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小説家版 アートマンコミュの666(ミロク)dD 1月18日?

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一月一八日(水)

 灼熱の太陽が放つオレンジ色の光の中を俺は必死に走っていた。枯れた稲穂が足に絡み付き走りにくかった。日照りに見回れた大地は所々がひび割れていた。後ろを振り向くと六人の男女が鬼のような形相で追掛けて来ていた。男の雄叫びが背後で聞こえた瞬間、俺の右肩に熱を感じた。次第にその熱が痛みに変わる。俺は何かが刺さっているのだと直感した。理解ができると急に足に力が入らなくなってしまい、稲穂に足をとられて転倒した。後ろで六人の歓声があがった。転倒してしまった時に手に持っていた袋を放してしまった。その袋の中身は俺にとって大切な物だったのだろう。血で真っ赤になった右手を伸ばして掴もうとしていた。俺の手を誰かが足で踏んだ。見上げると足の主は金田紫苑だった。そして別の誰かが袋を奪い去った。そして、袋を持って何か演説している。俺はその男の顔は見覚えがあった。そうだ、昨日池袋で出会った少年だ。その男は俺の右肩に刺さっていた物を抜き取った。金田紫苑が俺の手から足をどけた。そして真っ赤に染まった鎌が俺の右手の甲に突き立てられた。

 俺の目の前にある携帯電話が鳴っていた。夢だったのだとほっと胸をなで下ろす手は汗でぐっしょり湿っていた。一つしかないベッドを兄に占領されてしまった俺はシングルソファーを二つくっつけて簡易ベッドを作って寝たのだった。首の痛みを感じながら携帯電話を手にとった。
「何で電話に出ねぇんだ。俺が何度電話したと思っているんだ?」
 相手はいきなり怒鳴り出した。寝起きで頭が回転してなかったので何故怒られているのか理解できるわけがなかった。
「寝ぼけているのか? 俺だよ。英だよ。大変な事になっちゃったんだ」
「あ、英さん、ごめんなさい。今朝、電話しようと思っていたんですよ」
「そんな事よりも」一瞬の静寂の後、「マスターが娘さん殺して自殺した」
 英さんの口にした言葉が突飛すぎて理解できなかった。俺が何の返答もしないので英さんは「マスターが娘さんを殺して自殺したんだ」と繰り返した。
「でも……」
「事実なんだ。今晩、お通夜がある」
 俺の否定する言葉を許さなかった。英さんは事実だけを言葉少なく俺に伝えた。俺は「何故……」と口にするのが精一杯だった。
「俺も分らん!」
 怒ったようにそれだけ口にすると電話を切ってしまった。「何故……」の後を考える時間を与えてくれたのかもしれない。俺の頭に浮ぶマスターの顔は娘の結婚を喜ぶ笑顔だった。俺には知らされてなかった自殺するような要因があってほしかった。それじゃなければ……、目の前のテーブルに置いてあるファイルを見ていた。置き土産を手渡される相手が身近に現れそうだと思いながら。

 昨日の服装のまま、うつぶせでベッドに横たわっている兄の肩を揺すった。着込み過ぎで暑いのか、顔を少しあげた兄の額には汗が玉のようになっていた。
「朝だぞ。仕事あるんじゃないの? 汗をかいたのなら、シャワーを浴びたらどう?」
「分かった。もう少しだけ……」
 一言だけ口にすると寝返りをうって再び目を閉じた。時計は七時半になろうとしていた。仕事場も近いし、ギリギリまで寝かせてやる事にして、俺が先にシャワーを浴びる事にした。部屋と違って暖房がきかない浴室に入ると身体が引き締まるような気がした。それにして何故マスターが自殺をしたのだろう。脳が目覚めていない状態では答えは出ない。ただ、シャワーから出るお湯のように「何故」だけを口にしていた。身近で起きた『不可解な死』に戸惑うしか、やる事がなかった。
 バスタオルを腰にまいてユニットバスから出ると、兄は起きていた。ベッドで上半身だけを起こして壁にもたれ、テレビを見ていた。朝の情報番組だった。
「昨日の銃声、さっきニュースでやっていたぞ。若者達が警官を襲撃して拳銃を奪いとったらしいぞ。その中の一人が奪った拳銃で自殺したらしい。追い込まれて自殺するくらいなら、そんな事しなきゃいいのにな」
 兄が眺めているテレビは、昨日おきた中学生の自殺事件に変っていた。幸いな事に自殺未遂の少女は意識を取り戻したようだった。初めての自殺事件の生存者として警察から事情を聞かれているようだった。テレビのコメンテーターが最近の子供は命を軽く思っている、自殺をはかる時に必ずメッセージがあるはずだからよく観察するべきだと意見を述べていた。
「口にするのは簡単だ。実情の事など全く知らないくせに」
 兄のつぶやきが聞こえた。親、コミュニティー、教師、そしてカウンセラーが未熟だから若年層の自殺が増えるのだとキャスターもコメンテーターの意見に賛成していた。さすがに呆れて物が言えない様子だった。
「自殺の要因を見つけないとな」
 俺は兄を慰めるように言った。兄は静かに頷いてベッドから出た。小さく「やるか」と呟いた。

