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小説家版 アートマンコミュの666(ミロク)dD 1月17日?

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 弥勒さんが孫を連れて俺の事務所に現れたのは日が傾く頃だった。事務所といっても大須観音の仁王門から門前町方面へ路地を五分程歩いた雑居ビルの二階の小さなスペースだ。大須の参道やアーケード街に店を出せる程金銭的に余裕もなかったし、俺の仕事内容を考えると特に大通りで事務所を構える必要もないと思っていたからだ。占師の仕事をメインでしているのだが、実は裏の仕事もしていた。それは呪術だった。要するに人を呪ったりしているのだ。今はある事情で呪術の方は止めている。もちろん、事情とは金田紫苑の自殺事件だ。その事があるまでは結構ニーズはあった。不倫相手や別れた相手を不幸にして欲しい、上司に罰を与えて欲しい。やり方は簡単だ。呪いたい相手に『あなたは呪われています』とメッセージを伝えるだけだ。俺の方法は『呪』と見える程度の小さい赤い字で書いた紙を郵便受けに入れる。但し、紙は俺のオリジナルの物だが。そして郵便受けに入れる度に字を少しずつ大きくしていく。まるで呪が迫って来るのを暗示させるのだ。それだけで、大抵の人間は呪いにかかってしまう。夜、女の人が立っているだけで幽霊に見えてしまうようになるものだ。そうなれば、何もせずに相手が崩壊していってくれる。別に金さえ払えば誰でも呪術をしていた訳ではないが、実際は俺が気が向いたらやっていたかんじだ。説得力ある理由を持ったクライアントの手伝いをしていたと言えば正しいのだと思う。そんな呪術の力がある事を耳にした弥勒さんがわざわざ分かりにくい俺の事務所を尋ねてきたという訳だった。
 しかし、丁度運悪く占いの鑑定中だったので、弥勒さんには喫茶店で待っていただく事にした。俺が選んだのは『グレー・フィールド』ではなく、大須でも人気のある大須通りに面したカフェにした。仕立ての良さそうなコートを纏った弥勒さんにピーナッツが一緒にでてくるコーヒーでは申し訳ないような気がしたからだった。
 鑑定を終えて、急いで弥勒さんを待たせてあるカフェに向かった。早くも年末調整の為にどこもかしこも道に穴を掘り出しているのだろう、大須通りには自動車が列を列ねていた。渋滞中の道路の脇を何台も車を追い抜いて走った。駆け足で抜かれイライラが増したドライバーも多くいた事だろう。いつもなら、そんな視線を楽しんだかもしれないが……。暫くするとカフェが見えてきたので、速度を落して息を整えた。息をきらしていては「急いでやってきました」とアピールしているみたいだし、何より余裕がなくて格好わるい。店の近くまでゆっくり歩いていくと窓際の席で座っている弥勒さんを見つけた。俺は一度大きく深呼吸をしてから店の扉をあけ、弥勒さんに一礼した。向こうも俺に気がついたようで席から立ち上がって待っていてくれた。俺は待たせた事を詫びながら弥勒さんに近づいて行った。すると弥勒さんの隣に小学校の低学年程の背丈の男の子が並んで立っている事に気がついた。『お孫さんですか?』と聞くと弥勒さんは『そんなもんです』と椅子に座りながら答えてくれた。店員がオーダーを取りに来たので、コーヒーでは味気ないと思い弥勒さんと同じ飲み物を頼んだ。お湯にバラの花びらが浮んだ飲み物だった。
「コーヒーよりもハーブティーの方が好きでしてね」
 弥勒さんは右手でティーカップをもう一方の手で皿を持ちながら上品な口調で話しかけてきた。店の選択が正しかった事にホッと胸をなでおろした。俺も弥勒さんの真似をしてハーブティーを飲んでみた。お湯を飲んでいるようで俺には美味しいとは思えなかった。
 コートを脱いだ弥勒さんは和装だった。ロマンスグレーの髪に真ん丸の黒縁眼鏡、まるで明治時代の華族か皇族だと思った。それとは対照的に孫の方はラフな格好だった。胸に赤い文字で666dDとプリントされた真っ黒なパーカーを着ていた。顔つきと髪の毛のツヤが上流階級の子供だとすぐに分らせていた。子供特有の愛嬌がない、というよりも俺に敵意があるような眼差しをしていた。もしかしたら、大人という存在が嫌いなのかもしれない。俺が子供の頃にそうだったように。
