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小説家版 アートマンコミュのてとせ?

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ウッシーとウーマの住んでいる所は、ヤマさんの宿『地獄楽庵』から5分ほど山を登った所にある二つ並んだ洞窟の中だった。両方の洞窟の中には光が満ちていて、人間の世界にある洞窟とは反対のイメージの物だった。右の洞窟の入り口の上の部分には『ウエルカム ウッシーです!』、左の洞窟には『どうも ウーマです!』と看板がかかっていた。気軽な感じの入り口だと慎二は思った。ここの世界に住む人は案外陽気な人が多いんだと今さらびっくりしていた。
「こんにちは、ウッシー、ウーマ。ヤマです」
 ヤマさんが洞窟の外から二人を呼びだした。
「おー、ヤマさんか、今行くから待っていてくれよ。おーい、ウーマ、ヤマさんが来てるぞ。仕事の手が空くか?」
「うん、丁度キリの良い時だ。俺が行ってくるよ」
「悪いな、俺も直ぐ行くから」
 大きな声が両方の穴から聞こえてきた。そして、左の穴から、慎二の1、5倍はありそうな大きな体をした顔の長い男が出てきた。その姿に慎二は腰を抜かしそうだった。慎二はゆっくり足からその男を眺めた。足は蹄が着いていて色は青く、ズボンはトラの革で作ったハーフパンツをはき、上着もトラ柄のパーカー、そして額の中央に一本の角のある馬の顔だった。眼鏡を右手に持っていたオシャレな鬼だった。
「ヤマさん、久しぶり。近いんだから、たまには顔を出してよ。お、今日は珍しいヤマさんが人を連れているなんてさ。ヤマさん所のお客さん? こんにちは僕はウーマ、馬に似ているでしょ、だからウーマっていうんだ」
 ウーマは手を差し出した。手は指がちゃんと5本着いていて、人さし指には髑髏の形の大きなシルバーリングをしていた。慎二はゆっくり自分の手を差し出した。
「慎二って言います。よろしく、ウーマさん」
 慎二はウーマの堅い手に握手して、救いを求める目でヤマさんを見た。その慎二の目を見たヤマさんは微笑みながら答えた。
「慎二さん、そんなにビビらなくたって大丈夫ですよ。鬼じゃないんですからね。でも、ウーマも僕と一緒で昔は馬頭大王って言われて怖がられていたんですよ」
「止めてよ、ヤマさん。でも、懐かしいな。あの頃、ヤマさんと、ウッシーとブリブリ言わしていたよね。俺達3人が歩くだけで、人込みの中に道がスーッと出来たものね」
「何話しているんだよ」
 右側の穴から声がした。慎二はウーマが馬だったんで、ウッシーはもしかしてと思った。ウッシーの姿を見て自分の考えが正しい事が分かった。ウッシーの足も蹄がついていて赤色で、服はトラ柄のツナギを着ていた。そして、顔は牛で、鼻には大きな鼻輪型の金のピアスをしていた。
「おう、ヤマさん。久しぶり。元気だった?」
 ウッシーはヤマさんに抱き着いた。
「おい、苦しいよ。僕を潰す気なのか?」
「ゴメンゴメン。で、こちらの人は?」
「ウーマには紹介したんだが、僕の宿に泊ってもらっている慎二さんだ」
「慎二さんか、よろしく」
 ウッシーは手を差し出した。ウッシーの手もちゃんと指が5本ついていて、腕は金のブレスレットがいくつもついていた。
「はじめまして、ウッシーさん。ウーマさんが馬頭大王だったら、ウッシーさんは牛頭大王だったって事ですか?」
 慎二は普通に会話できる余裕が出てきた。
「え、うれしいな。俺の事知っているの? 人間の世界でも有名になってきたんだな。ヤマさんの事は誰でも知っているけど、ウーマや俺の事って鬼で一まとめにされちゃうからな。俺、この慎二の事気にいったぜ」
 ウッシーは慎二の背中を強く叩いたので、慎二は大きく咳き込んだ。
「俺も慎二の事気にいったぜ」
 ウーマも慎二の背中を叩こうとしたので、さすがにヤマさんが止めた。
