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小説家版 アートマンコミュのてとせ?

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ミコは頭がガンガンしていた。恒例の二日酔いだ。酒は人間の脳細胞を何万も殺してくれるらしいとテレビで観たミコは、自分がバカになってもいいので悲しい思いを消し取りたかった。しかし、顔についた涙の後を洗う事も朝の日課も変わらなかった。この部屋で過ごす日々は全く変化がなかったが、今はポンティーがいた。朝起きて仏壇の前で一泣きし、ポンティーが心配そうに近付いてきてくれるので、いつまでも悲しんではいられずミコはポンティーの餌の用意をした。動きだすと、悲しみもまぎれるもので、ミコは自分の目的を思い出した。この街で源次を見つけだすのだった。
「そうよ。ここからは一人なんだからしっかりしなくちゃ」
 ミコの横でポンティーがクーンっと鼻をならした。
「ゴメン、ポンティーもいたんだ。頼りにしているわよ」
 ミコはポンティーが例の帽子をくわえているのに気がついた。ゴミ箱の中をあさり、帽子を見つけだしてくれたのだ。ミコは昨日の晩、寂しさのぶりかえしで何のやる気も起きずに、ぼぉっとしてしまっていたので、すっかり、その帽子を見つけに帰ってきた事も忘れてしまっていた。
「本当に私ってダメね。直ぐに悲しみに負けちゃって、一番大切な事を忘れているわ」
 ミコはポンティーの持っていた帽子を手に取った。その帽子は赤い色で帽子のひさしの縁には月桂樹の模様が金で刺繍してあった。ひさしの裏は緑色で汗がしみた所が白くなっていた。そして、帽子の右側に『ウルトラ警備隊』の小さなバッチが一つだけついていた。
(捨ててなくて良かったわ。私にとっては汚い帽子にしか見えないけど、慎二にとっては源次さんとの思い出がつまった、大切な物だったのね。これ程思い出の品を大切にしていたなんて、源次さんが反対側の人に違いないわ。でも、この広い街でどうやって、源次さんを探し出そうかしら?)
 源次の探し方を考えていたら、ミコの携帯がなった。理香からだった。
「あの、理香ですけど、今大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です。一昨日はありがとうございました」
「いえ、あまりお役に立てなくてすいません。源次君の元の職場が分ったんですよ。一応、報告しておこうと思いましてね」
 理香の口からでたのは、慎二の勤めていた会社だった。
「え、その会社、慎二が勤めていた会社です。こんな偶然あるんですね」
「へー、そうなのですか? 実は高校を卒業と共にその会社に就職が決まって、一昨年まで働いていたらしいんです。それからの足取りはこちらでは調べられないんですよ。多分、ミコさんがその会社に行って聞いてみたら教えてくれるんじゃないでしょうか?」
「そうですね。今日、会社に挨拶にいってきます。ありがとうございました」
 ミコは丁寧に理香にお礼をいって、電話を切った。ミコは慎二と源次の不思議な運命を感じていた。ヤミ尼の言った通り、反対側の人間は慎二の身近にいるんだと感じずにはいられなかった。ミコは早速、慎二の会社に行く事にして、着替えて部屋を後にした。
 
