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小説家版 アートマンコミュのてとせ?

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「徳さんの職場って、派手な所ですね。全部、金ピカですね」
 慎二が死後公正取引管理局の門をくぐって、ぐるりと回りを見渡した。
「おう、少し悪趣味だろ。まあ、これも俺の上の方の趣味だから、だれも文句は言えないんだぜ。ここにいるとチットも落ちつかねぇんだよ」
 門の中には中央に小さな1つの建物と6つの同じ形の大きな建物が円を描くように独立して立っていた。天国、地獄、人間界、修羅、餓鬼、畜生の看板が建物のそれぞれに大きく取り付けてあった。そのうちの地獄の建物の扉が開いて、人が出てきた。
「あ、徳さん、お疲れ様です。まあ、珍しいわ、ヤマさんにウッシーとウーマも。最近何しているのよ。たまには、地獄に遊びに来てよね」
 その人は、黒いレザーのビキニにブーツ、黒い手袋、目元だけを隠す黒い仮面をつけた若い女性だった。その女性は手に鞭を持っていた。慎二の目には秘密クラブのお姉さんみたいに見えたが、話の内容だと地獄の番人のようだ。
「嫌だよ。あんな変態ばっかりいる所は僕嫌だよ。な、ウッシー、ウーマ」
 ヤマさんにウッシーとウーマもうなずいた。
「何よ、変態って。私は仕事で鞭や蝋燭を使っているのよ。たまには、*%$○や×△¢、†Å‰#をさせたりするだけじゃないのよ。それが変態だなんて、ヤマさんも手厳しいわね」
 その女性の説明を眉間に皺を寄せて慎二達は聞いていた。その説明の内容を聞く限り、慎二は地獄には行きたくないと思った。でも、あの政治家にはとっては、逆に極楽なのかもと慎二は考えていた。
「そんなんだから、嫌なんだよ。それに、そんなのを見ていたら気分が悪くなるって」
「ふ〜ん、そうなの。私から見たら、ヤマさん達の方が変態に思えるけどね」
「おい、今日は仕事上がりなのか? 終わったんだったら、早く帰れよ」
「はいはい、徳さん。そんな恐い顔しないの」
 その女性は徳さんの顎をすっと手で撫でて、大きな門に向かってお尻を振りながら歩いていった。
「徳さん、地獄って俺が想像していたより、恐ろしい所なんですね」
 慎二は自分が地獄送りになっている姿を想像して、身震いした。
「せっかくだから、他の場所の話でも聞いていくか?」
 慎二は徳さんの誘いを丁寧に断った。慎二は聞かないですむ事なら、聞かない方が得策だと思った。徳さんは門の内部の中央部分にある一つの小さな建物に入っていった。倒れそうな看板に『魂処理場』と書いてあった。いかにも、寂しい所だった。

