ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

マイケル・プロンコ ゼミコミュの第一章の途中まで

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 周囲の人が言うには、あたしのママ、ミス・エーシー・メア・ロギンズはアラバマ州マレンゴ郡一のやりてだったらしい。あたしはそんな噂について何も語ることができない。ママに関する記憶がほとんどないからだ。強いて言うならば、どうでもいいような日常の断片的なものである。たとえば、ママがつめにマニキュアを塗ったとする。すると指をひろげて両手を突き出して乾くまでワルツを踊りながら部屋中を行き来するのだ。あたしはそれが始まると、ママの後を追い掛け回すように見よう見まねでぐるぐると回るのが好きだった。部屋中に笑い声が響き渡り、目が回ってあたしがつまづくと一層かんだかい笑い声が響いたものである。いつだったか、顔をあわせたくない男が家に来たとき、ママは片方の靴を脱ぎその男を外まで追い掛け回したこともある。
 そういった日常的な思い出こそ人間の心の芯に触れる、という話を聞いたことがある。確かにそうかもしれないね。でも、あたしには胸の奥にしまっておく価値のあるママとの思い出が刻まれていて、それだけで充分満足できるのだった。あれはママを見た最後のときで、あたしが6歳になる2日前だった。ママが出掛けに「行ってきます」のキスをするために裏庭へ現れたとき、あたしは黒人の女の子、キャリーと遊んでいた。もしかしたら自分で勝手に作り上げたものかもしれないけど、ママは確かにこういったのだ。
「いい子にしてなさいね、キャリーと仲良くしなきゃダメよ?そしたら誕生日にうさぎのベイビーを(ぬいぐるみか?リアルうさぎか?)買ってあげるわ」 
あのときママはグリーンのドレスを着てケープ・ジャスミンに似た香りがした。いまだにケープ・ジャスミンの香りをかぐとママを思い出してしまうのだ。
 次の日の夜、ブラック・ワーリアー・リバーで開催されたハウス・パーティからの帰り道でママは自動車事故に巻き込まれて死んだ。運転していたのはジョー・クレイ・パウエルという男で、彼もまたあの世へと旅立っていった。パウエルに家庭があったことから事故は大スキャンダルへと発展し、あたしがロング・ボーイ・プレーと当てもなく旅に出て彼の仕事を手伝い始めたのはそんなことがきっかけだったのだ。まあ、でも話せば長いことだから、また今度ね。
 参考までに話しておくけど、あたしが話しているのはフランクリン・ルーズベルトが大統領として初めて当選した年(確か1932年)くらいのことだからね。当時、あたしたちの巻き込まれることになった経済恐慌については語る必要ないよね?とにかく、あの数年間はみんなが騒ぎ立てるほど過ごしにくいって感じじゃなかったの。だって、今も昔も田舎に住む人にとっては貧乏が普通だし、お金儲けしようなんてことは誰もが思わなかったんだから。生活に必要な最低の条件を満たす、っていうのは1日3食、子どもたちの衣服もまかなえて、どうにかこうにか雨がしのげる屋根のある家に住めればいい、なんて意味だけど、生活するために一生懸命仕事をしているとき人って大抵やさしくお互いに理解しあおうとする。逆に必要のないものを、たとえば大きな自家用車だったりドレス、お隣さんよりも大きな屋敷など、求めてハッスルしはじめると途端に短気になりいやしくなるのだ。あたしの目にはそう見えたんだけど、どうかな?
 どっちにしたって当時は誰であろうと大抵お金を持っていた。だってロング・ボーイと一緒にどこにいこうと、必ず取引する人、つまりお金を持っていない人がいなかったのだから。働いてさえいるならば、とりあえずお金が懐にあったよき時代。その公式が当てはまらない現在っていったい何なんだろうね。
