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小説家版 アートマンコミュの黒いアルマジロと金色のヤマアラシ 第14話(下)&第15話

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一四(下)

 家に戻ると日付が変わっていた。寝ずに待っていた真理に手土産を渡した。二匹の金魚を見て子供のように目尻を下げていた。真理はとりあえず二匹の金魚を金属性のボウルに移しかえた。水が少ない事に気がついた俺が水道水を加えようとすると真理は血相を変えて飛んでいた。カルキってのを抜いた水じゃないと死んでしまうそうだ。生きるってのは金魚でも人間でも難しいんだなぁって感じた。
 翌日、真理は目を赤くしていた。金魚の事が気になってあまり寝られなかったらしい。酸素はどうしよう、餌はどうしよう、死んでいたらどうしようって考えていたら朝になったようだ。
(死ぬ時はなにやっても死ぬんだ)
喉からそんな言葉が出かかった。自分の事を言っているようで思わず言葉を飲み込んだ。
 俺が覗き込むと二匹の金魚は寄り添うように泳いでいた。小さなボウルという世界に閉じ込められている事など二匹には気にならないように優雅に泳いでいた。環境なんて関係ない、二匹ならどこでも楽しく住めるとでも俺に教えているように見えた。
 携帯の着信音が俺を現実の世界に呼び戻した。真理の祖父母宅からの電話だった。俺は電話を持って部屋の外に飛び出し、アパートの階段に腰を降ろして通話ボタンを押した。電話をしてきたのは婆さんの方だった。
「事情を説明したら、銀行さんが教えてくれました」
「真理の親父さんの行方が分かったのか?」
「正確な場所は分かりませんが、お金を引き出した場所と日にちが分かりました。後、通帳の残高も」
 婆さんは元気のない口調だった。だから、俺の口調も自然と優しくなった。
「ありがとう。教えてもらえるかな?」
「一週間前に名古屋の中村区の名駅四丁目という場所のコンビニで引き降ろされています。その日に引き出した金額は三千円。残額は三六円だけです」
「それじゃあ、お金が」
「はい、多分手持ちはもうないと思います。何か悪い考えが息子に浮かんで来ないか心配なんです」
 暗い声の理由だった。金に困った真理の親父が犯罪に再び手を染めるのではないかと考えているのだ。確かに考えられる事だ。
「婆さんには悪い事をお願いしちゃったな。心配事を増やすような事を頼んじゃって」
「大丈夫ですよ。全て私達の育て方が悪かったのですから。それよりもこれ以上、祐一が罪を犯して真理ちゃんに迷惑をかける事を増やすようにならないか心配なのです。私達と違って人生は長いですからね」
「真理の事だったら大丈夫だ。それに俺が今から名古屋まで飛んで行って真理の親父を見つけだして来るよ」
「ありがとうごいます。本当にありがとうございます」
 真理の祖母は何度もお礼を口にして電話をきった。
 俺は小さい溜め息を一つつくと、階段の手すりを掴んで立ち上がった。日に日に身体の自由が奪われている。その場に立ち上がるだけなのに必死になっている。近い間に独りで立ち上がることさえも出来なくなるのは間違いない。時間がない。このチャンスを逃したら真理の親父を引き合わせる事は実質不可能になる。もちろん、真理の親父がもう一度、罪を犯してブタ箱に入れられでもしたら決定的だ。俺にとっても真理の親父にとっても時間がない。
 俺は真理が用意してくれた朝食も食べずに家を飛び出した。正確にはゆっくりと家を出たのだろう。ゆっくりなら足を引きずらずに歩けるからだ。真理に俺の壊れていく姿を見せたくない。真理だって俺の事を詳しく知れば、あいつのように逃げ出すに決まっている。俺は嫌な事を消し飛ばすように首を強く降った。
 真理はそんな事はない……とは断言はできなかった。
 自分の中に信じようとしないもう一人の俺がいた。

