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目に映る世界巡礼フォトエッセイコミュの尾張の十ノ山・猿投山・猿投神社

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左は富士山噴火前の尾張の地図。
真ん中は今の物見山。古墳なども見られます。
右は、話をしている最中、私の膝にのっていた子猫ちゃんたち。

 尾張の十ノ山。
 ひふみ神示に出てくる、宝を隠した山で、こういう字だったか記憶が曖昧ですが、調べるのは大変なのでご勘弁を・・・。読みはオワリのトノヤマです。

 実はマピオンとかヤフーの地図では、大きな縮尺でも小さな縮尺でも出て来ません。しかし、地元では「物見山」として知られているのです。

 これを、十山(とうやま)とか殿山(とのやま)とも呼ぶそうです。

 武田信玄が尾張方面での物見に用いた山だそうで、美濃・尾張・三河などを見晴らすのに最もよい場所だとか。近くの猿投山頂よりも見えるのだそうです。
どちらの山も、尾張と三河の境界ですが、今三河(豊田市など)になっている中に、元は尾張だった地域もたくさんあるとか。

 というような話を、本来の物見山の地主という人から聞いたり、私が調べた話をしたりしました。何でも、愛知万博で海上の森を政府が宅地化する予定だったのは、この山の歴史を消したいせいだとか。

 ちなみに、信玄の当時は海上(かいしょ)は文字通り海辺だったとか。だから瀬戸なのですね。名古屋城などは、この山の石を水路で運んで作ったのだそうです。

 海が陸になったのは、富士山の噴火に伴う隆起と堆積物のせいだそうです。

 相続人が途絶えた事にして、払い下げにしたり、前の鈴木知事が自分の土地にしたりしたそうで、万博などのリベートを加えると40億円の不正な利益を得ているそうです。
 大学の教授などは、そうした例はどこの地域でもある、と話しているそうです。
 岐阜の裏金事件が発覚しているが、次は愛知だと話されていました。

岐阜の裏金事件
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=87564&media_id=2


*海上の森・物見山多武峰(殿山・十山)
http://nori.hmc6.net/climbing/20030824monomiyama/index.html
http://www.tanken.com/kaisyo.html
http://dainagoya.net/expo2005/20050926-07.htm
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4875655363.html

*猿投神社に伝わる津島・長島・枇杷島などが島だった頃の古地図についてhttp://sky.geocities.jp/holygreen9/google/umi-noubiheiya.html

*阿波の諏訪の二鎌紋
http://www.genbu.net/data/awa2/minatomi_title.htm
猿投神社や足助八幡の棒の手と関係ある?

*猿投山・猿投神社
猿投山・御陵・西の宮・東の宮・猿投連峰物見山
http://www.telop.jp/sanage-top.htm#shasin
猿投神社(公式ホームページはないようです)
http://www.genbu.net/data/mikawa/sanage_title.htm
三河は神川(矢作川)、加茂氏のいた所
http://www.fiberbit.net/user/frank/home%20page1/toyokamokuji.html

*尾張の古墳など
http://www.asuka-tobira.com/owari/ajiyoshi.htm

*東三河伝承
http://homepage2.nifty.com/kodaishinto/page001.html
http://homepage2.nifty.com/kodaishinto/index.html

*加茂氏と隠された神々など
http://209.85.135.104/search?q=cache:nhCHPhtTynwJ:www5.ocn.ne.jp/~furindo/backup1.html+;%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%90%E3%82%AD+%E7%80%AC%E7%B9%94%E6%B4%A5%E5%A7%AB+%E3%83%8B%E3%82%AE%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%83%92+;%E7%81%AB%E6%98%8E+;%E6%8C%81%E7%B5%B1+;%E8%B2%B4%E8%88%B9+;%E4%B8%8D%E6%AF%94%E7%AD%89&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=2

コメント(53)

猿投山8 東の宮

左は東の宮の本殿、
真ん中は本殿の前の柵にとまっていた蝶、
右は東の宮の摂社。
猿投山9 蛙岩

分かりやすい目玉が落書きされている蛙岩。
落書きがなかった頃の写真は下記の「猿投山の巨石」のリンクから御覧になれます。

猿投山の巨石
http://www.telop.jp/sanage-top.htm
猿投山10 山頂

左は海抜678mの山頂。ベンチとテーブルもあります。

真ん中は山頂からの景色。普通というか、スモッグで霞んでる?