ミコはタバコ屋を曲がり、ラーメン屋を曲がり、コンビニを曲がった所にいた木村に声をかけた。
「木村さん、ありがとうね。源次さんが見つかったんです」
「え、よかったですね。で、こちらの方はどなたですか?」
「私がお世話になっている地国天寺のヤミ尼さんです」
 ミコは木村とヤミ尼を引き会わせた。
「あの今から慎二のバイト先に行こうと思うんですが、木村さんも行きましょうよ。余りゆっくりはできませんが、今日のお礼をします」
「有り難うございます。もう5時ですね。そろそろ、オープンする時間ですね」
 ミコはあと3時間かと焦る気持ちをおさえた。
 ミコ達は定食屋の隣のビルの地下を降りていった。木村が入り口の扉をあけると、ヒゲをはやしたオールバックのマスターが忙しそうに開店の準備をしていた。
「いらっしゃいませ。お、木村君か、久しぶり」
「マスター、店オープンしています?」
「おう、良いよ。まだ、準備しているけど空いている席に座って待っていてくれ」
 マスターは木村にそういうと奥の調理室で準備を始めた。ミコ達はカウンターに腰掛けて、店の中を見回した。店内は慎二の好きな物が沢山あったイームズの椅子、ジョーダンのユニフォーム、ファイヤーキングのコップ、アメリカンアンティークとマイケル・ジョーダンでまとめてあった。慎二が楽しく働いていたのが、ミコには想像できた。マスターが曲を流し出した。ビリー・ジョエルの『ストレンジャー』の出だしの口笛が店内に静かに響いていた。ミコの焦る心を落ち着かせてくれるようだった。
「何か飲みますか? でも、珍しいな。尼さんがお客さんだなんて」
 マスターの手が空いたのか、ミコ達に注文をとりに来た。ヤミ尼はニコリと笑い返した。マスターはミコにも頭を下げると木村に話しかけた。
「木村君って、慎二と一緒の会社だろ。噂で聞いたんだけど、慎二のヤツが交通事故で入院しちゃったんだってな。見舞いに行きたいんだけど、どこの病院か知っているか?」
「え、マスター知らなかったんですか? 根岸さんは3週間くらい前にその交通事故で死んだんですよ」
 木村は慎二が死んだとはっきり言ってしまってから、ミコの気持ちを考えて後悔した。ミコを見ると気にしないでという顔をして、木村を見ていた。
「冗談だろ。俺をからかうなよ。」
「本当です。僕の隣にいるのが、根岸さんの奥さんのミコさんです」
 ミコは椅子から立ち上がり、マスターに頭を下げた。
「生前は慎二がお世話になりました。私、慎二がこのお店で働いている事、知らなかったんです。今頃に最初の挨拶になってしまってすいませんでした」
 ミコの挨拶をマスターは口をあけたままで聞いていた。マスターは何かを言おうとしたのだが、言葉にならないみたいだった。沈黙が続き、店内に流れていた曲も終わりの口笛に変わっていた。そんな時、ミコのカバンの中から、犬のキューンキューン鳴く声が聞こえてきた。
「あ、ごめんなさい。犬がいるんです。外に出しておいた方が良いですよね」
「あ、別に構わないよ。カバンから出してあげてよ」
 マスターは皿にミルクを注ぐとポンティーにとミコに渡した。ミコはポンティーをカバンから出してあげるとマスターからもらったミルクをカウンター下の床において、飲ませてあげた。ポンティーは嬉しそうにシッポを振っていた。
「あの、余りに急で何を言って良いのか分かりませんが……」
 マスターはその先の言葉が出てこなかった。ただ、ミコに頭を下げるだけだった。この人がもしかしてと思いながら、ミコはマスターを見ていた。
「実は今日、慎二から予約が入っていたんです。自分の妻の誕生日をここで祝ってあげたいんだって。そんなの、知らずに来たのですよね。慎二が呼んでくれたんだろうな」
「え!」
 今度はミコが言葉を失った。マスターはミコに小さな箱を1つ渡した。
「これ、慎二から預かっていた物です。妻をビックリさせたいからって、食事と一緒に奥さんに渡してほしいって俺に預けておいたんですよ。多分、貴方への誕生日プレゼントですね」
 ミコは小さな箱をゆっくり開けてみた。小さなダイヤの入っている指輪だった。派手な物ではなく、本当にシンプルな指輪だった。ミコはその指輪が眩しくて、しっかり見る事が出来なかった。声も出さずにポロポロ涙がこぼれた。それが指輪につかないようにミコは手のひらに入れた。
「慎二のヤツ、お嬢様育ちの妻にいつも苦労をかけさせているから、何かしてあげたいってここでバイトした金でプレゼントを買ったんだよ。大切にしてやってくれよ」
 あの日の朝の喧嘩は、慎二がミコを驚かせる為に何も言わなかった為に起きた事がミコに分かった。あの喧嘩は慎二が何も言わなかったのが原因なのか、ミコの短気が原因なのかは今となれば誰にも分からない。でも、あの喧嘩を死後の世界の慎二も生きているミコも共に自分が悪いと責め合っているのだ。ミコの涙は当分止まりそうになかった。ヤミ尼がそっとミコの背中をさすった。
 階段を軽快に降りる音がして、店の扉がガチャと開いて、中に人が入ってきた。
「あれ、もうお客さんがいるの? 今日は早いわね」
 マスターの妻が買い物袋を持って玄関から入ってきた。カウンターに座っている3人組が静かにしているのを見たのだ。そして彼女は不思議な事を口走った。
「あれ、慎二君、久しぶり! 元気にしていた?」
 その声に一同がドキッとした。