「おい、力の加減をしてくれよ。僕の大切なお客さんなんだからな。でも、二人が慎二さんを気に入ってくれたんなら、話が早いんだ。実は二人に仕事の依頼なのだけども、難しいと思うけど大丈夫かな?」
 ヤマさんは、ウッシーとウーマに今までの事を話した。

「要するに、慎二の奥さんにメッセージを届ければ良いんだよな。やった事はないけど可能だと思う。」
 ウーマが答えた。ウーマが発明のデザインと設計を担当しているのだ。
「え、本当ですか?」
 慎二が思わず声をだした。
「うん、慎二も見ただろう。自分の死んだ時の映像を。あの映像は死後公正取引管理局の人間の世界の監視カメラ『センジュ』の映像に入り込んで情報を勝手に取り込んでいるんだ。向こうの映像がこちらに来るって事は反対にこちらの映像を送る事も可能だと思うんだ。もちろん『センジュ』の回線を使うんだけどな」
 「でも、それってバレたら死後公正取引管理局で問題になるんじゃないか?」
 ウッシーが心配してウーマに聞いた。
「『センジュ』の回線をそのまま使ってしまうとまずいんだろうけど、もう一つ俺達専用のを作ってしまうんだ。実は『センジュ』はその名の通り千個ある監視カメラなんだ。昔の神話にあるんだが、神が一日千人の命を奪い、一日千五百人の新しい命を与えるって決めたんだ。一日千人の命をその時から見つめているのが『センジュ』なんだよ。そこで、俺は千一個目の俺達専用の監視カメラを『センジュ』につなげるんだ」
 ウーマは地面に簡単なイラストを書きながら、皆に分かるように説明をした。
「で、そんな難しいものを設計できるんだね」
 慎二がウーマに聞いた。
「任してくれよ。一度、死後公正取引管理局のメインコンピューターの『ブッダ』に侵入した事があるんだ。内緒だぞ。案外、外部からの侵入には警戒してなかったんで、簡単に入り込めたんだ。その時に、『センジュ』のシステムを盗みました」
「お前は偉い! でも、こんな事ばっかりしていたら、俺達地獄に落ちるな」
 ウッシーはウーマの頭を抱えて喜んでいた。
「じゃあ、メッセージを届ける事ができるんだね」
「慎二、喜ぶのはまだ早いよ。問題点が3つあるんだ。一つは限られた場所にしかおくれない。だから、人に直接メッセージを送れないんだ。慎二の家に仏壇ってあるか?」
「え、俺が住んでいた時はなかったけど、あ、見たよ。俺が死んでからミコに会いに行った時に部屋に小さいのが置いてあった」
「じゃあ、一つ目はクリアーだな。送信しても受信する物がなくっちゃな」
「え、仏壇ってそう言う為にある物なの?」
 慎二は仏壇がこの世界と交信する為にある物だとは知らなかった。神棚と変わらない感覚を持っていたのだ。何も知らない慎二はヤマさんに聞いてみた。
「仏壇って人間が考えた凄い物ですよ。作った人は死後の世界との交信ができるなんて考えずに作ったんだろうけどね。仏壇の前で何に手を合わせますか?」
「死んだじいさんかな?」
 慎二は自分が生前あまり仏壇に手を合わせていないので、何に手を合わせているのか聞かれても適当に答えるしかなかった。
「何だ、分かっているじゃないですか。人間界ではお坊さんが仏に手を合わせろって言いますけど、仏壇の場合はご先祖様や亡くなった人に手を合わせた方が自然ですよ。仏壇の前でしか、死んだ人と語りあう場所なんてないでしょ。死んだ人と語り合う事がウーマの言った交信だとしますよ、さあ、慎二さん、質問です。受信する所に最も相応しい所はどこ?」
「仏壇?」
 慎二は即答した。
『お見事、正解! 良く出来ました』
 3人が声を揃えて答えた。慎二は少し嬉しそうに頭の後ろをポリポリした。
「話しがそれちゃったけど、続けるぞ。2つ目の問題は少ない情報量しか送れないんだ。こっちの世界は人間の世界から来るのが普通の流れだが、こちらから情報を送ろうとなるとかなりのエネルギーがいるんだ。慎二は死んでから一度人間界に行っただろ。その時は上の者の力でいかせてもらっているんだ。俺達が百人集まっても、一人の人間を数分戻すのが精一杯だろう。それくらい、大変な事なんだ。たぶん、声のみしか送れないんだ。でも、人間界の映像は見る事はできるからな。