「慎二君の奥さん。この度は本当に御愁傷様で。葬儀の時はまんぞくな挨拶も出来ずにすいませんでした。どうですか? 少しは落ち着きましたか?」
 慎二の上司はミコに深々と頭を下げた。その男は薄くなった頭の毛を手櫛で整えながら顔を上げ、神妙な面持ちでミコを見た。
「はぁ」
 ミコは正直な気持ちをこの男に伝える事はないと曖昧な返事を一つした。
「当社にとっても、慎二君を失うって事は大きな痛手ですよ。慎二君は素直で、真面目で社員の鏡のような人間だったです。そんな人を失った悲しみは痛い程分りますよ。私で良かったら力になりますよ」
 慎二の上司は良く喋る人間だった。良く喋る人間特有の軽薄さをこの男からミコは感じていた。だからミコはあまり長話せずに用件だけ聞く事にした。
「あの実は夫が生前からお世話になっていた人がいまして、その人を探しているのです。その人が偶然この会社にお世話になっていた事を知人から聞きまして、もし、知っていたら教えていただきたいんですよ。権田源次って人なんですが、知りませんか?」
「ああ、いたな。権田君ね。実は権田君の変わりに慎二君がこの会社に入ってきたんですよ。この男、慎二君とは雲泥の差っていうんですか、月とスッポン、本当に反対の人間でしてね。権田君は会社の金に手を付けちゃったんですよ。それでコレってわけ」
 慎二の上司は首を切る振りをした。おじさんサラリーマンが得意のジェスチャーだ。
「サラ金にも金を借りていたらしくて、会社にも取り立てが来たり、権田君の電話が鳴りっぱなしだったりで普通に仕事が出来なくなっていたからね」
「現在の権田源次さんの居場所を知っている人はいませんか?」
 慎二の上司は首を横に振った。
「かなり、金を会社の人間からも借りていたらしくて、権田君も自分からは連絡はしないだろうしね。あ、でも、誰か権田君を見かけたって言っていたな。あ、木村君だよ。木村君が見かけたって言っていたな。ちょっと待っていて」
 慎二の上司は、一人の男性を呼んできた。その男は慎二がよく連れて帰ってきた年下の同僚だった。
「あ、ミコさん。この度はどうも、なんて言って良いのか?」
 木村はミコに何を言ってい良のか分らずに、頭だけ軽く下げた。
「木村君。こう言う時は頑張って下さいとか、元気出して下さいとか力が出る事を言うんだぞ。まったく、最近のヤツは常識がないな。奥さん勘弁してやってくださいね」
 慎二の上司は木村の態度を注意したが、ミコは沢山の言葉を並べる上司より言葉の出ない木村の方が共感が持てた。それに励ましの言葉が一番ミコにとっては困る言葉なのだ。努力や頑張りで悲しみが癒される物ではないし、ミコにとっても今以上何を努力するのかも分らないのだから、木村みたいに何も言わないでほしいのだ。
「良いんですよ。木村さんの気持ちは伝わっていますから。言葉より気持ちですから」
「そうですよね。あ、私は仕事があるから、後は木村君に話を聞いてもらって良いですかね」
 慎二の上司は、ミコの言葉に刺を感じたのか、後の事を木村に任せて、応接室を後にした。
「ホントに根岸さんにはお世話になりました。僕、根岸さんの事を尊敬していたんですよ」
 木村は少し間をおいて話を続けた。
「会社にいる多くの従業員は仕事に生き甲斐を持っていませんでした。当たり前ですよ、面白味のある仕事は全てロボットがやってしまい、人間がやる事は単純な仕事です。僕達はロボット以下の仕事をしているんですからね。でも、根岸さんは違った。こんなクソみたいな仕事でも、しっかり目標をもってやっていました。自分が会社の歯車だろうが与えられた仕事は歯車なりに一生懸命働かなくちゃって言っていましたからね。バカにする人もいましたが、それでもやり続けたんですよ。不思議な事に作業員一人の考え方が落ち目だった会社を活気づかせたんです。僕も含めて何人かが根岸さんの考えに同調して雰囲気が変わったんですよ。会社の上の方は誰も根岸さんの事を認めていませんが、現場の人間は誰もが尊敬していましたよ。クソ真面目も貫くとカッコイイってね。でも、死んじゃダメですよ。僕は本当に悲しいです」
 ミコの目の前で木村は涙を見せた。ミコの前に知らない慎二がまた出てきた。慎二を全て否定してきた自分の目をミコはうらんだ。ミコは慎二が工場で汗を流して働く事が格好わるくて嫌だった。スーツを着て、パソコンが入っている革のカバンを持って出社する夫に憧れていたのだ。見た目が格好良い事が、即ち本当の格好良さだと思っていた自分が恥ずかしかった。慎二の事を知れば知る程、ミコの心は痛くなる一方だった。
「それに、根岸さんは仕事が終わってからバーでバイトまでしていたんですね。会社の誰にも言わずにやっていたんで、偶然その店に行った時はびっくりしましたよ」
「え、バイト?」
 ミコの驚いた顔に木村が驚いた。
「え、知らなかったんですか? てっきり、奥さんも知っている事だと思っていたんでゴメンなさい」
 木村は何故か謝った。慎二に悪い事をした気になったのだ。
「夜遅かったのって、バイトをしていたからだったんだ。あっ」
 ミコは死んだ日の朝の喧嘩の内容を思い出した。ミコが稼ぎが悪いと言った時、慎二は俺が稼いでくると言っていた事を思い出した。真面目な慎二がしそうな事だとミコは思った。
(何故、慎二は理由を言わないのよ? これじゃあ、私が悪者ね。業突く張りの欲丸出しの悪女よね。なんか、自分が情けなくて涙も出てこないわ)
 ミコが何を考えているのか、察しのついている木村は話しを変えた。
「その店の隣の定食屋に入って行く権田先輩を見かけたんですよ。相変わらず暗い顔してましたんで、声をかけなかったんですが、間違いありませんよ。もし、良かったら案内しますよ。」
「あ、ええそうね。是非案内してほしいわ」
 ミコは力ない声で木村に返事をした。
「あ、今から2日間夜勤なんですよ。もし良かったら、今度の土曜日の昼間に案内しますけど、どうですか」
「はい」
 それ以上声に出せなかった。それ以上喋ると取り乱してしまいそうだったのだ。木村に深々と礼だけすると、その会社を後にした。木村は心配そうにミコを玄関まで見送った。

