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小説家版 アートマンコミュの666(ミロク)dD 1月17日?

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 東京と名古屋の距離は近くなった。二時間もかからずに東京駅に到着した。作業を終えて一眠りしようかと思った時には品川駅まできていて驚いたくらいだ。東京から目的地までは在来線で最寄りの駅まで行く事にした。いくらお金にゆとりがあるといってもその後の全行程タクシーを使用するのは贅沢のような気がした。目的の中学は神田にあった。神田川が近いせいもあるのか大須の街よりも冷やっとするような気がした。一月なんて日本中どこでも寒いのかもしれない。鞄に入れてあったマフラーを取り出して首にまき、大股で歩き出した。
 その中学は直ぐに見つかった。パトカーと救急車のけたたましいサイレンが場所を教えてくれた。どうやら自殺Fが起こったようだ。俺は急いで目的地に向かった。前日にも生徒の自殺があったばかりの中学の校門前は既に多くの報道関係の人でごったがえしていた。俺は沢山集まった野次馬にまぎれて中学校の様子を伺った。
「女の子が薬を飲んで自殺をしたんだって」
「へぇ、また自殺なの」
 野次馬の主婦達の会話を顔は校舎を見つめたままで耳をかたむけた。俺は彼女達の会話に小さな疑問を感じた。今までは突発的な自殺だった。今回は薬を用意していた。十分情報がない段階で判断するのは危険だと思うが、一連の自殺とは別の事件のような気がした。
「この中学校が呪われているって噂、本当じゃないの?」
「こんなに続く事って偶然じゃありえないわよね」
 彼女達の会話に『呪』という言葉がでてきて頬をゆるませた。幼稚な意見だが主婦達なりに自殺の連鎖の謎を解きあかそうとしている。誰も一秒先の未来など誰にも分らないが、誰もが平穏である事を仮定して生きている。その仮定を覆されてしまい、原因を見つけて再び安定しようと必死になっているのだろう。もし主婦達の予想が当たっていたとしても、大切なのは呪っているが誰かという事じゃないのか。所詮、彼女達には他人事。その理由は自殺だからだろう。自分は自殺するような弱い人間じゃないという自信があるという事だろう。俺は何台もの救急車が校内に入っていく音で現実に引き戻された。目の前を通り過ぎる車は、自殺が起こった事でパニックを起こした生徒達の為の物だと推測した。この中学に通う生徒達と野次馬主婦との差なのだろう。生徒達全員が次に自殺するのは自分かもしれないと心のどこかで感じているに決まっている。俺の予想通り、女生徒の半狂乱な声が聞こえて来た。その声をかき消すサイレンと共に救急車が飛出していった。生徒達の心のケアの事を考えている時、ふと兄の事を思い出した。生徒のメンタルケアを心理カウンセラーが請け負ってはいるのではないか? 兄ならばこの学校にかかわっているカウンセラーを知っている筈だ。思うよりも先に手が動いていた。携帯を取り出し兄に電話をかけた。二コールで電話に出た。
「もしもし、俺だけど。兄貴、中学校の連続自殺の関係で仕事を受けている人を知っている?」
「なんだよ。薮から棒に」
「詳しい事を話すと長くなるから、今晩にでもゆっくりと教えるよ。実は仕事でこの事件の報告書を作成しないといけないんだ。兄貴だったら仕事柄、事件と縁があるんじゃないかと思ったんだよ」
「そう言う事で東京までやって来たって訳か」
「別にマスコミなんかに売るようなネタを集めているんじゃないんだ。純粋に自殺の連鎖を止めたいという人の依頼を受けて情報を集めているんだ。助けてくれないか」
 沈黙があった。一秒程度だが電話だと長く感じる。
「お前の予想通り、何人かの生徒を俺は担当している。しかし、生徒達に会わす事はできないし、他のカウンセラーを紹介する事も無理だ。このケースは細心の注意が必要なんだよ」
 俺が「そうか」と言うと、兄は「ただし」と俺の言葉を遮った。
「ただし、俺の独り言をお前が聞いてしまったり、俺の資料をうっかり見てしまったのなら仕方の無い事だ。兎に角、今晩会おう」
 兄の言葉にお礼を言って電話を切った。何とか手がかりを探す道を見つけた事に少しホッとした。なぜなら、今まで見た事もないくらいのマスコミや警察の多さに今日の情報収集は無理だろうと感じていたからだ。教師も親も、もちろん生徒も見ず知らずの者との接触は間違いなくしない事は明白だった。俺は足を神田界隈にある大学へ向けた。