「徳さんか。じゃあ、この人ね。消滅する人は。」
 中央の建物の中には、眼鏡をかけて七三頭の痩せた中年が新聞を読みながら対応した。
「じゃあ、この書類に必要事項を書いてよ。印紙は上の人に貰っているよね。貰っているんだったら所定の所に貼っておいてよ」
 面倒臭そうに一枚の書類を慎二の前に出した。慎二は書類を受け取ると、カウンターの横で書き始めた。
「徳さん、愛想悪い人ですね」
「まあ、この部門は滅多に仕事しないからな。やる気がでないんだろうな。この人は元は上の方で管理職をしていたんだ。定年でこっちの仕事しているんだ。まさに天下り組だ。プライドが高くて気難しいんだよ。まあ、少し我慢してくれよ」
「おい、無駄口するなよ。新聞が読めないだろ」
 慎二と徳さんはその男を無視して、書類を書き上げ、愛想なく書類を提出した。
「まあ、良いだろ。ちょっと待っていろ」
 その男は奥の書類庫に入っていって、確認をして帰ってきた。
「よし、受理したぞ。消滅は8時からだったな。それまで、好きにしていて良いぞ。但し、話をするなら外で話せよ。うるさくて、新聞が読めないからな」
 慎二達は迷う事なく外に出ていった。
「後2時間半か、地獄でも見に行くか?」
 徳さんが慎二を誘った。
「もしかして、徳さんって地獄に興味あるんじゃないの?」
「ヤマさんの言う通り、徳さんって変態?」
 徳さんにヤマさんとウーマが頭を叩かれた。慎二はそれを見て笑っていた。無理やり笑っているのか、派手に笑い続けた。

「あ、ゴメンなさい。知っている人と間違えたの」
 マスターの妻はミコの肩を叩いた。慎二とミコを間違えたのだ。慌ててマスターが妻を注意した。
「バカ。こちらが、その慎二の奥さんだ」
 マスターがミコを紹介した。ミコは涙を拭きながら、マスターの妻にあいさつした。
「あ、はじめまして」
 マスターの妻はミコが泣いている事もあって、簡単に挨拶をしてカウンターの中に入っていった。
「どうしたの?」
「うん。詳しい事は後で話すから、お前は少し黙っていろよ」
「わかったわ。でも、さすが夫婦よね。慎二君と同じ背中をしているわね。間違えて声かけちゃったわ。」
 マスターの妻は小さな声で囁いた。その話をミコは聞き逃さなかった。
「え、今何って言いました?」
 マスターの妻はまずい事言ったと思って、頭を下げながら答えた。
「別に変な意味はないですよ。ただ、奥さんの背中が慎二君とそっくりだって言っただけですから。すいません」
 ミコは驚いた。自分が慎二の反対側の人間だなんて考えた事がなかった。自分の背中は自分で見えないなんてよく言った物だが、その通りだった。ミコは指輪をカウンターの上に置くと、自分の手を握りしめてみた。ゆっくりと意識して自分の手の温もりを感じるのは初めてだったが、自分の左手は右手と同じ温もりをしていた。自分が慎二の反対側の人間だとミコは直ぐに分かった。
(何故気がつかなかったんだろう。いつも喧嘩ばかりなのに、いつも慎二と一緒にいたのは自分が一番だって事に。性格も考え方も顔も形も性別まで私は慎二の反対だったんだ。私、慎二に謝れる。間に合ったんだ)
「ありがとう、奥さん」
 ミコはマスターの妻にお礼を言うと、ヤミ尼の方を向いた。
「ヤミ尼さん、慎二の反対側の人間が分かったの! とうとう、見つける事が出来たのよ。反対側の人間って私だったの! 私が慎二の反対側の人間だったのよ! 私の両手を触ってみてよ」
 ヤミ尼はミコの右手と左手の温もりを感じてみて、ミコに優しい微笑みをなげかけた。
「ミコさん、とうとう見つけましたね。この手と背は間違い無く慎二さんと同じです」
 二人はイスから飛び下りて、抱き合って喜んだ。先程まで泣いていたミコが抱き合って喜ぶ姿はマスターを含めて一同が、ミコの頭がおかしくなってしまったと思っていた。そんな一同の目をよそにミコは自分の手を合わせて慎二の温もりを感じていた。そのミコの手をヤミ尼が引っ張った。
「それじゃあ、急ぎましょうよ。慎二さんの所に行きましょう」
「え、どうやって?」
「ミコさんの家に戻るんですよ。ポンティーも忘れずに連れていかないとダメですよ」
 ヤミ尼は先にバーの出口に向かって歩き出した。
「あの、急用が出来たんです。また、落ち着いたら来ます。いろいろ、ありがとうございました。助かりましたよ。木村さんもまたね」
 ミコはポンティーを脇に抱えて、指輪を握りしめてマスター夫婦に頭を下げて、急いで店を出て行った。