 ロング・ボーイとあたしは一箇所に2日以上とどまることは決してしなかった。動き回るのはほとんどがアラバマ州だったけど、ロング・ボーイは変幻自在でいつでも行き先を変更していった。そんな放浪の中でたった一つだけ確信を持てることは、月に一度は必ずディケータ(確かイリノイ州)へと向かうことだった。あたしはそれが気に入らなかったけど、しょせん小さな女の子だったし面と向かって文句を言うほど間抜けでもなかった。そしてその目的が何であるかをあたしが見抜いたと、彼が知ったのは11歳のときだった。どうしてそんなことになったのかはわからない。ただ、当時あたしは一種の病気であったというべきか、正常ではなかったからではないかと思う。11歳というその年は、なんとなくいろんなことがありすぎた。あたしが一人前の大人になったのもその年だし、その後しばらく月からの使者が現れるたびに死ぬほどおびえたものだった。だってそれがどういうことか教えてくれる人が周りにいなかったんだもの。
 どっちにしても、その日ロング・ボーイはハドソンからディケータへとルート31を走っていた。鼻歌を歌いながら彼はうきうきしていた。道にはたくさんの馬車が並んでいて、綿繰り機に原綿を放り込んでいることを考えると、あれは夏の終わりの時期だったに違いない。1.5キロ進むたびにWPAに群がる農夫たちの集団とすれ違った。
「へい、あの貧乏人たちをみろよ」
「シャベルなんてモンは一生持ちたくないねぇ、肥溜めにでも落ちたら話は別だがな」なんて、ロング・ボーイはそのつどいっていたっけ。あたしはそんなロング・ボーイの話し方には慣れていた。彼は食べるためにまじめに働く人をバカにするくせがあったのである。
 しばらくして彼はあたしのほうを向いて言った。
「金庫に後いくら入ってるんだったかな?ハニー?」
「あんたの錆びた竿に油をさすくらいはできるんじゃない?」
 ロング・ボーイの微妙な顔。びしょびしょのネコに殴られる、昔の人はいいことを言うものだ。顔が真っ赤になって目を見開き口が半開きのままこちらをみていた。
「どっこでそんな言葉を覚えやがったんだ!?」
「しょうがないでしょ?知ってるんだから」
「そんな口の利き方…恥ってものがないのかねぇ。10歳の女の子だろーが!」
「残念、11よ。それにあんたの影響でもあるんだからね!」
「ふざけろ!おれはそんな…」
ロング・ボーイはあわてて否定した。どうしたらいいのかわからなくなったときの癖で口がパクパクしている。
「おまえがもう少し大きかったら鞭でひっぱたいてるぞ!」
「はーいはいはい」
 彼は時々頭にくると「ふざけるな!」と怒鳴る。
「こっちはマジだかんな!おまえを監禁してやるぞ!そうだ、まともな女性を雇ってその小生意気な口の利き方を叩きのめしてやる!」
 あたしは何にも言わずにシートの中で身をすくめると、窓の外のレンガやパインの木を眺めた。作戦通り。5分もしないうちに彼は我慢できず、申し訳なさそうに話し始めた。
「なあ…いや、冗談だよ。監禁なんかしないって。言葉の…あやってやつだよ」
咳払いをして彼は大きな声に戻った。
「あーと、そりゃあたまにはケイトおばさんとこへ行きもするさ。男ってのは大抵ケイトおばさんとこへけしけこむんだ、とくに結婚していないやつはね。別にどうってことじゃない。要するにおまえはまだ子どもでなんも知らないってことだ、ハニー。いずれわかるときが来るんじゃないかな。大きくなれば、ね」
 あのときいらいらしていなかったらあたしは笑いをこらえるのに必死だったに違いない。ケイトおばさんの家のことは7歳の頃から知っていたんだから。ある夜、ロング・ボーイが家の中へと入っていったのをあたしはわざわざ通りの反対側から様子を窺おうとしたことがある。あのときほどがっかりしたことはなかった。いまでも鮮明に覚えている。ケイトの家は明かりが全部の部屋でついていること以外は何の変わりもない。そういう家には玄関に赤いライトがついてるんだよ、と誰かから聞いたけどまったくそんなことはなかった。当時のあたしはなんでもかんでも想像をはたらかせることができ、おそらくはにぎやかで楽しそうな笑い声や歌が聞こえてくるに違いない、と勝手に思い込んでいたのだ。クツワムシの鳴き声はシカトして、聞こえてくるのは聞こえてくるのは近所迷惑を無視した音量の蓄音機だけ。あたしはこれがほんとにケイトの家なのか、と思った。
