モンド&ポルノ/エクスプロイテーション映画の世界 World of Mondo and exploitation Films ■60年代から70年代にかけての製作された低予算映画(エクスプロイテ−ション映画)、そして60-70年代の性の解放とともにそれらはポルノ映画の世界ともあいまって独自のサブカルチャーを形成してゆく。
【1960年代/モンド映画】 ■1920年代後半にデビューし、『自転車泥棒』のチェザーレ・ザッバティーニが脚本を書いた『雲の中の散歩』42で知られるアレクサンドル・ブラゼッティはマリオ・カメリーニとともに戦前のイタリア映画界でネオレアレスモの基礎を作った一人である。戦後歴史劇なども撮っていたが1960に『ヨーロッパの夜』60で大ヒットを飛ばす。59年にルイジ・ヴァンツィが撮った『世界の夜』Il Mondo di Notte '59とともに日本では「〜夜」夜シリーズとして知られ、それまでドキュメンタリー映画ではあまり扱われなかった「大人の夜」の世界を中心に観客の欲望にそった「興味本意」で取材、あるいはでっち上げたフェイク・ドキュメンタリーの一角を興業に結びつけたのである。ヴァンツィは早速『続・世界の夜』Il Mondo di Notte No.2 '61を撮った。『ヨーロッパの夜』Europa di Notteスタッフに参加していたのがグァルティエロ・ヤコペッテイであった。ヤコペッティはさっそく『世界残酷物語』62を撮りこの映画の原題「Mondo Cane犬の世界」がいわゆるモンド映画というジャンルの名の由来となる。「モンド」とは「世界」である。ヤコペッティのヒットにならってMondoをタイトルにつけた映画が大量に作られる。レンツォ・ルッソの『世界の暑い夜』Mondo Caldo di Notte '62、ヴィットリオ・サラの『世界の歌物語』Canzoni nel Mondo '62、R・Bモンテロの『世界の裏の裏』などだが日本語タイトルでは「世界」「残酷」そしてドキュメンタリーであるにもかかわらず「物語」の3つの単語がモンド映画のタイトルとなったのである。しかし残酷なシーンとリズ・オルトラーニの美しい音楽で売ったヤコペッティが飛び抜けた存在になったのも事実であった。60年代後半にはフェリーニの〜あるいはパゾリーニの〜と同じく、ヤコペッティの〜というように監督名がタイトルにつくまでになった。このようにネオ・レアレスモからフェリーニ、ヴィスコンティ、アントニオーニら作家の映画とは別に、50年代後半にサミュエル・ブロンストンら「ランナウェイ方式」のアメリカの撮影隊が引き上げた後のイタリア映画界はあらたに「残酷」をうりに世界マーケットに乗り出すのであるが、最初はイタリア史劇でセルジオ・レオーネやヴィットリオ・コッタファイヴァがそして60年代初頭にモンド映画と怪奇映画が誕生しそれらの残酷描写は60年代半ばにはマカロニ・ウェスタンにも受け継がれる。
「セクシーワールド」 Beauties by Night 1962/Italy/105min/シネスコ 製作●R・G・Rシネマ・グラフィカ 監督・原案●レンツォ・ルッソ 撮影●アルド・グレーチ 音楽●アルマンド・サッシア 主演●R・ヴェニック ■『世界の暑い夜』 '62でモンド映画を撮ったレンツォ・ルッソのいわゆる「夜」ものでヌード・ダンサーが大挙出演し世界の踊りを披露する。撮影は『グラマーと吸血鬼』のアルド・グレーチ。ナレーションでは基本的にスケベな教授とともに世界の夜を取材する男がカメラとともにヨーロッパを北上するという設定だがどうみてもセットで撮影されたダンスシーンも多くショー映画の要素も多い。
「ヌード・カメラ情報」West end Jungle /world of Flesh 1961/U.K./76min 監督●アーノルド・ルイス・ミラー 撮影●スタンリー・L・ロング ■イギリスBBCの「ノン・フィクション・シリーズ」で注目されたアーノルド・ルイス・ミラーが撮影したスウィンギング・ロンドン現代風俗事情。ドッキリカメラのように隠し撮り撮影風に撮られている。64年は「ゼロ地帯をムシる」という似た作品も製作している。
「グリーン・ドア」Resurection of Eve / Behaid The Greendoor 1974-75/U.S.A./121min 第一部「イヴの復活」Resurrection of Eva 第二部「グリーンドアの中で」Behind the Green Door 監督・製作●ジム&アート・ミチェル 撮影●ジョン・フォンタナ、ダナ・フラー 出演●マリリン・チェンバース、ジョニー・キーズ、マシュー・アーモン ■喉の奥で「いかせる」ほどの深い喉を持つと噂されたリンダ・ラブレースの主演作で第一部「ミス・ジョーンズの背徳」第二部「ディープ・スロート」として先に日本公開された『ディープ・スロート』とともにアメリカの成人映画界の大ヒット作『グリーンドア』はそれまでアメリカでは洗剤「アイボリー・スノー」や「ペプシ・コーラ」のCMで知られていたマリリン・チェンバースを一躍有名にした。アメリカではハード・コアのポルノ映画が法的に許可されたのが70年代になってから。これらのハード・コアはそんな中で誕生した。アンダーグラウンド小説の古典ともいわれる「緑の扉の陰」を原作に、それまでも数多くの成人映画を製作し、すでに全米10館の劇場を経営してきたミチェル・ブラザースが製作・監督を務める。チェンバースはこうして21才でアメリカン・ポルノ界の大スターとなり、このあとカナダに渡り、あのデヴィッド・クローネンバーグの『ラビッド』での主演で再びその姿を表すことになるのである。日本での公開は当然検閲の為多くのシーンがカットされる。そして同じミチェル・ブラザーズ製作・監督、主演チェンバースのもう一本の独立した作品『イヴの復活』を付け足し(勿論こちらもカットされた)第一部「イヴの復活」第二部「グリーンドアの中で・・」の二本を一本にし『グリーンドア』として公開されたのである。その為全体は2時間11分のアメリカン・ポルノとしては異例の長尺となった。尚、このミチェル・ブラザースを主人公にした映画をエミリオ・エステベスとチャーリー・シーンの兄弟が演じエステベスが監督した『キング・オブ・ポルノ』が2000年に作られている。