右は瀬戸市方面への道。今回は猿投神郷の方に戻ります。
猿投山11 山頂からの帰路

山頂から東の宮への帰り道、行く時には気づかなかった岩などを発見。
猿投山12 山頂から東の宮通過

左は山頂から東の宮への帰り道。行きとは違った光が見えます。

真ん中は東の宮を通過する所。

右は東の宮近くの仏像。あちこちにこういうのがあります。
猿投山13  御舟岩

午後になると、少し光が少なくなったかな。

左は原生林の小川というか泉というか。

真ん中と右は御舟岩。
猿投山14 大碓命陵

大碓命は熱田神宮の小碓命(ヤマトタケル尊)の兄君で、景行天皇の子です。
猿投山15 西宮

大碓命陵から階段を下りてすぐに西宮があります。
ここにも東宮と同じく礎石の残った四角いスペースがあります。
猿投山16 西宮鳥居

左は不自然な割れ方をした岩。

真ん中は杉とヒノキの人工林。

右は西の宮の鳥居を出て振り返って撮りました。
猿投山17 西の帰り路

西の宮からの帰り道は、なかなかよい景色でした。
ずっとこんな感じで麓まで降りていきます。
まだいくつか寄るところもあります。
猿投山18 西の帰り路2

左は藪を撮ってみました。
真ん中はスズメだったかな。
右は龍体のようにうねうねと螺旋のような樹木。
猿投山19 団九郎の三叉路

真ん中の写真に団九郎の岩屋とあります。
江戸時代の山賊の住処とされていますが、
もともとは横穴式の石室ではないでしょうか?
しかし地図には載っていませんし、探すのは結構大変で、たどり着く人は少ないようです。
私も探してみたのですが・・・。

右は小さな滝を見つけたところ。
猿投山20 団九郎の岩屋?

左は小さな滝です。

真ん中は、ようやく団九郎の岩屋まで20mとかいう看板を発見。

しかし・・・

右のように、何も見当たらないのです。この辺のはずなのですが・・・。

団九郎の岩屋を見つけるのがいかに難しいか、分かる記事です。
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLG,GGLG:2006-40,GGLG:ja&q=%E5%9B%A3%E4%B9%9D%E9%83%8E%E3%81%AE%E5%B2%A9%E5%B1%8B

見ていないのでよく分かりませんが、横穴式の石室を隠している気がします。(団九郎は江戸時代の山賊ですが、江戸時代の山賊がわざわざ岩屋を作るとは思えませんから、古墳を利用しているはずです。岩屋というのはたいてい横穴式の石室です。)

それというのも・・・
海上の森奇譚・ここが尾張の十ノ山か?(猿投連峰・物見山)
http://www.telop.jp/sanage-11monomi.htm
古代神都 東三河
http://homepage2.nifty.com/kodaishinto/page001.html
猿投山21 西の帰り道3

左の写真のように、ふさがっている道まであり・・・団九郎の岩屋を探すのは諦めました。

真ん中の写真のような岩はたくさんあります。

右の写真のような道が続きます。
猿投山22 猿投七滝1

山から流れる川の上流の風景。
猿投山23 広澤川1

尾張東北部7万5000分の1地図
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35%2F16%2F58.305&lon=137%2F1%2F57.067&layer=1&sc=5&mode=map&size=l&pointer=on&p=&CE.x=498&CE.y=386
北に入鹿池があり、周囲に尾張富士、本宮山、白山の尾張三山があります。
東南隅に猿投山。その少し北に岩戸堂があります。
瀬戸が海辺だった事を考えれば、熱田台地などの半島だった部分を除けば、むしろ名古屋よりも東北部の方が古代は栄えていた事を考慮に入れましょう。

聖徳太子の時代の皇子たちの名が尾張皇子、竹田皇子などで、東谷山に尾張戸神社、猿投連峰にヤマトタケル尊の兄の御陵と武田信玄軍の史跡がある事を考えると、「入鹿池」の地名は見過ごせないものです。何でも江戸時代に入鹿村を潰して作った人工の池だとか。犯罪結社が白川郷や二風谷や五木(斎)村をダム湖に沈めたりする陰謀の一環かも知れません。
猿投山24 球状花崗岩??

猿投山の清流。

真ん中は国指定の天然記念物の球状花崗岩だそうです。

名前だけ見ると、丸い花崗岩の巨石があるのかと思ってしまいそうですが、花崗岩に丸い斑点が見られるというだけです。

猿投山の花崗岩が黒雲母を多く含んでいるためこうなるのだそうで、珍しい現象だそうです。
猿投山25 猿投七滝2

左は猿投七滝の図。
(1)血洗いの滝は「団九郎の岩屋」方面にあるのですが、こちらには誰も行かせたくないのか、案内がありません。
(6)のちょっと先に球状花崗岩があり、
(7)広沢大滝は500メートル下流にあり、ただし道はない、とされています。下流に広沢神社があります。

真ん中のような岩がたくさんあります。

右は七滝ではないのかも知れませんが、まだまだ清流が続きます。
猿投山26  広澤川2

猿投山・御陵・西の宮・東の宮・猿投連峰物見山
http://www.telop.jp/sanage-top.htm#shasin
猿投神社(公式ホームページはないようです)
http://www.genbu.net/data/mikawa/sanage_title.htm
三河は神川(矢作川)、加茂氏のいた所
http://www.fiberbit.net/user/frank/home%20page1/toyokamokuji.html
猿投山28 広澤川4