 そうはいっても、そんな話をロング・ボーイにするつもりはない。あたしはちょっと身体を動かして、相手を不安に陥れたいときによくやるようにじっとにらみ返した。
 「いいか?おい…」
 ロング・ボーイは顔を真っ赤にして口を閉じたり開いたりしながら言いかけた。彼はハンドルに身を乗り出して前が見えない、といわんばかりに前方へと集中した。あたしはいいかげんこの重い空気をうざったく思い、気をとりなおして窓の外に目をやった。
 しばらくするとロング・ボーイが手を伸ばして肩をつついてきた。何事もなかったようにとりつくろいながら彼は言った。
「ディケータで最新のジャケットでも買ってやろうか?どうだい?○×の新作だぜ?アディ」
「そんなお金、どこにあるの?」
「おいおい、心配いらないぜ。このちょっと先の町で仕事すればいいのさ。閉店前にたどり着けばオーケィだろ?」
「仕事って、どんな?」
あたしはすぐに聞き返した。聞かずにはいられなかったのだ。話が「仕事」となると興奮して鳥肌がたつのだった。
 そのことをロング・ボーイもよく知っていた。彼は生き生きした目であたしを見て、にやっとほころばせる。
「写真の額縁はまだ残ってたろ?だよな?」
「10個あるわ」
「それから、聖書は?」
彼は目を輝かせるあたしを見るのが楽しいらしく、次から次へと話をふってくる。
「聖書も確か残ってたと思うんだが」
「5冊だけね」
「そうか。白いやつはあるかい?」
「ええ、1冊」
 ロング・ボーイはじっと考えるふりをしていった。
「さっき金庫にいくら残ってるって言ったっけ?ハニー?」
「23ドル、あと87セント」
座席の下のロイ・タンの葉巻ボックスにはお金がいくら入っているかあたしは細かく知っていた。
「そっかー、だったら…あと10ドルか15ドルくらい増やすには何の問題もないな。白い聖書に金のイニシャルをいれて、カモを見つけに行こうぜ」
あたしは身震いした。
「うまくいきそうなの?」
「あったりまえだろ」
「あたしさ、1回だけ手伝わなかったことあるんだよね。それが金のイニシャル入りの聖書だったんだ」
「知ってるさ」
「デモポリスだったかな?」
「そうだったな。おまえはよくやったじゃないか」
 笑みを浮かべながらあたしは思い出した。
「ねえ、覚えてる?あの女、馬の糞みたいに泣きじゃくってさ!」
「また始まった!なんて汚い表現だ!?」
「あんたが言ったんでしょうが!」
「おまえに言った覚えはないぞ!」
 あたしはシートで身をちぢめて窓の外へと目をやった。しばらくすると彼はあたしの肩を小突いて機嫌をとってきた。
「おなかすいてないか?アディ、ハニー?」
「うーん、そうでもないかな」
「コニー・アイランドにネイでもいかがかな?」
「食べてあげてもいいわよ」
 ロング・ボーイは笑い飛ばした。やっぱり彼はしたたかな人間だ。あたしがなによりも「コニー・アイランド」「ストロベリー・ネイ」にめがないことを見抜いていたってこと。
 ディケータの町へは午後の一番いい時間帯だった。ロング・ボーイはまっすぐ新聞社のオフィスへと移動した。あたしは車の中で長いこと待たされるかと思ってたけど、彼は先週の日刊紙を一束かかえてすぐに戻ってきた。新聞の束を2つに分けてあたしたちは死亡届の欄に目を通した。なんだか変な気分になるからお勧めできない。金の刺繍入りの聖書販売はとにかく人を選ぶことが重要だ。ぴったり合った相手が必要、ということだ。しばらくして、ロング・ボーイがピシッと新聞をたたいた。


すげーめんどい。電話してくれれば訳すからw

コメント(3)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

マイケル・プロンコ ゼミ 更新情報

マイケル・プロンコ ゼミのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング