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小説家版 アートマンコミュのてとせ?

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その後、再びモモを連れて最初の予定の幼稚園、中学、高校と順番に聞いて回ったが、理香の言っていた通り、そこで紹介されたのは慎二とよく似た友達ばかりだった。全ての予定を終えたミコは、慎二の両親に報告しに家に帰った。家についた時は日がゆっくり傾きだしていた。ミコのTシャツは汗でビショビショ、モモはクタクタになっていた。ミコは、シャワーを浴びさせてもらい、夕食の時間に今日の事を報告し、一応両親に理香の情報の確認をとってみた。
「そうね。家に連れてきた友達は慎二によく似た子が多いといえば多いわね。権田源次君って私にはそんな地味な名前の子は記憶にないわね。ゴメンねミコさん」
「いえ、もし知っていればと思って聞いただけですから。明日は会えないかも知れませんが、今日名前が出た人の家に挨拶に行ってこようと思っています。さすがにタクシーを借り切ろうと思っています。住所は卒業アルバムにのっていますよね」
 急にミコの携帯電話がなった。相手は昼間の理香からだった。ミコは席をはずして、電話にでた。電話の内容は一度線香をあげにいきたいから住所を教えてくれと言う事だった。電話を切るとミコは自分の席に戻った。
「あの、昼間に小学校で会った理香さんからの電話でした。慎二の小、中、高校の同級生で旧姓が境理香って名前の綺麗な女性です」
「え、境理香ね。どこかで聞いた事のある名前だな。母さん、誰だっけ?あ、慎二の……」
 慎二の父は口に出してはいけない事を言いそうになった。慎二の母はそれを見て話題を変えようと必死になっていた。それを見てミコは、理香が慎二の元彼女だと確信した。
「知ってますよ。慎二の元の彼女なんですよね」
「ふ〜、何だ。知っていたのか。父さん危なく口を滑らす所だったよ。でも、不思議な縁だよね。友達の有力な情報源としては、俺達家族以上だよな」
 父は額の脂汗を服の裾でふき、未遂に終わった自分の失敗にホッとしていたが、ミコの誘導尋問に引っ掛かっていたのを知らなかった。別にミコの方も理香が慎二の元彼女だとわかっても特に驚いたり、嫉妬したりする事もなかった。でも、慎二の父の言う通り、理香の言う事は正確で有力な情報なのは確かだ。逆に慎二の元彼女と知り合えたのはミコにとって幸運だった。ミコは夕食を食べ終えお腹が一杯になると、急に疲れが押し寄せたので、慎二の部屋に戻って直ぐ床に入った。夜中に一度も起きる事なく、ミコは朝までぐっすり寝た。それは慎二が死んでしまってから初めての事だった。

ミコはタクシーを待たせたまま、権田という家の呼びリンをならした。何の応答もなかった。ミコは築20年程の木造2階建ての権田の家を見上げると、カーテンがすべて閉められたままだった。念のため呼び鈴をもう一度ならしてみたが、結果は一緒だった。玄関の横にある一台分の駐車場に車がなかったので、何処かに外出しているのだろう。ミコは先に他の地元の友人に合う事にし、最後に再びこの家を訪ねる事にした。一応、置き手紙だけ玄関の横にあるポストに入れておいた。
 次に理香からもらった名簿に印のあった名前の人の所に行く事にした。その名簿は都合の良い事に勤務先が書いてあった。平日の昼間に訪ねていっても留守に決まっているので、迷惑だと思ったのだが、勤務先を訪ねる事にした。勤務先に訪ねていったが、慎二の友達は一人も迷惑な顔もせずに、対応してくれた。たくさんの慎二の友人と話をして、ミコは慎二の知らない所など一つも無くなってしまったと思う程いろいろな情報を聞かせてもらった。しかし、反対側の人間に対する新しい情報は一つも出てこなかった。念のため、今まであった慎二の友人とは握手をしてきたが、誰も慎二と同じ手をした人はいなかった。そして、ミコは名簿の最後の人の所に行く事にした。その人は実家の酒屋を親と一緒に切り盛りしているのでいつ行ってもいいと理香に言われていた。
「あの、こちらに松原祐也さんっていらっしゃいますか?」
「あ、自分がそうですけど、あなたは?」
「はじめまして根岸慎二の妻だった根岸ミコです」
「あ、慎二の。はじめまして。わざわざ来ていただいてすいません」
