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小説家版 アートマンコミュのてとせ?

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「そうじゃ、そうじゃ、若い者はいつも年寄りをバカにするんじゃよ。年寄りじゃって役に立つんじゃよ」
「え、もしかして慎二さんが消滅する以外に慎二さんの奥さんを悲しみから救う方法を知っているんですか?」
 ヤマさんが椅子を倒して立ち上がった。
「知っているだよ。ワシが生前やった事だよ」
 今度は慎二が椅子を倒して立ち上がった。
「じゃあ、タツエさんも生きている時に霊体と触れたんですか?」
 タツエは腕を組み、自慢気な顔でニヤリと嫌らしい笑いをした。
「そうじゃよ。話を聞いてくれるかの〜。それは死んだワシのタッチの葬式が終わって1週間後ぐらいじゃった」
「ちょっと、ストップ! タッチってばあさんの旦那さんの事?」
「何が可笑しいんじゃ。ワシの旦那は達三って言うからワシはタッチって呼んでおったんじゃ。ワシのタッチもそう呼んでもらって嬉しそうじゃったぞ! そうそう、タッチが枕元に立っていたんだよ。その頃のワシは30代半ばのジュクジュクなDカップの熟女じゃったんだぁよ」
 タツエは自分で話していながら頬を赤らめ、隣にいるヤマさんの肩をついた。ヤマさんはその力で椅子から転げ落ちた。
「なんじゃ、軽く押しただけでそんなに転んでオーバーなんじゃよ」
「で、いつ本題が始まるんですか?」
 慎二が少しイライラしながら聞いた。
「焦るんじゃねぇだよ。ここがじいさんとの一番大事な思い出なんだ〜よ。ワシのタッチときたら、ワシの熟女っぷりに参っちゃったんじゃろうな。お別れのついでに、何て表現したらえんじゃろうかの〜、率直に言うとワシのキュートでスウィートな唇に熱いベーゼをしていったんじゃよ。手を繋ぎながらの〜。ヒッヒッヒ。タッチの温もりがいつまでもワシの唇から離れなかったんだぁよ」
 タツエはその当時を思い出したのか、サルのように口をとがらせてヤマさんに近付いていった。ヤマさんは両手でタツエの頭を押し返しながら、まだ自分の自慢話しかしないタツエに質問した。
「どこが横文字が苦手なんですか! それに唇と言うより、クチバシじゃないですか。それよりも、早くその後が聞きたいんだよ。どうやって、その温もりを忘れる事が出来たんですか」
 急にタツエの近付く力が弱まったので、ヤマさんは前方にのめり込んで、テーブルに頭をぶつけた。その姿をタツエは一瞬呆れて見ていたが、直ぐに本題に話を戻した。
「まあ、ここからはそんなに楽しい話じゃないんだがよ」
 慎二とヤマさんはここからだけ話が聞きたかったと突っ込みたかったが、タツエの御機嫌を損ねたら大変とニコニコしながら、聞いていた。
「実はどうしてもタッチの事が忘れられなかったワシの生活は荒んでしもうての〜、ワシの親族の者には見ておれんかっただよ。親族の者達と一緒に地国天寺という所に住んでおった有名な坊さんに話を聞いたらば、タッチの反対側の人間を捜せって言うだよ。」
「え、反対側の人間って? 何の事?」
 慎二には意味の分からない事だった。それを答えたのはヤマさんだった。
「慎二さんは知らなくて当然の事ですよ。この世界は全て対になっていてバランスよく出来ているんですよ。もし、慎二さんという人間が生まれるとしますよね。その時に一緒にもう一人慎二さんと反対の人間も生まれているんですよ。反対って言っても属性が似ているから根本の所は同じなんだけど、性格や運などは反対になってしまうかな。慎二さんの運が良い時は反対側の人が運が悪くて、慎二さんの運が悪い時は反対側の人が運が良いって事がバイオリズムなんて言うんですけど運の発生する仕組みになっているんですよ。反対側の人と本人は見えない糸で繋がっているんで、その人を探すっていうのは、ほとんど本人を探すのと同じ行為になるんですよ。
 でも、こんな難しい理屈を人間界で知っている人がいるなんて驚きだな」