 俺がビジネスホテルの中にあるレストランでビュッフェスタイルの朝食をとっている間に、兄は仕事に出かけた。一度名古屋に戻る事は伝えておいた。大事な用件があったとしても二時間弱で行き来できる。直ぐに呼び出してくれと言って俺達は別れた。そして、俺は軽めの食事を済ませて名古屋に戻った。新幹線で熟睡した俺は名古屋を乗り過ごしそうになった。この時ばかりは東京・名古屋間の新幹線の速さを恨んでいた。

 名古屋駅には十一時半に到着した。名駅から大須に地下鉄で行くのは多少不便だ。急いでいた事もあってタクシーに乗った。運転手には『グレー・フィールド』のある大須郵便局付近に向かってもらうように頼んだ。英さんを疑うつもりはないのだが、自分の目でマスターの店の様子を見ておきたかった。門前町通りでタクシーから降りた。『グレー・フィールド』の扉の前には『都合により当分の間休業させていただきます』とはり紙がしてあった。現実を見つめる事は辛い事だと知った。
 俺は一旦事務所に戻った。郵便受けから朝刊と手紙を取り出して事務所のドアを開けた。一日留守にしただけだったが、久しぶりに戻った気がした。机の上に新聞と手紙を置き、奥の部屋の祭壇の弁天と茶吉尼天に手を合わせた。何かをお願いするわけでもなかった。事務所に入ると何よりも先に手を合わせるのが日課になってしまっていたのだ。しかし、今日だけはマスターと娘さんの冥福を祈っていた。
「ごめんください」
 その声に振り向くとみどりが入口に立っていた。嫌な事は続く物なのだろう。俺はみどりに横井ハジメという男の所在が分らなかった事を告げなくてはならない。彼女の落胆する顔を想像すると心が重くなった。「ごめん」と言いかけた俺の耳に予想外の言葉が飛込んで来た。それは「ありがとうございました」だった。
「へ、何がありがとう?」
「嫌だな。呪ですよ。先生の力の凄さに驚きましたよ」
 みどりのニコニコした顔が何を物語っているのか想像もできなかった。
「ああ、呪ね」
 ついみどりに合わせてしまった。もう本当の事を口にする機会を失ってしまった。
「本当にびっくりしましたよ。今朝のテレビでハジメが自殺したニュースがながれた時は。それも警官からピストルを奪って」
「え、死んだの?」
「やだなぁ、先生。知らなかったの? だから、私がお礼を言ってもキョトンとした顔してたのね。でも仕方ないわよ、ハジメの名前が偽名だったの。本名は横溝肇。テレビのニュースでピンときて、直ぐにネットで検索したんだ。そしたら既に犯人の顔写真付きのニュースがアップされてたの。その顔は間違いなくハジメだったわ」
 みどりは心の底から嬉しいのだろう。最初に会った時よりも沢山喋った。いくら憎いとはいえ、人が死んでしまって喜んでいるみどりの残酷な本性をみてしまったようだった。それとも人間は誰もが隠しもっている原始的な心が一瞬のぞいたのかもしれない。獣の心だ。
 ニコニコ顔のみどりの前で俺は何もしていないとは言えそうにない雰囲気になってしまった。こんなタイミングの良い偶然も世の中にあるんだなと楽観的に考えていられたのはインターネットで彼の顔写真を見るまでだった。彼女に勧められてパソコンをたちあげ、そこで見たニュースの写真は池袋で出会った黒髪の少年だった。夢の中で彼に鎌をつきたてられた俺の右手の甲がズキンと痛んだ気がした。

 ニュースは写真添付できる形の掲示板に載っていた。内容は以下の通りだった。

 警察からピストルを奪い、少年が自殺
深夜、東池袋中央公園で若者のグループ同士の紛争があり、通報により駆け付けた警察官が拳銃を奪われる事件が発生した。拳銃を奪ったのは横溝肇(二一)無職。その場で拳銃を口に含み発砲。横溝肇は救急病院に搬送される途中で心停止が確認された。