 ミコは祐也に頭を下げた。毎回同じ挨拶をしていたので、ここまでは慣れた物だった。
「実は2週間前に慎二が交通事故で亡くなってしまい、生前慎二が親しくしていた方に挨拶にまわっているのです」
 ミコは一々本当の事を言うわけにも行かず、挨拶に来た事にしていた。本当の事を言ったら逆に怪しまれてしまうと思ったからだ。
「え、本当にですか? あいつが」
 祐也は目に涙を浮かべた。今にも泣き出しそうな声で、ミコの肩に手をおいてミコをはげました。
「奥さん、気張ってな。何かあったら、連絡してくれよ」
「ありがとうございます。」
 本当に慎二のまわりには良い人が多い。ミコが今日会ってきた人のほとんどがこの祐也と同じ反応をするのだ。ミコは自分の場合の時に、こんなに多くの人が悲しんでくれるのだろうか、全く自信がなかった。
 祐也はミコを奥の応接間に案内した。
「こんなむさ苦しい所ですいません」
「いえ、あまりお構いなく。あの、祐也さんは慎二と小中と学校が一緒だったて山川理香さんから聞きました」
「え、理香から……」
「良いです。気を使わっていただかなくても。昨日、慎二の両親が口を滑らして…。理香さんって、慎二の元の彼女ですよね」
「そうですか、慎二の親は嘘が下手ですからね。知っているなら、お話しますけどね。理香って、小学校の時からクラスで目立っていたんです。美人だって。俺と慎二はどちらかって言うとあまり目立たない方だったかな。
 でも、人の良い事では慎二は目立っていたかもしれないな。子供の頃から頼まれたら断らないんで、よく先輩のパシリにされていたな。俺は将来、絶対苦労するだろうって忠告していたんですが、それは取越し苦労だったんですよ。ある日、急に先輩に刃向かったんです。その先輩が下級生を虐めていたのを慎二が見つけて、直ぐに、慎二は止めに入ったんです。俺はびっくりしましたよ。人が良いって事は気が弱いんだと思っていましたからね。慎二はNOが言える人間だったんです。たぶん、子供の頃から腹が立つ基準が人と違ったのだと思うんですよ。自分がパシリしていても別になんとも思わないのに、人がいじめられているのを見ると腹が立つなんてね。ホントに人が良くて笑っちゃいますよね。
 そんな慎二にほれたのが理香だったんです。中学校の時の理香なんて、学校のアイドル的な存在になっていて、誰もが彼女にしたいって思っていたんですよ。何を隠そう、この俺も……。で、慎二は理香に付き合ってほしいと告白されたんです。慎二はその告白に皆に悪いからって、断ろうとしたんです。ま、俺が慎二に付き合うように説得したんです。それから、よく3人で遊んだ事もありましたよ。懐かしいな」
 祐也はよく喋った。この人も案外、慎二とは反対側のタイプの人間かも知れないとミコは思った。この祐也は慎二の事が本当に好きなのだろう。直ぐにこれだけの思い出を簡単に語れる物ではない。ミコはこの後が知りたくなった。
「慎二が理香さんと別れた理由って知っているんですか?」
「ああ、知っていますよ。でも、いいのかな。奥さんにこんな話しても」
「お願いします。私の知らなかった慎二を知っておきたいんです」
 もともと、口の軽い祐也は直ぐに理香との別れの話を話しはじめた。
「不思議な理由なんですよ。特にコレと言った理由はないんです。ただ、慎二がいつも言っていました。理香とは何かが違うって、好きだけど結婚は出来ないってね。これは付き合った人にしか分からない事なのかもしれませんね。でも、慎二は理香と別れてあなたを選んだ。奥さんは慎二にとって探し求めていた人なんだと思います。あの慎二が親も友達も仕事も捨てて、あなたを選んだんですからね。奥さんと理香の違いが慎二の別れた理由なのだと思いますよ」
 ミコはびっくりした。偶然であって、若さに任せて結婚して、あまり幸せとよべない結婚生活をしていた慎二がミコを探し求めた理想の結婚相手に選んだのだ。
 ミコは慎二の反対の人を探さなければ良かったと思いはじめてきた。慎二の事を知れば知る程、ミコは自分の事をどんどん嫌いになっていくからだ。
「慎二って、私なんか選んで損したんだと思いますよ。いつも喧嘩ばかりの夫婦だったから」
 ミコは小さな声をだした。自信の無さの現れだ。