 悪い予想が適中した。横井ハジメは在学していなかった。もしかしたら、在学しているのだが本当の名前は別なのかもしれない。元々手にしている情報が少ないので、この時点で先に進む方法を見失ってしまった。根っからの悪党なのだ。その事だけは分った。俺にとっては良かったのかもしれない。「探したけど見つからなかった」と言い訳ができる。みどりの事を思うと悪い気もする。だが、運命が俺に味方して横井ハジメという男に偶然出会うなんて事を、この広い東京の街でできるとはとても思えなかった。残念だが縁がなかったのだ。横井ハジメを見つけられなくて正直ほっとしていた。あんな思いをするのは最初で最期にしたかったのだ。金田紫苑という男が死んだと知らされた後の思いだ。
 金田紫苑は見るからに質の悪い風貌をした男だった。髪の毛は剃り上げ、耳には髑髏のピアス。さらには襟の長い柄物のシャツの胸元には金のネックレス、きっと服を脱げば入れ墨がどこかに入っているだろう。裏社会を生き抜く為に必要な甲冑を身に纏っているのだろうが、その姿が通用するのは表の社会にいる一般の人間だけだろう。落ち着きなく周りをキョロキョロする視線に、どこか脅えた雰囲気を俺は感じ取っていた。依頼者が何故、こんな男に引っかかったのか不思議だと金田を遠くから眺めて感じていたのを思いだした。その後の依頼者、紺野雪絵の人生を振り返ってみると、所詮、こんな男と縁を作り出す運命だったのだろう。現在、彼女は強盗殺人の罪で服役している。風俗店で働く同僚に手をかけたのだ。呪いが彼女の元へ返ったのかもしれない。彼女の転落が呪いを行わなくなった理由の一つでもあった。
 俺の呪の方法はいつも同じだった。狐の体に蛇が巻き付いた絵を黒い細長い紙に金文字で書き上げるのだ。金文字には金泥を溶かして使っていた。立体的に仕上がるので俺は好きだった。その絵を俺は弁吉尼天(ベキニテン)と名付けていた。弁財天と茶吉尼天のオリジナルの合体神だった。その弁吉尼天の腹の部分で朱漆を使って『呪』という文字を書いた。新鮮な血のような艶やかな質感をだしたかったのだ。漆の独特な匂いは受け取った相手に無気味な心理効果を与えるのに役に立っていた。兎に角、メモ書きのような呪の札を相手に渡しても効果があるようには思えなかった。呪う側の真剣味が伝わる物を製作する事が俺の呪における一番重要な作業だった。そして、数枚同じ札を作り『呪』の文字の大きさを変えていった。
 次に大切なのは作った札を相手がどうやって受け取るかだ。俺は郵送を極力さけた。得体の知れない誰かが自分の家まで来て、郵便受けに届けていると印象を植え付けたかったからだ。それには呪う相手に遭遇してしまう可能性があったので、殆どの場合は相手の近所でスカウトした若者に金を払って届けさせていた。後は呪った相手が俺の予定通り『呪にかかる』状態に落ち入ってくれれば勝手に罰はくだっていく。一〇人中九人は不安に苛まれ見えない何かに脅える日々を過ごしていく事になる。誰に許しを請う事も出来ずに苦しみ続けるのだ。俺が呪った相手は、それくらいの罪は償うのが当然の人間ばかりだった。もちろん、俺の術にかからなかった場合は依頼者に謝り『呪』を諦める事を勧めていた。今思えば、相手が術に落ちなかった依頼者が一番幸せだったのかもしれない。金田紫苑の件があってからだが、呪の依頼者の現状を調べるだけ調べてみた。幸せに暮らしているように見えた者は一人もいなかった。自分が依頼者の為にした事が正しかったのか疑問を持ち、呪術を完全に中止したのだ。
 実は金田紫苑の呪は失敗していた。一〇人中一人の方が彼だったのだ。金田は見た目とは違い憶病者だった。まぁ、俺の推測通りの人物だったのだ。憶病者ならば直ぐに術にかかると思ったのだが、臆病すぎた。そして素直な性格だった。俺の札を手にする度に馴染みの寺にお払いをうけに行った。それだけで呪が解けたと信じ込んでしまう程の単純な頭の持ち主だった。病気になって医者に行く感じで簡単にリセットされてしまったのだ。今思えば、あの時は少し焦っていたのだと思う。自分の能力に過信していたのかもしれない。俺は金田紫苑に近づき過ぎた。探偵のように彼の行動を追ってしまったのだ。自分では上手く尾行していると思っていたのだが、所詮素人のやる事など穴だらけだ。金田の臆病すぎるというか用心深いというか、そういう彼の性格も手伝って、俺は金田と対面してしまう失態を犯してしまった。意外と頭のきれるようで俺が呪の札の主だとピンときたらしく、突然つかみかかって来た。情けない事だが、金田に対した抵抗が出来なかった。あんなチンピラごときと思っていたが、喧嘩が始まると殴る事よりも殴られるのを防ぐ事にしか意識がいかなくなった。数発なぐられた時には戦闘本能など完全に失っていた。俺は恥も外聞も忘れて手を合わせて許しを請うていた。そんな事で許されるとは思っていなかったが、金田は不思議と攻撃してこなかった。それどころか、金田が逃げ出すように走り去っていった。キョトンとしている俺の脇を支えてくれたのは制服を着た警官だった。偶然、警官が現れてくれなかったらと思うと今でもゾッとする。次の日だった。依頼者の紺野雪絵が金田の自殺を報告しに来たのは。俺が初めて呪いで人を殺した日、そして自分が殺される夢でうなされるようになった日だ。呪は全ての人を不幸にする。呪われた者も呪った者も、そして呪を敢行した者も全員に罰が与えられるのだ。再び、俺が愚かな行為をしてしまう前に、神が横井ハジメという男を隠してくれたのだと思う事にした。俺は自然と手を合わせていた。神に感謝しているのか、依頼者のみどりに謝っているのかは自分でも分らなかった。

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