 それにしてもハジメという男にはかなり敵がいたようだ。いくら警察がらみの派手な事件を起こしたとはいえこれ程の短時間で顔写真付きの情報がネット上に流れ出る事はありえない。可能性があるとすれば、みどりのように彼を心底恨んでいる者が沢山いたのだろう。それともインターネットとは死んだ者を悪く言う事が当たり前の世界なのだろうか。
 ニュースにはハジメについての書き込みが既に十数件あった。その中に「死んでよかった」という文字もあった。もしかしたら、みどりが書き込んだのかもしれない、何となくそう思った。みどりの心が歪みだしている、そんな気がしていた。
 掲示板の書き込みで分かった事は、ハジメ、本名横溝肇は二一歳だった。愛知県の北部の町から役者になる為に上京したが、何の活動もしていない。地元では有名な自動車部品製造メーカーの社長の三男で親からの十分すぎる仕送りで生活していた。いわゆるニートというヤツだ。ハジメが起こしたある事件が原因で地元にいれなくなり、東京に追い出されたという噂もあった。ある事件とは婦女暴行事件だった。愛知県で有名なナンパスポットで女の子二人を車で拉致して強姦した事件だ。その後、ショッピングセンターの駐車場で解放された彼女達が警察に通報したのだ。その事件は俺も覚えていた。犯人グループが未成年だという事もあり名前は後悔されなかった。それと被害にあった女の子達には悪いが、ニュース番組も犯人グループよりも彼女達の軽卒さを批判していた気がする。ナンパされる目的でたまたま悪い男に捕まった哀れな女達だというのが世の中の厳しい目だった。だから、大きくニュースが取りあげられる事はなかった。被害者には小さな落ち度も許されないのだなと当時思ったものだった。ともあれ、有名な会社の息子の起こした事件となれば、地元で噂が広がるのも当然で、ほとぼりが冷めるまで遠くに行かす事も当然の事だったのだろう。しかし、ハジメは自分の行動に反省する事はなかった。きっと最初の事件の時に世論が彼を厳しく責め立てていれば、親が彼を逃がさずにいれば、彼の人生はやり直す事ができたにちがいなかった。それは俺の想像に過ぎないのだが。
 彼は猾い悪人だ。
 
 しかし、ハジメの死を確認した俺の心には金田紫苑の自殺の時の罪悪感に似た感情が沸き上がって来た。ハジメとは一度しか会っていなかった。それも一言二言会話をかわしただけだった。俺は呪うような事はしていないのだが、口から鉛を無理矢理飲み込まされたように胸がずっしりと重かった。理由はわからない。現実から逃げるように俺はモニターから目を背けた。新鮮な空気が吸いたくなった。

 みどりは謝金の話をした。ハジメを自殺に追い込んでくれたお礼だそうだ。もちろん受け取れるはずもなかった。しかし、みどりは俺の気持ちを分かってくれはしなかった。それとも金を払う事でハジメの自殺の禊ぎを済ませたいのかもしれない。もう呪にかかわる事は嫌だった。
「悪いが知り合いの通夜に出かけなきゃならないんだ」
 言い訳だった。俺ははっきりとNOと言うのが苦手な男だ。大切な事なのに先延ばしにしてしまったり、出来ない事を引受けたりしてしまう。みどりの謝金の話もいつものように逃げ出してしまった。俺が一番卑怯で猾い人間なのだ。みどりは俺に追い出されるように事務所から出ていってくれた。残されたほのかな香水の匂いが俺の首を締め付けるようだった。空気だ。俺には新鮮な空気が必要だ。事務所から追い出されたのは俺の方だった。