 俺は人の表情を見て感情を読み取る能力が人より優れていると思う。その力は小さい頃から備わっていた。子供の頃、大人の顔は殆ど二つの種類しか見た事がなかった。欲望をむき出しにしている顔と表情を作っている顔だ。自分に自信のある顔とない顔だったかもしれない。前者でも自分よりも上の者の前に出れば後者の顔に変ってしまう。とにかく、大人の表情は醜いと思ったものだ。そして俺もそんな大人の仲間入りをしてしまった。目の前にいる少年の目には俺も醜く歪んで見えているのかもしれない。
「そう言えば、まだ名刺を渡していませんでしたね」
 弥勒さんは茶色の革製の名刺入から一枚取り出して俺に渡した。名刺を交換する習慣がなかったので持って来るのを忘れてしまった。尻のポケットに突っ込んである財布の中に名刺が一枚くらいあったかもしれないが、間違いなくくたびれている。渡してしまった方が失礼になるような代物だ。俺は頭を掻きながら謝罪した。弥勒さんは苦笑いしながら「気にしないで」と言ってくれた。
「変った社名ですね。ロクロクロクってお呼びするんですか?」
 真っ黒な名刺に金文字で『会長 弥勒大蔵』という文字と社名なのだろう数字の6が三つ並んでいた。少年が着ているパーカーのロゴと同じだった。
「三つの6でミロクと言うのですよ。私の名字から名付けたのですが、変でしょうかね」
 弥勒さんの質問に俺はかぶりを振った。
「良いネーミングだと思います。俺……僕のよく通う喫茶店の名前が『グレー・フィールド』というのですが、その店のマスターも灰原という自分の名字から名付けたと言っていました。自分の名前が店名だと愛着がわくそうですよ。それに数字が良い。6は安定や調和を意味する数字です。会社名に一番ぴったりの数字ですよ」
 俺の返答が嬉しかったのか、弥勒さんは口元をほんの少しだけあげて微笑んでいた。しかし、隣の少年は相変わらず俺を睨みつづけていた。
「ところで、僕に御用件とは?」
 いつも使い慣れていない『僕』という言葉を口にした小さな罪悪感が少年から目をそらさせた。
「依頼の用件の前に私の会社の説明をさせていただいても結構ですか? そちらを先に話した方が白山さんも依頼の用件の意味が理解できると思うのです」
 俺が頷くのを見て、弥勒さんはゆっくりとした口調で語り始めてくれた。
「私の会社が運営している業務は白山さんの行っている仕事とよく似ております。ある意味、同業者といっても良いのではないでしょうか」
「というと占いですか?」
「ええまあ、そういう事です。とは言っても占い自体を業務とはしてはおりません。私達が取り扱っているのは占いに基づくデーターです」
 俺は弥勒さんに分るようにわざと不思議そうな顔をしたが、それに構わず話を続けた。
「白山さんのように生まれ持った能力のある占師の方にはあまり重要ではない話しだとは思いますが」弥勒さんはもったいぶったような言い方をして少し間を開けた。「やはり占いの基本は統計学だと思っております。あらゆるデーターを収集して導き出す事によって未来を予見する方法が一番だと私は考えております。なぜなら、占師の方々が持っている第六感のような特種な力が必要とはしないので、私のような素人でも豊富なデーターさえ手中におさめれば、それなりに未来を予見する事ができるからです。ですが、能力者で無い分苦労も出費もかさみます。予見に必要になるデーターの収集です。予見の精度は情報量に比例して正確になっていくからです。しかし、そちらの方はシステムさえ確立してしまえば、あまり苦にならずに収集は可能でした。逆に考えると恐い世の中ですね。簡単に他人の情報を手に入れる事ができてしまうのですからね。そして、私の会社は莫大なデーターを基に未来の予測をたて、その情報を企業に販売して収益を手にしております」
 弥勒さんは自分の会社の事を力説しても、柔和な表情が一度も崩れる事は無かった。
「未来の情報を買う企業がそんなにあるのですか?」
 女の子の恋愛や不倫相手の恨みとはレベルが違い過ぎる話に俺は理解が出来ずにいた。占いを大きなビジネスとしてとらえている弥勒さんの思考にジェラシーを感じて否定したかったのかもしれない。