ミコは歩道橋の上から道路を勢いよく通る車を眺めていた。
(私は生きている価値のない人間だわ。慎二を大切にしなかった罰はもう十分よ。慎二の事を誉められれば、私をけなされているのも同じ事ね。もう、耐えられないわ。慎二には謝れなかったな。きっとこんな悪女の私は死んだら地獄行きだわね)
 ミコは歩道橋に手をかけて身をのり出した。
(慎二にどんな顔で会いに行こうかな?)
 ミコの体を誰かが捕まえた。
「ダメよ。ミコさん、自分に負けてはダメよ」
 ヤミ尼だった。自分の小さな体で力一杯ミコを歩道橋に引き寄せた。ミコは歩道橋の上にペタンと座り込んだ。ヤミ尼の顔を見ると大きな声で泣き出した。
「死なせてよ。お願いだから、死なせてよ。楽にさせてよ。反対側の人探しをする前より苦しいのよ。私なんか生きていてもしょうがない価値のない人間なのよ。死んで慎二におわびするのよ。だから、死なせてくださいよ。」
 ヤミ尼は強く強く強くミコを抱きしめた。ミコもヤミ尼の小さな胸で泣きじゃくった。歩道橋の上を通る人の目も気にせずに……。
「ミコさん。死んではダメですよ。世の中に必要のない人間なんていませんよ。なぜ、仏は世の中に悪人なんて作りだしたのでしょうね? 善人ばかりの世の中を何故作らなかったのでしょうね? 自分が悪人だと言うのなら何故存在しているのかを自分で考えるのですよ。何故自分が生きているのか? 必ずミコさんが存在する理由があるのです。
 ねぇ、ミコさん、家に帰りましょうよ」
 ミコは泣きながら、立ち上がった。ヤミ尼の言う事が相変わらずミコには理解が出来なかったが、頑張れ死ぬなと言われるより心が救われる気分だった。

ヤミ尼はミコの手を引きながら、ミコの部屋に戻ってきた。ポンティーがしっぽを振って二人を向かえてくれた。ミコがポンティーに牛乳をあげている間に、ヤミ尼は慎二の仏壇の前で手を合わせて線香蝋燭に火をつけた。ヤミ尼は仏壇に供えて会った写真を手にした。
「へー、慎二さんってこんな顔していたのですね。良い顔ですね。もちろん、顔の相の事ですけどね」
 ヤミ尼は写真を元の場所に返すとミコの方を向き直った。
「ミコさん、話して御覧なさい。何故、死のうと思ったのよ」