 俺は熱田の杜に来ていた。金田紫苑が死んだ時もここに来た。巨大な鳥居をくぐり抜け、玉砂利を敷き詰められた参道をゆっくりと歩く。遅めの初詣を済ませに来た参拝者は皆、清清しい顔をしていた。神の御加護は鳥居をくぐるまでは誰にも有効だろう。玉砂利がアスファルトに変る頃には顔つきも俗っぽくなっているだろう。神が俺達に与えられる力など一時のやすらぎしかない。でも今の俺は神々が発する息吹に一瞬でも触れたい。やすらぎたかった。
 俺が目指しているのは社ではなかった。俺の心は汚れを癒すのは参道の脇にたたずむ古の木々達だった。太陽に向かって真直ぐにのびる木を見ていると俺には出来ない馬鹿正直な生き方を教え諭しているように思えた。横に広がった枝葉は大きな心を持てと、大地を鷲掴みするように食い込む太い根は揺らぐ事のない信念を持てと教えてくれていた。少なくとも今の俺には説教されている気分だった。きっと大昔、ヤマトタケル尊も俺のように木々に説教されたにちがいない。自分を蔑むなと。
 俺は木々に問う、何故世の中に悪人と善人がいる? 世の中に何故悪人がいる? 悪人は世の中に必要なのか? 何故、悪人の為に正しい人々が苦しむのか? 何故、悪人が死んでも嬉しくないのだ? 何故、俺は苦しまなければならないのだ? 木々は答えない。俺も答えがほしいわけでもなかったようだ。神が俺の前に現れて「世の中には理不尽な事もあるのだよ」と言われてもきっと納得できないはずだ。しかし、悪人が死ねば喜ぶべきかだけは教えて欲しかった。俺のした事は正義なのか? 木々の葉の擦れる音がした。冷たい風が耳を切り裂こうとしていた。木々の答えを解読する能力がまだ俺には備わってはいなかった。
 俺の足に誰かが蹴飛ばした玉砂利が当たった。振り向くとそこには静香がいた。足元の玉砂利を再び蹴飛ばした。
「先生は優しいね」
 静香は口元を赤いマフラーで隠していたので、怒っているのか、笑っているのか俺には分らなかった。
「どうして此処にいると……」
 俺はそう答えるのがやっとだった。
「先生が教えてくれたんだよ。落ち込んだ時は熱田の木々に励ましてもらえって……。先生ゴメンね」
 静香は俺から目線をずらした。
「何謝ってるんだよ」
「みどりから聞いたの。呪の仕事をしちゃったのよね」
 玉砂利が飛んで来た。しかし、俺には当たらなかった。
「まあな。気まぐれで引受けちゃったよ」
 笑いたくないのに笑顔を作るのは難しかった。俺の答えに静香は目線を戻した。俺が絶えきれず目をそらしてしまった。
「先生の悪い癖よ。自分の本音を殺して、その場を取繕う。そんな事して傷付いているのは先生じゃないの。何故、自分を大切にしてあげないの?」
 静香の言う通りだ。俺はこの場を丸く納めようとしていた。俺を心配してくれている静香からも逃げ出そうとしていた。いったい俺は何から逃げているのだろう。いつまで逃げるのだろう。きっと木々達が俺に届けたメッセージを静香が代弁してくれているのだ。
「私だって憎くて憎くてしかたない人がいる。先生に呪ってほしいって口にしそうになった事だってあった。でも先生の事を思うと言えなかった。金田って人が死んだ時の先生の悲しみを忘れられないんだもの」
 静香の頬を涙が伝った。人間には獣以外の本能がもう一つあった。それは観音様だ。他の者を慈しむ事のできる心だ。俺は静香の頬の涙を右手の人指し指ですくいあげた。すると俺の全身を包み込んでいた黒い何かがひび割れをおこして弾け飛んだ。
「ありがとう」
 俺は笑う事ができた。とても自然に笑う事ができた。笑うなんて簡単だ。
「私、先生が好きよ」
 俺の笑顔が驚きに変った。
「それに高校を卒業したら先生の弟子にしてもらうって決めてるの。だって、先生、嫌な仕事でも断れないでしょ。給料の事は気にしないで、先生が払えるだけでいいから」
 静香がマフラーを下げながら話している口元には可愛らしいエクボができていた。俺の笑顔が移った気がして少し嬉しかった。
「勝手に決めるなよ」
「いいじゃん。先生、優柔不断なんだし」
「そうだな。俺、優柔不断だからな。これからは静香に決めてもらった方がいいかもな」
 心とは裏腹に言い訳ぽく答えてしまった。素直に嬉しさを表現できない。俺は本当の心を隠す事に慣れてしまったのだろう。
「契約成立だね」
 俺とは反対に静香は素直に喜んでいた。喜ぶ。そんな簡単な事を何故出来ないのだろう。熱田の杜にいると疑問ばかりが頭に浮かぶ。きっと俺は普通じゃないからなのだろう。
「戻ろうか?」
 静香は頷いくと、俺の腕にしがみついた。「神の前だから」と嫌がる俺に「寒いから大丈夫」と理由にならない答えを静香は口にした。「しょうがないな」と口にする俺は相変わらず正直にはなれなかった。『最強の占師』には一生なれそうにないだろう。木々達が葉を揺らして俺にメッセージを投げかけていた。

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