 ヤマさんの言葉は慎二にとって数学の方程式と同じだった。なぜなのか理屈は分からないが、しっかりと答えが導き出される。だから、納得しなくてはいけない事に思えた。
「それでタツエさん、その反対側の人は見つかったのですか?」
「ああ、見つかっただよ。でも、長い時間がかかっただよ。確か14年間もかかっちゃっただよ。ジュクジュクの熟女だったのが、ヨボヨボの老婆になってしまってただよ。その時はまだまだ現役と思っておったんじゃが、世間様はそうは見てくれなかっただよ」
「え、14年も時間がかかったんですか?」
 慎二はミコが自分の反対側の人間を見つけるのに14年も苦労するのかと考えると、可哀想に思えた。自分達には子供がいなかったし、20代後半のミコにはまだ人生をやり直す事は十分可能だった。もちろん、14年後の40代前半でもやり直す事は可能だが、14年とう微妙な年月が慎二の頭の中に残った。
「それでどうやって見つけたんですか? ばあさんは自分の旦那さんを」
 ヤマさんがタツエさんに聞いた。
「それが、偉い坊さんのアドバイスじゃと、手を触って捜せと言うんじゃよ。顔を見てはダメじゃ、手の温もりの同じ人がワシのタッチの反対側の人間なんじゃと。最初は闇雲に握手したんじゃが、村でワシの事が噂になってしもうてのぉ。男狂いじゃって、ワシは悲しかっただよ。ワシがナイスボディーの美女だったんで、村の女共が妬んで言っておったんじゃよ」
 タツエは絶好調になってきた。垂れ下がった乳を両手で押し上げ、巨乳だった事ヤマさんと慎二にアピールしながら話した。タツエの若い頃を知らない二人にはナイスボディーのタツエが想像できずに、今話している話の信憑性を疑問に思うようになっていた。その冷たい目に気付いたのか、タツエは少し反省した。
「まあ、昔の話なんで信じられないかもしれんがのぉ。ワシの体験した事は本当じゃっただよ。最後まで黙って聞くんじゃ。それからその後、やりにくかったがチャンスを見ては手を触りまくったんじゃ。14年後になってからじゃっただよ。隣の村の祭りの日じゃっただ。境内に続く道に一人の男が歩いておっただよ。その人の後ろ姿が、ワシのタッチそっくりじゃっただよ。追い掛けて行って、その男の前に回っただよ。そしたら、タッチとは似ても似つかぬ、拍子抜けな顔した男でな、念のため、握手してもらっただよ。そしたら、びっくりしただよ。偉い坊さんの言っていた通りじゃった、タッチと同じ手をしていただよ。その時はタッチに会えたと思って、涙が流れただよ。それからじゃっただよ、日に日に気持ちに区切りがついてきただよ。しばらくすると、タッチが良い思い出になっただよ」
 タツエはシワシワの目蓋を閉じて、右斜上に顔を上げ、その当時の思い出に酔いしれた。
「もしもぉし、ばあさん! 感動中の所悪いんですけど、その男と何かロマンスはあったんですか?」
 ヤマさんがタツエに聞いた。慎二もその事は少し気になっていた。ミコも同じ事が起きる可能性があったからだ。
「そんな物あるわけねーだよ。タッチと反対の男じゃろ。そりゃ、ワシの一番嫌いなタイプに決まっとるじゃろ。手握るのも嫌だっただよ。ワシは面食いでな、あの顔を思い出しただけで身震いしてくるだよ。あ、そうじゃった、愛しのワシのタッチの写真を持っておったんじゃった。自分の死んだ時に懐に入れてもらっとったんだよ。ちょっと見せてやるだよ。超〜男前で腰を抜かすなよぉだ」
 タツエは今ではほとんど無くなっている胸の谷間から、一枚の写真をヤマさんに無理矢理手渡した。
「ばあさん、どこに保管しているんですか。それに、この写真生暖かい!」
 ヤマさんはその写真を投げ捨てるようにテーブルにおいて、両手を自分のズボンの裾でふいた。
「なんて扱いするだよ」
 タツエは写真を拾い上げると、一度自分の胸の部分に押し当て写真に謝ると、今度はゆっくりテーブルの上に置いた。
「ワシはタッチが喜ぶと思って、タッチが一番好きだった場所に保管しておいただよ。それがワシの谷間だったんじゃから、しょうがないだよ」