「どの企業も確実に訪れると分かっている未来の情報ならば、どんな大金を出してでも購入します。例えば自然災害の情報でも事前に知っていれば、対応どころかビジネスにつなげる事だって可能になりますよね。地殻の変動の情報、天体からの情報、生物の反応など諸々と過去のデーターを照らし合わせて九十%以上の確率で適中する事が可能にしたのです。もちろん、現実的な話では海でマグロが回遊しているポイントの予見、穀物の豊作・凶作の予見、石油や次世代エネルギーの予見など身近な物の未来でも実現する確率が九割をこえれば必ずお金になります。つまらないロスが減る事になるので企業にとってもかなり有益になるからです」
 弥勒さんの話しには説得力があったが、現実味が感じられなかった。俺の正直な意見は情報を収集するだけでそれだけの高確率の予見が可能なのかという事だ。
「一〇〇%予見が可能になればもっと儲かりますね」
 自分の意見が少し嫌味っぽかったかと、口にしてから失敗したと反省したが、弥勒さんは嫌な顔をするどころか俺の意見にうなずいていた。
「白山さんのおっしゃる通りです。私の会社の莫大な情報とネットワークを使っても一〇〇%予見する事は不可能なのです。予見するのに最大のネックになっているが人間の存在なのです」
「人間が邪魔ですか」
「邪魔というと語弊がありますが、間違ってはいません。他の生物は人間程予測を超えた行動はとりません。データーとしても修正可能な誤差の範囲内の行動です。しかし、人間は予想外の事を平気で行います。現在社会問題になっている中学生の不可解な自殺は御存知ですか?」
 俺が頷くのを見て弥勒さんは話を続けた。
「いじめられていた形跡もなく、精神や肉体が病んでいるわけでもなく、自殺など行いそうもない健全な中学生が理由もなく自らの命を絶ってしまう事など誰にも予測できません。予見を完璧にするにはそのような人間のメカニズムが解明する必要があるのです。そこで白山さんにお願いがあるのです」
 お願いがあると言う言葉に反応して背筋が伸びた。
「まさか依頼と言うのは……人間の不可解な行動を調べる?」
 恐る恐る口にした言葉に弥勒さんはにっこりと微笑んだ。
「その通りです。特に不可解な死について調べて欲しいのです。必ず何か原因か引き金になる因子が存在するはずです」
「無理ですよ。俺は占師ですよ。医者でもなければ、探偵でもない。そんな依頼受けたとしても俺では荷が重すぎますよ」
 意識して使っていた『僕』という言葉が出ていなかった事に気付く事もなく両手を振って断った。
「そんなに簡単に答えを導き出せるとは私も思ってはおりませし、そこまで期待はしてはおりませんから安心してください。私共にとっては何十年かかってでも解明しなくてはならない大きな課題なのです。そこで白山さんには我が社の専属占師として契約していただき、じっくりと腰をすえて調べていただきたいと考えている所存です。もしかして、何処かの企業と専属契約を済ませていらっしゃるとか?」
「そんな訳ないですけど……」
 突飛な話の展開に驚いてしまった。話しには聞いた事があった。会社運営のアドバイザーとして占師を雇っている企業がいくつか存在している事を。そして契約ができる事がとても名誉な事も。名誉である事も嬉しいのだが、なによりも収入が安定する事が嬉しかった。話を聞いているとかなり大きな会社みたいだから、安く見積っても月に十万は確実に手に入るようになるだろう。確実に手に入るお金があれば、呪いなんて気の乗らない仕事を二度と引き受けずに済むはずだ。専属契約なって願ってもない話だ。しかし、一度断ってしまった手前、直ぐにOKの返事が出来ずに語尾を濁して答えた。自分のキャパシティーを超えた問題を前にした時は逃げてしまい、目の前にニンジンをぶら下げたら直ぐに手をだす人間だと思われたくないのだ。
「どちらの企業とも専属契約をされてないのでしたら、是非、当社とお願いします」
 弥勒さんはテーブルに額がつきそうになる程に頭を下げて懇願してくれた。俺にとっては本当に助かる行為だった。「そこまでお願いされては」と切り出しやすくなった。俺の返事に弥勒さんは目尻を下げていた。