 最後にメッセージを何度も送る事は出来ない。せいぜい、2、3回が限度なんだよ。俺の作る機械じゃ、大量のエネルギーに耐えられないんだ。一度目にはメッセージを完全なスタイルでおくれると思うが、二回目以降はどうなるかの責任は持てないな。但し、受信は可能だと思う。これが俺がやれる最高の設計だ。慎二どうだいこれでよかったら仕事するけどな」
 ウーマは慎二に優しく微笑んだ。
「もう一つ慎二さんには納得してもらわないといけない事があるんだ」
 ヤマさんが慎二が答える前に、口をはさんだ。
「それは、死後の世界にいる人と人間界にいる人の家族や知り合いとの交流を1度までと死後公正取引管理局で決まっているんだ。慎二さんは既に一回使ってしまっている。ミコさんに慎二さんが直接メッセージを送る事が出来ないんだ。メッセージを送るのは、僕達の三人の誰かが担当する事になるんです。それを了承してもらえますね」
 ヤマさんは死後の世界のルールを慎二に説明した。慎二もミコが幸せな人生を送る為にどうしてもメッセージを届けたいのだから、快くヤマさんの話を聞き入れた。
「じゃあ、ウーマさん、ウッシーさん、お願いします。でも俺なんかの為に、そこまでしてもらって良いですか?」
「何を言っているんだよ。俺が慎二の事を気にいった、それが理由で何か問題でもあるか?」
 まるで、小学生や幼稚園の時に友達を作ったみたいな理由をウーマが言ったのに慎二は驚いた。慎二は自分の心にあった損得の感情を恥じた。死んでしまい、お礼に物をプレゼントする事もお金でお礼をする事もできない世界では、『人を気に入る』って事が一番の恩であり、その人を『気に入ってあげる』って事が一番の恩返しなのだろう。慎二にはウッシーとウーマとヤマさんが異常に仲が良い事がうらやましかったし、生前、自分にこんな信頼しあえる友人がいたのか自信がなかった。慎二はただウーマにありがとうと言うしかなかった。
「おい、ウーマ。今やっている仕事後回しにして早速取りかかろうぜ。早くデザインと設計を仕上げちゃってくれよ。どうせ頭の中で絵が書けているんだろ!」
 ウッシーは既にやる気満々だったが、製作担当のウッシーはウーマの図面が上がってこないと製作に取りかかれなかったのだ。
「おう、それじゃあ、今から図面を仕上げて行くから、その間にウッシーは俺の言う材料を調達してきてくれよ。桧と赤松の木材、漆、金、銅板、砥の粉といろんな顔料。あと、大きな水晶と小さな水晶も必要だ」
 ウッシーはメモを取りながら、一つの事に気がついた。
「おい、水晶以外は人間の世界の仏壇に使う材料じゃないか。もしかして、この世界にも仏壇を作る気なのか?」
「するどいね。さすが俺の相棒。こっちにも通信機器が必要だろ。でも、人間界にはない、オシャレなデザインにするからね」
「よし、それじゃあ、仕事に取りかかるとするかね」
 ウッシーは、慎二とヤマさんに挨拶すると洞窟の中に消えていった。
「俺も頭に有るものを図面にしてくるよ。慎二、明日来てくれよ。凄いのが出来上がっているからさ」
 ウーマもそういうと左側の洞窟に消えていった。慎二は大きな声でお礼を言った。ウーマは振り向かずに手を振って答えた。
「ヤマさんありがとう。ヤマさんは良い友達を持っていますね。ヤマさん達みたいな友達いたっけなぁ。思い出せないや」
「きっと、慎二さんにだっていますよ。ただ、思い出せないだけですよ。でも、僕達もこんな何もない世界に長い事いるから、仲良しなだけで、人間の世界にいたら、きっとお互い大嫌いなタイプだったと思いますよ」
 そう言ってヤマさんは大笑いした。そうやって、気軽に悪口が言える事がとても素敵だと慎二は思った。

  犬が凄い勢いでミコに飛びついてきた。結婚して、実家に住んでいるまで慎二が大切にしていた犬だった。毛は茶色で大きさは中形で柴犬の血の濃い雑種だった。どうやら、慎二の妻が遊びに来た事を大いに歓迎しているみたいだ。
