々がガヤガヤとそれでもなんとか全員帰ってくれた頃には夜の10時を過ぎていた。
最後に残った鎌田さんに師匠は言った。

「もしこの下から遺体が出てきても、警察には私のことは言わないで下さい。地区で井戸を掘ろうとしたとか、なにか適当なことを言って上手く誤魔化して下さい」

「はあ」

反応が鈍い鎌田さんに念押しをする。
大事な所だ。
警察に目をつけられるとやりにくくてかなわない。
今回のケースは古い話なのでまだいいが、彼らは犯人しか知りえないことを知っている者は取り敢えず犯人と見做して対応するものだから。

「それから・・・」

師匠は少し言いよどんでから

「できたら」

と続けた。

「みいつけた、と言ってあげて下さい」

鍵を返しながら、軽く頭を下げた。

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