「何言っているんですか。それを慎二は求めたのだと思いますよ。理香は慎二の事が好きで一生懸命尽くしました。いつも慎二にあわせて自分を押し殺していたんです。人一倍気を使う慎二が人から気を使われて喜ぶと思いますか? 答えはNOですよ。逆に息がつまりそうになってしまうんじゃないかな。俺も奥さんと話をしていて、慎二の言いたかった事が分かりましたよ。慎二はワガママを叶えてあげたかったんだと思いますよ。家庭に安らぎを求めてなかったんですよ。慎二は家庭に自分と言う存在感を求めていたんだと思います。もし、奥さんがワガママを言い、慎二が答えていたのなら、それが慎二にとって最高の家庭の在り方だったんじゃないかな? そのスタイルの結婚生活は決して理香とは作れなかったから、慎二は別れたのですよ」
 祐也は慎二の気持ちを代弁した。自分と慎二の家庭は他人から見たら誉められた関係ではなかったが、祐也の話す慎二の気持ちが本当なら、これは正しい関係だったのかもとミコは涙ながらに感じる事が出来た。ミコは涙をハンカチで拭き取り、(泣いてばかりいるなしっかりしろと)心でつぶやいて、本題を切り出した。
「あの、そんな風に言ってくれて、ありがとうございます。あと、最後に聞きたい事があるんです。人を探しているんです。慎二と性格は反対なのに何故か気のあった友達を探しているんです。誰か心当たりありませんか?」
「え、急に言われてもな。あ、源次がそうだ」
「権田源次さん?」
「そうそう、権田源次。小学校の途中で転校していったんだけど、慎二と喧嘩ばっかりしていたんだけど、慎二といつも一緒にいたな。俺も不思議だったよな。喧嘩ばっかりするんだったら一緒にいなけりゃいいのに、慎二のやつが直ぐ遊びに誘うんだよ。そして、直ぐ喧嘩するんだよ。仲裁が大変だったよ。でも、源次以外と喧嘩って、ほとんどした事なかったんじゃないかな。あの通り、人が良かったからさ」
 ミコはその源次が間違いなく慎二の反対側の人間だと確信した。
「あの、その人の特徴とか写真ってありませんか? どうしても、源次さんにお会いしたいんです」
「あったかな? ちょっと待ってもらっていいかな?」
 祐也は自分の部屋に写真を探しに行った。暫くすると1枚の写真を片手に戻ってきた。
「子供の頃の写真だけど、この真ん中が俺で、左が慎二、右がその源次だ。特徴は一重の目で薄い唇か、逆に特徴のない顔かもしれない。あ、何処かに大きなアザが目立つ所にあったぞ。右手だ」
 ミコは右手と言う言葉にビクッと反応した。
「どうかしましたか?」
「いえ、別に大丈夫ですよ。で、右手にどれくらいのアザがあるのが特徴でか?」
 祐也は人さし指と親指で大きな丸を作って、自分の手の上にのせた。
「けっこう、大きいんですね」
「あ、後、慎二と源次っていつもお揃いの帽子に同じバッチを付けていたんだったな。二人で『少年ウルトラ警備隊』だって言って遊んでいたんだ。慎二はその帽子を源次が転校してからも大切にしていたな。その帽子があればといっても、今は持ってないですよね」
 祐也はもう一つ手がかりを教えてくれた。それが、慎二が大切にしていた汚い帽子だった。ミコが慎二の死んだ日に捨てた帽子が、慎二の反対側の人間を探し出す手がかりの一つになるとは思ってもいなかった。幸いな事に慎二が死んでから、一度も掃除をしていなくミコの部屋の何処かにあるはずだ。しかし、確証のないミコは自分の家で、いち早く確認だけしたかった。
「この写真お借りしていいですか?」
「別に返さなくていいよ。持っていきなよ。また、連絡してくれよ。俺も線香の一本でも慎二にあげたいからさ。それに何か困った事があったら連絡してくれよ」
 祐也は理香同様のやさしい言葉を別れ際にミコに投げかけてくれた。ミコは何故、もっと早くに慎二の実家に帰ってこなかったのだろう、なぜ駆落ちなどせずに慎二の家で世話にならなかったのだろうと後悔をしていた。ミコは祐也と握手をしたのだが、別に何も感じるものはなかった。
 ミコは祐也の家を離れると、最後にもう一度源次の家に行く事にした。

ミコは源次の家の呼び鈴を鳴らした。辺りはすっかり日が落ちていた。中から源次の母親が出てきた。源次の母はきつめのパーマをあて紫に染めた頭で派手なカーディガンを来て玄関を開けた。とても不機嫌そうだった。
「権田源次さんのお宅でよろしかったですよね」
「ああ、そうだよ。でもいないよ。源次が借金でもしたんだったら、私は関係ないからね」
(え、源次って人は少しヤバい人なのかな?)