「これですが契約金として本日用意しました。どうぞ受け取って下さい」
 弥勒さんは金文字の666のロゴが入った封筒を俺の目の前に置いた。封筒の厚みを見て俺は目玉が飛び出しそうになった。間違いなく紙幣が百枚はあるはずだ。全て千円札を入れるような冗談をするようなタイプではないはずだ。例えそれでも十万円ある。俺にとってそれでも十分な価格だった。
「そしてこちらが一ヶ月分の給与です。一度確認してみてください」
 弥勒さんは同じ厚さの封筒を隣に並べた。「それじゃあ、遠慮なく」と口にして封筒の中を見た。銀行の帯がついた一万円札が一つの物体のように入っていた。もう一つの封筒にも同じ物が入っていた。俺の目の前に自分の年収に近い金が封筒に入っている。そして、それが自分のものとなる。叫びたい気持ちを抑えるのに必死だった。
「白山さんの気持ちが変わらないうちに本契約を済ませたいのですが」
 二百万円を目の前にして俺の気が変わるわけがない。その言葉を口にしたいのは俺の方だった。そんな俺の気持ちを察してくれたのか弥勒さんは契約書と万年筆を差し出した。
「うっかりしていました。こんなにあっさりと契約が決まるとは思っていませんでしたので……」
 弥勒さんのうっかりとは契約に必要な印鑑を俺に持って来てくれと俺に伝え忘れたという事だった。
「少し待っていていただければ、直ぐに印鑑をとってきます」
「よろしいですか。できれば白山さんの領収書もお願いできますか?」
 俺は「もちろん」と返事をするとカフェを飛び出すように出ていった。道路は相変わらずの渋滞だった。車が進まずどの運転手の表情もイライラしているのが素直に伝わって来た。回りを見渡して俺程幸せな人間はいないと実感すると笑いが込み上げて来た。
 自分の実印と領収書を手にして引き返す途中、俺は路地裏から飛び出してきた赤いピックアップトラックに跳ねられそうになった。運転していたのは黒いニット帽を眉毛が隠れる程深くかぶった青年だった。いつもならば睨んで毒づくくらいの事をしていたのだろう。こんな機嫌の良い時にそんな事をする訳がなかった。申し訳無さそうに頭を下げる運転手に、俺は微笑みながら「気をつけろよ」の意味を込めて運転手を指差してから、車のボンネットを軽く二度叩いた。その青年は運転席に座ったままで俺の顔を食い入るように見ていた。相手は俺の事を知っている様子だ。俺も何処かで見た事ある顔だなとは感じたが思い出す事は出来なかった。もしかしたら、占いの鑑定をした事のある客の可能性もあったので、無難に会釈だけしてその場を離れる事にした。運転手は何かを俺に言おうとしているのが分かったが、一刻も早く弥勒さんと契約を交わしたかったので彼の視線を気付かない振りをして先を急いだ。
 カフェの前の大須通りは相変わらず渋滞していた。片側二車線の道が一車線塞がれただけでこれ程渋滞するのも不思議だ。心の狭いドライバーが合流させない事に心血を注いでいるに違いない。まあ、無意味に道路工事をしている者が一番悪いんだろう。どうせ直しても直さなくてもどちらでもよい道ならば、交通量が異常に少ない道を直していれば誰の迷惑にもならないのに……。印鑑を取りに出た時に見かけた車がまだ渋滞に巻き込まれているのを見て、俺は哀れみを感じた。この道を通る事を選択しただけなのに理不尽な工事に巻き込まれて、時間を無駄にしてしまっている。まあ、人生なんてそんな事の繰り返しなんだろう。何か自分の人生の岐路に立った実感を持ったからなのだろう、運命が少し解った気がした。
 カフェに戻ると弥勒さんの隣にいた少年の姿がなかった。「あれ」という表情をしたからだろう、弥勒さんは「退屈だから大須の商店街へ行った」と俺の質問を予測して先に答えてくれた。あんな小さな子が一人でという感想を持った。大須のアーケード街は確かに面白い場所だ。秋葉原と巣鴨が合体したような、水と油が入り交じったような何でもありの楽しい町だ。でも子供にその良さが理解できるのだろうか? 栄や矢場町にある巨大デパートの方が喜びそうな気がした。
「大須の町は探検気分で回れるから子供にとっては楽しい場所ですよ」