 ヤマさんも慎二も、一番好きだったのはタツエが若い頃の谷間だったんだろうに、今のタツエの谷間は一番嫌いな場所なんじゃないのかと思っていた。タツエの旦那さんの事を可哀想に思いながら、その写真の顔を覗き込んだ。そこには魚のように目が横の方に、口が大きく、鼻が低い、どう考えても男前とは言いがたい人が写っていた。
「どうじゃ、声にも出せん美しさってタッチの事じゃろ。ほら、誰も声がでない」
「ま、良かったですね。慎二さん、ミコさんは反対側の男に取られずにすみそうですね」
 ヤマさんはタツエの顔を見ずに写真を返した。写真を受け取ったタツエは大事そうに再び胸の谷間に押込んだ。それを見ていた慎二は何とも言えない苦しい気分になった。
「慎二さん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。ちょっと、写真の気持ちになっちゃって」
「それは、そんな顔にもなりますよね。で、どうしましょうか? 手と背を使って慎二さんの反対側の人を探し出すって方法をどうやってミコさんに教えるかが問題なのですけどね。」
 二人はそこで壁にぶつかった。
「ヤマさんの力でもう一度、人間の世界に帰るって事出来ないんですか?」
 ヤマさんは慎二の質問に首を横に振った。
「ゴメンなさい。慎二さんを人間の世界に送ったのは僕の力じゃないんです。上の人の力を借りているんですよ。困りましたね」
 慎二とヤマさんは腕組した。
「あ!」
 タツエが声を上げ、立ち上がった。慎二とヤマさんはタツエに注目した。
「ワシの大好きな『暴れん坊 如来』の番組が始まるだよ。あ〜忙しい、忙しいっと」
 タツエは急いでその場を後にした。残された二人は『何か良いアイデアがあったんじゃないのか』って突っ込む気にもなれず、食堂を出て行くタツエの嬉しそうな背中を眺めていた。

「そうか、そのタツエさんって人が私と同じ体験をしているのね。それでその旦那さんの反対側の人を見つけたきっかけが『手と背』って訳ね。ホントに不思議な御縁ですね。このお寺にこなかったら、もっと前に、あそこのお店でお仏壇を買ってなかったら、私はどうなっていたのかしら? 考えただけでも、恐ろしいわ」
「そうなのよ。この世は自分の思い通りにはならないのだけど、欲を持たずに、無理せずに、自然に任せると結果的には自分の望んだ通りになっていたりする物なのよ。もちろん、ミコさんみたいに仏壇を買うとか行動を起こさなければ、きっかけに出会えないですけどね」
 ヤミ尼はこの世の不思議な偶然を、あたかも、不思議な必然だと言いたいみたいだとミコには聞こえた。社会で成功している人も、ヤクザな商売をしている人も元をたどってみると一つの不思議な出合いをしている事が多い。それは偶然ではない、出会うべくして出会っている事が多いのである。ミコと慎二の出会いも偶然的な必然だったのかもしれない。

慎二と出会った日はクリスマス前の寒い日だった。仕事の終えたミコが会社の外に出ると雪が降り始めていた。
「あ、これは大変。積もりそうだわ。急いで駅に行かなくちゃ」
 急いで駅に着いたミコの耳に、電車が雪の為運転を見合わせているとアナウンスしているのが聞こえてきた。ミコは人だかりが出来ている駅の掲示板の前に立ち、電車の状況を確認すると一つ安堵のため息をついた。運が良い事に、地下鉄は動いているらしく、一番近くの駅まで無料シャトルバスがでているとはり紙がしてあった。
「助かったわ。これで家の近くまでは帰れるわね」
 ミコはそのバスに乗って、取りあえず地下鉄の駅まで行く事にした。もちろん、そのバスには長蛇の列が出来ていた。その列の最後尾にミコは並んだ。そのミコに声をかけてきた男がいた。それが慎二だった。
「あの、すいません。このホテルまで戻りたいんですけど、地下鉄でも大丈夫ですか?」
 慎二はなぜか駅員ではなく、長蛇の列の最後尾にいたミコに質問してきた。ミコもどうせ長い間並んで待っているだけなので、慎二の出したホテルの小さなパンフレットを受け取った。