 ミコは源次の母親を見て、話の内容を聞いてそう思わずにはいられなかった。といっても、ここで逃げ出すわけにはいかないので、用件を伝えた。
「あの、借金取りじゃないんです。実は私の夫が最近亡くなりまして、生前源次さんと親しくしていただいたらしいんです。一度、御挨拶にきたんですよ。源次さんがどちらにいるのかお話していただけませんか?」
「あ、そうなの。そりゃ、あんた若いのに大変だね。悪いんだけど、源次の居場所は私にも分からないんだよ。家のバカ息子は都会に仕事に出たんだけど、上手くいかなかったらしいんだよね。借金作って逃げちゃったんだよ。たぶんその街で暮らしていると思うんだけどさ。ゴメンよ」
 源次の母は扉をしめようとした。
「ちょっと、閉めないで下さい。何処の街にいるかだけでも教えて下さい」
「しょうがないわね」
 ミコが慎二と暮らしていた街の名前を源次の母から聞いた。ミコは自分達夫妻と源次とが運命的なものを持っていると感じずにはいられなかった。
「あの、最近の源次さんの写真ってお借りする訳にはいきませんか?」
 ミコは手がかりが右手のアザと子供の頃の写真、帽子にバッチだけだったので、最近の顔だけでも知っておきたかった。
「子供の頃の写真はあるんだけどさ。最近は殆ど会った事ないからさ。高校ぐらいから源次とは口をきいたのは数回ぐらいだからさ」
 ミコは何も言えなかった。慎二と源次は家庭環境も全く反対だった。手がかりは少ないが、人間が完全に絞られたのは間違いはない。探し出した時に比べれば、格段の前進だった。ミコは源次の母にお礼を言って、慎二の実家に帰った。

 慎二の両親は既に帰宅していた。今日の事を報告するとミコは直ぐに荷造りをした。ミコは今日中に自分の家に帰る事を決めていた。慎二の部屋で荷造りをしていると、慎二の両親が入ってきた。慎二の父はミコに何かを言いたそうに立っていた。慎二の母に背中を押されてミコに話しをした。
「あの、ミコさん。母さんと話をしたんだが、根岸の名前から旧姓に戻してもらっても構わないよ。まだ、ミコさんは若いんだ。いくらだってやり直せるし、慎二もそれを望んでるんじゃないかな。別にミコさんが旧姓に戻ったって、俺達はミコさんのもう一人の父母だからね」
 慎二の両親は慎二の事よりミコの将来を大切に思っていた。慎二が死ぬ前は何度かの面識しかなかった、それより大切な息子を自分達から奪い取った憎き女だったミコを大切に思ってくれていた。ミコはこの部屋で慎二の手紙を見つけた時と同じくらい心が苦しくなった。ミコは慎二の両親に抱き着いた。
「そんな言葉、私にはもったいないです。でも、これからも遊びに来させて下さい。この町私大好きになりました」
 慎二の両親はミコをキュッと抱き締めた。その時、玄関で呼び鈴が鳴った。そして、もう一度。
「まったく、タイミングが悪いんだから!」
 慎二の母が階段を降りて行った。玄関から慎二の母が怒鳴る声がミコに聞こえて来た。恐る恐る、ミコと慎二の父は階段の上から下を覗いた。玄関のドアが閉まる音がすると、慎二の母が大きなため息をつきながら階段を登って来た。
「どうしたんだい、母さん。大きな声なんか出しちゃってさ」
「ううん、何でも無いわ。ちょっと、しつこい押し売りみたいな物よ。ミコさんも気にしないでね」
 母は無理矢理微笑んだのだが、目には涙がたまっていた。
「本当に何も無かったんですか?」
 心配するミコの手に母は鞄を持たせた。
「心配しないでよ。それよりも電車に乗り遅れちゃうわよ」
 ミコは慎二の母に背中を押されながら、名残惜しい慎二の部屋を後にした。
 
「ほら、タクシーも来たわよ。」
 玄関で再び呼び鈴が鳴った時、慎二の母は恐る恐るドアを開けた。そこにタクシーの運転手が帽子を手にして立っていたのを見てホッとしてミコに呼び掛けた。
「それじゃあ、慎二の反対側の人にミコさんが会えたら、父さんも母さんも元気ですよと伝えてね」
 慎二の両親はミコの手を強く握りしめてから、玄関から送りだした。ミコは嬉しかった。自分の話を心から信じてくれていたのを両親の最期の言葉で再確認できたからだった。何とか反対側の人を見つけなくてはとミコに気合いが入った。