「止めなさい! モモちゃん。珍しいわ、この仔がそんなに人に懐くなんてね。結婚する前ミコさんが遊びに来た時なんか、親の仇みたいにミコさんを吠えまくっていたのにね。」
 慎二の母はその状況を見て、何故か嬉しく思えた。
「モモちゃんも分るのね」
 ミコは自分の右手ばかり頬をよせるモモに慎二の温もりが伝わっているんだと感じていた。十分慎二の温もりを感じると、モモは自分の小屋に戻って何かをくわえてきた。それはやっと目が見えるようになったモモによく似た一匹の子犬だった。モモはその犬をミコの所に持っていきミコの目の前に置いた。
「まあ、可愛い子犬」
 ミコはその子犬を抱き上げた。モモはその姿をジッと見ていた。
「なんだい、モモちゃん。ミコさんに子供を見せたいの? 5匹生まれたんだけど、この仔以外は全部死んでしまったの。だから、モモは大事にこの仔だけはって、異常に可愛がっていたわ。飼い主の私にだってめったにこの仔の姿を見せてもらえなかったのよ」
 慎二の母はミコに感心していた。
「それじゃあ、ミコさん。私は家の中にいるからね。あと、今日は泊まっていくんでしょ!」
「あ、もしよろしかったら、お願いできますか?」
 ミコは子犬を抱いたまま、慎二の母の方を振り向いて答えた。
「もちろんよ。じゃあ、慎二の部屋に布団出しときますね。」
「有り難うございます。私も行きます。布団出しくらい自分でやりますよ」
 ミコはその子犬をモモに返すと慎二の母と家の中に入っていった。

慎二の部屋は結婚する前のままだった。
「勝手に捨てる訳にも行かないしね。慎二がミコさんと二人で出て行った時のままにしてあるの。中には慎二が大切にしていたものもあるしね。でも、掃除は毎日しているから安心して使ってね」
 慎二の母はミコに駆け落ち同前で結婚した事を遠回しに話そうとするのだが、どうしても何か引っ掛かった物の言い方になってしまうのだ。
「あの当時は本当にすいませんでした。私の親が失礼な事を言いましたし、自分達の選んだ行動もお母さんを傷つけてしまったでしょう」
 初めてミコはその事を謝罪する事ができた。もともと、ミコ達の交際には慎二の両親は好意的に受け止めていたのだが、ミコの親は大反対をしたのだ。バブル成り金のミコの両親は田舎でサラリーマンをしている慎二の家をバカにしていた。それに慎二は大学はでてなく学歴も気に入らなかった。ミコ達が駆け落ちした頃は、高学歴、高収入の者が偉くて、それ以外はクズだと思われていたのだ。成り金ほど、人の価値を見るのに世間の物差ではかる癖がついていたのだ。もちろん、結婚を申し込んだ慎二が気に入られる訳もなく、慎二の実家にわざわざ手切れ金を持ってきた程だった。慎二の家のプライドはミコの両親の為にズタズタにされたのだった。慎二はそれでもミコを選び、自分の実家にも迷惑をかけたくないと思い両親には何も告げずにミコと駆け落ち同前で飛び出したのだった。それから、5年後ミコ一人で謝っていた。
「いいえ、もういいのよ。ミコさんが今謝ってくれた事で、すべてチャラにしましょうよ。私達のプライドなんか今思えばどうでも良かったわ。慎二とミコさんを傷つけたのは私達の方よ。好き同士が結婚するのが当たり前なのですからね。この話はここまで、ミコさんはこの部屋でゆっくりしてね。後、慎二のアルバムだったら押し入れの中よ」
 そう言うと、慎二の母は部屋の襖を絞めて階段を降りていった。
「何か懐かしいわね。ここに来たのは5年ぶりなのかしら、男っぽい部屋だもんね。あ、この椅子、いつも取りに行こうかなって言っていたヤツだ。家具屋の前で同じ椅子があると『俺のやつはレア物だから、これより高いぞ』って言っていたな」
