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小説家版 アートマンコミュのてとせ?

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「お、来たか。ちょっと早いが部屋に案内しようかね」
 受付の男が新聞を4つに折ってカウンターの上に置いて立ち上がった。その男は座っていても立っていても変わらない身長だった。
「それじゃあ、ワシの後についてこい!」
 慎二の前に小さな男がいつも七三の頭を気にしながら、胸を張って歩いていた。カウンターの奥の扉を開けると地下に続く螺旋階段が長くのびていた。地下から時折突風が吹き、その男の髪型をいたずらに乱した。その男は神経質そうに頭の毛を何度も直しながら、慎二達を扉の中に招き入れた。
「お前の魂を処理する部屋はこの階段を降りた所にある」
 慎二はその階段を見下ろしたが、真っ暗なのでその螺旋がどこまでも続いていそうな気がした。小さな男は懐中電灯で足下を照らしながら地下に向けて歩き出した。慎二は交通事故の突然死だったので、自分の人生を振り向く時間がなかった。しかし、魂を消滅する本当の人生の最後を一段階段を降りる度に振り返っていた。自分の人生は合格点をあげられると最下階に近づいた時、慎二は思っていた。しかし、ミコから見た自分の人生にはとても合格点をあげられないなとも考えていた。
(俺が消滅する事で、今まで辛い思いをさせた事をチャラにしてくれよ)
 慎二はそう考えながら最後の一段を降りた。慎二の目の先に管理局の大きな門の扉と比べて、彫刻も金金具もたくさんついた豪華な扉が突き当たりにあるのが見えた。小さな男はその扉の前に立ち、閂を抜いて、中に入って行った。慎二もそれに続いて部屋の中に一歩足を踏み入れた時、ミコの呼ぶ声が聞こえて振り向いた。しかし、そこには徳さんがキョトンとした顔で立っていた。
「俺に何か用か?」
「別に」
 慎二は気のせいだと思い、部屋の中に入って行った。

ヤマさんは自分の宿に向かって石を蹴りながら山道を下っていた。すると、前から犬を連れた女性が走ってくるのが見えた。その犬はヤマさんを見つけると女性をおいて猛ダッシュで足元に来た。
「お兄さん! 私よ!」
 犬になっているヤミ尼がヤマさんに呼び掛けた。気落ちしているヤマさんは犬のたわ言だと思って、ヤミ尼を無視した。
「私よ。こんな体だけど妹のヤミーよ」
 その名を聞いて、ヤマさんはビックリした。すごい昔に死別した双児の妹の名だった。
「私が慎二さんの奥さんを連れてきたの! 慎二さんは今何処にいるのよ?」
「え、ホントにヤミーか? それじゃあ、後ろにいるのがミコさん?」
「そうよ」
「やったー! ミコさんは慎二さんの反対側の人間を見つけだせたんだ。急がないと、慎二さんの魂が消滅してしまうぞ!」
 ミコが息を切らせて、二人の所にやってきた。前屈みになって膝に手をおいて、呼吸を整えた。
「ぜえぜえ、ヤミ尼さんひどいわ。一人でおいて行かないでよ。こちらの方は?」
「私の兄のヤマよ。慎二さんの変わりにメッセージを送ってくれていたじゃない。そんな事より慎二さんに会うのが先よ。お兄さん、慎二さんの所に案内してよ」
「当たり前だ。急ぐぞ。ミコさん、苦しいかもしれないが、後少しだ、頑張って下さい」
 そういうと、ヤマさんは来た道と反対方向に戻って行った。ヤミ尼もミコもその後ろを走ってついていった。