 偶然なのだろう。弥勒さんは俺の心を見透かしたように答えた。予見をビジネスにしているのだ。表情の変化のデーターも手にしているのかもしれない。そんな疑問は直ぐに浮ばなくなっていた。目の前の契約書の説明に話がすり変ったからだった。
 契約書といっても携帯電話を申込む時とそれ程大差があるわけでもなかった。細かく書いてある事にたいした意味は無かった。大切な事は専属契約なので他の企業と二重に契約してはいけない。週に一度は調べた結果を書類にして提出する。これは書式から用紙サイズまで細かく規定されていた。そして、占師という立場から企業へアドバイスをする事ぐらいだった。それ以外は通常通りに事務所で占いの鑑定の仕事をしても構わないと書かれていた。優遇過ぎる条件に騙されてはいないか恐くなった。裏の世界と仕事柄かかわる事もあり、上手すぎる話には用心する必要がある事を知っていた。しかし、俺を罠にはめても誰も得をしない。呪術の仕事で恨みを持った者がいたとしても、大金を用意してまで手の込んだ事をするとは思えなかった。それに占師として自分の直感は危険信号を発してはいなかった。次の瞬間、俺は重量のある万年筆を走らせていた。
 契約書は二通作成し、一通を封筒に入れて俺に保管するようにと手渡してくれた。俺は弥勒さんに二百万円の領収書を手渡した。収入印紙を貼るような領収書を書いたのは初めてだった。金額が上がると印紙代が変わる事も初めて知った。契約が完了した時俺の喉はカラカラになっていた。冷めたハーブティーを一気に飲み干した。最初に口にした時よりも美味しく思えた。そう思えたのは喉が乾いていたからか、少し俺がリッチになったからかは分からなかった。大きな仕事をやり終えたような後のように気持ち良い疲れが俺を襲った。大きく息を吸い込むとゆっくりと吐き出しながら窓の外に視線を移した。相変わらず道路は渋滞していた。その中に見覚えのある車があった。俺を跳ねそうになった赤いピックアップトラックだ。そして運転している黒いニット帽をかぶった青年が俺の方を見ていた。気持ち悪いなと思っている時に弥勒さんが話しかけて来た。
「白山さんは何故占師という特殊な職業を選択したのですか?」
「そうですね。どんな理由だったかな?」
 占師になった理由など久しく聞かれた事がなかったので、言葉が詰まった。
「御両親が占師だった訳ではないのですよね。でしたら、自ら進んで占師になろうと決心をされたはずです。昔の事なので、白山さんはお忘れになってしまっているかもしれませんね」
 弥勒さんは答えが中々思い出せない俺に気を使ってくれているようだった。
「私の職業病なのです。現在の結果を導き出す事になった要因を聞きたくなってしまうのです。何かを自ら選択する事によって未来が導き出されていると思うのです。選択する事は何か、何故それを選択したのかが分かれば人間の未来や行動を把握する事ができると思いませんか? だから、データーを集める為に質問できる機会があれば積極的に聞いてしまうのです」
「御自分の仕事に誇りをもっていらっしゃるのですよ。羨ましいですね。次にお会いする時までに思い出しておきます」
 会話が途切れた。先程のピックアップトラックの運転手の事が気になり窓の外に目を向けた。カフェを少し通り越した所で渋滞にはまっていたので彼の顔は見る事は出来なくなっていた。少し残念のような、安心したような複雑な気持ちで視線を戻した瞬間、衝突音が俺の耳に届いて来た。そして、もう一度。あのピックアップが渋滞の中で何度も衝突音と共に揺れていた。前後の車に衝突させているのだ。強引に空間を作ると反対斜線に飛び出した。一瞬の事だった。渋滞してない反対側の車線を走って来た二トン車にピックアップは弾き飛ばされた。子供がミニカーを放り投げたように車は横転し何回転もして動きを止めた。俺は映画でも見ているように冷静に事の始終を眺めていた。弥勒さんがさりげなく呟いた「不可解な行動ですね」と。
野次馬が集まり事故現場が見えなくなった。その中に黒いパーカーを着た小さな少年の姿があった。その少年は事故現場に背を向けて立っていた。

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