 ミコはイームズの黒色のアームシェルのロッキングチェアに腰掛けて、慎二の部屋を眺めた。バスケットが大好きだった慎二が憧れていたマイケル・ジョーダンのポスター、弾いた所を一度も見た事のない古いギター、ゲームセンターで取った謎のキャラクターのコレクション、慎二にしか作る事の出来ないインテリアコーディネイトをミコは必死に目に焼きつけた。椅子を降りてミコは布団の敷いていないベッドに横になった。
「大抵、こう言う所にスケベな本が入っているのよね」
 ミコはマットレスとベッドの隙間に手を伸ばした。
「やっぱり、何かあったわ!」
 ミコの手には何か感触があったが、本みたいな厚い物ではなかった。ミコはそれを引っ張って出してみた。封筒だった。その中にはミコの写真と手紙と付き合うきっかけになったあのホテルのパンフレットが入っていた。ミコはその手紙を呼んだ。宛先は神様仏様になっていた。

 神様仏様へ
 素敵な女性に巡り合えました。別にキリスト教徒でも仏教徒でもありませんが、神様仏様、巡り合わせてもらった事に感謝します。本当に彼女が大好きです。この気持ちを一生忘れないようにします。あと、彼女の理想の男になります。

 封筒の裏には、いつまでも自分の気持ちが変わらない願掛けとだけ書いてあった。きっと、あの出張の後、家に帰って自分の気持ちをこれにしたためたのだろう。これを見てミコの心は苦しくなった。
(何故、私は慎二がいる時に気付かなかったの? 今さら気付いたって、もう遅いのに……)
 ミコは慎二の書いた最初のラブレターを一番最後に受け取った。それが、ミコにとって慎二を大切にしなかった罰だったのかもしれない。ミコは慎二のベッドの上で生まれて一番沢山の涙を流した。あたかも、罪の償いがそれしかないかのように……。
「ミコさん、入るよ。どうしたんだい?」
 慎二の母は泣きじゃくるミコに近付いた。ミコは涙を必死に止めようとしたのだが、ミコの意志に反して欠壊したダムの水のように流れ出た。口が満足に利けないミコは黙って、慎二の手紙を母に見せた。慎二の母はその手紙に目を走らせて、泣いているミコの顔を見つめた。
「ミコさんが見つけたの? この部屋何度も掃除していた私には、こんな手紙があったなんて気付かなかったわ。慎二は早くにいなくなっちゃったけど、ミコさんに出会えて幸せな人生だったわね。私も泣いて良いかしら? ダメね、女って……」
 慎二の母は一瞬笑顔になったが、見る見る顔が崩れ、慎二の母の目からもミコに負けない程の涙が流れ出した。母親の悲しみも妻の悲しみも比べようのない程深かったのだ。強く装おう女の二人の我慢大会は、一方の悲しみの壁が崩れて連鎖的にもう一方の壁も崩れ、悲しみの渦の中に飲み込まれてしまった。この慎二の部屋では二人の女が抱き合って悲しみをぶつけあっていた。

慎二の父親が仕事から帰ってきた。
「ただいま。あれ、母さん、今帰ったぞ。母さん、何処にいるんだ? まったく、鍋に火がつけっぱなしで、相変わらず惚けているな。慎二が死んでからは余計にひどいな」
 慎二の父は、台所の鍋の火を消すと、何処にもいない慎二の母を探した。暫くすると、2階から女の泣き声がしているのに気がついた。慎二の父は、妻に何か悪い事が起きたのだと思い、急いで階段をかけ登った。
「母さん、何かあったんかい?」
 扉を開けた慎二の父は女の人が抱き合って泣いているので、勢いよく開けたドアをもう一度閉め直した。
「あ、びっくりした。一人は、母さんだったけど、もう一人は誰なのだろう? 見た事ある人だったけど……」
 慎二の父は今度はゆっくりと扉を開けた。ミコと母は泣きながら、父を見つめた。もう一人の女性がミコだと気がついた。
「あ、ミコさん、こんにちは、元気だった?」
 慎二の父は動揺していて、今泣いている人が元気な訳ないのに、とりあえずの質問をしていた。
「ばか、今泣いているのに元気な訳ないじゃ#$%○」
 母が泣きながら突っ込みを入れたのだが、最後の方がメチャメチャな言葉になってしまった。
「あ、お父さん。お邪魔し%$#&○×*」
 ミコもとりあえず、慎二の父に挨拶だけでもと思ったのだが、溢れる涙を我慢出来ずに母同様おかしな挨拶になった。