その部屋の内部は白い壁の明るい所だった。その上、螺旋階段で降りて来た距離だけ吹き抜けになっていて、天井が点になって見えていた。そして、その部屋の中央には十字になった橋がかかっているだけで、全く飾りのない殺風景な内装だった。その橋を渡ると魂を処理する穴があるのだろうと慎二には察しがついた。
「あの橋は4方向好きな所から渡る事ができるんだ。その橋の中央には大きな穴があいていて、そこから飛び下りてもらうんだ。その場に行くと躊躇してしまうから、橋を渡る時にはコレをしてもらうからな」
 小さい男は慎二に一枚の白い布を渡した。
「目隠しですね」
「おう、そうだ。一応、8時にと書類に書いてあったが、後にも先にも予定はないから、好きな時に橋を渡ればいいぞ。まあ、それがワシの優しさじゃ」
 その小さい男は慎二に早く飛び込めとは言わなかった。
「ゆっくりしていたら、決心が揺らぐだけです。今直ぐ、橋を渡ります」
 慎二は橋の回りをぐるりと一周した。赤、青、黄、緑の4色の橋のうち、青の橋の前で慎二は立ち止まった。その橋は扉から一番近い場所にある橋だった。
「徳さん、ウッシー、ウーマありがとう。ヤマさんによろしく言っておいて下さい。じゃあ、さよなら」
 慎二は目隠しして、橋に足を踏み出した。手すりがついているので、その手すりにそって中心部にゆっくりと歩き出した。徳さん達は声も上げずに慎二の一歩一歩を見守った。そして、慎二の足が後一歩で中央の穴の中に入ると言う時、慎二の後ろで大きな声がした。
「慎二、行っちゃダメ!」
 慎二にはその声の主が誰だか直ぐに分かったが、踏み出した足をとめる事が出来なかった。慎二はそのまま暗くて寂しい穴の中に入ってしまった。

(あれ、穴に落ちたのに意識がある。あの声。そうだ、ミコが来てくれたんだ。でも、不思議だな、ミコの温もりがする)
「慎二、手を放しちゃダメよ」
「え、ミコ?」
 ミコは橋を駆け抜けて穴に落ちる慎二の手を捕まえていた。慎二の右手とミコの右手が本当につながった。慎二は左手で目隠しを外して、ミコの顔を見上げた。少し、痩せていた。
「ごめんな、ミコ。俺、お前を幸せにしてやれなかった。俺のドジで俺が死んでからも悲しい思いさせ続けたな」
「何言っているの? 謝るのは私の方よ。ゴメン。謝る事が多くて何から謝れば良いのか分からないわ。あ……!」
 ミコの体が慎二を支えきれなくて、穴の方へ引き込まれていた。急いでヤマさんがミコの体を支えた。そして、ヤマさんの体を徳さんが、徳さんの体をウッシーが、ウッシーの体をウーマが支えた。
「慎二さん、ミコさんを僕達が支えているから大丈夫だよ」
「ヤマさん」
 しかし、長い間使われなかった橋の上に多くの人が乗っていたので、橋がきしみだした。
「危ないぞ。早く橋から降りろよ。そんなに人が乗っていたら橋が壊れるぞ」
 小さい男が橋を壊されたらたまったもんじゃないと、大きな声で怒鳴った。実際、いつ崩れてもおかしくはない程、橋は軋んでいた。
「ミコ、指輪してくれているんだ」
「うん。大切にする」
 慎二はミコの右手の中指にはまっている指輪に左手を添えた。そして、その手でミコの手の指を一本ずつ立てていった。
「慎二、何するのよ。ダメ。慎二の手を支えられないわ」
「皆を道連れにする訳には行かないよ。この橋は壊れる。だから、俺を放すんだ」
「嫌よ。まだ、慎二に謝ってないもの。帽子を捨てた事も、夜が遅いって怒った事も、稼ぎが悪いって言った事も、家族の名字をバカにした事も、慎二自身を認めなかった事もまだ、いっぱい謝る事があるの。それに私、バカだから、慎二がいなくなって初めて気がついたの。私は慎二の事、大好きだった! 本当に大好きだったの!」
 ミコは涙を流しながら、慎二の目を見つめた。ミコの涙が慎二の目に入り、慎二の目からミコの涙が流れて止まらなかった。
「ミコ大丈夫だ。言葉なんかいらないよ。この手からミコの思っている事が全て伝わって来ている。ミコが俺の反対側の人間だったんだね。」
 慎二は目を閉じてミコの手から伝わってくる慎二への懺悔の念を感じていた。そして、ミコが言葉にして伝えられる限度を超えている愛という感情を……。
「うん。私にも伝わって来ているわ。慎二がこんなに私を愛してくれていた事が……。今頃分かって、ゴメン」
 ミコもまた慎二と同じ事を感じていた。しかし、ミコは慎二の顔を目に焼きつけようと瞬き一つしなかった。しかし、とめどなく溢れる涙がミコの邪魔をしていた。
 橋が大きくきしみだし、ミコの体が大きく揺れた。その時、慎二がゆっくりと目を開けた。とても、優しい瞳でミコの目を見つめた。
「最期だから言葉にさせてくれよ」
「最期ってどう言う事?」
 ミコにはその意味は分かっていたのだが、聞かずにはいられなかった。ミコの手にはもう感覚が無かったのだ。
「ダメよ、慎二に二度と会えないなんて私は嫌よ」
 感覚の無くなった自分の右手に渾身の力をいれた。
「俺、ミコに会えて良かった。本当にミコの事を愛していた。俺、世界で一番幸せだったよ!」
「イヤァァァァァ!」
 一瞬の出来事だった。ミコの手から慎二の手がすり抜けた。慎二の体が暗い闇の底に落ちて行った。暗闇に落ちている慎二はミコに何かを呟き続けていた。
 漆のような漆黒の闇の中に白い点がドンドン小さくなって行った。ミコの叫ぶ声が闇の中でこだましていた。ミコの頬から落ちる涙の雫が闇夜に光る星達のように見えた。