慎二は一人で仏壇の画面を食い入るように見ていた。死後の世界に届く映像はミコの悲しい顔ばかりだった。いくら、元気の良いヤマさんでも、その映像を見た後は元気が無くなってしまっていたので、今日は見るのを止めていた。

「実は、私慎二の事を全然知らなかったんです。私が知っていたのは家庭の中の慎二だけだったのです。私の知っている慎二は要領が悪くて、口下手で、私の事をほったらかしのダメ亭主でした。でも、いろいろな人に会いましたが、私以外で慎二の悪口をいう人はいませんでした。慎二も私の事を本当に好きでいてくれたのも分かりました。慎二が生きていてくれれば嬉しかった事も、死んでしまっている今では全てが私の心を傷つけてしまうんです。慎二の褒め言葉が、私の事をダメ嫁だと言っているように聞こえてしまうのです。生まれて初めてです。自分の存在を否定し始めたのは。最初は寂しくて死にたかったんですが、今では生きている自分が情けなくて死にたいんです。今では慎二と暮らした事全てが後悔です。私は慎二に出会わなければ、よかったんだわ!」
 ミコはヤミ尼の前で泣き崩れた。
 
(慎二に出会わなければ、よかったんだわ!)というミコの言葉が慎二の頭の中でリフレインしていた。ミコを幸せにしたいと思う事が、ミコを傷つけている事に変わっている事を実感していた。今になって慎二にも分かってきた、何故死後公正取引管理局が死後の世界の人と人間界に住んでいる自分の家族達と交流を持たせないかが。交流をしてしまった結果が慎二とミコに悲しみをもたらしたのだ。慎二はミコの話もそこそこに仏壇のモニターの前を立ち上がったって、ヤマさんの所に行く事にした。ある決心をして。

「そうでしたか。ミコさんは自分に自信を無くしているのですね。私も自分の双児の兄が死んだ時は悲しくて毎日泣いてばっかりでした。その時はミコさんと同じ心境だった。何故、自分が生きていて、兄は死んでしまったのかって、毎日泣きながら考えたわ。仲が良い二人を何故仏は引き離すのだろうってね。実はミコさんに話してなかったのですけど、私の枕元に兄が現れたのですよ。でも、ミコさんみたいに触ってはいないのですけどね。その兄が私にその理由を話してくれたのです。『自分は死んだ人の心を癒す仕事をしている、お前は生きた人の心を癒す仕事をしろ』ってね。それが私達の宿命だって教えてくれたのよ。離れたところでも一緒の事をしている、離れた所でも信頼できるそれが仏が与える第2の愛の形なのよ。だから、ミコさんも早く気付いてね。心から大切だと思っていた人が死ぬって事は、一生会えない遠距離恋愛が始まるって事なのよ。生きていた時と違うのは、ただ会えないって事だけなのよ。それとも、ミコさんは生身の慎二さんしか愛せないのかしら?」
 ヤミ尼の話しが本当の事なのかはミコには分からなかったが、人が説く愛とは違う形をヤミ尼が話した。それがあたかも究極の愛だと言わんばかりに。その時だった、急に仏壇がガタガタし始めた。死後の世界からのメッセージがミコの元に届いたのだ。ミコは恐くなりヤミ尼にしがみついた。仏壇の揺れが止まると仏壇の中の仏像が話し始めた。

 『はじめまして、あの世で慎二さんの世話をしているヤマです。慎二さんから伝言があります。慎二さんと同じ手、同じ背中の人を探して下さい。あと、これだけははっきり言っておきます。慎二さんは愛……』