「あ、このホテルなら私の家の近くだわ。大丈夫ですよ。近くまで、行けますよ」
 ミコはそう言うと慎二にそのパンフレットを返した。
「ありがとうございます。ホントに助かりました。急に出張になって今日この街に来たばかりで、土地勘がないんです」
 慎二はミコに深々と頭を下げて、ミコの後ろに並んだ。
「ホントに寒いですね」
 少しの静寂の後、慎二がミコに声をかけた。
「そうですね」
 ミコはそっけなく答えた。
「あ、そうだ。もしよかったら、コレ使って下さい。教えていただいたお礼です」
 慎二はポケットからカイロを取り出して、ミコに渡した。
「でも……」
 ミコはポケットに手を突っ込んでいたのだが、冷え性の為、指先には感覚が無くなっていた。もちろん、そのカイロは受け取りたかったのだが、他人の好意をあまり受けた事のないミコは親切に不馴れで、受け取るのを躊躇していた。
「気にしないで下さい。もう一個持っているんで、どうぞ使って下さい」
「じゃあ、お言葉に甘えて……ありがとうございます」
 ミコは慎二から温かくなっているカイロを受け取った。痺れていた指先に急に温かい物を触らせたので少し痒かったが、嬉しい贈り物だった。ミコにとって残念だったのは、その後慎二がミコに話し掛けてこなかった事だった。そして、二人とも静かにバスに乗る流れに身をまかしていた。そして、ミコがバスに乗り込む番が来た。ミコがバスに乗り込むと扉がしまった。ミコが振り向くと慎二はバスの外で列の先頭に並んでいた。慎二は頭を掻きながらニッコリとミコに笑顔を投げかけていた。ガラスの向こう側にいる慎二の姿を見ていたミコの心がキューンとなった。ミコが慎二を見つめたままバスは発車した。
 ミコは地下鉄の駅で次のバスが到着するのを待ったが、不思議な事に先頭に並んでいた慎二はそのバスに乗っていなかった。ミコは慎二の事を諦めて地下鉄で家の近くの駅に向かった。ミコは地下鉄を降りると雪が激しく降り出していた。
「タクシーで帰ろう」
 ミコはコートの襟をたて数人並んでいたタクシー乗り場に立った。そして、背を丸めポケットの中のカイロで手先を温めて、アスファルトに落ちては解ける雪を眺めていた。
(どうしたのかしら、あの人の事ばかり考えてしまう)
 後ろに並んでいた人がせき払いした。ミコに前につめろと言う合図だった。後ろの人に頭を下げて前につめると、今度は後ろから肩を叩かれた。ミコが振り向くとそこに慎二がいた。ミコの顔が自然に弛んだ。
「やあ、ここからはどうやって行けば良いのかな?」
「一緒にタクシーで行きましょう。私の家、すぐ近くだから」
 ミコは不思議にすらりと誘いの言葉が口から出て来た。
「でも……」
 慎二は、さっき程のミコのように躊躇した。
「遠慮しないで、私の車じゃないんだから。それに料金はワリカンよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて…って、カイロあげた時と反対だね」
 バスの時とは反対にタクシーを待つ間、二人の口が止まる事はなかった。

「慎二に出会った事、親の反対を押し切って結婚した事、こうやって不思議な体験をしている事、全て不思議な必然なんですね」
 ミコは慎二との出会いを思い出しながらヤミ尼に話した。
「そうよ。ミコさん。でも、私ができる事はアドバイスと成功を仏様達にお願いするだけ、ここから先はミコさんが自分の足で慎二さんの反対側の人を探さなくてはダメなんです」
 ヤミ尼の言葉にミコはうなずいた。
「がんばります。何年かかるかは分からないですが、一日でも早く反対側の人を見つけます。だって慎二に謝りたいんですから……。私、もう、泣きません」
 ミコは目蓋に溜まった涙がこぼれ落ちないように天井を見上げた。天井には美しい花の絵が格子の中にたくさん描かれていた。そして、ミコは気持ちを落ち着かせて、その場を立ち上がった。
「ちょっと、ミコさん待って、慎二さんの法要の打ち合わせがまだよ」