猿投神社に伝わる津島・長島・枇杷島などが島だった頃の古地図についてhttp://209.85.135.104/search?q=cache:q2Rsv5j4vy8J:www.jic-gifu.or.jp/np/newspaper/kikaku/umi/kioku8.htm+%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%81%AE%E6%BF%83%E5%B0%BE%E5%B9%B3%E9%87%8E%E3%80%80%E9%87%91%E8%89%B2%E3%81%AE%E6%B3%A2%E5%AF%84%E3%81%9B%E3%81%9F%E6%B5%B7%E6%B9%BE&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=1

三河のオシドリの里近くで設楽ダムが着工されそうになっているそうです。必要性は全くなしとか。生態系の破壊につながるだけの愚行は、やめた方がよいですね。
http://groups.msn.com/l1e204d4ld29/general.msnw?action=get_message&mview=0&ID_Message=67&all_topics=0
https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/00961/contents/006.htm
猿投山30 広澤川6

猿投神社に伝わる津島・長島・枇杷島などが島だった頃の古地図についてhttp://sky.geocities.jp/holygreen9/google/umi-noubiheiya.html
何故か昨日辺りまであったキャッシュが消えていたので、保存しておいたものを自分のホームページを作って載せてみました。運よくキャッシュが残っている間に保存できたのか、それとも私がリンクしたから都合が悪いと抹殺した輩がいるのか。
猿投山35 広澤川11

広澤川10の続きで、見た中では一番の速い流れから滝へと続いています。ここが猿投七滝の一つでないというのはあまり考えられないのですが・・・七つ目の滝へは道はないと書かれていたのが不思議です。
猿投山36 広澤川12

左の真っ白いのは滝です。
広澤川は猿投川、加納川と合流して篭川となり、矢作川(神川みかわ)に注ぎ込みます。

ちなみに、矢作川の水源は信州の大川入山までさかのぼります。
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35%2F22%2F41.965&lon=137%2F38%2F45.325&layer=1&ac=20409&mode=map&size=l&pointer=on&sc=6
この地図の真ん中です。山の名前は縮尺を拡大すると出ます。
猿投山37 西の帰り道4

左の木は、よくみなさんが龍が宿っていると話されている螺旋状の木です。
猿投山38 西の帰り道5

真ん中は火山岩質の岩。何だっけ。

右はどうもキャンプ場の事務所か何かの跡地のようです。
真ん中の岩もここにあったと思います。
猿投山39 西の帰り道6

左はまた火山岩質の岩だと思います。

真ん中は道路で見つけた糞ころがし。エジプトのスカラベのようなので。

右は広澤天神社。
猿投山40 広澤天神社

左は広澤天神社です。御祭神はスクナヒコナ神様とか。

真ん中は広澤天神社の入り口にある灯篭。

左は入り口の石柱に掘られている文字。

広澤天神社
http://www.genbu.net/data/mikawa/hirosawa_title.htm
猿投山41 西の帰り道7

住宅街に入ると、民家の飼い犬が吼えていました。
でもかわいいです^^☆
猿投山42 西の帰り道8

左と真ん中は西回り登山道入り口辺りにて。
携帯電話のカメラは逆光に弱いですね・・・。

右は西回り登山道入り口から猿投神社への中間くらいで拾った木の実。
猿投神社3

猿投神社に戻ってきました。
バスの時間までちょっと時間があるので、また参拝します。
猿投神社6 境外の黄色鳥居など

左は境外へ出る門にて。

真ん中は橋の欄干。

右は特徴ある黄色い鳥居。すぐバス停があります。
ひふみ神示 第十二巻「夜明けの巻」
第八帖 (三二八)
「直会(なをらひ)も祭典(まつり)の中ぞ。
朝の、夕の、日々の人民の食事 皆 直会ぞ。
日々の仕事 皆まつりぞ。息すること此の世の初めのまつりぞ。
まつれまつれと申してあろが。
おはりの御用は はじめの御用ぞ。まつりの御用ぞ。
オワリノ十ノヤマにまつり呉れよ。世につげて呉れよ。
役員 皆 宮つくれよ。宮とは人民の申す宮でなくてもよいのざぞ。
一の宮、二の宮、三の宮と次々につくり呉れよ。
道場も幾らつくってもよいぞ。神の申した事、なさば成るのざぞ。
宮と道場つくり神示読んでまつれまつれ、まつり結構ぞ。
奥山にはオホカムツミの神様もまつり呉れよ。
守りは供へてから皆に下げて取らせよ。
五柱、七柱、八柱、十柱、十六柱、二十五柱、三十三柱、三十六柱、
四十七柱、四十八柱、四十九柱、五十柱、五十八柱、五十九柱、世の元ぞ。
八月の二日、アメのひつくの神。」

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