 仏像はそれだけ言うと動かなくなった。ミコとヤミ尼は今起こった事をキョトンとして見ていた。ミコは最後の言葉が気になったが、ヤマさんが何を言いたかったのかは直ぐに分かった。逆に、全てを伝えきらなかったヤマさんの言葉が慎二の気持ちをチープな感じにしなかった。他人から聞く『愛している』という言葉は嘘くさい物だ。カップルが見つめあい、口にした時だけ、その言葉は意味を持つ言葉なのだ。
「慎二は、死んでからも私の事を心配してくれているんだ。きっと、私が死んだら、慎二が一番悲しむだろうな。死ぬ事を考えた私がバカだった。それに慎二は答えてくれているわ、ヤミ尼さんがさっき話してくれた第2の愛の形を。私も慎二に答えなくちゃ」
 ミコは何かを悟った気がした。今までは慎二に会えない事が悲しかったし、最後の別れに後悔して自分を苦しめてきた。それじゃあ、ダメなのだと言う事が分かった気がしたのだ。最初に慎二とは会えない事を受け入れ、そこから始まる慎二との愛をスタートさせれば良いのだ。ミコと慎二は死んでからでも心が通じ合っている、ただ、会えないだけなんだと考えた時、ミコの心に大きな変化が現れたのだ。
「苦しみは鎖のついてない狂犬と同じだと思うのです。狂犬を前にすると恐くて、逃げ出したくなりますよね。狂犬に背を向けて逃げ出すと噛まれたり追い回されたりして新たな苦しみを生み出しますよね。しかし、勇気をふりしぼって狂犬に目をそらさずに立ち向かえば、飛びかかってくる狂犬を避ける事だって、退ける事だってできるのです。苦しみから逃げ出そうとすると新たな苦しみが待っていて苦しみが膨らみますが、苦しみと戦えば、必ず苦しみが小さくなっていく物ですよ。ミコさんは苦しみと戦ったから、慎二さんが答えてくれたのですよ。良かったですね。」
 ミコはそのヤミ尼の話しに嬉しそうに笑った。しかし、ミコが初めて仏壇の前で笑い顔を見せても、その顔を慎二が見る事は無かった。