「あ、そうでした。その為にここに来たんでしたね。はっはっは。あ、そう言えば、何日ぶりだろう、笑ったの?」
 ミコがやっと人として当たり前であり、一番大切な感情を取り戻した。この一番大切な感情がミコに悲しみを一時的に忘れさせる事を教えてくれた。ミコの中でもっとたくさん笑えと訴えていた。そうすれば、もっと長い時間忘れさせてあげられるよと…。

「案外、私って慎二の事知らないんだわ。卒業した学校くらいは分かるんだけど、クラスで目立つ子だったのかしら? もてたのかしら? 得意な科目って何だたのかしら? まずは、慎二の実家に帰ってルーツから調査だわ」
 ミコは地国天寺から帰る道すがら、慎二の実家で聞き取り調査する事を決めた。慎二が死んだ時、慎二の両親がわざわざ田舎から出てきてくれたのに、動揺していたミコは満足な接待も話も出来ずに帰ってもらっていたのだ。それ以来、慎二の両親に会っていなかった。
「挨拶がてら今からお邪魔しようかしら? 決めた。そうしよう! 一日でも早く慎二に謝りたいし」
 ミコは腕時計に目をやると、まだお昼になっていなかった。一旦自宅にもどると、ミコは最低限の荷物と着替えを持ってアパートの近くのバス停からバスに乗りつぎ駅に向かった。東京駅からヒカリ号に乗り換えて慎二の実家へと向かった。
 ミコは新幹線のシートに深く座り、今まで起きた不思議な事を心で整理していた。考えがまとまる前に新幹線はミコが下車する駅に到着してしまた。直ぐに在来線に乗り換えて、空いている4人掛けの座席に腰掛けた時にとても大切な事を思い出した。
(しまった。慎二のご両親に連絡もしてないし、手土産も持ってきてないわ)
 あたふたするミコに名案が浮かぶ事もなく慎二の実家のある町の駅に到着してしまった。運がよい事にミコが降り立った駅の目の前に小さなケーキ屋が一件あった。それ以外は、コンビニと美容室、交番くらいしか駅前にない各駅停車の電車しか止まらない田舎の駅だった。何も持たずに慎二の実家に行く勇気のないミコは、選択の余地なくケーキ屋に足を向けた。ケーキ屋の扉が自動に開くのを、待っていたミコを一人のぽっちゃりした店員がドアを開けて招き入れてくれた。
「すいません。これ自動ドアじゃないんですよ」
ミコは失笑しながら、店に入った。
「あれ、ミコさん! こんな所でどうしたの?」
 奥のショウケースの前にいた一人の女性がミコの名前を呼んだ。その声の主を見てみると慎二の母親だった。
「あ、お母さん。あの、その、なんて言ったら良いんでしょうか」
 ミコは『あなたに差し上げる手土産を買いに来た』なんて言えるわけなく、答えにしどろもどろになってしまっていた。
「え、お母さんって? 根岸さんの娘さん? まあ、初めまして、いつもお母さんにはお世話になっています」
 店に招き入れてくれた店員が、困っているミコに声をかけてくれた。ミコもその人に頭を下げた。
「違うのよ。死んじゃった息子のお嫁さん。家のバカ息子が早くに死んじゃうから、このミコさんには苦労させちゃっているのだよ」
 慎二の母は、もう一人の店員にミコの事を説明した。その店員は下をぺロッとして、ミコに頭を下げた。
「ゴメンよ。そうとは知らなかったんで、変に口挟んじゃって、お母さんに何か用件があってわざわざ来たんだよね。根岸さん、もう上がったら良いよ。店長が来たら上手に言っておくからさ」
「悪いわね。お言葉に甘えてそうさせてもらうわよ。ミコさん待っていて、直ぐ着替えてくるから」
 慎二の母はミコをその場に待たせて店の奥に入って行った。母のいない間に店員がミコに話し掛けてきた。
「どうせ、手土産買い忘れてここに来たんでしょ。コレを持って行きなさいよ」
 その店員は店のケーキを箱に入れてミコに渡した。
「でも……」
「いいからさぁ」
 ミコは拒否すると、店員は強引に手に持たせた。
「ありがとうございます。何故、分かったのですか?」
 ミコはその店員の推理力にびっくりした。
「私を見くびってもらっちゃ困るわよ。こう見えても、火曜サスペンスを見のがした事は一度もないのよ。それも再放送も欠かさずチェックしているミステリーマニアなのよ」