ミコとヤミ尼がミコの部屋に着いた時には7時になっていた。
「急いでお仏壇の前に行きましょう」
 ヤミ尼はミコの手を引いて、ウォールナットの仏壇の前に座った。ミコはポンティーを抱えたまま、ヤミ尼の隣に座った。
「ミコさん、手を合わせて。右手と左手の、慎二さんとミコさんの温もりを感じ取るのよ」
 ポンティーを膝の上に置くと、ミコはヤミ尼の言われる通りにした。ミコはヤミ尼が何者なのか不思議に思っていた。ただの、尼さんではない事はミコにも分かっていた。しかし、今はそんな事を考えている場合ではなかった。慎二が後1時間もしないうちに消滅してしまうからだ。ミコの手が光を放ちだした。
「それじゃあ、行きますよ」
 ヤミ尼の声と共に体がスーっと浮く感じがした。ミコが目をそっと開けてみると、下の方にミコが手を合わせていた。
「あ、私がいる。じゃあ、私は誰?」
「貴方はミコさんの魂よ。」
 宙に浮いているミコが抱えているポンティーが声をあげた。
「え、ポンティー、しゃべれるの?」
「違うわよ。私はヤミ尼よ。ポンティーの魂に便乗させてもらっているの。死後の世界に行くのには、犬の力が必要なのよ。犬の嗅覚と脚力を借りて、この世とあの世を行き来するのよ」
「本当にヤミ尼さんは人間なの? 私の常識を越えてしまったわ。ところで、私は死んじゃったの?」
「大丈夫。死んでないわ。貴方の体から、心が抜け出しただけよ。見て御覧なさい、貴方の指先から一本の線が空にのびているでしょ。あの線をたどって行けば、慎二さんにつながっているから、慎二さんに会えるのよ」
「慎二に今から会えるの? ただ、交信できるだけかと思った」
 ミコは嬉しそうに宙で泳いだ。ポンティー、今はヤミ尼がミコの手からすり抜けた。
「さあ、私の体につかまっていてよ。猛スピードで死後の世界に行くからね」
 ミコは小さなポンティーのシッポを握った。ポンティーは一気に空に向かって駆け出した。ミコは振り落とされそうだったので、ポンティーの体にしっかりとしがみついた。

「そろそろ、『魂処理場』に戻るか。」
 徳さんが慎二に声をかけた。一人ベンチで静かに座っていた慎二が顔をあげた。書類を提出してから、慎二は段々口数が減ってきて、とうとう何も喋らなくなったのだ。慎二が心の整理をつけているのだと思い、徳さんやヤマさんは慎二を一人にしていた。
「時間ですか?」
 慎二はそれだけ言うと、ベンチから立ち上がり、ヤマさん達の所に歩いて行った。ヤマさんは何も言わずに、慎二の背中を軽く叩いた。
「慎二さん、僕はここで待っています。とても、慎二さんの最後を見届ける事が出来そうにないんです。ここでお別れしましょう」
「そうだね。ヤマさん、いろいろお世話になりました。いつか、ミコがこの世界に来た時には俺同様に親切にしてあげて下さいね」
「慎二さんは最後までミコさんの事を心配しているんですね。ミコさんの死後は僕に任しておいて下さいよ。ちょっと、気が早いですね」
 ヤマさんは相変わらず、気軽な口調で慎二に話しかけたが、ヤマさんの背中が小刻みに揺れていた。ヤマさんが手を差し伸べた。慎二は両手でヤマさんの手を強く握った。
「この慎二さんの温もりは一生、忘れませんよ」
「ありがとう、じゃあ、行って来るよ」
 慎二はヤマさんの手を放すと『魂処理場』の中に入っていった。その後ろに徳さん、ウッシー、ウーマが続いて入っていった。一人、慎二の背中に大きく手を振っていた。ドアが閉まった後も、ヤマさんはまだ手を振りつづけていた。

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