「危ない」
 ヤマさんがミコの体を引っ張った。橋が崩れだしたのだ。泣きじゃくるミコをヤマさんと徳さんが抱えて橋から降ろした。全員が橋から降りると、それを待っていたかのように橋が崩れ落ちて、下の暗闇に消えて行った。
「おい、えらい事してくれたな。どう弁償するんだ。」
 例の小さい男が泣きじゃくるミコに詰め寄った。ヤマさんがその男の顔をぶん殴った。
「お前には、心がないのか? 僕達の仕事は傷付いた心をケアする仕事なんだ。お前みたいに役所仕事するヤツはこの世界で働く資格はない!」
 ヤマさんが鬼のような形相で睨み付けた。もともとは閻魔大王だったヤマさんの凄みにその男は腰を抜かした。
「お前、ワシを殴ってタダですむと思うなよ」
 その小さい男は頬を押えながら、震える声を張り上げてこの部屋を出て行った。ヤマさんの頭を徳さんが撫でた。
「良くやったな」
 しかし、ミコはまだ泣きじゃくっていた。ヤミ尼がミコをなだめていたが、3週間で2度も慎二の死を見たミコの心は悲しみであふれていた。それを見かねたヤマさんが、徳さんに話しかけた。
「ミコさんが可哀想で、ミコさんを救う方法って何かありませんか? このままだと、自殺してしまいますよ」
「でも、人間界の事は人間界に任せておくのがルールなんだ。慎二の時も下手な優しさが慎二を不幸にしたしな」
「慎二さんは不幸ではなかったですよ」
 ヤミ尼が徳さんに話しかけた。
「闇に吸い込まれる時の慎二さんの顔は最高の笑顔でした。私の兄のした事は慎二さんにとって最高の事でしたわ」
「ヤマの妹か? お前は犬だったのか?」
「犬ではなかったんですが、一応、僕の妹のヤミーには変わりないと思います」
「お願いします。慎二さんを生き返らせろとは言いませんが、何かミコさんの心を救う方法を教えて下さい」
「なぜ、お前はそんなに一生懸命に人を助けるんだ」
「私は兄のヤマが死んだ時、本当に悲しくて悲しくて、私も死んでしまおうと思ったのです。しかし、悲しんでいる私を回りの皆が励ましてくれました。少し元気になってきた時、兄が枕元にたって、自分は死んだ人を元気づける仕事をしているから安心しろっていうのですよ。それじゃあ、私は兄と反対の世界で生きた人を元気づける仕事をする事に決めたのです。私みたいに悲しんでいる人を救ってあげたいと思っています。今回、偶然私と兄が助けた相手が同じだったのも何かの縁です。だから、助けてあげたいのですよ」
「分ったよ。まったく、ヤマのせいだぞ。俺も優しくなったもんだ」
 ミコの所に徳さんは歩いて行った。そして、泣きじゃくるミコの肩に手を置いて、話し出した。