 名古屋の中村区という場所は名古屋駅付近の事だった。名駅四丁目という知名の名駅というのは名古屋駅の略だった。それは車のメーカー名の冠がついた巨大ビルが含まれる名古屋の一等地。こんな所のコンビニで現金を一週間前に引き出したという事は別の場所に移動している可能性が高い。会社にでも通っていなかったら、こんな場所に居続ける意味がない。
 しかし、手がかりはこの地にあるコンビニしかない。一週間前には確かに真理の親父はいたのだ。まずはお金を引き出したコンビニを探し出すしかない。カバンから真理の祖父母から借りた写真を取り出した。数十年も月日のたった色褪せた写真では心もとない気がしたが、写真の中で微笑む真理の笑顔が勇気をくれた。
 無情にも時間ばかりが経過していった。足を棒のようにして捜しまわっても手がかりすら見つけられない。あまり長い時間を歩き回っている間に本当に足が棒のようになって動かなくなった。悔しいが身体の方が先に参ってしまった。俺はビルの間にある結構大きな公園を見つけた。完全に葉桜になった樹の根元にあるベンチに倒れ込むように横になった。
 俺の目に飛び込んで来たのは真っ青な空と真っ白な雲。久しく空なんて見上げていなかった。上を向く事すらしようとした事もなかった。雲は空を泳ぐようにゆっくりと移動している。まるで自由に動き回っているようだ。しかし、雲には自由などない。風に流されているだけだ。行きたい場所に行けるわけじゃない。でも、たどり着いた場所こそ雲が行きたい場所なのかもしれない。
 そもそも自由って存在するのか?
 誰が自由なんて事を言い始めたのだろう?
 不自由ってのも存在するのか?
 全て心の問題であって人それぞれに定義が違うはずだ。俺はふと自分の回りを目でおってみた。ベンチに座っているのは俺を含めて数名、中には浮浪者もいる。彼等は自由、不自由を感じているのだろうか?
(どうでもいい)
 浮浪者が俺と同じ格好でベンチの上で寝そべっているのを見て、俺はそんな事を真剣に考えているが馬鹿らしくなった。寝ているだけの姿を見れば、浮浪者も俺も何処も変わらないような気がしていたのだ。
 視線を風に揺れる桜の葉に移した。若々しい眩しいような緑の葉だった。それを見ているうちに自然と目蓋が閉じて来た。知らない間に俺は寝てしまっていた。
 人の気配で俺は目を覚ました。というよりも誰かが俺の胸元に手を伸ばしていた。本能的に俺はその手を掴んだ。
「てめぇ、何するつもりだ?」
 俺がその手を引き寄せようと力を入れた時、その男の胸元から綺麗なガラス玉がチラリと見えた。それは龍が巻き付いていた。俺の胸元にあるのと同じ真理の手作りのネックレスに間違いない。俺が掴んでいる手は探していた相手の手だと気がついた。しかし、俺がとっさに出したのは右手、不自由になりつつある方の手だった。子供以下の握力を振りほどくのは他愛のない事だった。
「待てよ!」
 俺の怒鳴り声を背にその男は一目散に逃げて行った。起き上がろうとしたが、疲れからか、病気の進行のせいなのか簡単に立ち上がれなかった。俺がベンチの元を離れた時には相手は公園の出口の方に走り去っていた。今の俺の足では追っても無理だろう。
「大丈夫ですか? 何か取られてしまいました?」
 俺の元に学生風の男がエプロンをつけて立っていた。不思議な格好をしている。そう思って周りを見渡すと公園を囲むように浮浪者が列をなして並んでいた。彼等に食事の配給をしているボランティアスタッフをしている子なんだとわかった。
「いいや、大丈夫だ。それよりも、今の男も飯を貰いに来ていたのか?」
「そうですね。ここ数日は来ているみたいですよ。胸にトンボ玉の首飾りをした人でしょ。まだ身綺麗ですし、ホームレスの新人さんじゃないかな? あなたも?」
 俺も飯がありつけると知って公園に来た人間だと勘違いしていた様子だ。確かに人生を諦めちゃうには早すぎる世代の人間も食事配給の列の中に混じっている。
「大丈夫だ。俺はまだ仲間に入ろうとは思っちゃいねぇから。人探しをしていたら疲れて寝入っちゃったんだ。気がついたら公園がこんな状態ってわけよ」
 その学生は少し安心したように微笑んだ。
「長い間、ホームレスをやっている人は悪事をしようとはしません。欲みたいなのを捨てちゃっていますからね。でも、新人さんには注意が必要です。先程みたいに人に迷惑かけてでもお金や物を捕ってしまおうって考えが湧いて来ちゃいますからね」
「ホームレスも修行僧も同じって事か。中々欲が捨てられない」
 俺の冗談に微笑みながら頷いた。
「面白い例えですね。その通りです」
「ところで毎日食べ物の配給をホームレスの為にやっているのか?」
「ええ、まぁ。自立を促すって方面では良くないかもしれませんけど、餓死させてしまっては人権的に問題がありますからね」
 浮浪者の自立も人権も俺には興味はない。あの男、真理の親父が明日もこの場所に来る可能性があるかどうかだ。明日も配給があるのなら、きっと現われるにちがいない。俺は明日、勝負をかける事にした。
 学生にお礼を言って、公園を後にした。配給を貰った浮浪者が再び列の最後尾に並びなしていた。自立する気など指の先程も持っていないのだろう。ボランティアスタッフの心中を察した。

 次の日、再び公園に来た。昨日と同じベンチに座り真理の父親が配給に現われるのを待った。

一五

 朝起きても武クンは家に戻っていなかった。
 二人で生活して始めて迎えた一人きりの朝。
 寂しかった。
 武クンと一日会えなかっただけなのに、随分会ってない気がする。
 私にとって武クンがどれだけ大切なのか分かった。

 仕事に行く前に始めて近所のお寺に立ち寄った。
 観光バスがよく来る大きなお寺があるのだけど、行く気になれなかった。
 神や仏に頼るのは狡い気がしていた。
 それに手を合わせると父のせいで死ぬ事になった同級生が頭に出て来てしまう。
 神仏にさえお願いなど出来なかった。いや神仏に逃げる事を許されなかったのだ。
 身替わり不動尊というのがこの寺の売りのようだ。
 自分の身替わりに仏様がなってくれる。辛い事や悲しい事をお不動様が全て引受けてくれる。
 そんな事があるはずがない。でも参拝者は最低でも日に百人は訪れずれる。
 たぶん、若い子にとっての占いとお年寄りの参拝は同じような物なのだろう。
 占いなんて当たらない、仏に願っても叶わない、きっと知っているのだ。遊びの一部なのだ。
 真剣に考えないから幸せなのかもしれない。

 昔、祖父母と地元にある大きなお寺に連れて行ってもらった事がある。
 参拝して帰る時に、お婆ちゃんに「何をお願いしたの?」って聞くと優しく微笑んで「仏様にお願いごとしちゃダメなんだよ」って言われた。
「仏様にお願いしている時は自分が不幸な時。仏様に感謝している時は自分が幸せの時。だから、お願いしていると逆に不幸になっちゃうんだよ」
 私が首をかしげているとお婆ちゃんは説明してくれた。
 その時は分からなかった。今なら少しだけ意味は理解できる。
 だけど、私はお願いしてしまう。
 武クンと末永く幸せでありますようにって。
 こんな簡単な事なら仏様だって叶えてくれるはずだ。今の小さな幸せを取り上げるような事はきっとしないから。
 きっと……。

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