 店員はふんぞり返りそうになる程胸を張って腕を組んだ。
「まず一つは、店の入り方。人に会いに来た時は急いで会いたい物で、普通は人を探すものよ。あなたの目は商品に向いていました。だから、私は商品を買いに来たお客さんだと思ったと言う事。次に、根岸さんに会った時の驚きったら異常だったわ。根岸さんがここで働いているとは知らなかったと睨んだわ。その結果、私には一つの可能性が浮かびあがったのよ。駅に着いて根岸さんの家に行こうとしたのだが、手土産がない事に気がついたあなたは、偶然この店に立ち寄った。まさか、手土産を持って行く家の本人が働いているとも知らずにね。しかし、ラッキーな事にその店には気の効いた店員が一人いて、あなたは助かっている。そうですね、犯人さん!」
 店員はそういて、ミコに指差した。
「誰が犯人ですか?」
「ごめんなさい、つい勢いあまっちゃって。でも、結構当たっているでしょ」
「当たっているも何もその通りですよ。完璧です。すごいですね。でも、名探偵さん、このケーキは貰えませんわ。だって、お母さんにここでもらった事バレバレじゃないですか」
 店員は不適な笑みを浮かべた。
「あなたは根岸さんの事を分かってないわ。あの人がどんだけナチュラルな人なのかを。あの人はあなたが渡すこのケーキを見て、『まー、美味しそう。』、食べてみて、『さすが都会のケーキの味は違うわね』、そして最後に『どこで買ったか教えてね』と必ず言うはずよ。絶対、この店のケーキだとは思わないわよ」
「そんなバカな」
 ミコには信じられなかったが、その店員は大丈夫だと言い張るのだ。そんな事をしている内に、慎二の母が着替えを済ませて店の奥から出てきた。
 「ミコさん、お待たせ。それじゃあ、後はよろしくね」
 慎二の母は店員にバイバイをすると、ミコより先に店から出た。ミコも慎二の母に続いて外に出た。さっきの店員がミコの耳もとで『絶対、バレないから大丈夫』とささやいて、二人を送りだした。

「ミコさんも、連絡くれたら良かったのに…。」
 慎二の母は自転車を押しながら、独り言のように呟いた。
「ごめんなさい。慎二が亡くなった時、満足な挨拶ができなくて、急におわびがしたいと思って、電車に飛び乗ってしまったんです」
 慎二の母の横を歩くミコが答えた。
「お詫びだなんて、そんなの良かったのよ。私達こそ、ミコさんの力になってあげられずに悪かったわ」
「もしかして、御予定でもありました?」
「別に、そう言うわけじゃないのよ。ただ、夕食の準備が出来てないのよ。連絡してくれたら、良いものを食べさせてあげられたんだけど、冷蔵庫の余り物しかないかも知れないわよ」
「そんな事気にしないでくださいよ」
 あまり会話が弾まないまま二人は川辺の道を歩いていた。広がって歩く二人に後ろから車がクラクションをならした。

「やぱり、俺消滅しようかな。それが一番簡単だよ」
 慎二に一つの結論が出ようとしていた。しかし、ヤマさんは慎二の弱気な発言に口を開いた。
「そんな事言うのは止めて下さいよ。僕も今考えているんですから。あ、そうだ。良い事考えました」
 ヤマさんが手を一つ叩いた。
「この死後の世界で、ウッシーとウーマっていう兄弟の発明家がいるんです。慎二さんも見ましたよね、死んだ時の映像、あのシステムを作ったのがその兄弟ですよ。どう言う仕組みで出来ているのか、僕にはさっぱり分からないんですけど、その兄弟に頼めば人間界との連絡システムを開発してくれるんじゃないかな? 聞くだけ聞いてみますよ。消滅を考えるのは、万策尽きた時でも良いでしょ」
「そうだね。ヤマさんの言う通りだ。俺、直ぐ諦めちゃう癖があるんだよね。それじゃあ、その兄弟の所に相談に行こうよ。ヤマさん案内してくれる」
「そうこなくちゃ。結構近くですよ」
 ヤマさんと慎二はその場から立ち上がり、ウッシーとウーマの兄弟の所に行く事にした。

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