あれから5年がたっていた。ミコは道ばたで手相占いの仕事をしていた。自分の右手を見ながら5年前の徳さんの言葉を思い出していた。
 (おい、もう泣くな。俺の話をしっかり聞けよ! 慎二にはもう会えないが、慎二と同じ人間が世の中には2人はいる。世の中に自分と同じ人間が3人いると言うだろ。何故同じ人間を作るのか分るか? 人間が対になって生まれる事は知っているだろう。対の人間が一緒に死ぬ事はまずないんだ。だから、3組ぐらい同じ人間を作っておくと組み合わせが変えられるんだ。お前は慎二の反対側の人間らしいな。だったら、探せば良いんだよ。慎二と同じ背中をして、慎二と同じ手の温もりをした人間を。必ず、世の中には慎二と同じ『手と背』をした人間がいるから……。)

ミコは今までいろいろな街で暮らしながら、慎二と同じ人間を探していた。今回の人探しは手がかりがゼロだったので、5年たった今でもそれらしい人でさえ見つけられずにいた。ミコはこの街で占いするのは、今日までと決めていた。また、明日にはミコが気に入った街を探して、その街で占いをしながら人を探すつもりをしていた。
「今日はもう仕事は止めて、荷造りでもしようかしら。あ、雪が降ってきたわ。慎二と出会った時もそういえば雪の日だったわね」
 ミコは手を擦りながら、テーブルの上の占い道具を片付けはじめた。
「あの、根岸ミコさんですよね」
 ミコが顔を上げるとすらっと背の高い20代半ばの男が立っていた。ミコはコクリとうなずいた。
「申し訳ありませんでした」
「え、何で謝るんですか?」
「実は僕は旦那さんを殺した男です」
「え!」
 ミコは凍り付いたように言葉も発する事も動く事もできなかった。ただ、雪が静かに降り続けていた。先に口を開いたのは男の方だった。
「あの時の事故で2週間程入院していて、僕が退院して直ぐに謝りにうかがったのです。根岸さんアパートに行ったのですが一度も御会いできずに、失礼だったと思いますがメモ書きで挨拶を残したり、旦那さんの実家に謝りにも行ったりしました。その後、もう一度日を改めてお会いしにいったら、すでにアパートを引っ越しされていまして……。一生懸命探したのですが、こんなに遅くなってしまって、本当に申し訳ありませんでした。あの、これ僕のできるだけの誠意です。少ないですが受け取ってください」
 その男はミコの前に通帳と印鑑を置いた。
「もちろん、これで許してもらおうなんて甘い考えはしていません。自分の稼いだお金の殆どを根岸さんに差し上げるつもりでいます。それが僕にできる最大の償いです」
 ミコは通帳を見ずに、その男に返した。
「そのお金は受け取れません。お金では何も私の心は解決しません。この通帳を持って帰ってください。そして、2度と私の前に顔を出さないで下さい」
 ミコは強い口調でその男に話した。その男はがっくり肩を落として、通帳を握りしめた。
「ゴメンなさい。失礼でした。また、出直してきます」
 その男はミコにくるりと背を向けて、寂しそうに歩き出した。
「ちょっと、待って! そこで止まって!」
 ミコはその男を呼び止めた。その男の背中に見覚えがあったからだ。ミコはその男の所に歩み寄り、男の手を握りしめた。
(なんて事なの! 私が一生懸命探していた相手が……)
 ミコは運命の悪戯を感じずにはいられなかった。慎二と同じ人間が慎二を殺していたのだなんて……。そう考えているミコの心の中に不思議にこの男に憎しみが涌いてこなかった。
「もう少し話を聞かせてくれる? あなたの名前は?」
「三神 真治です」
「どうやって、私を見つけたの?」
「ある尼さんが、教えてくれたのです。」
 ミコは何故か笑いが込み上げてきた。きっと何処かでヤミ尼がミコを見守っているのだと思い、ミコはいろいろな方向に頭を下げた。
(最後までありがとう。でも、慎二を殺した相手を私は愛せるのかしら? まあ、それも何かの縁なのかな?)
 ミコは色眼鏡を外して、新しい真治を見た。何か大丈夫そうな気がした。そして、ミコの右手の指輪がキラリと光った。ミコに慎二が最期に呟いた言葉が頭の中にこだましていた。
(一生懸命に生きてくれ! 一生懸命に生き抜くんだ!)
 二人の姿を遠くで一人の尼がニコニコしながら見ていた。

(完)



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