「え、父さんが邪魔なの?」
 慎二の父はミコが涙声で挨拶の後半が聞き取れなかった。少しショックだったので。つい聞き直してしまった。
「何で父さんが邪魔なの? 何でミコさんがいるの? 何で泣いてるの? 何で鍋の火つけたままだったの?」
 その言葉で慎二の母の涙が止まった。そして、すくっとその場で立ち上がった。
「あ、鍋の火」
「止めてきたよ」
 慎二の母はホッとして再びその場に座り込んだ。さすが主婦だ、涙を止めるきっかけが超現実的だった。
「だから、何でなんだよ。俺の疑問を解決してくれよ」
「もう、うるさいわね。男はムードがないんだから」
「何がムードだよ。泣いていただけなのに」
「違うのよ。途中から悲しい境遇の自分に酔って泣いていたのよ。でも、久しぶりにおもいっきり泣いたから、少しスッキリしたわ。どうミコさんは?」
 ミコは慎二の両親が自分の中途半端な挨拶で、喧嘩になってしまうのではと思い少し焦っていた。喧嘩にならずにホッとしたら、涙も止まっていた。慎二の母の言う通り、途中から慎二の事ではなく、自分が不憫で泣いていたのかもしれないと思った。
「はい、少しスッキリしました。あ、お父さん、さっきは涙声だったんで、聞き取りにくかったと思いますけど、『お邪魔しています』っと言ったのです。決して、お父さんが邪魔だとは言っていませんので、安心して下さい」
「何だ。そうだったのか。で何で二人で泣いていたんだい?」
 慎二の母が父に例の手紙を渡した。
「慎二の手紙をミコさんが見つけてくれたの。慎二がミコさんの事をどれだけ大切にしているのかが分かって良かったわ」
 慎二の父はその手紙に目を通した。
「慎二は俺に似てロマンチストだったからな」
 慎二の母が一つせき払いをした。
「はっはは。まあ、それは別にして、ミコさん良かったな。最後の慎二からのプレゼントだ。ミコさんが持っていたら良い。な、母さん」
 慎二の母もニッコリ微笑んだ。ミコはその手紙を受け取ると胸にギュッと押しあてた。
「実は、これは慎二からのプレゼントじゃないんです。神様からの罰なんです。お父さん、お母さん、ゴメンなさい。私、慎二の良い嫁じゃなかったんです」
 ミコは慎二の両親に慎二と喧嘩ばかりの結婚生活で、慎二が死んだ日の朝に一方的にひどい事を言った事を白状した。ミコは慎二の両親の目を見る事が出来なかった。
「だから、私は慎二にとって悪い嫁でした。今頃になって、慎二をもっと大切にしていればと後悔をしているんです。もしかしたら、私と結婚しないで御両親と暮らしていたら慎二は幸せだったんだと思います。ゴメンなさい。私が殺したも同然です」
 慎二の母がミコの頬をはたいた。ミコはびっくりした。
「ミコさん、あなたが自信を持たなくてどうするんです。こんな素敵な手紙を慎二が書いたんだから、幸せだったに決まっているでしょ。それに慎二が死ぬ程愛したあなたに結婚生活を否定されちゃ、それこそ慎二は不幸よ」
 慎二の母の言葉はミコの心にしっかりしなさいと訴えかけた。
「お母さんの言う通りですね。でも、今の私には出来ません。喧嘩したまま2度と会えなくなっちゃったんです。だから、自分を責めるしか、この悲しい気持ちを閉じ込める方法が今はないんです。でも、いつか必ず自分に自信を取り戻します」
 慎二の母は何も言わなかった。ミコの目が死んでいなかったからだ。
「うん、俺もそうなってくれると嬉しいな。で、ミコさん、今日は何か用件があってココに来たんでしょ。お墓か何かの事かな?」
 慎二の父が冷静にミコに聞いた。
「あ、そうでしたね。実は、自分の自信を取り戻す事と関係があるんですけど、私不思議な体験をしたんです。慎二が私に自信を取り戻すチャンスをくれたんです」
 ミコは今まであった事を慎二の両親に話そうとしたが、慎二の父がお腹を減らしたと言うので、御飯を先に済ませる事にした。

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