 ミコが慎二の両親と別れ玄関を出ると、今度はモモがミコを引き止めた。モモはミコのズボンの裾を口でくわえていた。
「何? モモちゃん。え、この子を連れていけって事?」
 座り込んで話すミコの前に子犬を置くとその子犬の背中を自分の鼻で押して、ミコに近付けた。理香に会えた事は元をただすと、モモの力があった。モモが慎二の卒業した小学校の前で立ち止まったおかげで、とても重要な人と巡り合えたのだ。偶然とかたずけてしまえば簡単だが、ミコはモモには自分達には見えない何かを見ている気がした。モモの一番大切な一匹しか残らなかった自分の子をミコに連れていけと訴えるには、この子犬が源次を探すのに活躍する事がモモには見えているんだとミコは思った。
「わかったわよ。この子を借りるわよ。必ず、返しにくるからね」
 ミコは何かモモと心が通じた気がした。だから、もらうとは言わずに借りるという言葉が口からでたのだ。ミコは、モモの子犬をタオルでくるむと、自分の鞄の中に入れた。もちろん、鞄の口を少し開けておいた。そして、待たせてあったタクシーに乗り込むと最寄りの駅に向かった。
 ミコは何とか最終の新幹線に乗る事ができた。座席に空席はたくさんあったのだが、子犬が鳴いて、周りの人に迷惑をかけるのをおそれて、電車の連結部分に立っていた。ミコはその子犬の顔を鞄の裾からだしてやった。その子犬は嬉しそうにキューン、キューンと声をあげた。
「まだ、この子の名前決めてなかったわよね。この子って男の子かしら?」
 ミコは子犬を抱き上げてお腹の下の部分を見た。子犬は恥ずかしいのか顔を横に向けた。
「あら、可愛いのがついてるわ。男の子ね。それじゃあ、太郎ってのは?」
 その子犬はそっぽを向いた。
「和風な名前は嫌なのかしら? 何かいい名前ね」
 名前ってのは案外難しい物だとミコは思った。ふざけた名前はいくらでも浮かぶのだが、気のきいたいい名前ってのは簡単に浮かばないものだ。その子犬が焦れてきたのか、急に『ワン』と一声あげた。それがミコには『ポン』と聞こえた。
「え、ポンがいいの? 名前がポンじゃバカっぽいわよね。じゃあ、ポンティーってのはどうかしら?」
 その子犬はしっぽを振っていた。どうやら、気に入ったらしい。それを見たミコは何度もその犬に『ポンティー』と呼んであげた。ポンティーは嬉しそうにしっぽを振り続けた。隣の車両で切符の点検に来た声が聞こえたので、ミコはポンティーを鞄の中にしまった。ポンティーと遊んでいる間に時間がたち、気付いたらミコの降りる駅の到着アナウンスが流れた。

タクシーで自分の家についた時は、既に深夜になっていた。元気になっていたミコも、慎二の思い出のある自分達の部屋のドアの前に立つと急に悲しくなってきた。そして、悲しみを振払うかのように勢いよくドアを開けた。ドアに挟まっていた一枚のメモがその勢いで地面に落ち、風に運ばれて行った。ミコにはそのメモを追い掛けて取りにいく気力が無かった。寂しそうな眼差しで紙が遠くに行くのを眺めながら、自分の部屋に入って行った。地国楽寺〜慎二の実家と忙しくしていた事、一人でいなかった事で慎二への悲しみを乗り越えていたとミコは錯覚していたが、この部屋はミコを現実に引き戻した。コレではダメだと、お腹を減らしているポンティーに冷蔵庫の牛乳をあげようと食器棚で皿を探していたら、慎二の使っていたファイヤーキングの緑色のマカップが目に入った。
「これ、慎二のお気に入りだったんだな。少ないお小遣い溜めて、買ってきたんだ」
 ミコはたえきれなかった。思い出に押し殺されそうだった。ポンティーに牛乳をあげる事もできずに、仏壇の前に行って悲しみをぶちまけた。
「何で死んだのよ。心が痛いのよ。慎二の両親や友達に会ってきたわ。皆いい人ばかりだった。慎二って、本当にいい人だったんだね。私、思ったの、慎二じゃなくて私が死ねば良かったって、私の方が悲しむ人が少ないから」
 そして、ミコはその場に崩れ落ちた。ミコにとって仏壇は自分の悲しみをぶつける為の道具になっていた。そんなミコを心配そうにポンティーが眺めていた。

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