「ヤマさん、俺の魂を消滅させてください。これ以上、ミコを苦しめたく無いんです。毎日送られてくる映像は泣顔ばかり、さっきは『慎二に出会わなければよかった』って泣きながら言っていました。それにミコのやつ、自殺しようとしたんです。もう耐えられないんです」
「ダメだよ。消滅の事を考えちゃ。消滅する事ってどんなに寂しいか、慎二さんは知らないんだよ。何もない大きな部屋の真ん中に小さな穴が一つ開いているんだ。その中は音も無く、真っ黒で広いのか狭いのかすら分からないんだ。そんな、所に慎二さんを入れられる訳ないじゃ無いですか!」
 ヤマさんは慎二の肩を持って揺すり続けた。慎二はその手を取り、自分の手でヤマさんの手を包み込んだ。
「ありがとう、ヤマさん。でも、ミコを苦しめたまま俺だけ楽しんでこの世界で暮らす事は出来ないんだ。これが、ヤマさんへの最後のお願いだから、もうヤマさんには迷惑かけないからさ。俺のお願いを聞いて下さい」
「嫌だ。僕は嫌だ。僕は慎二さんをお客さんとは思っていないんです。本当の友達だと思っています。僕の大切な友達に悲しい思いをさせる事は出来ません」
「既に悲しい思いをしているのです。このまま消滅しない方が俺にとっては苦しいのです。ヤマさん、俺を友達と呼んでくれて本当にうれしいよ。俺の事を友達だと思っているんだったら、この願いを聞いて下さい。ミコを助けたいんです」
 ヤマさんはそれでも首を立てに振らなかった。
「おい、ヤマ。その男を消滅させてやれ!」
 ヤマさんが振り向くと、大きな青い体をした男が立っていた。
「え、徳さん」
 徳さんという男は何か恐い顔をして、ヤマさんを腕組して睨んでいた。
「徳さんじゃねーだろ。お前、人間界にメッセージを送っただろ、上の方で問題になっているぞ。俺の所で止めているけど、なんらかの処分がお前に下るのは間違い無いぞ。俺があれだけ口をすっぱくして言っていただろ、あんまり、死んだ人間にかかわるなって」
「すいません。いつも徳さんに迷惑かけて。でも、この慎二さんは……」
 ヤマさんが慎二をかばおうとしたが、それを徳さんが止めた。
「そこにいる男、慎二って言うのか。お前は人間界と交信して何か良かった事でもあったのか?」
 慎二は首を横に振った。
「ありませんでした。自分の嫁の悲しみを知って、自分の存在すら否定したくなりました」
 慎二の答えに満足した徳さんは、ヤマさんに話をした。
「これがお前のやった事だ。まだ、この慎二の場合はましだぞ、身内が悲しんでくれているからな。中には、保険金が入って良かった、やっと好きな相手と結婚できるなんて、自分が死んでいるのを喜んでいる身内を見る人間だっているんだ。可哀想だから、なんて気軽に交信したら、よけいに可哀想になる事があるんだ」
 徳さんの言葉にヤマさんは何も言い返せなかった。現に慎二は人間界との交信で自分を消滅させる道を選んだ事実があった。
「徳さん? で良かったでしょうか?」
 慎二は徳さんと呼ぶのは最初から馴れ馴れしいかと思い、軽く聞いてみた。
「おう、本当の名前は大威徳だが、皆、徳さんと呼んでいる。お前もそう呼べ」
「徳さん、俺はヤマさんがやってくれた事には感謝しています。ヤマさんが妻の事と交信する事を教えてくれなかったら、妻の悲しみを知らずにのんびりこの世界で暮らしてしまっていたと思います。そっちのが、俺には辛いのです。俺が消滅する事で妻の悲しみが和らぐのだったら、俺はそれを選びます。死んで離ればなれになっていたって、俺達は夫婦なのですから」
 徳さんは慎二の言葉を黙って聞いていた。そして、ヤマさんの肩をポンと叩いた。
「何だか、ヤマが死後公正取引管理局のルールを無視した理由が分かった気がするよ。死んでからも人の事を思いやるなんて珍しい人間だな」
 徳さんは少し腰を落とし、慎二と同じ目線で話した。
「お前は消滅する意志は堅いんだな」
「はい」
 慎二は徳さんから目をそらさずに即答した。
「ダメだ。もし、慎二さんが消滅するんだったら、僕も一緒に消滅する」
「バカな事を言うな。ヤマ、お前の仕事はどうするんだ。お前はこの仕事に情熱と生き甲斐を持ってやってきたんだろ。お前が神に推薦された時も、『俺は死んだ人の魂をたくさん癒してあげたい』って言って現場をやりたいが為、神の座を断ったくらいじゃねぇか」
「そうだよ。ヤマさんは俺一人の為に犠牲になってはいけないよ。次から次ぎに死んだ人はやってくる。その人達にヤマさんは必要なんだよ。俺は一人で大丈夫だよ」
 慎二はヤマに向かってニコリとした。ヤマはその顔を見るともう何も言えなくなってしまった。徳さんもこれ以上慎二とヤマさんを一緒にするのは酷に思えてきた。
「おい、ヤマ。これから先は俺が慎二をあずかる事にするよ。おい、慎二、お前もそれで良いよな」
 慎二はヤマさんと別れるのは心細かったが、ヤマさんを悲しませない為には徳さんの言う通りにする方が得策だと思い、静かにうなずいた。
「おい、慎二。管理局の方に提出する書類の受理に3日はかかる。それまでに心の整理をするんだ。それまで、俺の家で下宿させてやるよ。ヤマはこれからの事は考えずに仕事をしっかりとこなせよ。人間界との交流の処分はその内でるが、俺が極力小さい刑にしてやるから心配するな」
 徳さんはヤマの背中を軽く叩いた。慎二もヤマさんの前に行って手を取った。
「ヤマさんには感謝しても感謝しきれないよ。俺の為に迷惑かけさせちゃったし、ゴメン。消滅する前には徳さんから連絡してもらうよ。本当にありがとう」
 ヤマさんにいつもの陽気さはなかった。最後まで口をきかなかった。一人の人間を癒そうとして、かえって不幸にしてしまった自分が情けなかった。慎二には済まない気持ちでいっぱいだった。心の中で何度もヤマさんは慎二に謝りつづけた。

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