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中国春秋戦国時代の小説愛好会コミュの楽毅は何故?

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勝手にトピ立ててごめんなさい!
皆さんの博識お聞かせ下さい
楽毅は何故 斉の2城を落とさなかった もしくは 落とせなかったのか
是非ご教授よろしくお願いいたします

コメント(8)

難しいですね。多分本当の理由は何かはわからないと思います。
確か宮城谷さんも仮説を立てていたように思います。

史記に樂毅伝には斉を攻めた連合軍。趙・魏・韓・楚は済水の戦いで斉に勝利すると兵を引き、燕軍だけが斉の都臨淄を攻め、各地を転戦して五年の歳月をかけて莒と即墨をのこした70余城を攻め落としたと書いてあります。(戦国策では、聊・莒・即墨の三城が残ったと書いてあります)

1.莒と即墨の地理的問題。
  莒は独自の文化をもっていた以前は独立国でした。この国は斉と隣国越や楚  との緩衝材的な役割を持っていてここを攻める落とすと隣国が脅威に感じる
  即墨は半島の険しい地域にある場所で攻めるに非常な困難がある。いずれも  斉の辺境の地であること。

2・燕軍だけが五年の間斉の地で戦っており、兵達はこれ以上戦いが長期になる  ことを望まなかった。


流石の樂毅でも燕軍だけでは五年かけて斉の全ての城は攻め落とせなかったのではないでしょうか。抵抗の強い二つの城が残り、これからゆっくり攻め落とそうかと言う時に燕の恵王からの召還命令が来たと考えるのが妥当ではないかと思っています
いろいろ皆で仮説を出し合うのも楽しいかもしれません。


即墨に籠もった田単は反間の策を用いて燕の恵王に対して樂毅は独立するかもしれないと疑惑を持たせます。

一方樂毅は恵王からの召還を受けると燕には戻らず趙に亡命しています。


これは何かあるのではと考えても面白いかもしれませんよね。
流石です!勉強になります。
自分が感じたのは 楽毅は斉を滅ぼしたくなかった用に思えたので 不思議に思いました。
斉に降伏して欲しかったのか 滅亡にあたって自分が怨まれるのを恐れ また敵がいるからこその自分なのか
…と
楽毅の心底 覗いて見たいですねぴかぴか(新しい)
宮城谷さんも同じような趣旨で書かれていたような気がします。

樂毅は昭王に信頼されて用いられていましたが亡くなり、恵王が立つと信頼関係に溝があることを感じていたのではないでしょうか。
莒と即墨を落とさなかった事はむしろ恵王の信頼を試す試金石のようなものだったのかもしれませんね。

考えれば考えるほど面白いですよね。
確か王が変わって、政治的な理由で動けなかったのでは。

御伺と、自身への反感・嫉妬。

もちろん軍事的なコストの問題はあったでしょうが。

単に本でみかけた意見なので、参考にならないかもです。。

王と側近と楽毅は不仲であったのは確かですし、斉が戦力の集中を行っていたとしたら、輜重隊の問題やらあったはずですから、援軍要請していたりしたのかな??

案外普通に降伏について協議していて、その調整に政権個体で戸惑っていたのかも。。

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