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伊丹市立美術館コミュのエングレーヴィング

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伊丹市立美術館へ版画作品を観に行く前に、知っておくとより楽しめるのではないかと思い、のせておきます。

『エングレーヴィングの歴史』

 エングレーヴィングとは、凹版のなかでは最も古い技法です。
金属板に線を刻んで模様を描くことは、古代から行われていましたが、刻み目にインクを詰めて紙に転写することは15世紀に入ってから行われだしました。この版画技法は1430年代頃にライン川上流域(現在のスイス西部、ドイツ南部、フランスのアルザス地方にまたがる地域)で成立したと考えられています。
初期の技法は金工職人の仕事と深く結びついており、彼らが金属板に刻んだ装飾を記録するため、紙を押し付けて模様を転写したことから始まったようです。
実際、初期に活動した版画家の多くは、金工職人としての修行を積んでいました。
そして金工細工自体が高貴な人々のために制作されたものであったことから、この時期のエングレーヴィングもまた、高価な蒐集品としての性格をもっていました。貴重品であったがゆえに多くの作品が現在に残されており、大量生産されたにもかかわらず現存作例が極めて少ない同時期の木版とは対象的です。
多くは宗教主題を描いたものでしたが、同時に世俗的なモチーフを描いたものもあり、この点でも同時期の木版画とは性格を異にしています。

『エングレーヴィング』

 凹版のなかでは最も古い技法。通常は版に銅板を用いたが、亜鉛版や鉄板を使うこともあった。まずよく磨いた薄い金属板を用意し、そこにビュランという特殊な道具で線を刻んでゆく。ビュランは木の握りに鋼鉄製の刃がつき、刃の先端は斜めに切断してある。制作の際には掌に握りをのせ、人指し指を刃に添えて前方に押し出すようにして彫る。刃の断面はひし形、あるいは正方形なので、金属板にはV字の溝ができる。また、1本の線を彫り始める際にはゆっくりとビュランを押し出し、彫り終わるときには徐々に溝を浅くするので、線の両端は鋭く尖っているのが普通である。
 彫った線の両側に“まくれ”(“バー”とも言う)という金属の盛り上がりができるので、スクレーパーと呼ばれる道具で削り落とす。
 エングレーヴィングではV字型のシャープな溝を掘ることができるため、多くの枚数を刷ってもそれほど版が磨耗しない。ただしビュランを使って均一な直線や曲線を刻むには熟練が必要で、また一枚の版を刷り上げるには大変な時間がかかった。それゆえ16世紀以降は分業が進み、もっぱら絵画や彫刻の複製としての役割を担った。

例としては、日頃使用しているお札の諭吉さん等。


お札もまた銅版画を利用しています。
 明治時代、政府は新しいお札を発行しようとしていました。政府は紙幣の印刷をドイツの印刷会社に発注しました。そのときの試作を担当したのがキヨソネでした。キヨソネ(Edoardo Chiossone)はジェノバ生まれの銅版画家です。非常に優秀で偽札防止に紙幣の印刷に銅版画の技術を取り入れることをイタリア政府に提案し、技術習得のためにドイツへ派遣されました。その彫りの美しさと精巧さに感歎した政府は彼に技術指導を依頼しました。日本でも銅版画が作られていましたが、彼が来日することで紙幣や印紙、切手などの情報ために精密な絵を描き、大量に印刷する技術が伝えられました。

 紙幣をはじめ切手や収入印紙や国債は国立印刷局で作られています。デザインは使用する原寸大で水彩で描かれ、財務省の工芸官がこれをビュランで丁寧に彫ります。熟練を要するので、一人前になるまで10数年かかるといわれ、特に緻密な技術を要するお札の肖像を手掛ける技官は数少ないそうです。今回の新紙幣の2人、樋口一葉と野口英世を彫ったのは工芸官、小倉尚芝氏です。写真などを元にお札の肖像を約4倍の大きさのコンテ画でかき、15x24cmの銅板にこの肖像を彫ります。髭や髪の毛の一本、瞳やしわなど 太いところでも0.5mmほど、ミクロン単位の作業をこなす技術が要求されます。
それを特殊加工して何万枚も発行できるようにします。新しいお札は ざらついていますが、これは彫った線に詰められた凹版用インクが盛り上がるからです。

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